第二百四十四話 原初の憎悪を抱きしモノ

 それは本当に問答と言うよりは単純な一言。

 言うなれば物凄く率直な疑問でしかない。

 しかしそんな単なる疑問に歴代闇の大聖女を長年に渡り別人として担ってきた事や、古代亜人種の系譜である事を暴いた事よりも遥かに動揺を……これまで全く見せなかった感情の動きを大聖女アルテミアを名乗る何者かが見せた。

 嫌う、憎む……言うのは簡単だが精霊神教って精霊に重きを置く組織に取って、それは背信と言っても間違いない冒涜行為に当たるハズだ。

 ホロウ団長よりも長い年月をそんな組織に居続けていると言うのに、そんな感情を抱いたままで信者何て出来るモノなのだろうか?


 アレ? なんだろう……冒涜的な思想で信者を続ける事は出来ない?


 単純に、本当に単純に考えて思いついた精霊を嫌っている発想を持った古代亜人種の系譜が長年に渡って裏で操っていた組織……精霊神教が最初から教義として崇めているのは精霊だったか?

 この宗教組織の名は精霊神教……精霊を“従える”精霊神を上に置く事を至上と謳っている。

 それは数々の都合のいい解釈の教義を重ねて来た精霊神教が最初から抱えている教えだ。

 俺は知っている……精霊神の正体はナニか。

 そして精霊神教という組織がその事を知っていた、知っていたからこそ精霊という存在を貶めたくて“最初から”そういう皮肉と実益を込めて精霊神教というモノを作り上げたと言うのならば…………。

 今もなお衰える事のない異質な殺気とは別に、ひたすらに世界の破滅を望んでいるようにしか思えない目の前の何者か。

 単純に、単純に、最も単純に……歴史の年月の長さは別にして、登場する者が複数である必要はない。

 え? …………つまり、そういう事?

 目の前にいるコイツは歴代の闇の大聖女にして『聖典』、そして……。


「まさか…………精霊神教を千年も前に作り出したのは…………!?」


 俺はその思いつきを最後まで口にする事が出来なかった。

 気配も何もなく唐突に眼前に現れた大聖女の斬撃が自分の首元に迫るのを、かわし切るだけで精一杯だったからだ。

 それは邪気による不意を突いた攻撃とは違う、純粋な速さによる経験を糧にした技術。

 これまで闇の精霊魔法を偽ってまで秘匿していただろうスピードの一端を見せた大聖女の瞳は金色に輝いていて、フードから一瞬のぞかせたのは特徴的な尖った耳。

 俺はその事実にようやく悟った。

 今思いついた予想が『予言書』に至る道筋の原点なのだという事を。


「驚きです。貴方のような若輩の、人間がそこまで考え至るとは……ハーフ・デッド、貴方は一体何者なのです?」

「アンタが、いや“アンタら”が千年もかけて準備した計画の成功例を知っている……それだけさ!」


 体勢を崩した俺に更なる追撃を仕掛けるアルテミアの斬撃をバク転でいなし、お返しにダガーを投擲してやるが、巨大な鎌を軽々と手元で回転させてアッサリと受け止められる。

 巨大な武器に見えても重量が皆無な『邪気』で作られた武器の取り回しは常識的な経験則を狂わせやがる。

 内心でそんな事を愚痴ると巨大な刃の陰から再び覗かせた表情は……既にこれまで見て来た大聖女アルテミアとは異なる違うモノに変わっていた。


「成功例を……知っている? 知っている? 知っているとはどういう事? 計画を知っているという事? いや、そんなワケがあるワケがない……人間の、こんな十数年足らずの赤子の如きモノに漏れるハズは…………ナンダ……ナンナノダ? ナニヲ知ッテイルトイウノダ?」

「理由なんてどうでも良いだろ? 俺は結局は人任せにしようとか考えているような化石みたいなヤツの物語にケチを付けるためにここに来た。それだけなんだからよ!」

「ナンダ……と?」


 自分が、自分たちがこれまで誰にも悟られることも無く計画を進められていたという自負、自信があるからなのか、自分よりも劣るとしか思っていなかった者、それこそ感覚的には赤子同然にしか思っていなかった怪盗おれが自分が知らない事を知っているという事に納得が行かないのか、今までにない程感情の起伏が激しく口調も怪しくなった来た。

 俺が知るコイツの計画の成功例……そんなのはどれ程長命であっても、謀略に長けていようとも予想できる事じゃないだろうがな。


 喩え原初の古代亜人種……千年前に滅ぼされたエルフ本人であったとしても……。


ようやく点と点が繋がった……『予言書』で俺が神様に魅せられた未来の道筋、そいつは千年も前から計画され続けて来た滅ぼされたエルフたちの復讐の物語だったのだ。

『三大禁忌』を巧妙に隠しつつ異界の勇者をトリガーに、この世界に一切の慈悲も愛着も持たない最恐の邪神を生み出す千年に渡る計画。

 果たしてコイツは『予言書』の物語ではどんな想いで邪神が世界を滅ぼす様を見ていたのか。

 少なくとも勇者に真っ二つにされるようなゴミに邪魔されるなどとは思っていなかっただろうがな。


 だが……アルテミアが苦悩している中、何の脈絡もなく敵も味方も全てが動けなくなるほど、世界が食い殺されるとすら思えた圧倒的すぎる強大な殺気が一瞬にして消え去った。


「……!? 何事です」

「何だ突然……“むこう”からの気配が消えた!?」


 それはまるで燃え下がる炎が瞬時に消え去ってしまったかのような唐突さで。

 見渡してみると、さっきまではあれほど禍々しい紅い光を放ち続けていた魔法陣が何の反応も無いただの床の落書きと化していて……召喚魔法そのもの止まっていたのだ。

 これは……。


「へ? は……もしや魔法陣の魔力が尽きた?」

「あの呼び寄せられた存在を召喚するには、一晩の蓄積では魔力が足りなかったのか?」


 そう口にしたのは腰を抜かしたままの精霊神教の研究員たち……連中は召喚魔法の実験が途中で頓挫した事を理解しつつも、どこかホッとしたように言う。

 自分たちの実験が原因で対処する事も出来ない圧倒的な存在を召喚してしまうところだったと考えるなら、致命的な失敗が起こる前に中断できたのは不幸中の幸いとばかりに、まるで終わった事のように……。

