第二百五十三話 最後の聖女から盗む最後

 何ともまあ……本当に言うなれば何とも言えない気分と言うか。

 俺の目的は結局は邪神を生み出さない事であったが、結局俺にそんな事をさせたのが邪神自身であったというオチになるとは。


「……でも、なんで俺だったんだ? この世界にはもっとふさわしい強者も知恵者もごまんといるっていうのに、元が強姦未遂の野盗崩れになるハズだった俺なんかを」

『偶然と言えばそうであるが……貴様にとっては余り面白くない原因もあるにはある。聞きたいか?』

「…………一応」


 世界の破滅に関する事ですら“面白そう”で考えていそうな『マガツヒノカミ』が妙に念を押してくるのが気になるが……気になるモノは気になる。

 何気に聞かない方が良いぞ~的なニュアンスがあるのだが。


『こいつ等が企んだのは激流に巨大な大岩を落とし強引に流れを変える事では無い。誰にも気が付かれないように、それこそ大岩の如き存在感など見せずに流れを変えるくらいの、微細な流れの変更であったのだ』

「…………どういう喩えっスか? 微細な流れの変更??」

『時の流れという激流の中、巨大な存在感のある存在は動くだけでも流れを妨げ阻害し注目される。流れを誰にも気が付かれず、邪神を生み出す歴史を黒幕の『聖典』に悟られずに変えるためには巨大な存在感があっては不可能な所業』

「…………え~っと、つまり……俺が力の無い雑魚で目立つ連中から注目されない、時の流れの中でも存在感が無いからこそ選ばれた……と?」

『…………』


 沈黙こそが答え。

ハッキリ言えば自分自身分かっていた事ではあるものの、自称するのではなく歴史の流れと言う大枠の中で事実として証明されてしまうと地味に傷つくというか……。

いや……まあ言わんとする事は分かるよ?

例えりゃこの役割がホロウ団長とか元々実力がある人たちになっていたとしたら、その強さのせいで逆に目立ち、『聖典アルテミア』に注目される事になっていただろう。

才能何てそこそこ、師匠に鍛えられた盗賊の経験と神様に与えられた『予言書』の知識を元にようやくCクラスの盗賊が相応の実力で動いてきたからこそ、存在感のある大岩にも気が付かれず今までやってこれたのだろうからな。

ただ……気持ち的に納得できるかと言えば、微妙である。


「雑魚な凡人だからこそ選ばれた……か? いまいち喜べねぇけど」

『まあ腐るでない。貴様のお陰で“あの女”はこの世界に一切の興味を失ったのだからな』

「……ん?」

『一応はこの世界においてのみ、我に勝る厄災を齎す神となれたというに。自分の男が世界に関りを持たぬと知った瞬間、跡形も無く消え去ったのだからな』


 あの女が興味を失った?

 今の状況で『マガツヒノカミ』が指す“あの女”と言えば一つしかない。


「……そう言えばこの世界、この時間に現れたのは最後の聖女だけか? アンタの一興ってヤツを考えればここにいても良さそうに思えるけど?」

『だからさっき聖女も言ったであろう? ヤツはこの世界にも、男を失った自分にも興味は無いと。この世界に自分の男が未来永劫関係しないと知っただけで、既に消え去っていた』


 時の流れを俯瞰で観察できる存在からのお墨付き。

 それはつまり、この先邪神が生まれる事態には陥らないという事。

 未来永劫『勇者召喚』などというこの世界において最大の過ちを犯す可能性が消えたという。


「ほほほほ本当か!? 本当に、本当にこの先世界を滅ぼす邪神が生まれる事は無くなったってのか!?」

『勇者召喚の切欠である邪神軍、その邪神軍の先兵『四魔将』を悉く味方し、更に勇者召喚の伝承を捻じ曲げ、遂には総本山のオリジン大神殿で邪神に匹敵する力を持つ我を利用、『勇者召喚』の伝承を大僧正を操り、聖魔女との崇高な恋愛物語に書き換えさせてしまった。しかも大衆の、それも聖職者たちの目の前でな……。今更『異界の勇者伝説』なんぞ誰が信じるか』


 確かに言われりゃそうか、正直なところ俺は今回どうやって“兄貴やシエルさんに責任の所在が向かずに収めるか”くらいにしか考えておらず、本当に責任を取るべき連中を引きずり出して二人の結婚式的に演出してしまおうと思って団長に例の羽ペンを託しただけだが……予期せずにそれが俺にとっての最終目的『勇者召喚』の根絶に繋がったらしい。

