閑話 楽しいのは喧嘩、楽しくないのは……
地響き……重い物、大きな物が落ちたり通過して地面が振動して音がする事。また大地が鳴り響く事、別名地鳴りとも言われる。
しかし一般的な解釈とは違い、ザッカール王国では地響きについてもう一つ違う解釈が存在する。
曰く……エレメンタル教会の日常、と。
ドオオオオオオオン……
ボゴオオオオオオオ……
ズドオオオオオオオン……
ザッカール王国において断続的にエレメンタル教会から鳴り響く地鳴りへの反応で、その者が地元民か余所者であるのかの判断基準にもなる。
突然聞こえて来た轟音や振動に「うわ!?」とでも反応してしまえば余所者、特に反応もせずに無反応、もしくは「あ~またか」と苦笑するなら地元民という具合に。
中には朝から聞こえ始めた轟音を前に朝食を取りつつ「お~帰って来なさったか、聖女様は」「今日はずいぶんと長いですね~」などと珍しくない日常として談笑する老夫婦すらいるほどで、大半の人間には日常の一コマとしてしか認知されていなかったりする。
そんな地響きの発生源はエレメンタル教会聖堂前の広場。
いつもであれば格闘僧や聖騎士たちが暑苦しく訓練している場所ではあるが、その日その場にいるのは立った二人の女性である。
それは多くの人にとって以外でも何でもない光の聖女エリシエルと、大聖女にして炎の聖女、並びに『撲殺の餓狼』の異名を持つ脳筋ババア、ジャンダルムであった。
互いに手にした得物がぶつかり合う度に激しい轟音と物理的な火花が飛び散り、衝撃で足元にクレーターが発生する。
その様は真剣勝負、どれほどの決意をもって戦っているのかと見る者が見れば二人の深い因縁を思わずにはいられなかったかもしれないが……。
この二人に関してはそんな深い事情は一切なかった。
「この親不孝者め! お前の式はここで大々的にやる予定だったと言うのに!!」
「仕方がないじゃありませんか! 私とて完全に想定外の出来事だったのですから!」
ドガアアアアアアア!!
「百歩譲って別で上げるにしても! アタシをのけ者にするたあ、どういう了見だい!!」
「無茶言わないで下さいよ! あの状況でザッカールから聖都に呼び出せるワケが無いでしょう!?」
バギャアアアアアアア!!
「そもそも、あんだけアプローチされても長々と気付かないから悪いんだろうが! だというのに旅先のハプニングでコロッと落とされおって!!」
「そ、そうは言われますが……まさか彼からそんなに思われていたなど……」
「ああも露骨なヤツの気持ちに気付かない辺りで問題だったっつーんだよ、たわけ! いつもいつもいつも、あの男が女として見ておって、アタシやリリーたちが協力しようとも全く気が付かんかったと言うのに! 回りで見ているアタシらが今までどれだけヤキモキしていたと思っとるか!!」
ドゴオオオオオオオ!!
「ちょ、ちょっと待って下さい!? そんなに皆さんが私たちの事を……」
「知らんワケがあるまい! エレメンタルの聖職者連中はおろか、ザッカールの主だった信者であればみんな周知の事実さ! だからこそ、結ばれた時には盛大に祝おうとみんな企んでおったのに……せめて祝いの言葉くらいは言わせんかい!!」
「だ、だから、それについては謝っているではありませんか!!」
ガギイイイイイイイン!!
