第二百四十話 大聖女と怪盗、黒い化かし合い

 俺が意図的に“歴代の”と言ってやると、上から見下ろしていた大聖女アルテミアは表情を全く変えていないのに、明らかに瞳の殺気の色が増した気がした。

 それだけで闇の大聖女を名乗るあの女への嫌すぎる予想が形を成していく感じがして、冷や汗が止まらなくなる。

 そうしているうちに、それまで天井付近の梁の上で奮戦していたリリーさんとシエルさんが俺たちの横にフワリと降り立った。

 20メートル以上はある場所から飛び降りて着地音が一つもしないのはさすがだ。


「遅かったねハーフ・デッド。こっちはもうパーティーが始まっていたってのに」

「わりぃ、ポイズン。こっちも色々予想外な情報が多くてね」


 そういうポイズン、リリーさんの狙撃杖は近接連射型になっていて狙撃手として遠距離射撃に専念できない足を止められない状況だったようだ。

 しかも腹に穴も開いている辺り、今目の前に悠々と降り立ってきた大聖女アルテミアと大僧正ダダイログの実力も推して知るべしという事なのだろうな。

 連携で考えるなら俺とカチーナさんはどちらかと言えば逃げに徹する戦法なのに対して、この二人は物凄く戦闘向きな遠近自在の戦法だというのに。

 そして、それだけでもかなりの悪い情報であるのに、リリーさんは更なるバッドニュースを提供してくれる。


「一つ情報共有。アルテミアの戦い方、魔力じゃない……“邪気”だ」

「……マジで?」

「マジで。どうもペネトイレイトが待機中カンニングした時、闇の精霊は付いてなかったんだってさ。にもかかわらず、さっきアタシは闇魔法っぽい何かに腹を貫かれた……魔力も感知出来ずに」

「黒っぽい、何かって事?」


 頷くリリーさんに俺は確信を持ってしまう。

 魔力を感じない黒っぽい何か……それはもう最悪の予想を補強する決定的な事実だ。

 あの女がそっちの関係者である事が間違いないという。


「その顔……アンタの方は何か掴んだのか? どっち? 死人の方? それとも……」

「……じゃない方だな」

「「…………」」

「え? え? 一体どういう事なのですか?? 確か邪気とはアンデッドにしか扱えない負の感情の塊であるのでは?」


 邪気を使う“死人アンデッド”じゃ無い方……それだけで初期メンバーであるカチーナさんとリリーさんは最悪に思い至って顔を青くするのだが、新規メンバーであるシエルさんは意味が分からずにオロオロし始める。

 そう言えば彼女が邪気と直接関わったのはトロイメアの時にドラスケと関わって以来だったからな……彼女の中では邪気は普段見えないが集まれば黒い煙状に見える気体くらいの認識しか無く、死霊使い《ネクロマンサー》など知りもしない事だろう。


「マルス君のご同輩でしょうか?」

「いや、状況的には団長の先輩くさい……」

「うげ!? あの化け物よりも長生き!?」

「ちょ、ちょっとみんなで分かり合ってないで下さい! また私だけ仲間外れにするつもりですか!?」


 こんな状況なのに若干明後日な不満を漏らすシエルさんをリリーさんが「後でな、後で」と宥めるが、正直俺は構っていられない。

 現在の闇の神殿が建立されたのは大体300年前、そしてそれ以来『聖典』の安置された部屋『神託の間』に変わらずに入り込んでいた同一の人物がいて……その人物が目の前のアルテミアである。

 どう考えても歴代の闇の大聖女を名乗って来た闇の神殿『ダークネス・アビス』の主は何代も前、少なくとも300年前から名前は変えていても同一人物でなくては説明がつかない。

