第二百四十九話 団長さんへの無茶ぶり

「いずれにしても、何とかして隊長殿の動きを止めねば始まらんのであろう? とにかく接近戦は任せて頂こう!!」


 そう言いつつ、細い蜘蛛糸の上だというのに地面と同じようにしっかりと踏みしめる動きは変わらずに兄貴へと突っ込んでいくロンメルのオッサン。

 つい数日前にあのオッサンに追い回された時を思い出し、短期間でもうこんな足元のおぼつかない状態での攻撃に慣れ始めているのかと思うと微妙な気分だが……味方であると考えれば頼もしい限り。


「さあ、渾身の我が一撃! 受けてみよ!!」


 そして相変わらずの高笑いをしてのオッサンの拳は跳躍による勢いも乗せて、相当な勢いで宙に浮かぶ兄貴へと一直線に向かう。

 しかし避けるか受けるか、二つに一つかと俺は思ったのだが……兄貴が取った手段はどちらにも当てはまらず。


ドゴオオオオオオ!!

「むお!?」

『…………』


 およそ生身では起きるハズも無い轟音が響く。

 何と兄貴は岩盤すら砕くロンメルの拳を“自分も同じように”拳を突き出して真正面からぶつけたのだった。

 しかも、それどころか……。


「ぐあ!?」

『……人の身でそこまで研鑽を積んだ拳……見事と言っておこう』


 その拳の激突を制したのは、体格も筋肉量も圧倒的に劣るハズの兄貴の方だった。

 マジかよ、今の兄貴は『アマツヒノカミ』が乗り移っているとはいえ、向こうは遊びで“兄貴のポテンシャル”で相手している状態だというのに、あの筋肉ハゲオヤジが力負けした!?


「まだです!!」

『む!?』


 しかし驚いている暇も無く、オッサンに追撃する形で掛けるカチーナさんが“上から”斬撃を見舞い、兄貴は反射的に反対の左手の大剣で受けた。

 そして当然、その瞬間だけは両腕が塞がった状態になってしまい……次の瞬間には背後に回ったホロウ団長が手にした短槍を兄貴の脇腹に突き付けていた。

 この間、俺の目にはホロウ団長の動きは全く感知出来ていなかった。

 さすがは調査兵団団長……この瞬間は不気味さよりも、むしろその人外な強さに賞賛すら送りそうになったのだが…………ホロウ団長は短槍を突き付けたまま、それ以上動かなかった。

 ……いや、動けなかったのだ。


「……驚きです。もしや私の気配が読めたのでしょうか?」

『いいや、ただの動体視力よ。覚醒状態の子の男は喩え砂粒の動きであろうと見極める実力を持ち合わせているという事だ』


 まるで最初から“その場所”に置いていたかのように、兄貴の膝がホロウ団長の脇腹に既に突き刺さっていたのだ。

 そしてまたもや感知できない動きでホロウ団長が消えたかと思えば、俺の近くに戻ってきており……脇腹を抑えてわずかに顔を歪めた。


「ふう……全く、クリーンヒットなど何十年ぶりの事でしょうか? 恋心でパワーアップとは、若いとは良いですね」

「我も力負けなど童の頃以来であるな……。むう、これは幾らか骨も折れたか……」


 そして同様に距離を取って右手をプラプラさせるロンメルのオッサン。

 最強格のこの二人がダメージを負ったという事がショックではあるものの、どちらも嬉しそうにしているのが何とも緊張感を削いでくれる。


「関心してないでくれますかね……。こちとら戦力的にアンタらが最大戦力だと言うのに」

「いけませんよ? 所詮私など本来出しゃばるべきじゃない年寄りです。過度に目立つ役割は担うべきじゃありません」

「裏方に徹するのは怪盗おれたちも同じなんだから、固い事は言いっこ無しですぜ? 団長殿。何やら秘策もあるようですし、共同作業にするなら猶更に」

「ふ~む、君も随分と私に慣れて来たようですねぇ。調査兵団の亡霊とここまでフランクに話してくれる若者はほとんどいないと言うのに」

「生憎俺は既に一回死んでるらしいんで……バイザウェイ・デッドさん」

「あはは、確かにそうでしたね。ハーフ・デッド殿」


 呆れているのか楽しんでいるのか、手を広げてそんな事を言うホロウ団長。

 まあ、ほぼ気配もしないようなヤツと怯えずに話せるには本当に何も知らないか、そうでなければ匹敵するほどの実力者だけだろうしな。

 及ばずながらも相手の実力を感じ取れ、絶対的に力量で敵わない俺なんかがそんなヤツに慣れてしまうというのが特異な事だろうけど。

 一しきり笑うとホロウ団長はチラリと視線で上の方、一階部分から怯えながらもこっちを見ている連中を示した。


「君の確証のない賭けに乗る形になるのですが、今オリジン大神殿には幸か不幸か聖女を始めとした大勢の高魔力所持者が揃っています。そんな連中の大半が人知を超えた異界の神の降臨を目撃しています。ここまでは良いですか?」

