第二百五十五話 聖尚書の遺言

「一応君に『聖尚書』などと痛々しい肩書を名乗っている事は聞いてましたが、我ながら何とも代わり映えのしない出で立ちで拍子抜けでしたよ」

「あ~……でしょうね」


 四魔将と名乗った4人は『聖』の文字を名乗っていても出で立ちは闇を象徴する黒が主、それは『聖』という神々しさを象徴するものを皮肉るかのようであり、もっと突っ込んで考えれば彼らなりの何かに対する喪服であったんだろうと思う。

 しかしホロウ団長に関しては『予言書』関係なしに変装でもしなければ普段から黒の司書姿だったから、初対面の時からイメージの相違がほとんどない。

『聖尚書』として前に立つ関係で多少の装飾はしていた気がするが、聖是その程度でしかない。


「暗い道の中心で待っていた“私”はスッと道を譲るとにこやかに言ってましたよ。『ようやくジルバも諦めてくれましたか』とね。いやはや……お恥ずかしい限りで」

「…………」


 その話を聞くと、どうやら本当に『予言書』との決別の夢をこの人も見たのだと思えた。

 納得は出来んけど。

 妙な話だがこの人だけは『予言書』の未来も含めて今と性格の変化がほとんどない。

 ただ『世の平定』を裏から見守るそれも出しゃばらず最小限で、というスタンスでいるのだ。

 人も国も主義主張でさえ、大枠で見た上で自分が出来るのはどのような役割であるかと。

 思い返してみれば『予言書』の聖尚書ホロウは四魔将の中で唯一憎悪に囚われた行動をしていない。良い悪いを置いといて、強大な邪神軍を利用して夜を平定して『聖王』のヴァリスを王として君臨させようと画策していた。

 その姿は一見狡く利益を優先しているようにも見えたが、逆に言えば利用しようとはしていても破滅を望んでいる様子は無かったな~。


「自己責任を重んずる君にこう言うと説教されそうですが、私の運命は結局弟子の行動に左右されていたという事でしょう。弟子がやらかした大事であっても、それを使って出来る事があるなら利用しようと……こう考えるとジルバが自分で立とうとせずに私を前面に押し出そうと画策したのも師に似たのでしょうか?」

「何とも言えんっスよ」


 こんな2百年以上も王国の陰として暗躍して来た化け物であっても悔いたり悩んだりもするんだな……そういう団長に珍しく人間味を見たような気がした。


「あとまあ……件の聖尚書、多少の予想はしてましたが私の死因を教えてから消えました。どうやら『予言書』の私は勇者の攻撃でついでに殺されたのではなく、勇者の攻撃の隙に別の者に殺されたらしいのですよ」

「……勇者以外にアンタを殺せるのがいると?」

「先日の邪神騒ぎで君を見たでしょう? 私は万能でも化け物でもありません。攻撃されれば痛いし致命傷で死ねます。今となっては条件さえ揃えば君だって私を殺害出来る算段は思いつくのではないですか?」

「……んなバカな」


 そう嘯かれても俺自身が敵うとは到底思えない。

 本気でやるつもりなら敵う人物を巻き込まないと絶対に対抗できない程の実力差があるのは明白なのだから。

 そしてその敵う人物だって相当限られる。

 俺の経験上でだけ考えてもせいぜい2~3人……とそこまで考えて行って、消去法でホロウ団長程の実力者を殺害できる、もしくは殺害の意思がある者は一人しかいない事に気付いて、そいつが『予言書』の未来でどのように暗躍していたのかも理解した。


「つまり『予言書』で邪神軍が悪行を重ねていた時も、召喚勇者が最後の聖女イリスと必死こいてた時も、邪神がこの地に降臨した瞬間も、生きていたって事っスか……大聖女アルテミア」

「そのようですね……」


 まあ考えれば当然か。

 憎悪に任せて破壊する邪神軍の中にいて唯一利用して君臨を目指していた聖尚書ホロウは、最終的に世界すら破壊してほしいアルテミアにとって邪魔以外の何物でもない。


「己惚れるつもりはありませんが、私を不意打ちであっても殺せるような実力者が未だに放置されている現状は危険でしょう。私はこのまま大聖女……いや古代亜人種の末裔の足取りを追うつもりです。今度こそ、君も『予言書』と決別できるように」