 無論、人間の寿命でそんな芸当は不可能なのだから可能であるのは人間よりも遥かに長い寿命を持つ人種……亜人種の血筋である事が必要不可欠。

 そんなのが『異界召喚』を使ってまで成し得たい何か…………。

 現状『最後の聖女』になるハズだった『時の聖女』であるイリスが必要不可欠なカギだと存在すら知らない状態であるが、だとしても碌な事じゃない事だけは確かだ。

 俺は瞬時に判断して目の前の敵への分担を決する。


「グール、ポイズン、それにペネトレイト……悪いが3人で空飛ぶ氷ジジイの方を頼む。何としても突破して召喚魔法を食い止めてくれ」

「3人で!? でも、それじゃあアルテミアの方はアンタ一人で対処するって言うの? さすがにそれは危険なんじゃ……」


 人当たりして負傷もしているリリーさんは心配そうに言ってくれるが、俺は神妙に頷きながら“自分の後頭部”を指で指し示す。

 後頭部に付属されたモノを目にしたリリーさんは、それだけで俺のやるつもりの事を察してくれたようだった。


「あ……なるほど、そういう方向で行く気なのか」

「さっき二人の戦いを少し見た限り、あの大聖女が相当な実力なのは分かった。しかし死霊使いであるのなら倒すのは無理でも時間稼ぎなら出来ると思う。逆に氷ジジイの方は倒す方法は力押ししか思い付かねぇけど……魔導師の見解としてはどう?」

「残念ながらアンタの見立て通り、周りの氷を砕かない限り本体にダメージは無いだろうね」


 大僧正こおりジジイを見据えたままリリーさんは“ジャコン”と狙撃杖を近接連射型から遠距離狙撃型へと戻した。

 それは連射型では威力が足りない事を理解して、近距離だろうが一発の貫通性を重要視したという事であり……要するにそれほどまで大僧正を包んでいる魔法の氷は硬いという事だ。

 微妙に男として複雑な気分でもあるが、攻撃力という一点において俺はワーストデッドのどのメンバーよりも劣っている自信はある。

 あの大僧正を倒す事を前提とすれば、この布陣以外ありえないのだ。


「しゃ! 行け三人とも!!」

「「「了解ラジャー」」」


 そして俺の号令と共に一気に大僧正へと殺到する三人。

 大僧正自身、いきなり自分に大半が殺到した事に面食らった様子だったが特に混乱した様子も無く自分を包む氷を更に分厚くして迎え撃つ態勢を取った。

 そんなバトル開始の瞬間俺は突撃した3人の内、カチーナさんの背後に向かって鎖鎌イズナの分銅を投げつけ…………突然虚空に現れた黒い錐状の物体に命中させた。


「!?」

「おおっと、背後からの不意打ちはご遠慮願うぜ。大聖女様?」


 分銅が当たった物質は意外なほどアッサリと砕け散り、そのまま虚空へと解け消えて行く。

 まるで煙か何かのように……。

 そして黒い錐を正確に砕いた俺に対して、大聖女アルテミアはこれまでにない程の驚愕の表情で俺の事を見据えていた。

 その目は初めて俺の事を敵として認識したかのように……単なる蛾だと思っていた虫が毒牙だった事に気が付いたかのような目だった。


「…………まさか」


 アルテミアがそう呟いた後、俺が片足を上げて首を傾げて見せた次の瞬間、俺の脚や頭がさっきまであった虚空に黒い錐が発生した。

 そのままだったら俺はそいつに貫かれて一巻の終わりだっただろうが……そんな風に何もかも分かっているようにかわして見せた俺をアルテミアは呆然と見ていた。

 彼女にとって多分今のは確認だったのだろうが……。


「まさか……貴方は見えているのですか? 邪気鏡すら使ってはいないのに」


 邪気鏡? アルテミアが驚愕の表情で呟いた何かの魔導具っぽい名前に、俺は正直に怪訝な顔を浮かべる事も無く余裕の笑みを浮かべてやった。


「その言い分では一般人でも見える手段があるって予想は当たっていたか。大方そいつをブルーガの自己犠牲気取りの暗君にもザッカールの惨状を見せて曲解させたんだろ?」

「…………」


 二度も邪気による攻撃を、まるでコソコソと丸見えなのに近寄ってくる間抜けの攻撃を目で追うかのようにかわして見せ、尚且つブルーガの国王が恐怖し曲解した原因を口にした俺にアルテミアはいよいよ警戒の色を強める。