「え……ええ」

「ここまで大々的な脅威を魔法の専門家たちが目撃しているのです。反対に言うなれば、宗教的に名を上げる絶好の機会と言っても過言ではないでしょう?」

「……あ!?」


 俺はそこまで聞いて団長が何を目的にしていて、ここに来る前に下準備をしていたかを理解した。

 確かに“ソレ”をするのだったら大々的な規模となって、微妙に気に食わないところだがオリジン大神殿というか精霊神教にとっては今世紀最大の功績みたいになるだろう。


「さっきも言った通り、あの方が君の言うように遊んでいてくれるならという仮定を踏まえての演出になりますがね。それに……ロンメル氏が言うように精霊の好む聖女たちは別にしても、他の信者たち……聖騎士、魔導僧、格闘僧、それに一般の信者たちが恐怖に慄くことなく演出に乗ってくれるかどうかは未知数ですがね」

「…………」


 確かにその演出を成立させるためには聖女たちだけでは不十分、特別な者たちによる功績では無く信者たちが一丸となったってこじ付けが必要不可欠になってくる。

 俺は瞬時に辺りを見渡し、思考を巡らせて使えそうなモノと情報を整理する。

 未だに積極的な攻撃には出ずにカチーナさんとロンメル氏の接近戦とリリーさんの弾丸を余裕でいなし、かわし、カウンター気味に攻撃を繰り返す“遊んでいる”兄貴アマルノヒノカミ

 一階部分から見下ろす大勢の信者たち、この状況でも瓦礫の上でオロオロしているシエルさん、他の仲間は誰もいなくなってしまった気絶している精霊神教最高権威の大僧正ダダイログ。

 んでもって……さっき闇の大神殿と自称闇の大聖女から失敬しておいた……。

とりあえず信者たちにとっちゃ、大僧正何て雲の上の存在。一応は精霊神の代行者、唯一『聖典』の言葉を伝える者として知れ渡っているハズ。

 そうであるのならば……。

 俺は眼下でまごついたままのシエルさんに向かって、一冊の古めかしい本を投げ渡し……声を上げる。


「シエルさん! ソレをソイツの傍らに置いて、目を覚ます程度に回復魔法をかけてくれ!!」

「……え? ええ!? 一体何で……だってこの人は」

「早く! 説明なら後でするから!!」


 まあ彼女が混乱するのも無理はない。

 何せさっき三人がかりでようやく倒した大僧正ダダイログを復活させようってんだからな。

 しかし詳しく説明している暇も無い。

 俺はシエルさんが渋々と絶賛気絶中のダダイログの傍に向かうのを確認してから、ホロウ団長に向き直り……一本の羽ペンを差し出した。


「……? ギラル君、それは?」

「生憎俺は文才はあんまり無いので、短時間で申し訳ないですが……一つ創作活動をお願いしたいのですよ司書様」


 さっき細切れにされたアルテミアが自慢げに見せていた遠方からも『聖典』に文字を記す事が出来るらしい羽ペン……ヤツから唯一失敬することが出来た戦利品。

 そして俺はホロウ団長にそいつを渡して、結構な無茶ぶりをかます。


「締め切りは5分くらいですかね……もっと短いかも。今この瞬間だけ『聖典』になっていただけます? 今世紀最大の精霊神教の奇跡を全ての人が未来永劫語り継がれるクラスの演出をする為に」

「君……司書というものを勘違いしてないかい? 創作は専門外なのだが……」

「大丈夫っすよ。本来の『聖典』ですら数百、いや千年もの間正体すら知られなかったんですから、間違いなく裏方での演出家で済みますから」

「……君も中々にやってくれますね」


 今代大僧正の傍らに置いた古めかしい本『聖典』と、その聖典に文字を書き記す羽ペン、そして……『聖典』の文字、お言葉であるなら無条件で善も悪も関係なく盲信する精霊神教のトップ。

 それらを踏まえて何を頼まれたのかを察したホロウ団長の表情は……見た事も無い程渋い顔になり冷や汗を流していた。

 なんとなく、その瞬間だけはちょっとだけ“やってやった”気分になったのは内緒である。



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