第二百三十九話 空飛ぶ醜い氷の塊

 リリーとしては死霊使いの主武器である邪気を使いこなせる可能性は二つ。

 負の感情である邪気と最も近しく、ある程度でも集めたり操ったりする事も出来る生きていない存在、アンデッドと、もう一つは太古に存在していたという種族の末裔。

 正気なところどちらにしてもよろしくない予想しか出来ないのだが、残念ながら深く考察している時間は今の彼女には無かった。


「覚悟しろ! 精霊神の神託に逆らう背信者め!!」

「う、うわ!?」


 リリーは突然下から突っ込んで来た巨大な塊を咄嗟にかわしたのだが、目にした瞬間物凄く嫌そうに「うげ……」と呻いた。

 その塊は巨大な氷の塊であり、それが強烈な風を纏う事で宙に浮いているのだ。

 水属性魔法の上位、氷結魔法と風の属性魔法も高度に使いこなす魔導師でなければ不可能な芸当であり、脅威なのは間違いないのだ。

 しかし……リリーとしてはどうしても納得が行かないところがあった。


「せめてそういう感じの氷の中心には見栄えの良いのがいて欲しいね。肥満体のオッサンじゃ折角の高位魔法に花がないやね」

「ふん……所詮下賤なモノには真の信徒の姿は理解できぬものよ」


 大僧正ダダイログは氷の中心で不敵に笑う。

 正直に言うとシエルもリリーも、この場において元老院の連中が介入してくるとは考えておらず、特に体格的にも動きが悪そうな大僧正は戦力外とすら考えていたのだが……。

 腐っていようと何であろうと、精霊神教においてトップの座にいるのだからそれなりの実力は持っていても当然、特に魔力、魔法において実力者で無いはずは無いのだ。


「何を持って貴様らが聖典の、精霊神の神託に背いておるのかなどは知らん! 全て神託に従い精霊神教の神託に身を委ねれば間違いないという理を理解せぬだけの不心得者共に生きる価値などありはせんのだ! 氷嵐風アイス・ストーム!!」

「チッ……分かっちゃいたけど今代大僧正も教義順守派かい!!」

「そんなの今更でしょ! 光域盾レイ・シールド!!」


 パアアアアアン!!

「くわ!?」

「く!?」


 ダダイログが放った極寒の嵐とシエルの光の盾がぶつかった瞬間、激しい音と共に発生した衝撃で二人は吹っ飛ばされる。

 しかし向こうの攻撃はまだ終わってはおらず、リリーがハッとして吹っ飛ばされた後方を上体だけ捻って見てみると……既に飛ばされて来た二人を串刺しにしようと待ち構えている黒い無数の錐が空中に発生していた。

 慌てて狙撃杖を近接連射形態へと変形させたリリーは、そのままの勢いで後方に向かって魔弾を乱射……黒い錐は粉々に砕け散り空中に消えていく。

 そして再び天井の梁の上に着地した二人は悠々と構える二人の老齢、大僧正と大聖女に視線を向けた。


「見た目や雰囲気のワリに……随分と連携が上手いじゃない?」

「これでも信者として共に過ごした年月は若造には負けるつもりは無いですから。共に死線を潜り抜けた経験の積み重ねは並みではありませんよ」

「さよう……共に聖典の神託と共に信仰の道を歩み続ける魂の同志。貴様ら如き志低き者共には到底理解できまい、目的の為に全てを投げ捨てる覚悟を持てる者が共にある力を!!」


 リリーはチラリと下の広場を見て、オロオロと逃げ惑う大半の元老院たちに比べて目の前の大僧正が単純な腐敗政治のトップとは違うように思えた。

 それは良い悪いの基準ではなく己が信念に従った者という基準になるのだが……。

 生き死にのかかった戦いにおいて、その信念を持った者には迷いと言うモノがないだけに文字通りすべての事を犠牲に出来るという狂気さも相まって厄介な存在になる。

 ただ……リリーは妙な違和感も感じていた。

 それは基本的には理性的で現実的な判断をする彼女にとっては実に感覚的、ハッキリ言えばシエルと同等の脳筋よりな感覚に近い違和感。


「……何でかな? 良い悪い別にしても信念に殉ずる戦士には違いないのに、どうしてもこの大僧正が気に入らない感じがする」

「でしょう? 大聖女アルテミアとは違った嫌な感じがするのよね……」


 原因が不明の違和感まじりの不快感を共有する二人だったが、やはり熟考する時間は無いようで、目の前のダダイログは未だに眼下でオロオロしている元老院たちに向かった叫ぶ。


「ええい、いつまでうろたえておるのか! 神聖な精霊神様の御座にまで入り込んだ不心得者をこのままにしているつもりか! さっさと援護しろ!!」

「「「!?」」」」


 そう言われてようやく気が付いたのか、ハッとした元老院の老人たちは慌てて天井のリリーたちに向かって手をかざして魔法の詠唱を始めた。

 元老院を名乗る老人たちも元々魔力や学力、そして権力者に繋がるコネを駆使する事で上層部に至った魔導師の集まりなのだ。

 力の大小をともかく、使おうと思えば各々が習得した属性魔法を使えるというのに、言われるまで行動に移そうともしなかった辺り、結局は指示待ちの傀儡でしかなかった。

 しかし、各々が魔法を放とうとした次の瞬間……老人たちは詠唱を最後まで終える事なく、次々と気を失い倒れ伏して行った。


「な!? なんだ一体!?」


 眼下で起こる事態に驚愕するダダイログであったが、次々と倒れ伏す老人たちの中で一人だけ立ったまま入り口の方を睨みつけていたのは、召喚魔法陣の中心にいたミズホのみ。

 彼女は忌々しそうに、そしてどこか恐怖したように口を開いた。


「お年寄りに対して随分と容赦ないですね? 貴方は余り被害を出したくないタイプの紳士的な人物であると思ってましたが?」

「……それは心外、我らは己の心に従って気ままに動くのみ。精霊神だの強大な存在を笠に好き勝手偉そうにする気に入らない年寄りに礼儀が必要とは思えなくてね」

「むしろ首をはねていないだけ、相当に紳士的ではありませんか?」


 ガラスのような光沢の鎖鎌を弄ぶ黒装束ハーフ・デッドと、ミスリル製のカトラスを逆手に構えた黒装束グールデッド……悠然といつの間にかその場に現れた二人にこの場に居合わせた全員の視線が注目した。

 それはワースト・デッドが全員『奥の院』の最深部へ侵入を果たした瞬間であった。


「本日はお招き誠にありがとうございます、精霊神教大僧正ダダイログ様並びに元老院のお歴々……そして」


 ハーフ・デッド……ギラルは不敵な笑みを上から視線を向ける大聖女アルテミアに向けた。


「本日はどの名でお呼びすればよろしいでしょうか? “歴代の”闇の大聖女殿?」


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