第二百五十一話 列席者からの祝福の言葉

イリス? Side


 それは不思議な光景、何の因果か計略なのか、それとも巡り巡った運命の偶然なのか?

 この場に集う聖女を始めとする『魔力』という力を行使する人々は皆、今までの概念ではありえないと思っていた事が起こっているのを目撃していた。

 本来他属性の魔力というモノは混ざり合うという事はない。

 魔力を魔法として現出し、その上で重ねる事は出来たとしても“魔力として掛け合わせる”という事は出来ない。

 それは属性を司る精霊は基本的に自己本位で自分勝手、互いに干渉する事を嫌うからと言うのが一般的な認識なのだった。

 だというのに、目の前で繰り広げられる光景はその今までの常識を一瞬で奪い去る。

 元は『奥の院』であった、今は最早巨大なクレーターと化した場所を六方向に散った聖女たちを中心とした人々の中で、一人のゴージャスな縦ロールの髪を靡かせた一人の聖女が錫杖を地に突き立て“祝詞”の言葉を吼えた。


「舞い踊れ!! 情熱の炎、イフリート!!」

「「「「「「「イフリート!!」」」」」」


 そしてその声に応えて炎の精霊イフリートの寵愛を受けた聖女たちが、他の魔導僧や聖騎士たちの魔力も借りて火属性の紅い魔力を解放……そのまま結界のように巨大なクレーター部分を覆っていく。


「清らかなる流れ!! 慈愛の清流、ウンディーネ!!」

「「「「「「ウンディーネ!!」」」」」」

「祝いの福音天高く!! 幸福の風、シルフィード!!」

「「「「「「シルフィード!!」」」」」」

「我らが盟友聖なる光で照らしたえ!! 神聖なる光、レイ!!」

「「「「「「レイ!!」」」」」」

「清浄なる深淵彼らに安寧を!! 二人の世界、アビス!!」

「「「「「「アビス!!」」」」」」


 更に同じようにそれぞれの属性の聖女たちが声をそろえて魔力を解放して行く度に、それぞれの魔力の色が重なり合い、混じり合っていく。

 しかしその色は混沌としたものでは無く、今まで見た事も無いような美しさと安心感、そして何が起こるか分からないというのに恐怖よりもワクワクさせる好奇心を掻き立てさせる。

 逆に代表した彼女が口にしたのは聖女たち聖職者にとっては何の変哲も無い、ごく一般的な儀礼に使われる祝詞でしかない。

 その儀式において聖女が聖女に対して口にする場合、送る聖女の属性は最後にするという決まりがあるのだ。

 無論そんな事は百も承知であり、友人の『婚礼』を喜びたい地の聖女ヴァレッタは自身の守護精霊の名を気合の入った魔力と共に解き放つ。


「豊穣なる大地、愛し合う二人に永久の幸せを!! 恵みの深緑グノーム!!」

「「「「「「グノーム!!」」」」」」


 最後に放たれた黄金の光を最後にとうとう全属性の魔力が混ざり合い、今までの常識ではありえないハズだった最強の封印結界が魔法として現出する。

 それは何百人もの協力で相当な魔力が集まっているハズなのに、急激に魔力が奪われていくのを全員が実感するほどの魔法だったのだが、それでも滝のような汗を流しつつヴァレッタは魔法発動の言葉を、開始の言葉を唱えた。


「全聖女を代表し、わたくし地の聖女ヴァレッタの名において宣言いたします! 光の聖女エリシエル、並びに聖騎士ノートルムの婚礼の儀の開幕を!! 顕現せよ、二人の門出を祝に相応しい舞台!! 『六大精霊エレメンタル結婚式ウェディング』!!」


 まるで結婚式の開始を宣言するかのような呪文詠唱と共に赤、青、緑、金、銀、黒といった各属性の魔力の光が一気に溶け合い、それぞれが反発する事も無く一つの魔法として象られて行く。

 そんな大半の人々にとっては初めての光景のハズなのに、リリーの妹分事『時の聖女』イリスはその色どりについて、つい最近見覚えがあった。


「凄い……けど、これって確かギラルさんとカチーナさんの『婚約書』の色合いに似ているような気がします」


 そう、すべての精霊が等しく協力して祝福を与えるという光景その物が侵入の為の方便に使われ発現してしまった二人の『婚約書』によく似ている気がする……。


「……う!?」


 そんな風に思った瞬間彼女は不思議な感覚に襲われ、急激に意識が遠のき始める。

 それはまるで自身の中に何が別の意思が宿ったかのような感覚だったのだが、異物に無理やり侵入されているという不快感も恐怖の感じない、しいて言うなら記憶に無いのに知っている誰かが自分の体と言う家の中に上がり込んだともいうべきか。

 イリスはそんな感覚と共に強烈な眠気に近い感覚に陥り、意識を手放すと同時に頭の中で何者かが『少しだけ、お借りします』と謝罪したのを聞いた気がした。

 そして一しきり目を瞑り、再び開いたその時には何時もの若々しさ、快活さが鳴りを潜め、数多の苦難を乗り越え、苦渋に耐えて来た事で身に着けた大人の落ち着きを持った何者かの瞳へと変貌していたのだった。