「……おろ?」


 そんな事をホロウ団長に言われて、意外過ぎて変な声が漏れてしまった。

 今まで依頼などの体で色々共闘関係を結ぶことはあっても、こんな風に“君の為に”みたいな言われ方をした事は無かったから。

 そんな俺の様子に何かを察したのか、団長はクスリと笑う。


「私とて恩には恩を返す礼くらい持ち合わせているつもりです。私では出来なかった弟子の心変わりを成して頂いた方に破滅の未来を歩ませるのは忍びないですから」

「ま……そこまで言って貰えるなら」


 無論打算もあるだろうが、一応礼と思われているのなら余計な事は言わんでいいだろう。

 俺が『予言書』という流れから完全に決別するには『召喚勇者』の可能性が無くなるだけでは足りないという事みたいだからな。

 思いつく最後のピース、俺が最後に盗まなければいけない最悪な未来に至る“ナニか”の難しさを考えると……やはり味方は多い方がありがたい。


「千年の恨み募るアルテミアの復讐心……か」


 自分で口にしたその言葉は、最強の勇者でも正規の大盗賊であっても実現不可能としか思えなかった。


                  *


 ホロウ団長の早朝訪問という、失礼なのは承知だが一日の始まりとしてはいささか不吉な始まりであったものの、しばらくすると聖都オリジンは活気があふれだし“今こそ勝機!!”とばかりに『邪神封印記念』『光の聖女と聖騎士、愛の物語』などとの触れ込みで至る所から笑い声と共に祝福の声が聞こえてくる。

 当の本人たちはすでにいないのだが、そんな事はお構いなしで……。

 そんな中で得意げな様子で記者たちに受け答えしている一人の聖女が見えた。

 確かあれは地の聖女で祝福の言葉を“聖女代表”として最後に口にしていた縦ロールな貴族っぽい聖女さん……確かヴァレッタさん、だっけ?


「……ではヴァレッタ様、かの精霊神様に選ばれたお二人は以前からお付き合いしていたというのですか?」

「ほほほ、それは少々違いましてよ? あのお二人が本当に心を通わせたのはつい最近の事らしいのです。それまでは中々に長い間男性の方が涙ぐましいアプローチを繰り返していた事は私たち聖女ネットワークの中では自明でしたの」

「……という事はお二人の関係を聖女様たちはご存じでしたのですか?」

「ええ、それはもう! 余計な事とは存じても、何度口出ししそうになっていた事か……。本来は私よりもお詳しい専門家がいらっしゃるのですが……」


 そんな感じで囲み取材を受けて得意げな聖女ヴァレッタだが、語る内容は特に誹謗中傷も虚偽も無くあの二人を慮った言葉ばかりで、口調のワリには貴族特有の嫌味っぽさや腹黒さを感じない。

 ま、ほっといても大丈夫だろう……あの二人的にどうかは知らんが。

 本来なら大神殿が崩壊したのだから、聖職者を含めて多くの信者たちにとっては一つのよりどころを失う程の出来事ではあるだろうが、こうした明るい情報を率先して振りまいてくれる連中もいるのだから……まあ今後の聖都の復興も早い事だろう。

 喩え元老院の老人たちがいなくなっても、大僧正が操る者がいなくなって糸の切れた人形になってしまったとしても……。


 そんな事を考えつつ、俺たち『スティール・ワースト』は盛り上がり始める聖都オリジンを後にして街道を歩き始めていた。

 来る時は強行軍であったけど、今度こそはしっかりと“美食街道”とやらも寄り道して行こうと相談しつつ。


「来る時は中々に大所帯だったのに、こうなるとちょっと寂しいものですね」

「異端審問連中の妙な対抗意識のせいで道なき道を行かされた事を考えると、何とも言い難いがなぁ」

『我としては格闘僧ロンメルが飛竜での帰国に便乗したのが少々意外ではあったのう』


 そんな事を肩に留まったドラスケが呟くが、正直俺も同感ではあった。

 あのオッサンが自力ではない乗り物を好む気はしなかったから、是が非でも“我は己の脚にて帰るのである!”とでも言うかと思っていたからな。

 ただロンメルのオッサンがそんな自主鍛錬の機会を反故にしてまで帰国を優先した理由も、納得の行くものだった。


「仕方無いじゃない。可愛い娘の結婚の祝辞を自分抜きでやられたどっかのバアさんが暴走するのは目に見えてるし……ある程度戦力は必要でしょ、色々と」

「ま~ね」


 リリーさんの達観した言葉に俺も頷くしかない。

 流れとは言え大々的に行われてしまったシエルさんと兄貴の式だが、その場に最も親族代表として相応しいハズの師であり母親代わりでもあった大聖女ジャンダルムがいなかった。

