第二百五十六話 進路相談
先日起こったオリジン大神殿での事件から数日、ブルーガ王国への道筋を今度は正規のルートで俺たちは、道筋に幾つか点在する町や村にそれぞれ名物料理がある事で別名美食街道と呼ばれている旅路をゆっくりと堪能しながら歩いていたのだった。
……考えてみるとこんなにゆったりした気分で歩く事は今までなかったな~と漠然と思いつつ、カチーナさんもどちらかと言えば元王国軍出身でザッカールからあまり出る事は少なかった身である事で、観光という名目で旅をするという事が新鮮なようだった。
逆に異端審問で各地を飛び回っていたリリーさんが、今回のような時には妙に張り切って先導してくれている。
「次の町は酪農が盛んでね。チーズをふんだんに使ったグラタンがアタシのお勧めだね。酒が得な人ならそっちも良いけど、どうする?」
「……さすがに旅路の間はご遠慮します」
「そうっスね……さすがに……」
基本的に俺もカチーナさんも嫌いなわけでは無いが、非常に酒に弱い。
これまでも意識を失った翌朝に色々とあったのも事実なワケだし…………チラリと横目で見てみると、カチーナさんもほんのりと顔を赤くしていた。
彼女にとっても酒と言うのは恥ずかしい思い出が付随してくるアイテムなのかもな。
そんな風に天気のいい日に穏かに街道を進む俺達。
無論人のいない場所だから魔物や野盗などの危険因子への注意を怠ってはいけないが、それでもこんなに穏かな気分で歩くのは久しぶり……いや初めての事かも知れなかった。
そして、その話が始まったのもそんな穏かな時間でのたわいも無い雑談からであった。
歩みの中での暇つぶし、話題を振ったリリーさんだって別に重い意図も何も無かったハズなのは一目瞭然、ただ流れで聞いてみた程度だった。
「ねえギラル? 君は『予言書』のカタが付いたらどうするつもりなん?」
「……んあ?」
本当に唐突に言われた言葉の意味を俺は咄嗟に飲み込むことが出来ず、間抜けな声を漏らした。
「どうするつもり……って?」
「ほら、一応君の、というかアタシらの目的だった“最低な死に方の回避”ってのは粗方終わったっぽいじゃん? 目下最後の黒幕のアルテミアっていうのは残っているけど、この世界に異界から勇者を召喚するっていう精霊神教のお題目も潰して今後この世界が未来永劫拭えない恥を被る事を避ける事は出来ただろうし。『予言書』の未来を盗むワースト・デッドの活動としてはそろそろ終わりっぽいワケじゃん?」
「…………」
あっけらかんと言われた事に、俺の思考は停止してしまう。
言われてみるとその通り……まだ完全に終わったとは言えないが、少なくともこっちの世界の面倒事を他世界からの勇者に押し付けて邪神の怒りを買うという、最高に格好悪く気分の悪い未来の回避は成功したと思って良いだろう。
そう考えると、俺がガキの頃に神様に勝手に約束した事『召喚勇者を召喚させない』という目標は達成されたという事であり…………何かその事に気が付いた途端に目の前が真っ白になる感覚に陥ってしまった。
「そ……そうか、考えてみりゃそうだよな。目的が……無くなるんだよな……」
今までの行動は間違いなく自分の意志で行って来た事だ。
こっちの世界の為に勝手に召喚した勇者を犠牲にするという、テメエのケツをテメエで拭かないみっともない未来を回避する為に、そして何よりも自分が最低な死に方をしない為に……。
しかし良きにしろ悪しきにしろ、ガキの頃から目標にしていた人生の指針と言うモノが無くなるのだと考えた瞬間、自分にはそれからも目標がない事に今更ながら気が付いてしまったのだ。
「ヤバイ……何にも思いつかん……」
気が付いてしまった途端に妙な汗が全身から噴き出してくる。
ガキの頃から必死こいて活動してきた何もかもが報われると考えればそうなのだが、そこから次に何をしようとか考えると……。
そうなると何か自分が物凄く考え無しの無価値な人間にでもなった気がしてしまい、眩暈がする思いに駆られる。
「ちょ、ちょっと大丈夫ですかギラル君!? 顔が真っ青です!!」
「ごめんギラル!? アタシ無神経な事聞いたかも!?」
「あ……いや……」
女性陣二人が慌てた様子で心配してくれるのを他所に、もう一人の骨のある仲間ドラスケが俺の肩に留まったまま街道の先を示した。
『丁度街道の茶屋があるみたいだ。一息付いたらどうだ?』
そして辿り着いた茶屋はこじんまりとした小屋程度の大きさだったが、休憩するには丁度良いくらいで……俺達は人数分の茶を注文して一息入れる事にした。
茶を一杯飲む頃には俺の気持ちも幾らか落ち着いて来ていて、さっき自分が思ってしまった目標を失う喪失感について話すと仲間たちは笑うでもなく難しい顔になってしまった。