響き渡る轟音と共に口から出るのは大聖女による個人的な愚痴のオンパレード。
先日やんごとなき事情により精霊神教の総本山オリジン大神殿で行われた、復活した邪神を再度封印する為に執り行われた聖女と聖騎士の結婚式。
すでに終わってしまったその式に参加できなかった事に対する、孤児院出身の聖女にとっては唯一親と呼べる大聖女の不満が今爆発しているのだ。
この事態を帰国前から懸念していた格闘僧ロンメルのファインプレーにより、現在のエレメンタル教会内部は現在立ち入り禁止の処置を取られている。
その事を当事者2人も理解しているからか、本日のぶつかり合いは非常に長く重い、ぶつかり合う度に衝撃波が発生して並みの人間が周囲にいたら吹っ飛ばされそうな程の攻防になっていた。
「オマケにあの二人はどちらも避けるより受け止めるのを好む質であるからな。まあ逆にだからこそ被害がこの程度で抑えられているとも言えるが」
「………………そう、ですね」
「? どうかしたのかノートルム殿。何やら覇気がないのう」
「……そんな事、ないです。俺は元気ですよ?」
一合ごとに地面が抉れて衝撃で周辺の石材にひびが入る……そんなバトルを観戦できる者は多くは無いが、そんな中で二人に近しい者であるロンメルと聖騎士ノートルムは並んで眺めていたのだが、ロンメルは隣の彼が自分の想い人を眺めているのにどこか上の空である事が気になった。
しかしその疑問はノートルムからではなく、相も変わらずぶつかり合う二人の会話から判明する事になった。
「大体、なんで昨日の内に報告に来ないんだい!? こちとら昨日から戦闘態勢万全で待っとったのに!!」
「う、うえ!? な、なんでって……それは帰国した時間は既に夕刻でしたし!?」
その瞬間、シエルの反応を見た瞬間にジャンダルムは一つの結論に達して……ほくそ笑んだ。
式が行われてから即日帰国、帰り着いたのは結構遅い時間……となれば。
「ほ~う、そうかいそうかい。向こうじゃ式の後で時間が無かったものなぁ。だ~いじな初めての夜ともなれば、そりゃ~ババアとの喧嘩よりも優先する事があるわなぁ~」
「……………………」
「ま~やたらと処女性を謳いたがる派閥も精霊神教にゃ~いるけど、エレメンタルはその辺お好きにどうぞ~だものなぁ」
「…………う」
ジャンダルムの言葉で顔面どころか全身が真っ赤になって蒸気を発生させるシエル……もうそれだけで肯定しているようなものだった。
まあつまり、そういう事なのだ。
「で、優しくしてもらえたのかい?」
「……よく分かりません。最初は優しいと思いましたが」
「ほう……」
チラリとジャンダルムは視線をどこか上の空でこちらを見ているノートルムに向けて……年の功からと言えばよいのか、彼の目がシエルに釘付けになったままである事を見抜く。
「なるほど……つまり激しかったワケかい? 全く初めてなんだから無茶しちゃイカンと言うに、あのケダモノめ」
「ケ、ケダモノなどと、そんな事はないですよ!」
「ホウホウホウ、つまり……お前も激しいのが好みであると?」
「!?」
「相性抜群で結構じゃないかい、この幸せ者め!!」
「う、うるさいです!!」
ドガアアアアアアアアアア!!
今度は真っ赤になり涙目で恥ずかしがるシエルからの攻撃を、揶揄い笑いながらジャンダルムが受けるという構図に変化する。
やっている事はさっきとまったく変わっていないというのに、違うようにも見えるから不思議なモノである。
そんな光景を前に、ノートルムが上の空と言うよりは夢見心地である事を理解したロンメルはヤレヤレと息を吐いた。
「ちなみに、どれくらい頑張ったであるか?」
「…………お日様が昇るくらいは」
・
・
・
そんなこんなで本日のエレメンタル教会は開店休業状態。
一応は午前中で怪物二匹の大決戦は両者の気が済んだのか終了となったが、余波で破損した建物や広場の穴ぼこなどの修繕作業などの為に通常業務どころでは無かったようだ。
事件後、一応の責任を感じたのか主犯の二人も改修作業に名乗りを上げてはいたものの、運搬作業以外は役に立たないから手を出すなと慣れた様子で現場から叩き出されたのだ。
破壊と力仕事は得意でも工作は絶望的、この師弟は揃ってそんな風に周知されているのだった。
そして早々に私室へと追いやられた大聖女ジャンダルムはいつもなら素行がアレでも一応は聖職者、自分のやらかしに対して罪悪感を持つ程度には反省する心を持ってはいるのだが、今日に限っては上機嫌でニコニコとしていた。
『ご機嫌だね“レティ”』
「そりゃそうさ。ちゃ~んと幸せになって巣立つ娘を見送れるのは親としちゃ冥利に尽きるってもんさ」
『あれ程の大喧嘩をしておいて……まったく』
「アタシ流の祝いだし、あの娘も分かった上で受け止めてくれたからねぇ」
『なるほど、変わらんなぁ。君の教育方針も、豪快で高潔な心根も』
