第二百四十一話 ギラルの大誤算

 そんな間にも広間の中心でミズホが呪文を唱えだすと魔法陣が光を放ちだし、召喚術の実験が始まったようだった。

 どんな召喚がされるかは分からんが、一刻も早く召喚を食い止めないと……。

 しかしそんな事を考えている暇も無く、アルテミアはまとった重厚な鎧から無数の黒い錐を瞬時に突き出し、それだけじゃなく俺目掛けて射出してきたのだ。


「うわっと!?」


 その錐を何とか避けたと思ったのも束の間、射出された黒い錐はその場に留まり瞬時に形を成して行き……人型に、もう一人のアルテミアの姿へと変化したのだ。


「何!?」

「残念……顔面がガラ空きですよ?」

「ぶが!?」


 そして驚いている暇も無く、もう一人のアルテミアはそのまま俺の顔面に踵を落とした。

 直撃の瞬間に顎を引いたが、かわし切る事は出来ずに鈍い音と共に星が散る。

 何とか体勢を立て直して顔を上げたその時には、既に二人目のアルテミアの姿は無くなっていて、鎧姿の“本体”だけが悠々とこっちに大鎌を向けていた。


「邪気を使った分身ってところか? ドラスケ、今の攻撃は予想できなかったのかよ」

『無茶を言うでない。ヤツは元々邪気を闇の精霊魔法と長年偽っていただけに、そう見せかける戦法は得意なのであろう。今の分身など、使い方次第では闇魔法の『影移動』に酷似した動きも出来そうであるしの。貴様が見える側であると認識した事で邪気の流れを読ませにくい戦法に切り替えたのだ』

「……要するに戦いは俺の反射神経だよりであると」

『ワレが見てやれるのはお前の見えない邪気の流れだけだからのう』

「!? 楽は出来ねぇなぁ、どこまでも!! これだから三大禁忌なんぞに頼る輩は……」


 踵を喰らった事で口の中を切ったらしく、口の中の血を吐き出しつつ悪態を吐いた俺だったが、意外な事にそんな悪態にアルテミアは感情の無い瞳で見つめたまま立ち尽くしていた。


「やはり、貴方はこちら側という事でしょうか。見える生者であるという事はそういう事ではないかと疑いはしておりましたが……分かった上で世界救済に重要な勇者召喚の研究の妨害をしていたと」

「正直に言えば、そこまで想定していたワケじゃないけど、結果的にそうなっているのは僥倖だったぜ? “アンタにとっての”世界救済は邪魔が出来ているようだからな」

「…………」


 俺がそう言ってやるとアルテミアは露骨に表情を変えた。

 それは俺の事を明確な敵である事を再確認した、殺すべき対象であると確信した瞳。

 世界救済、口ではそんな事を言ってはいるものの内容については触れず『人間にとって』とは一言も言っていない。

 多分だけどヤツは自分の大聖女としての立場もあって、共感する連中には今のような口ぶりで煙に巻いてきた事は多かったんだろうが、俺は『予言書』という反則技でこれから何が起こるのか、起こそうとしていたのかをよ~く知っている。

 コイツが目指しているゴールがどんなモノなのかは知った事では無いけど『三大禁忌』を利用して、この世界に恨みを持つ邪神を降臨させようとしている時点で人間はおろか生きとし生ける者すべてに対して救済足り得ない。

 何せ“世界を壊す者”を作り出す事が最終目的なのだからな。

 しかし……そう考えると、このアルテミアを名乗る人物、ホロウ団長よりも長生きである事は何となく予想できるけど一体何者なのだろうか?

 ホロウ団長が過去に人間たちが滅ぼした亜人種エルフの血筋を組む者たちであるのならば、そんな先祖の恨みを晴らそうとする者たちと考える事も出来るけど、どうにもしっくりこない。

 そんなハーフの最年長だと思っていたホロウ団長だって『予言書』での行動はあくまでも王国と言う人間の文明や暮らしの安定。

 やってた事は残虐非道なのは否めないが、少なくとも邪神を復活させて世界を滅ぼすという動機は無かった。

 仄めかして利用しようとはしていたようだったけど。

 でも……だったらコイツは何なんだ?