 自分にとって、そして『ワースト・デッド』にとっての最大目標が達成した事を知って、俺は喜ぶよりも膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。


「そ、そうかぁ~、これで変わったんだな『予言書』の記した未来が」

「そうですギラルさん。それは貴方が、貴方だからこそ変える事の出来た未来なのです。最初から才ある強者でも、恵まれた環境下にいた権力者でもない。地獄を知ってなお立ち上がり、ただひたすらに自身の努力と経験を元に自分に出来る最大限を常に頑張って来た貴方だからこそ、邪神は……サクラさんは消える事が出来たのです」


 サクラ……そいつは神様に教えてもらった、神様の世界にある花の名前と同じ。

 そしてそれが邪神、異界の勇者の幼馴染にして恋人の名前である事は涙を流しながら微笑むイリスの表情からも察せられた。

 当たり前な事だったのに、邪神にもちゃんと名前があったという事を今更ながらに気が付く。


『……イリス、最後の聖女よ。そろそろ頼めるか? 我のみでも穴を開ける事は出来るが、この姿では無理やりこじ開ける事になるでな。後が面倒だ』

「……仰せのままに、他世界の厄災殿」


 そして俺が腰を抜かしている間に『マガツヒノカミ』がイリスに何やら頼み事を、どうやら聞いている限りじゃ……。


「お帰りですか? 異界の神様」

『元々コヤツを呼び寄せた理由はこの為だからな。興が乗ったのもあるがなぁ』

「憎悪と破壊、厄災の神様って名乗っておいて結果は世界を救済する為の悪役を担っただけ。何かすんませんでしたね」


 精霊神教の、『聖典』アルテミアの策略とは言え人間側の勝手で呼び出されたというのに、その圧倒的な脅威と禍々しき殺気を振りまく事なく俺達の茶番に乗ってくれたのだ。

 せめて礼だけでも……とは思うのにまだ立ち上がれず、俺は曖昧な例の言葉を口にするしか出来なかった。


『フ……破壊と再生は表裏一体、平穏と厄災もまた然り。結局は貴様の茶番の方が我には面白そうだったという事に変わりはない』

「ははは……その辺は最初から徹底してるっスな」

『後は貴様と同じ……、我も嫌いなのだ。頼まれもせず、良いように動かされるのはなぁ』

「あ~成程、つまりこう言いたいワケっすな」


「『てめ~でやれ!!』」


 結局は全ての厄災、異界の神も気に入らなかったのだ。

 世界を破壊するという願望を持っていて、その願望をあの手この手で自分では無く人の手によってなし得ようとしていた『聖典くろまく』のやり方が。

 憎悪と破壊、厄災の権化であるからこそより一層……。

 それからイリスが何やら見た事のない印を結び『クロック・フェザー』の魔法陣に似ているけど違う魔法陣を浮かび上がらせると、その瞬間に『マガツヒノカミ』の指は魔法陣の中心に向かって吸い込まれるように消えて行った。

 それは余りにも呆気なく、さっきまであれ程の殺気、存在感を持っていたハズなのが信じられないくらいに気配すら跡形も無くなくなっていた。


「早!?」

「……ありがたい事です。時空魔法も時流や次元に干渉するモノは魔力だけではなくあらゆるモノを対価に消費します。ほんの少し開いた次元の穴に飛び込んでいただけた事で“この娘”の消耗も最小限で済ます事が出来ましたから」


 そう言うイリスの額からは、ほんの数秒の事だったにも関わらず大量の汗が流れ落ちていた。

 俺の時、神様の国への扉をほんの少し開くだけで彼女と邪神の全てを力に変換されてしまった事を考えれば、これだけでも相当の消耗があるのだろう。

 額の汗を袖で拭いつつ、彼女もその場に座り込んでしまった。


「これで……ようやく私と言う罪人も終わる事が出来ます。ギラルさん、本当に貴方には感謝してもしきれません」

「よせよ、俺だって本来の流れだったら『異界の勇者』に無様に殺される予定だったんだ。助けられたのは同じだよ。能力的に凡人だったから運よく選ばれただけみたいだけど」


 まあそうだったとしても結果オーライだろう。

 凡人は凡人なりに、影から少しずつのちょっかいを掛けて滅びる予定の世界を救う事が出来たというなら……表舞台の英雄なんぞにゃ元々興味もないからなぁ。

 しかしイリスは静かに、笑みを浮かべて言う。


「いいえ……この世界は貴方でなければ救う事は叶いませんでした。仮に私だったとしたら、過去の時間に戻ったのなら最初に不倶戴天の天敵であるカチーナ・ファークスを救い出し、しかも仲間にしようなどと考えも付かなかったでしょう。真っ先に後顧の憂い無く殺害の方法を選んでいたハズです」