「…………人の身で時への干渉を行い『あのひと』と共に肉体すらも失ったハズの私に、このような瞬間に立ち会わせるとは……皮肉が過ぎませんか? 時空すら超える異世界の神よ」


 イリス(?)がそう呟いた声は小さく、それこそ距離があり聖女たちの合同魔法の轟音が酷く聞こえるハズも無いのだが……そんな彼女の言葉に未だに『奥の院』で宙に浮かぶノートルムに乗り移った存在は、瞬間的に確かにこっちを見てニヤリと笑った。


「いえ……皮肉と言うべきではありませんか。私と『あのひと』の最後の賭けの結果を見せて頂けているのですから」


 イリス(?)は視線を下に向けて、ちゃんと存命で変わらず自慢の狙撃杖を構えるリリーの姿と、己の回復魔法を決して自身に使う事無く傷だらけの『聖魔女』に堕ちていないシエルの姿に……本当に、本当に久しぶりの満面の笑顔を浮かべていた。


「そして終わらせるために正面から貫く事しか出来なかった私に、先輩の始まりを激励する為に“背中を押す”役割を下さったのですから……」


 そう呟いたイリスはつい先日、ようやく知る事になった自身の守護精霊『時の精霊ディクロック』の印を結び、六大精霊のどれでもない今まで見た事も無いはずの魔法陣を作り出す。

 もちろんたった一つの時空魔法『クロック・フェザー』しか使えないハズのイリスには印も魔法陣も知っているハズも無い事であるのに、イリス(?)は迷いなく他の聖女たちと同様に、しかし人知れず祝詞じゅもんを紡ぎ出した。


「病める時も健やかなる時も、愛溢れる時を刻みしディクロック。消える未来を代表し……『最後の聖女』イリス・クロノスから祝福の言葉を……」


                 *


 六色の光が反発する事も無く溶け合い混ざり合い、そしてすべてを纏めるように回り始める。

 ……微妙に思い出すのが恥ずかしくなるけど、それはカチーナさんと侵入する際にやらかした『婚約契約』の時に見た色合いに似ているような。

 その全ての魔力が螺旋を描きつつ俺の、俺たちの体にまとわりついて来て、今まで感じた事も無いような圧倒的な力が湧き上がり始める。

 それは軽く天高くまで跳躍できるような、俺でも一撃で岩石を砕けるのではと思えるほどの従来の身体強化では感じる事の無かった圧倒的なもの。


「こ、これは!? この感じた事も無い力の奔流は!?」

「むおおお!? 漲る……己の力ではないのに圧倒的な力が!?」


 六大精霊、いや全ての精霊が力を貸している事を実感し、同時に精霊たちもこの状況を面白がっている事が分かってしまう。

 つまり全力で俺達にもブライダルアテンダーをしろって事かい!!

 そしてこの場で一番面白がっているであろう宙に浮かぶ兄貴アマツヒノカミに目を向けると、瞬間的に強化された俺達を見て殊更邪悪な笑顔を浮かべた。


『ほお……矮小な人間たちが寄り集まり、精霊共が珍しい事に協調して我に対抗できる力を絞り出したか。では返礼として、我もそれなりの演出はせねばならんな!!』

ズズン……

「ぐわああああ!? な、なんだこの重圧感は!?」


 そう言いつつ兄貴が手をかざした瞬間、地上の俺たちに急激に加えられる圧倒的重力。

 多分これは兄貴の力では無く『アマツヒノカミ』の力の一端、それも指先のほんの爪の垢程度の微量なモノだろうとは思えるのだが、それでも瞬時に俺たちの動きを封じてしまうくらいには強烈であり……身体強化されていなければ一瞬で潰されていただろう。

 だがそんな重圧の中でもいち早く抵抗し、動き出す者がいた。


「ぬううううううううう、高まれ我が下腿三頭筋に大腿四頭筋! 圧倒的な力を前に一番槍の栄誉を我が頂く為に!!」

「ロンメル師範!?」

「行くぞ皆の者! 祝いの言葉を考えて置け!!」


 それは意外でも何でもない、圧倒的な力で押さえつけられるのであれば誰よりも真っ先に力で対抗したがる脳筋代表。

 この期に及んでも強敵との遭遇に大量の汗を流しながらも凶悪な笑顔を浮かべた筋肉ハゲオヤジ、格闘僧ロンメルは真正面から兄貴に向かって飛んだ。


「エレメンタル教会代表! 格闘僧ロンメルよりお祝いの言葉、申し上げるうううう!!」

『おお! 中々早く強いではないか!!』


 ドガアアアアア!!

 突き出された拳はさっきとは違い潰される事は無く、兄貴の左腕がガードする形で激突した。

 その瞬間何の魔法かは知らないが、放っていた左手が塞がれたことでのしかかっていた重圧は消え去る。

 そして体の字自由を取りも出した俺たちは、各々に何の打ち合わせもなく動き始める。

 祝いの言葉を紡ぎながら。


「僭越ながらザッカール王国王国軍を代表いたしまして、調査兵団団長ホロウよりお祝いの言葉を述べさせていただきます」

『む!?』 ガキリ!!