「それに、黄泉路に旅立つ前にこんな形であってもアンタに再び会う事が出来たんだから」
小さな手記から漏れ出る男性に言葉に、大聖女ジャンダルムは何時もとは違う豪快な笑いではない、珍しく女性的な笑顔を浮かべていた。
オリジン大神殿で発見され紆余曲折の末にイリスからジャンダルムへと渡った『ダイモスの手記』、その手記に仕込まれていた具現化する個人の魔力『忘れざる詩人』の効果で実に数十年ぶりの再会を果たしたのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが……。
『こんな俺になど操を立てずとも良かったのに……』
「ハン、馬鹿言うねぇ。こんな暴力ババアを好いてくれるモノ好きがアンタの他にいるワケないだろ? 向こうに逝ったら存分に責任取らせるから覚悟しときな」
『ハハハ、お手柔らかに』
そんな風に久々の彼氏との会話を楽しむ大聖女ジャンダルムは、あまり弟子たちには見られたくないであろう乙女な笑顔を浮かべていたが、話が時の精霊に関する事に及ぶと表情を引き締める。
「にしても、まさかイリスがアンタの遺産の後継者だったとはね」
『あの娘『時の聖女』もお前さんの娘の一人って聞いたけど……やはり』
「ああ、あの娘も孤児院出身さ。ある日門のところに血に染まった布にくるまれて置かれていたよ。同じように地と涙で汚れた手紙に『娘を頼みます』って書かれてね」
『そうか……』
それだけでダイモスにもジャンダルムにも何があったのかは予想が付いた。
おそらくそれは精霊神教の裏側、主に六大精霊以外の存在を認めないか利用しようとする連中による非人道行為の一環。
『時の精霊』の寵愛を受けた聖女の安全の為に、実の母親は追っ手を引き付けるために孤児院へ我が子を託した……そんなところだろうと。
『私が逃がしたあの娘もそうだったが、異界召喚に関わる『時の精霊』の寵愛を受けた者は皆、苦渋の人生を歩む事になるのはやり切れないな』
「イリスに関しては運が良いって言えるけどなぁ。何しろ怪盗が色々と盗んでくれたようだからな」
『ああ、ワースト・デッドか。そう言えば君もメンバーだと聞いたが?』
「ふふ、まあね。最もアタシの
『必要が無くなれば一番だろう。怪盗……ギラル君の暗躍により異世界召喚の伝承や可能性、六大精霊に関する概念も揺らいでいる。邪神というファクターも手伝って、精霊神教上層部でも古参の連中がいなくなり自分たちの身に危険があるかもしれないと認識を改める必要に駆られ始めている。うまく行けば『時の精霊』を七番目の精霊として認知させる事も出来るかもしれないからな』
過去何度も行われて来た六大精霊以外の他精霊を認めない弾圧は、一重に千年も昔から続いてきた『異界召喚』を利用する為の、とある古代亜人種による策略の一環であった。
最早現在の精霊神教にその辺の暗躍を企む存在は無く、今であったら……という期待があるのも事実だった。
その先頭にイリスが立つ事になるのかは分からないが……。
無論大聖女ジャンダルムが保管していた『ダイモスの遺産』は手記と交換する形で既にイリスの手に渡っている。
若者がこれからどんな未来を紡ぐのか、そんな事に想いを馳せ再び表情をほころばせる二人であった。
しかし、そんな穏かな空気が唐突に寸断される。
「ご歓談中、失礼いたします……」
「『!?』」
突然部屋の真ん中から聞こえた声に咄嗟に反応したジャンダルムは、瞬時にメイスをそちらに向けて構えるが視認した瞬間、それが知り合いである事が分かり、尚且つその知り合いが腹部から血を流している姿に慌てて駆け寄った。
「団長殿!? ホロウ団長ではないか、どうなされた貴方のような手練れが!?」
それは自分と同じようにこの世界の『予言書』を元にギラルにとって未来を改変した者たちの同士であるはずの調査兵団団長ホロウであった。
いつもは飄々と、まるで幽霊のようにどうやっても傷一つ付かなそうに見える男であるのに、今はそのような余裕は欠片も見られずに腹部だけでなく口からも血を流していた。
「大丈夫かい!? 今、回復魔法を使える者を……」
そして慌てて回復魔法所持者を呼ぼうと部屋から出ようとするジャンダルムだったが、当のホロウ本人が必死の形相で止める。
「ゴホ! いえ、その前にお伝えしなければならない事があります大聖女。マズイ事になりそうです……このままではこの国は、ザッカールは危険なのです。一刻も早く逃げる必要が……」
「逃げる!? 一体この国に何が起こるってんだい!?」
最強クラスの調査兵団団長が負傷した上で齎す情報、そんな嫌な予感しかしないにジャンダルムは冷や汗を禁じ得ない。
「妹に預けた千年分の預金を姉が受け取った時、この国は終わりを迎える事になる……」
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