 状況的に納得はするだろうが、不満を持たないワケが無いよな……あの脳筋ババア。

 そう言えばあのバアさんの『予言書』の決別の夢がシエルさんに殺される夢から、巣立ちの際に大げんかする夢になってたとか言ってたものな……。


「大丈夫かエレメンタル教会。俺らがザッカールに戻った時には更地になってねーか心配だが」

「今回ばかりはアタシも共犯扱いされかねないだろうから、何とも言えないね。せいぜい師範やイリスたちに避難誘導を頑張ってもらうしかないよ」

「あはは……リリーさん、親族代表の祝辞を担当でしたからね」

「本来カチーナの新婦友人代表こそアタシの役だったのにな~。まあこれから起こる大げんかもバアちゃんからの精一杯の祝辞なのは間違いないだろうけどさ」


 そんな事を喋りながら歩みを進める俺たちだが、苦笑はしても絶望や悲観は無い。

 同じ大聖女の肩書を持つ者を話題にしているというのに、この明らかな差……それこそもう一人の大聖女には持ちえない“ナニか”なのだろう。

 快晴の空の下、心から信頼できる仲間たちと歩むという事を知るつもりもないだろうもう一人の大聖女がこれから何をするのか……一抹の不安を残しつつ俺たちは精霊神教の総本山『聖都オリジン』を後にするのであった。


                  *


 精霊神教の総本山にして最高峰『聖都オリジン』にある『オリジン大神殿』にて起こった邪神復活劇と精霊神に選ばれた二人の男女の愛の力にて再封印が成された大事件の後、今まで信じられていた『異界の勇者』の伝承に多少の修正などが加えられたものの、意外にも人々は反抗も否定もする事なく、すんなりと受け入れられていった。

 理由を上げるなら伝承が改変されていたのは精霊神、そして神託を受けた『聖典』による世界を破滅に導く邪神を隠蔽する為のモノであったと大々的に公表されたからであった。

 あの日に多くの人々がどうやっても対抗できるはずも無い『邪神』の存在を目撃、もしくは感じ取ってしまった事でその危険性を当事者たちが自覚できていた事も大きいが、何よりも信者たちにとっては『精霊神』の存在を否定されていないからこそ受け入れやすかったのだろう。

 精霊神の真実など誰も望んでいない、いると言ってくれるならそれでいい……そしてそれで諍いなく丸く収まるなら強行に思想を強いる事も無い。

『聖典』という存在が無くなった後残されたオリジン大神殿上層部の連中は、そのように信者たちを誘導して、うまい具合にその他細かい矛盾点などを有耶無耶にしていったのだった。

 そして有耶無耶になって行った中には行方不明になった『元老院』の存在や、急遽代替わりが行われた大僧正の存在も含まれる。

『元老院』の遺族たちは当初捜索しようと躍起になっていたのだが、事件後危険性から殺処分された暴食熊の腹から一部の遺品が出て来た事で何が起こったか悟った遺族の誰もが捜索を打ち切り、行方不明扱いのまま“おそらく精霊神様の信仰を広めるために旅立ったのでしょう”などと口にして、以後何事も無かったように新たな地位に居座ったとか。

 事件の時『邪神』に立ち向かった連中や大僧正を他所に、逃げ出そうとして暴食熊に食われたなどと言う事実には目を背けて……。

 そして第五十代大僧正ダダイログなのだが、今まで卓越した魔力を駆使して自信に満ちていた姿とは一変、あれ程蓄えていたハズのぜい肉がすっかりと削ぎ落され死霊の如き表情で何も書いていないノートを日がな捲り続けてブツブツ呟くだけの状態になってしまったのだった。


「何を、私は何をすればいいのです? どうすれば、何をすれば、どう動けば良いのですか……お答えください……お答え……」


 長い年月『聖典』に依存し決定権を委ねて来た男は『聖典』を失った事で何一つ自分で決める事の出来ない状態に陥り、その後とうとう食事すらもとる事は無くなり衰弱死する事になった。

 埋葬される彼の棺を持った者は後に“麦袋よりも軽かった”と語り、最後に顔を見た司祭には“その絶望した表情はまるで母を亡くした子供の様に痛々しかった”と話した。





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