「目標を達成した後に次の目標を見失う喪失感ですか。戦場に生きて戦いしか知らない兵士によくある症状でありますが……」
『盗賊で現実主義なお前がそんな状態になるとは驚きではあるな』
「……ほっとけよ。俺自身意外ではあるんだから」
意外そうに言う仲間たちを他所に、俺も自分が今までガキの頃から一直線に一つの事だけを目標にしていたという事実に気が付いていなかった事が驚愕だった。
「ギラル君は生い立ちが悲劇的でありますから、幼少期に神様との約束が人生の指針、心の支えだったとしても不思議では無いでしょう。突然それが無くなると考えれば恐怖を感じても無理はないです」
「変な話っちゃ~変な話だけどね。ギラルにとっちゃ最低の死に様の否定って間違いなく自分にとって有益な目標、指針なのに達成したら目標を見失うってのは……。そのついでに死の運命から助けてもらったんだから、アタシや他の者が揶揄する事は無いけど」
最低な死に様……強姦未遂で勇者に真っ二つにされる未来を否定する為にあらゆる事や人を利用する為に巻き込んで来たのがこれまでのギラルという人間の人生なのだ。
もちろんこれからそんな死に様に至る人生に興味も湧かないが、過去を振り返ってみるとその未来を否定する姿勢が俺自身を作り上げて来たというのが分かってしまう。
スレイヤ師匠に弟子入りして、自分がなったかもしれない野盗たちを自分の見える範囲だがあらゆる手段で潰した。
予言書では極悪人となるハズだったカチーナさんは今ではかけがえのない仲間であり相棒になり、それからも『予言書』で不幸に陥る者、悪に染まる者たちを悉くそっちの道に向かわないように立ち回る。
それが一種の生きがいであったとも言えるが、それが終わる時が来るとなるとイメージがわいてこないモノだった。
しかし俺が腕組みして唸っていると、テーブルの上で茶菓子を齧っていたドラスケ(どこに入っていくんだろう?)が何でもない事のように言った。
『色々と悩めば良いではないか。貴様が歩んで来た道は間違ったモノでは無いのはワレが保証してやる。別に贖罪の人生が始まろうというのではないのだ。気楽に楽しく、何なら仲間たちと共に雑談にでもせねば損であろう?』
「……え?」
「そうですよギラル君。そもそも君はCクラス冒険者なのですよ? 冒険者として、盗賊として一人前と認められて、しかも戦いだけではなく手先も器用で応用も可能なエキスパートである事は誰よりも私たちが知っている事……何でも出来るのですから“何もない”などと悩む暇があるなら“何をしよう”と悩みましょう」
何と言うか妙にポジティブな励ましをしてくれるドラスケと、やたらと俺の事を持ち上げてくれるカチーナさんに、何ともむず痒い気分にさせられる。
ま……確かにそうか。
どうせなら“何をしよう”と悩んだ方が建設的だし、何よりも楽しいとは思う。
『ふむ、さすがはグール・デッド。良い事を言うではないか』
「アハ、ま~そうだよね。それにギラルは今まで自分の目的に利用したつもりかもだけど、利用された連中には不幸どころか良い事が起こっている方が多いんだから。これから何をするにしても協力してくれる連中は沢山いるんだから……アタシ等を筆頭にさ」
ニッと笑って見せるリリーさんに同意して頷くカチーナさんとドラスケ……仲間たちのそんな反応に、さっきよりは妙な喪失感が薄れて行くのを感じていた。
まあしかし『予言書』に依存しているつもりは無かったのに、生き方の指針としていつの間にか自分でもその先を見据えていなかった事が今更判明してしまうとはね……。
「ちなみに、みんなはどう考えてるんだ? 今は『スティール・ワースト』としてパーティー組んでくれているワケだが、冒険者何ていつまでも続けて行くもんでもないし」
現状自分が付いている職だからこそ知る残酷な現実、冒険者と言うのは聞こえは良いけど安定した職業ではない。
まあ種類として『生産職』という連中は安定している方で、何だったら家庭を持ち老齢になっても続ける事は可能ではあるが、『戦闘職』と『支援職』の主に魔物の討伐や護衛などの戦闘が関わるタイプに属する俺らのような輩は長く続けていけるものでは無い。
体の衰えが現れた時に潰しが効かないし、身体的なマイナスが命の危険に直結するからこそ見極めは重要な事だ。
中には“自分の死に場所は戦いの中”などと最後まで冒険を続けるタイプもいるけど、大抵はスレイヤ師匠の様に結婚を機に引退したり、ミリアさんみたく冒険者ギルドに雇われたりと第二の人生を歩む事になる。
俺だって考えると盗賊と言う職業に未練というか執着は無くも無いけど、終の棲家、最後の死に場所などと宣う矜持は無いからな~。
そんな感じでかる~く聞いてみると、最初に口を開いたのはリリーさんだった。