 邪気を使える、千年以上も前の先祖の恨みを引きずっているかのような見え隠れする人どころか世界に対するかのような怨念。

 そして精霊神教という宗教的組織の中枢に、何度も名前を変えて君臨し続けて来たであろう執念と言うか執着心。

 千年も昔の事で、当事者でもなかろうに…………それこそまるでシエルさんを奪われて怒り狂っている兄貴ノートルムに通じるような………………ん?


「まあ良いでしょう。貴方が私の同類であるのか、思想を理解出来ず邪魔をする背信者であろうが、我らの崇高な救済を実現する研究を邪魔する事は許されません。聖女ミズホが召喚術を発動させるまでの間は私と踊っていただきます」

「!?」


 今、何か思いつきそうなところだったのに、それを寸断するかのように再び視覚から物質化した邪気が刃物になって斬り掛かって来て、ドラスケの指示で右にかわしたところに大鎌を振り回すアルテミアをダッキングで避け、そのまま抜いたダガーで斬り上げた。

 しかし切り裂いたアルテミアに手ごたえは無くそのまま黒い煙となって虚空に消える。

 チッ、またしても邪気を使った分身、幻覚か!?

 虚空に散り消える分身の先に、不敵な笑顔を作るアルテミアが大鎌を両手に構えて立っているけど、それも本体かどうか怪しくなってくる。

 いっその事小物っぽく本体は陰に隠れて全てが邪気で構成されているという方がやりやすいくらいだけど、アルテミアは実際にこの場に本体としているのは『気配察知』で知覚できていしまうので、逆に厄介なのだ。

 ドラスケのお陰で何とか邪気を見分けているものの、逆に俺が見える方と誤認した事で大げさな運用を控えて最小限に油断なく使いだしたからより一層余裕がなくなってくる。

 結局どっちの方法を使われても厄介な敵には変わりがないのだ。


「おいおい、召喚術の研究は滞っているんだろ? そんな不完全な術式で召喚術なんか実行して大丈夫なんか?」

「あらあら、ご心配ありがとうございます。しかし、召喚術は確かに不安定でありますが、実行できないワケではありませんし、過去の失敗からある程度の予想もされているので、全くの当てずっぽうという事でもありませんからご安心を」

「……? どういう事だ」


 何とか隙を作れないかと軽口を叩いてみるものの、戦闘に関して向こうが乱れを見せる事は余り無く……しゃべりながらでも正面からの攻撃と死角からの攻撃を繰り出してくる大聖女。

 しかし今の物言いはどういう事だろう?

 召喚実験についてはブルーガでの人体実験、質の良い生贄を使う事で『悪魔召喚』などを成功させるなど非人道的な研究を重ねる事で特定の術者が召喚術に組み込まれる事でようやく異世界という事なる世界から勇者を呼び込める流れだったはずだ。

 そして鍵になるのは今の時代で唯一の『時の聖女』であるイリスのみ……連中は今のところイリスがそんな大事な鍵である事すら知らないハズ。


「……過去何度か偶発的に異界召喚が成功している事は、貴方であればご存じなのでしょう? 怪盗さん」

「ああ……まあ色々と調べましたから」

「残念ながら貴方様の横やりで生贄を特定する手段の構築はなされてはおりませんが、過去の成功例、そして失敗例を考察する事で我々としましても異界召喚を成功させる可能性を用意する事くらいは出来るのですよ」


 ……つまりどういう事だ?

 精霊神教が過去何度も召喚術を実行して、失敗する度に大損害を出していた事はホロウ団長にも聞いていたが、その失敗にも一応の目算があったのか?

