第二百四十二話 仲間外れにしたくない命名
自分たちが苦戦したアルテミアの猛攻を余裕の笑みすら浮かべていなし続けるハーフ・デッド、ギラルだったが突然慌てた様子で叫んだ事にワースト・デッドの女性陣は一瞬手を止める。
「なんでしょうギラ……ハーフ・デッド、何か良からぬ事でも?」
「う~む……アイツのあの反応は、良くない前兆だね」
「ですね……。彼は基本的に用意周到な慎重派ですから、多少の計画変更で慌てふためくタイプでは無いです。よほどに予想外な案件が発覚したとしか……」
つい先日仲間入りしたシエルとは違い、いい加減付き合いも長くなってきている二人にはギラル切羽詰まった時の反応は分かってしまう。
そして、そういう時は大抵面倒な事が発生したという事も……。
しかしだからと言って、彼女たちも希望通りに急いで召喚を止められるかと言えば……。
「ふん、余所見とは余裕ではないかワースト・デッドとやら!」
「「「!?」」」
次の瞬間に突っ込んで来た巨大な氷の塊を三人ともが散り散りかわすが、氷の塊はそのまま地面を回転しながら滑って、弧を描いてそのままシエルに向かって来る。
だが、その攻撃がかわしようがない事を察した彼女はその場で力強く足を止めた。
「!? 私の方へ来るならば……受けて立ちましょう、金剛光体化!!」
「ぬうう!?」
ガキイイイイイイイイ!!
光に包まれたシエルが錫杖で巨大な氷の塊を受け止める。
その瞬間、光属性魔法による身体強化で一時的に力押しを制したかに見えたが、大僧正の氷の塊の勢いが衰える事は無く、その場で回転をし続けていく。
そして“キイイイ”と金属をこするような音と同時にシエルは自分の腕が凍り付き始めている事に気が付いた。
「な!? これは……魔力の氷を防御だけではなく攻撃にも!?」
「甘く見られたものだな。一線を退いた身とはいえ我とて優秀な魔導の力を認められたからこそ大僧正を名乗っておる! 我が氷嵐の魔術、盗賊如きに後れを取ると思うな!!」
「くうう……!!」
大僧正ダダイログが纏っている氷はただの氷では無く魔力の氷、当然術者であるダダイログの意のままに動く。
当然触れている者がいれば、そこから冷気で浸食して凍り付かせる事すらも……。
しかしいよいよ両手が氷に浸食されようとする時、ガキリという音と共にダダイログの氷の一部が切り取られた。
それはカチーナがカトラスで氷を切り砕いた音であり、その瞬間に背後からリリーがシリエルの襟を使って引っ張った。
「ありがとう、助かりました」
「こんな時でも受け癖を出すんじゃない! 全くもう!!」
「……今日に限ってはそんなつもりは無かったけどね」
そして距離を取れた瞬間にシリルは凍り付いた自分の手に回復魔法を流し込み……錫杖と同時に凍り付いていた両手を回復させる。
あの一瞬で凍傷すら起こしていた両手の感触を開閉で確認して、動く事を確認したシエルだったが、目の前の大僧正が強敵である事を肌で感じていた。
「……時間があるなら、じっくりとお手合わせ願いたいところですけどね」
「リーダーから急げってお達しなので、今日のところは諦めて下さい」
「急げるかってところがますます疑問だけどね……」
グール、ポイズン、ペネトレイト……それぞれが不吉な字を抱く女子三人は各々の武器を構えたまま再度集合する。
「御覧の通りですが、あの魔力の氷に直接触れるのはリスクがあります。ポイズンの弾丸ならともかく私やグールさんの剣撃では何度も攻撃するのも危険かと」
「かと言ってアタシの弾丸であの氷の防壁を一撃で貫くのは無理だよ? 硬度もそうだけど一番の問題は……」
そう言ってリリーが目で示す先では、ついさっきカチーナが切り取ったはずの部分の氷が既に新たな氷で再生されている。
一番問題なのは氷の再生能力と、再生にかかる速度である事にリリーは舌打ちする。
「中心のジジイを何とかして魔力の供給を断てない限り、何度でも回復するだろうからジリ貧になるよ」
「つまり、一撃で突破するしか無い……という事なのですね」
「……何か考えでも?」
「私ひとりでは不可能です。でも私たち3人であれば可能なハズです」
しかしカチーナはそれを聞いて、特に考え込む事もなくアッサリとそんな事を口にした。
そして端的に伝えられたカチーナの作戦に、リリーとシエルは一瞬呆気に取られた。
「……マジ? アタシらにそれをやれと?」
「確かに長い付き合いですが……その発想は無かったですよ? 難しい事を」
「大丈夫ですよ、お二人なら。私も貴女方でなければこのような無茶な事は言えませんから!」
そういうカチーナの瞳は成功を疑っている様子も無く……リリーはため息を吐いた。
「ヤレヤレ、慎重なクセに仲間への技術的信頼がやたらと高いとか、結局似た者同士なのかね」
「ふふ、そこまで出来て当然みたいに言われてしまっては出来ないとは言いたく無いですね」
「では……行きます!!」
そしてカチーナの号令と共に三人は散開、カチーナとシエルがそれぞれ別々に強襲を仕掛けて、リリーは遠距離から狙撃杖で弾丸を放つ。
しかし攻撃が当たる前にダダイログは瞬時に宙へと浮き上がり、酷薄な笑みと共に準備していた魔法を解き放った。
「別方向から攻撃すれば捉えられるとでも思ったか! 甘いわ!!