 次の言葉はいつの間にか背後に回っていたホロウ団長。

 さっきの意趣返しという事でもないだろうが、今度は膝蹴りを受ける事も無く右後方から短槍を突き出して右手に握っていた『紅い大剣』で受け止めさせ、さっきよりも下方向に押し込んだ。

 そうどちらも受け止めさせた、さっきは圧倒的な技量のせいでどちらも不発だったのにどちらも動きを止めさせる事が出来た。

 見た目では地味なのだが、さっきとはこの辺が圧倒的に違う!

 そして団長が兄貴を下に押し込んでくれた事で、俺の罠が真価を発揮できる。

 俺は張り巡らせていた魔蜘蛛糸に仕込んでいた場所に向けて、鎖鎌『イズナ』を振りかぶる。


「新郎友人代表! 冒険者パーティー『スティール・ワースト』所属、Cクラス盗賊のギラル! そら兄貴! そろそろお目覚めの時間だぜぇ!!」


 糸の仕掛けを断ち切った瞬間、張り巡らせた全ての魔蜘蛛糸の封が解かれる。

 張り巡らしていた糸はそのまま蜘蛛糸の中心に押し込められた兄貴の全身を一気に絡めとり始めた。

 さっきまでのホロウ団長すら手玉に取る体裁きを使われていたら全く効果が無かったのだが、二人が動きを止め、僅かに下に落としてくれた事で効果を発揮できた。


『なるほど、蜘蛛糸にこのような使い道がな。野盗のなりそこないにしてはやるものよ』

「たいして時間稼ぎにゃならんだろうが…………カチーナさん!!」


 その気になられたら一瞬、それこそザッカールの時の『黒い巨人マルス君』より簡単に引き千切られてしまうのは明白、俺は間髪入れず次の祝辞にバトンタッチする。

 次の祝辞、カチーナさんは心得たとばかりに頷くと、この場において唯一自身の立ち位置が理解できていない……いや理解できても踏ん切りがついていない人物、シエルさんの背後に立って襟首をガッチリと掴んだ。


「本来この立ち位置はリリーさんのモノだったでしょうが、トリを考えると私が担うしかありませんね。さすがに私では“身内”を名乗るのは憚られますから」

「へ? 何を……カチーナさん?」

「新婦友人代表! 同じく冒険者パーティー『スティール・ワースト』所属、Cクラス剣士カチーナ! さあお行きなさい花嫁さん、君らに似合いのバージンロードを!!」


 カチーナさんは戸惑いを見せるシエルさんの言葉には耳を貸さず、スピードと技術が信条の彼女には珍しく、力一杯大地を踏みしめて上空へと向けて振りかぶり……そのままブン投げた。


「うわああああああ!?」


 いつもの彼女であったらここまでいい加減なパワープレイは出来っこないのだが、これも偏に精霊の祝福による強化の結果なのだろう。

 そして上空に放り投げられたシエルさんだったが、やはり最後の一押しは最も一緒の時間を過ごして来た無二の親友。


「……この場に大聖女ばあちゃんがいなかったのが心残りだね。確かにこの場で代行できるのはアタシだけだろうけどさ」

「リ、リリー?」


 リリーさんは使わずに残していた魔蜘蛛糸を足場に狙撃杖を構えつつニヤリと笑った。


「新婦親族代表! 元『光の聖女の護手』にして現冒険者、魔導僧リリー! とっとと幸せになりやがれ! 我が最高の悪友!!」


ボオオオオオン!!

「わひゃあああああああ!?」


 放たれたのは殺傷力無しの爆風を発生させる風の魔弾。

 発生した爆風はそのまま上空のシエルさんの背中を強烈に兄貴の元へと押し出したのだった。


「あ、ああ、ああああああああもおおおおおお!!」


 最早一条の流れ星になったシエルさんは何かを諦めたのか、それとも開き直ったのか……右手に輝く『聖女の印』を兄貴の元へと伸ばして、そのまま体当たり気味に抱き着いたのだった。

 その表情はここからでは相当に距離があるにも関わらず、真っ赤になっていた。


「こんなみんなが見ている前で…………責任は取っていただきますからね、ノートルムさん!」

「……!?」


 そして、そのまま重ねられる二人の唇。

 大神殿に集まった人数は総勢千人は超えるとは思うけど、そんな中、しかもドセンターのお立ち台で交わされた神聖な接吻は……当たり前だがその全員が目撃者となる事を意味し……。


「「「「「「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」


 知り合いもそうでない人も、老若男女問わずに目の前で起こった出来事に感動なのか歓喜なのか、それとも好奇なのか……漏れ出て重なる悪意のない声が辺り一面に響き渡る。

 注目を受けて集中する二人を他所に、右手から緩んだ『紅い大剣』を俺がロケットフックで回収している事に誰もが気が付く事も無く。


「これから絶対に祝福ムードの面白い事になるんだろうになぁ……」


 俺は瓦礫と化した『奥の院』の地下部分へと走りつつ、またしても二人のラブシーンを自分だけが観察できないという悔しさに、一人愚痴ってしまった。






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