 理解できずにいると、アルテミアは得意げに教え始める。


「どうやらお分かりにならないようですね。今この『奥の院』に魔力充填を目的にどれほどの聖女や魔導師たちが集まっているとお思いで? 召喚術とはいえ、分類はやはり魔術……高い魔力と共に生贄とする者にも高い魔力を携えた魂の力が必須になるのですよ」

「な……なんだって!? てめぇ……まさか『奥の院』に集まった聖女たちは全て召喚の生贄にする目的で!?」

「人聞きの悪い。生贄とはいえ世界救済の礎となる崇高なる役割……精霊神教信徒としてこれ以上の栄誉はありますまい?」


 殉教の強要、信仰する宗教の教えに凝り固まり他者に自分のエゴを押し付ける……それだって十分にムカつくが、この大聖女に関してはそうじゃない。

 自分の目的の為に手段を選んでいないのは全く同じではあるがな。

 しかし……人でなしの非人道作戦に憤り始めた俺だったが、なおも得意げに語るアルテミアの言葉に、そんな考えが吹っ飛んでしまう。


「まあそれに……集められた数百人の者たちが全て犠牲になるという事では無いですしねぇ。過去の実験では召喚術が引っ張られた人物に同調した世界を違える何かが召喚に応じた結果だとされてはいますので」

「…………なんだって?」

「過去、召喚の失敗とされるモノですら召喚術実行時に最も近くにいた賢者の一人、当時もっとも高い魔力を誇り“精神力が高い”者に同調した結果だとされておりましたから。現在の『奥の院』には今代でも指折りの聖女たちや魔導師たちが集められているのです。その中の一人でも召喚術に影響を与える事が出来る者がいるなら……」

「ちょちょちょ、ちょっと待て……一個質問させてくれねぇか?」

「……なんですか?」

「今、アンタ言ったよな? 召喚術の近くにいる最も精神力の強い者に召喚術が引っ張られるとか……」

「ええ、その通りです。今回はその為に召喚術の魔法陣の他に特定の場所を含める区域に指向性を持たせる範囲に指定しているのですよ。何でしたら、貴方自身が召喚術に影響を与える鍵に選ばれるかも……何せ範囲はこの『奥の院』全体に」

「奥の院全体!? バババババ馬鹿野郎!! 何て事を!?」


俺はアルテミアの講義を無理やりぶった切り大声で叫んだ。

 さっきとは違ってあからさまに余裕を作ろう事も無く、逆に怒りや侮蔑を浮かべる事もない俺の反応にアルテミアは若干面食らったようになった。

 しかしそんな事に構っていられない。

『奥の院』全体、つまり奥の院の中に入っている者は召喚魔法陣に影響を与える鍵となりうる可能性が高い。

 そして、今この場において最も精神力が高い可能性のある危険人物と言えば……。


「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!! 最後の瞬間はヒーローの役目~とか気を利かせたつもりでイリスを残して来たのが裏目に……しかしあの娘をこの場に連れてくるのは『予言書』の通りになった可能性もあるワケで……」

「……一体何をうろたえているのですか? この期に及んで怖気づくなど」


 知らないというのは時には幸せな事だと思ってしまう。

 自分たちが現在置かれている危険な状況を理解できていない、と言うか想定すらしていないのだろうからな。

 過去調査兵団団長ですら苦戦を強いられたファイアードラゴンに匹敵する殺気を伴う野獣が、『時の聖女』の手引きにより『奥の院』へと侵入している可能性があるなど……。


「いや……もしかしたら真面目なイリスちゃんだから、これ以上の教会組織への介入は必要ないと考えて、ヒーローの侵入を手引きするなどという事はせずに帰っているとか……」

『現実逃避はやめい。あの娘は脳筋どもの妹分で後輩であるぞ? 貴様があえてその場に残した心意義を汲めないような鈍感ではあるまい』


ドドドドドドドド………………


 そんな無慈悲なドラスケの見解と共に、盗賊で鍛えた聴覚が遠くから“何かを破壊しながらここに向かって突き進む”人型の何かの存在を感知してしまう。

 聞きたくないというのに、その人型の何かはしきりに『シエル~~~~』と叫んでいるような気がして…………イリスちゃん……今日だけはそういう心意義を汲まずに帰ってくれていても良かったのに……。

俺は思わず目下空飛ぶ氷、大僧正ダダイログと激闘を繰り広げる仲間たちに向かって叫ぶ。


「ヤバいぞみんな! 急いで召喚術を止めないと、何が出てくるか想像もつかん!! ファイヤードラゴン並みの殺意、精神力に引っ張られて召喚されるナニかとか考えたくも無い!!」






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