 邪気は一般人には色の付いてない気体のようなもので、濃度が濃くなり物質化しない限りは視認する事も触れる事も出来ないが、死霊使いやアンデッドにはそれこそ色の付いた煙の如く流れや収束まで丸見えになる。

 警戒されるのは命の危険が増す事態ではあるが、大聖女アルテミアが俺に対してある誤解をさせるのに成功した証でもある。

 怪盗ワースト・デッド首領ハーフ・デッドが自分と同様の死霊使い《ネクロマンサー》であるという、自分と同等の人種であるのかもしれない……と。


 無論……そんな事は全くない。


 種明かしをするなら、さっきから邪気の流れを追っているように視線を向けて余裕で後ろからの攻撃をかわしてはいるが、俺にはそんなもんは一切見えていない。

 見えていないのに。見えているふりをしているだけなのだ。


ヒソヒソと小声で

『……で、今はどうなってんの?』

『さっき右の足元を流れていたが、今は周囲の邪気を己に集中し始めた。お前のハッタリを真に受けたのだろう。邪気をまとい始めおった』


 俺は後頭部に張り付いて“邪気の動き”を見てくれている“骨のあるヤツ”からの情報から、まるで見えているように不敵に笑ってやる。


「おやおやおや……女性が男の前で着替えるのははしたなくないですかね?」

「……なるほど、怪盗の正体は“混ぜ物”の末裔であったという事か」

「今更何を言うかと思えば……。私は最初から自己紹介していたでは無いですか、我が名は混血ハーフであると」

「そういう事ですか…………迂闊でした」


 ちなみに今の混血ハーフの返しは完全なる思いつき。

 自分の字が今使えると思ったから使っただけなのだが、その煽りは効果的だったようで自嘲の笑みを浮かべたアルテミアは、次の瞬間には漆黒の巨大な鎌と巨大な盾を手にして、普通であれば動けなくなりそうなゴッツイ形状の鎧に身を包んでいた。

 邪気の見える相手に不意打ちは不可能であると判断した、正攻法の全力形態という事なのだろうか?

 ハッキリって……俺は超ビビっていた。

 この瞬間までヤツのやっている事が全く見えていないというのに急にあんな仰々しい格好に変わったというのに、少し見ただけでもヤツの動きにブレも重量も感じないのだ。


ヒソヒソと小声で

『お……おいドラスケ!? 邪気って重量は無いのか!? なんだよあのゴテゴテは!?』

『邪気は負の感情の塊、想いの重さはあっても重量の重さがあるワケなかろう。お前風に言うなら物理的な重量かの?』

『あんだと!?』


 ハッタリが上手く行き過ぎたか?

 確かにアルテミアは俺を見える方として不意打ちを諦めたようだが、今度は重量級の超重装備の戦士が軽装の格闘家並みに襲ってくる事になったワケで……。

 俺は次の瞬間には10メートルはあったはずの距離を一瞬で潰して迫りくる巨大な鎌が、正確に首を狙って来たのを、鎖鎌で受け止め慌ててかわす。


 ギャリイイイイ!!

「ふむ……死霊使いのワリに体術をおろそかにしていない。中々手こずりそうですね」

「ハン、そうやって能力に胡坐かいて破れた諸先輩方は多いのでね。教訓は生かさにゃ」

「なるほど耳が痛い。我が同胞たちもそのように警戒出来ておれば……」


ヒソヒソと小声で

『おおいドラスケ!? 邪気で不意打ちされるよりヤバくね~か、この大聖女!? スピードだけならジャンダルムの婆さんより早えぞ!?』

『貴様が煽ったせいだろうが。自業自得である』


 余裕の顔を崩すことなく、しかし背中には冷や汗をダラダラと流しつつ……俺は内心では非常に焦っていた。

 大口叩いたクセに、時間稼ぎ出来るんだろうか俺?



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