第二百四十八話 しゃしゃり出るオッサン共

 そして俺たちが戦闘態勢に移行するのを見計らったように兄貴の体が上空へと浮かび始め、一定の高さ、一階部分から見下ろしていた連中と同じくらいの目線まで上がり……全身から紅い光と威圧感を解放する。


『オオオオオオオオオオ!!』

「「「!?」」」


 その威圧感の内容が殺気なのか魔力なのか、あるいは邪気なのかは俺には感じる事は出来ないが、相対した人間なら誰もが絶対的に自分には敵わない巨大な力を感じ取ったはずだ。

 少なくとも一階部分で外野をしていた少なくない人数が腰を抜かすのが見て取れる。

 だけど俺達ワースト・デッドはもう恐怖に竦む事はない。

 恐怖を感じてないワケじゃない……開き直っただけだ。

 元より俺たちは冒険者、命をベッドに仕事するのは何時もの事。

 負ければ死ぬのは世界を滅ぼしかねない巨大な神であろうと、教会に不当な生態評価をされるゴブリンであろうと変わらない。

“ロッククライミングで10メートルを超えれば落ちたら死ぬ事実は変わらない”

 まさにガキの頃、俺の神様が教えてくれた通りなのだ!


「ドラスケエエエエエ! 準備は良いか!!」

『骨遣いが荒いなぁ、相変わらず』


 そして俺の声にさっきから人知れず飛び回っていたドラスケが、渡していた『魔蜘蛛糸』の糸玉を投げ寄越して来た。

 コイツだけはさっきの『アマツヒノカミ』の威圧感に動けなくなる事もなく動けていて、そして俺らの中で唯一動けていたからこそ頼んでいた仕事があったのだ。

 アンデッド、既に死んでいるからこそ死の恐怖を感じないとかあるのだろうか?


『しかし良いのか? いつも以上に広い範囲だからのう。またしても赤字ではないか?』

「ぐ…………それはもう、後で考える。魔蜘蛛糸結界、発動!!」


 俺は半場ヤケクソ気味に渡された糸玉から繋がるすべての糸の支点を引っ張り、『奥の院』に出来たクレーターの全体、四方八方に張り巡らせた魔蜘蛛糸を全て立ち上げる。

 その瞬間、宙に浮かぶ兄貴マガツヒノカミを囲むように、糸の結界……俺達の足場が完成する。

 要するにいつものやり方、いつもの手なのだが……今回は町中とかよりも遥かに範囲が広く足場を作るだけでもほとんどの糸を使い切ってしまったのだった。

 それは赤字なのは間違いなく、この先の戦闘で『魔蜘蛛糸』をこれ以上使えないという即物的な危機も意味していた。

 けど、最早後先考える段階ではない。


『ほう、宙を舞う我に対してこのような手段を講じるか。飛べぬ盗賊の浅知恵とは言え……』

「ご存じの通り、俺は今も『予言書みらい』もどっちであっても凡人でしてね!!」


 そう言いつつ俺は新武装の鎖鎌『イズナ』の分銅を魔蜘蛛糸を足場に兄貴に接近しつつ、その上で糸を避ける動き『女郎蜘蛛』で背後から攻撃する。

 相変わらず、そんな動きだというのに鎖の音も空気を裂く音も一切聞こえない一撃。

 そしてカチーナさんは何時もの稲妻のような直線の動きを糸を足場に繰り返し接近、正面から斬り掛かり、一番遠距離のリリーさんもフワフワとした羽の如き跳躍で魔弾の連射を加える。

 それは実に息の合った3点同時攻撃だったハズ……。

 しかしそんな自画自賛出来るほどの同時攻撃だったのに、兄貴は余裕の表情で“ほんの少し”動いただけで全ての攻撃がスカされた。


「……え?」


 一番最初に呆気に取られた声を上げたのは最も接近したカチーナさん。

 彼女だって自分の攻撃がかわされる想定はしていただろうに、3人の攻撃全てが避けられるとは思っていなかったのだろう。

 俺の背後からの攻撃は少し首を傾げただけ、カチーナさんの斬撃は一歩右足を後ろに引いただけ、リリーさんの弾丸は手元で大剣を翻しただけ……それだけで全ての攻撃が流されてしまったのだ。


『ふむ……良く研鑽されたチームワークではあるが、コヤツの慕情からの研鑽にはまだ届かん』

「ガグ!?」

「!? カチーナさ……ぐ!?」


 そう言いつつ兄貴が体の泳いだカチーナさんに蹴りを繰り出したと思うと、彼女の体がそのまま俺の方へと吹っ飛ばされて来た。

 咄嗟にキャッチ……とは行かず、ほとんど体当たりの状態で肺の空気が持って行かれる。


「ゲホゲホ……ドンマイ」

「痛つつ…………すまない……」


 俺は軽口を叩きつつ態勢を立て直し、その場を動かずにニヤニヤと笑みを作る兄貴へと視線を戻す。

 そして追撃を掛けないその様に、これでも相手に遊ばれている……いや“遊んでくれている”という事に少し安堵する。

 今の“技術”は巨大で理不尽な力でもないんでも無い、兄貴の、聖騎士第五部隊隊長ノートルム本来の力に由来している事がハッキリしたのだから。

 ただ逆に言えば、本来の兄貴は俺たちをあしらえるほどの実力者だったという事になるのが少々癪ではあるが。


『無駄な動きを削ぎ落し、さりとて力の強さを軽視する事なく、たった一人の女を守る為にのみ研鑽を重ねた男の実力。その女を奪い返す為であるからこそ真価を発揮するというモノ』