 そして終わったと思った一人の研究員の男はいち早く立ち直り、次の召喚研究の調査の一番手柄でも狙うつもりなのか、ヨロヨロと魔法陣の中心部へと近寄っていく。

 俺もアルテミアも、戦闘職である連中が誰一人として中心に近寄ろうともしていない事に気付きもしないで。


「バカヤロウ! “ソレ”に近寄るな!!」

「……へ?」


 パン…… 次の瞬間、俺の声に間の抜けた声を漏らした男の頭部は軽い音を立ててアッサリと砕け散る。

 魔法陣の中心に残された“ナニか”の指先によって。

 召喚魔法陣が断絶された事で強大な“ナニか”とは断絶する事が出来たのだが、そこに残された“ナニか”の指……それは未だに脈動を繰り返し、本体同様殺意を振りまいている。

 それが本体の数百、数千分の一の力だとしても、この場にいる敵味方を合わせた戦力だけじゃない、聖都全部を合わせた人々の力を結集したとしても相手にならない程の力を持っているのが分かってしまう。

 強大なさっきまで感じていた殺意が火山だとするなら今感じているのはドラゴンのブレスといったところだろうか?

 素人にありがちだが相対的に巨大な災害の後でそれよりは小規模な災害を軽く見てしまうような感覚で近寄った研究員は命を奪われたのだ。

 どっちだって死の危険がある事など分かっているハズなのに……だ。

 そしてそんな失態を犯した、ある意味自分の部下で同門のハズの者の死をアルテミアは冷たい目で眺めていた。


「あらら……所詮は魔導研究のみの頭でっかちはこういう時に使えません。まあ“アレ”の力を図るには丁度よかったかもしれませんが」

「随分な物言いだな。アンタにとってお望みの存在を“アレ”とか」

「私の目的まで読み切った貴方にはお分かりでしょう? 私に目的、望む結果を齎してくださるなら、どんな方でもどんな存在でも良いのですから」


 冷徹、冷淡、大聖女なんて名乗っておいて信者も同僚も使い捨ての道具としか思っていない……そんなある意味では平等なアルテミアの瞳は正しく、正気であり狂っている。

 利用できるなら、自分の都合に合うのなら何でもいい……それはまるで『予言書』の四魔将だった聖騎士カチーナ・ファークスにも似通った思考。

 曰く、何も信じていない狂人の目。

 そんなヤツが望んだ存在の指先は、たった今頭を吹っ飛ばした研究員の体が崩れ落ちるのと同時に紅い光に包まれる、というか“紅い光になって”そのまま物凄いスピードで広間の壁をすり抜けて行ってしまった。


「一体どこに………………って!? あっちの方角は確か……」


 それは最早『気配察知』の五感強化も必要ないくらい近付いている事が分かっていた知り合い(?)の気配がしていた方向。

 今まさに『召喚魔法陣』に最大の影響を与えていたと思しき元凶である事を思い出したのも束の間…………“ドン!!”という『奥の院』全体を揺るがす程の轟音と衝撃を感じると、突然消えたと思っていた膨大な殺意に匹敵するような巨大な気配がそっちの方角に発生したのだ。

 しかしさっきとは違う……誰彼構わずの殺気ではない、明確に何かに対してのみ憎悪を向けた殺意を持った“ナニか”恐ろしい存在。

 その気配だけで、目にしてもいないのに俺は慌てて仲間たちに声を上げていた。


「密集! ペネトレイト防壁を!!」

「分かってます!! 光域盾レイ・シールド収束展開!!」


 再び何が起こっているのか分からずうろたえ始める精霊神教の連中とは裏腹に、魔力や殺気のヤバさをいち早く察知した俺たちは、ほとんど体当たりをするような勢いでシエルさんの下に密集した瞬間、彼女は一メートルも無いであろう範囲を限定して光属性の防御魔法を展開。

 範囲を小さくする事で守りを分厚く強固に……光の聖女である彼女が咄嗟にそんな判断を下したのが全く持って正しい判断だった。


 何故なら次の瞬間には、『奥の院』の地下施設であるはずのこの場所から空が見えたのだから。


「……は?」

「マジで?」


 音も無く上の階が消え去った……何がどうしてそんな事になったのか考える事を放棄したくなったが、それが圧倒的なパワーを上に放つ事によって『奥の院』の地上部分を吹っ飛ばした事に、遅れて降り注ぎ始めた瓦礫によって知る事になった。


 ドドドド、ガガガガガガ……!!

「う、うわあああああ!? た、助け……」

「一体何が起きて……グギャ!?」


 シエルさんの強固な魔法のお陰で俺たちはそんな状況の中でも無事でいられるのだが、外側からは防御の手段を持たない者たちの悲鳴も聞こえてくる。

 だがそんな状況下にも関わらず、激しい音や信者たちの悲鳴に交じり……実に嬉しそうな、恍惚の笑みを浮かべていそうな声が聞こえて来た。

 この時ばかりは盗賊が聴覚に優れている事が恨めしくなる程、胸糞の悪い大聖女と名乗る古代亜人種の喜びの声が。


「素晴らしい…………」




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