「そうね~、アタシはしばらくは『スティール・ワースト』で冒険者出来れば御の字だけど、その内にはザッカールの孤児院のガキ共に仕事の斡旋でも出来ればな~とは考えてる」
「それは……シエルさんも一緒だったという大聖女様直轄の?」
「ん、まあ……」
そう聞くカチーナさんがあからさまに尊敬の眼差しになった事に気が付いた、リリーさんは露骨に照れた顔になった。
「色々あってアタシは教会から抜けちゃったから、だったら教会とは別の事で手伝えることはあるんじゃない? それこそギラルのオカン、ミリアさんにも相談して冒険者ギルドにも窓口が出来れば……さ」
『ほう、では後々はギルドの職員を目指すのか?』
「う~ん……まあそれも候補ではある、ってところかな?」
リリーさんが魔導僧として魔力の現出が劣るとしても諦めずに『狙撃杖』の名手となった経緯は親友であるシエルさんと共にある為だったハズ。
しかし今となっては彼女は教会から外れ、シエルさんは新たに
そんなリリーさんの姿勢に感動を覚えつつ今度はカチーナさんに視線を移すが、そんな彼女は困ったように頬を掻いていた。
「あはは……何だかリリーさんの話を聞くと申し訳なくなりますが、私は余り考えてはいませんでした。前は貴族の家を継ぐ事、その次は貴族籍を抜ける事しか考えていませんでしたから」
「あ~そうか……その後は誰かさんに色々と付き合ったから……」
「その事を槍玉に上げるつもりはありませんが、何と言いますか落ち着いて考える暇が無かったのも確かですね。ギラル君と同じなのかは分かりませんけど」
「う……それは何か申し訳ないっス」
カチーナさんは元々男性としてファークス家の当主になる予定だったが、その予定は紆余曲折あり無かった事になり、最も俺の不確かな『予言書』を改変するという目標に協力してくれている。
ぶっちゃけると一番俺の我儘に付き合わせてしまったとも言えるし、考える暇を与えなかったのも自分では無いのか? とも考えてしまう。
だがカチーナさんはフワリと穏かな笑顔を浮かべて見せた。
「責めているワケでは無いですよ? でも君が『予言書』に自分の行く末を依存していたように、私は君の動向に依存していたのも事実なのですよ」
「俺に、依存?」
「ええ、だって面白過ぎますからね、君が巻き起こした数々の出来事は」
カチーナさんのそんな見解が理解できなかったのはどうやら俺だけのようで、リリーさんもドラスケも腕組みしたまま“うんうん”と頷いていた。
「確かにね。これまで体験した事件のすべてが命に係わるし、何だったら自分たちよりも強い者も恐ろしい者も沢山いたはずなのに、綱渡りで全て出し抜いて来たワケだもの。スリルという事にかけちゃ、これまでの人生で一番だよ」
『死に際も死後も経験しているワレも、このような奇怪な経験はした事が無かったであるな。破滅の未来を改変すると小さくとも最大限の力で小細工して大物たちの計画を台無しにして行くなどと言うのはのう』
こっちとしては毎回全力の綱渡りを要求して命まで賭けさせている事への申し訳なさが募る事ばかりであったが……仲間たちにとっては終わってみれば楽しい出来事となっているのであれば幸いと言えば幸いか…………だが。
「その流れで俺だけじゃなくカチーナさんまで考える余裕が無かったと言うなら、それはそれで問題な気がしなくも無いが……」
「難しく考える事はありませんよギラル君、私だって何も考えていないのです。何でしたら共にゆっくり考えようではないですか」
『そうであるぞ、若者よ。生きる時間は有限だが貴様らにゃまだまだ考える時間はあろう。死後後悔しない為にもじっくりと考えるべきであろう』
「……アンデッドにそう言われると説得力がちがうねぇ」
これからの事、自分が何をしたいのかを考える……。
答えが簡単に出せる事じゃないが、少なくとも自分の死に様に怯え必死になっていた今までよりは健全な悩みなのは間違いないだろう。
仲間たちの励ましに、俺は温くなった紅茶を一気にあおった。
「ま、だったら明日はブルーガに着くわけだし、久しぶりに街中に繰り出すとしまうか? 久々ギルドの仕事してみりゃ何か思いつくかもだし、考えてみれば冒険者ギルドにすらしばらく行ってないしさ~」
「あ~そう言えば……」
「まだ猶予はあるけど、そろそろ依頼受けとかないと……アタシDだし」
リリーさんの言葉で俺は冒険者のクセに最近依頼を受けていない事を思い出した。
冒険者のライセンスもしばらく依頼を受けていないと失効してしまう。
Cクラスは確か半年の猶予期間があるのだけれど、Dクラスは3か月……下手するとリリーさんのライセンスが失効してしまう。
……微妙に未だリリーさん、自分だけが昇格試験に落ちた事を引きずっているっポイんだよな~。
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