「あ~~~~~、成程」


 さすがは神の類、その見解に納得せざるを得ない。

 元々兄貴に取っちゃ聖騎士の称号も精霊神教の信仰も『光の聖女エリシエル』に並び立つ為の記号でしかない。

 惚れた女の為ならば、一緒に歩む為ならば地獄の底でも共にする野郎なんだからな。


「舐めたつもりも無いのに、それでもまだまだ見積もり甘かったか?」

「そう? シエルをモノにしようってんだから、これくらいの気概は見せてくれないとあの鈍感ちゃんを分からせる事は出来なかったんじゃない? 脳筋を落とすなら、同じ土俵ででも上に立つつもりで行かないと」

「……どこまで行っても脳筋共は」


 笑いながらそういうリリーさんだが、彼女も今の攻撃を“ノートルムの兄貴として”見事に流された事に驚いているようだ。

 さてどうしたモノか……。

 しかし俺が少し攻めあぐねていると、不意に暑苦しい風が横を通り過ぎていく。

 いつも通りの暑苦しくも楽し気な……誰よりも脳筋を体現したような笑い声と共に。


「グハハハハハハハ! ギラル……もといハーフ・デッドよ! 我も混ぜるが良い!!」

『むお!?』


 そう言って勢いそのままに兄貴に向かって拳を放ったのは予想通りの筋肉ハゲオヤジ、格闘僧ロンメル氏であった。

 さすがの兄貴も接近戦であのオッサンの拳を流すのは難しかったのか、『紅い大剣』の腹を使ってそのまま受け止めた。

 そしてロンメルはそのままの勢いで距離を取ったかと思うと、俺たちの傍の『魔蜘蛛糸』に起用に着地を果たす。


「むうう、あの大剣はただの鋼ではない。我の拳でもヒビ一つ入らんとは……」

「ロンメルさん、アンタは……」


 どう言って良いのか分からず呻く俺に、オッサンは相変わらず暑苦しいスマイルを向けた。


「おお、災難であったな皆。侵入の為にあえて怪盗に扮している事情はホロウ殿から大まかには聞いておる」

「お、おお……まあ……」

「水臭いではないか! このような好敵手との戦闘に我を混ぜてくれないなど!!」

「は……はあ……」

「敗北するかもしれん、死する危険が高い……。久方ぶりだ……この緊張感、この危機感……久しぶりに我が肉体はが、筋肉が恐怖と歓喜に震えておるわ!! 滾る、滾るぞおおお!!」


 そう言えば俺たちは今、身分を偽る目的で怪盗ワースト・デッドに化けているという本物が偽物を名乗るというややこしさを今更ながらにロンメルの言葉で思い出した。

 相変わらずのバトルジャンキーぶりだ。

 こんな化け物、巨大で理不尽な存在を前にしても戦いたい欲の方が勝ってしまうとは。

 ほんっと……コイツは。


「……君の気持ちは分からないでもありませんがね。この場では一瞬でも気を抜くのはお勧めしませんよ? 喩え相手が遊びであっても、魔物の遊びは容易に小動物を殺すのですから」

「……え?」


 しかし呆れている俺の横から、気配も何も感じないのに突然横からたしなめる声が聞こえて来た。

 その人物は何時もの図書館での法衣に身を包んだ、一見日当たりの良さそうな……それでいて仲良くはなりたくない胡散臭さを持ちつつも、今まで見た事も無い程の緊張感を表情に浮かべていた。


「それで? 君はどういう意図であのような怪物と相対しているのですか? 正直に言えば正攻法ではこの瞬間、聖都の全戦力を投じたところで全滅は確定的です」

「ホロウ団長……元はと言えばアンタの部下経由での厄介事なんですがね?」

「それについては返す言葉もございませんが……」


 そう言って気まずそうに頬を掻く調査兵団ホロウ団長。

俺の知り合いの中では断トツの強者で未だに戦っても勝ち筋の見えない筆頭だというのに、そんな彼がここまであからさまに焦りを見せているのがどこかで信じられなかったが……逆に困った顔の彼に初めて人間性を見た気するのだから不思議なモノだ。


「当然、正攻法など考えにも入らないっスよ。要約すると、俺たちは今花嫁の為にバージンロードを作ろうとしているんです」

「……バージンロード?」


 怪訝な顔になるホロウ団長であったが、俺がこれからやろうとしている“博打”の内容を説明すると「ふむ」と一言呟き、同時にロンメルのオッサンも「ほう」と声を漏らした。


「なるほど……確かに私たちに出来そうな介入はそれしかなさそうですね。ならば……そのバージンロードとやら、ワースト・デッドのみではなく我ら調査兵団、いえ『ザッカール王国』も一枚噛むべきですね」

「それは我らエレメンタル教会だけではない、オリジン大神殿、精霊神教全ても共同作業と行くべきであると考えるなぁ……」

「多少の下準備はお願いして来ました。後はまあ……この場にいる精霊神教の信徒たちがどこまでの気概を出せるかに掛かっておりますが」

「……であるな。まあこの場に踏みとどまれる根性がある者たちなら問題なかろうが」

「一体、何をするつもりで?」


 こんな状況だというのに、黒い、どこか愉快犯的な事を言い出す二人の助っ人に何かとんでもないモノを感じてしまう。

 もうこれ以上の大ごとは勘弁してほしいもんだが。





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