「…………」

「聖魔女の時も、聖王の時もそうです。短絡的に未来の為と勝手に割り切り、未来の敵対者の排除にかかっていた事でしょう。それが成せる力を持っているからこそ、己が憎悪を発露する理由があるからこそ……」


 仮にも聖女を名乗る者が言って良い言葉じゃない気はするが、その気持ちは分かる。

 俺自身もしも“故郷を襲う前”の野盗共の子供時代に行けるとしたなら、まだ悪事を働いていないとしても殺しにかからない自信はない。

 憎悪を含まず適度に知って尚且つ凡人で、最も『邪神』の心からこの世界への関心を盗めるのが俺だった……そういう事だったんだろうな。


「これで思い残す事は……ありません。シエル先輩が幸せになる瞬間をリリ姉が生きて祝福しているのを見られた。あの人と出会い、そして恋心を抱く私という罪人が迎えるには過ぎた最後でしょう……」

「…………」


 そういうイリスの体から、何かの気配が消えつつあった。

 言うまでも無くそれは『最後の聖女』としての、最早到達する可能性が無くなってしまった『予言書みらい』のイリスである事は明らかで……。

 穏かなその言葉の中にウソがある事に、俺は気が付いた。

 勇者召喚を行った日、周囲の思惑や『聖典』の策謀などはどうあれ彼女の胸中にあったのは邪神軍の脅威より人々を救ってくれる英雄の登場だけだったはず。

 それから彼女は長い長い間、こっちの事情で無理やり呼び出した、あらゆる戦いに身を投じさせ辛酸、恐怖、憎悪、絶望を味合わせた、最後には死なせてしまった……そんな罪悪感に苦悩する地獄のような月日を過ごして来たのだ。

 そんな中でも、最後の最後まで抱いていたかった……『邪神』にすら迷惑をかける事も無い、言葉にするつもりも無かった痛く苦しい片想いの記憶。

 それがこの世から跡形もなく無くなるというのに、思い残しが無いなど……。


「安心しろ『最後の聖女』イリス・クロノス。アンタが全ての想い出と共に消え去ったとしても俺だけは、『ワースト・デッド』だけは『予言書』のアンタが『異界の勇者』タケルの事を愛していたって事を覚えていてやるからよ……」

「……ギラルさん」

「流れを変えた俺達だけは消える事は無いんだろ? 『予言書』で俺が知る『異界の勇者』タケル。幼馴染にして恋人、未来で一度は『邪神』として世界を憎んだサクラ。そしてその二人をただの恋人に戻すために、本当は嫌で嫌で仕方が無かっただろうに……男の為に自身の全てを捧げて償いをした俺たちの共犯者なかま、『最後の聖女』イリス。誰も知らなくとも、俺達だけはアンタらの事を忘れないからよ」


 俺がそう言うと、イリスは涙をこぼす事無く……悪戯が見つかった子供のように笑った。


「ありがとうございます怪盗さん。最後に私の最悪を盗んでくれて…………」

「ああ、お疲れさん。ゆっくり休みな……」


 その言葉を最後に、イリスの体から今まであった気配が消え失せて……彼女のは座った姿勢のまま寝息を立て始める。

『最後の聖女』はようやく罪悪感から解放され、穏かな眠りに付く事が出来たようだ。

 そして俺がその事を見届けると、さっきから背後からしていた気配……カチーナさんが座り込む俺に声をかけて来た。


「逝かれたのですか……」

「……つい今しがたね。さっきからいたなら声かければ良かったのに」

「彼女にとって私は殺しても飽き足らぬ不倶戴天の怨敵だったのでしょう? いくら今の私は『予言書みらい』とは違うとしても、美しき末期に出しゃばるべきではありませんよ」

「そうかねぇ?」


 師匠のお下がりの盗賊衣装に身を纏い、カトラスを腰にした彼女はボロボロではあるものの崇高さでは聖女に劣るとも思えない。

 それでもまあ……カチーナさんにはカチーナさんの矜持があるのだろうからな。

 そんな事を思っていると、彼女は中腰になってニッコリと笑った。


「おめでとうハーフ・デッド。『最奥の秘密』はいただき、これで予告達成ですね」

「盗んだんかコレ? 建物から伝承から何から何まで全部ぶっ壊したような気がするけど?」

「いつもの事ではないですか?」

「……ちがいない」


 俺は座ったまま苦笑を浮かべ、カチーナさんとハイタッチをかわした。






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