その瞬間、ダダイログを中心に無数の氷の塊が弾丸の如く周辺に発射された。
「うわわわ!?」
「く……数を打てば当たるとでも思っているのでしょうか!?」
「いや、そんなワケが無かろう」
「え!?」
襲い来る氷の弾丸をかわしつつ思わず愚痴ったカチーナだったが、次の瞬間にはその考えが間違っていた事に気が付かされた。
全方位魔法を使用した直後だというのに、ダダイログはすでにこっちへと高速で突っ込んできていたのだから。
ドガアアアアアアア!!
「意外に、速い!!」
「ふははははは! 覚悟しろ邪教徒どもめがあああああ!!
カチーナは咄嗟に壁を蹴って宙へと逃れるが、そんな彼女の軌道などお構いなしに勢い余って壁に激突したダダイログは、そのまま壁を削りながらカチーナを追撃し始める。
「聖典が示すは精霊神の御心! 全ての生者はその崇高なるお言葉に従うのが世の理! 我らの行いが精霊神の思し召しである事を知りながら邪魔だてする貴様ら如き背信者は、この私が地獄へと落としてくれようぞ!!」
そう叫びながら迫りくる大僧正ダダイログの目は使命感に満ちていた。
自分の行いに疑いなど一切持っておらず、自身の事を正義の使者であると本気で考えている……犯罪行為ですら正義なのだと盲信して陶酔する狂信者の如き迷いの無さ。
カチーナはそんなダダイログの姿に妙な悍ましさを覚えていた。
『信じる内容も目的も違うはずなのに、私的な怨念で殺戮を繰り返していた『
精霊神の命で世界の為だと口にする者と、邪神復活を掲げ世界を滅亡させるハズの邪神軍……双方ともに結局裏で誘導していたナニかが同一である事を実感しつつ、カチーナは向かい来るダダイログの突撃を、下の方向に壁を蹴る事でかわす。
だが、一時的に進行方向から外れたのも束の間、ダダイログはすぐさま風属性魔力を巧みに捜査して方向転換した。
「逃がすか! そちらに踏み台は無い!!」
確かにこの場所は魔法陣を中心にした大広間であり、壁を蹴る事で軌道を変え移動するカチーナにとって、その場から下方向に蹴る行為は進行方向を限定される事になり、その一瞬は魔法攻撃にとって絶好のチャンスとなる。
しかしその瞬間を狙っていたダダイログが魔法を放とうとしたその瞬間、何もないはずの空中で突然カチーナの軌道が再び変わった。
何もないと思われた空中に、たった今ダダイログが削り取りまだ落下していなかった壁の破片を蹴る事によって……。
そして今度は目測を見失いがら空きになったダダイログ目掛けてカチーナが斬撃を繰り出す。
「なに!?」
「逃げるつもりはありません。私たちは攻めるつもりしかありませんよ大僧正殿」
「ぬおお!?」
いつものようにカトラスを逆手に斬り抜けるカチーナは、次の瞬間には球体氷のおよそ半分を“くの字”型に切り取った。
しかし一瞬焦りを見せたダダイログは、その攻撃が
「残念だったな、背信者にしては剣技も体術も見事ではあるが……その程度でこの氷の防壁が破れる事は……」
「いえ、私の仕事はここまでです」
「なに?」
だが当のカチーナはその事実を嘆く様子も無く、そのまま体を捻ってその場を明け渡す。
後方で控えていて、既に錫杖で突きの体勢になっているシエルへと。
「なんだと!?」
「氷も石も、一方向から力を加えられれば容易く砕ける……そういうモノらしいですね!」
「ぬかせ! その程度の2連撃で崩せるほど我が氷の防壁は……」
氷の防壁を削り取られての連撃、繰り出されるシエルの突きでそう判断したダダイログは慌てて防壁の再生に意識を向ける。
実際ダダイログ自身、己の魔力による氷の防壁には絶対の自信があった。
喩え連撃を加えられて本体に達しようとも、そのダメージを受けないという確固たる自信が。
しかし大僧正ダダイログのその予想は外れていた。
「いいえ、2連ではありません……」
「は?」
突きを繰り出すシエルの呟き……何を言われたのか分からないダダイログがほんの少し戸惑いを見せた時、ほんのわずかにシエルが首を傾げ、次の瞬間現れたのは更に背後から狙撃杖で発射された風の弾丸。
それは正確に“くの字”に切り取られた氷の中心へと向かっていて……更にそこへヒットするのと同時にシエルの突きが弾丸を正確に“押し込む”。
ガキイイイイイ!!
「なああああ!?」
それは連撃ではなく重撃、リリーの弾丸とシエルの突きを重ね合わせた、親友同士の二人だからこそ出来た神業的合体攻撃であった。
その一撃はダダイログの自慢の氷の防壁を回復速度などものともせずに容易く砕くと、そのまま本体のダダイログ自身の腹へと容赦なく叩き込まれる。
「ぶごう!?」
「名付けて、喰・
「別に私の成分を無理に入れなくても良いですよ? ペネトレイト」
一撃で吹っ飛ばされ壁に激突、気絶する大僧正ダダイログを尻目にカチーナは遠慮がちにそう呟いた。
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