第二百三十八話 漆黒の大聖女
「……限……界……突破、風魔弾!!」
ドゴン!! 「!?」
だが、そんな余裕のある態度も長くは続かなかった。
何しろ背後からとはいえ貫いたのは元魔導僧にしてエレメンタル教会きっての最恐の大聖女、ジャンダルムの弟子なのだ。
無論、転んでもただで起き上がる質ではない。
リリーが叫んだ次の瞬間、背後に立っていたハズのアルテミアの体が派手に吹っ飛んだ。
そして速攻で駆け寄ったシエルが彼女の腹部に空いた“二つ”の傷を高位光属性治癒魔法で塞いでいく。
「……無茶するんじゃないの!」
「アンタの治療を期待できなきゃできるもんかい、こんなの」
説教モードな顔つきのシエルに、リリーは負傷した時に吐血し口に溜まった血を吐き出しつつ、眼下に着地したアルテミアを睨みつけた。
アルテミアは肩の辺りに開いた銃痕から出血を滲ませているものの、意に介した様子も無く無表情でこちらを見ている。
その様にリリーは舌打ちするしかなかった。
「チッ……浅かったか」
「いえ、大したものです。まさか自らの体をスクリーンにして、自らの体ごと背後の私を狙うとは……」
「肉を切らせて骨を断つ……グールが好きな言葉だけど、ここまでして致命傷を与えられないのはキツイね」
リリーは自分の腹に向けていた狙撃杖を構えなおした。
最初から自分の『魔力感知』を相手が上回る事を想定した上で、力量を調査兵団ホロウクラスと目算していた事で、咄嗟だというのに自分も傷を負う事も厭わずに自分ごと魔力弾をぶっ放したワケだが……そこまでしたのに相手に致命傷を与えられなかった事実。
治療を終えたシエルも共に構えるが、当然今の一連の流れで他の連中に見つからないワケも無く、眼下の神殿関係者たちは慌てふためき始めた。
「な!? 何事であるか大聖女殿!?」
「上か!? 何者だ、あ奴らは!?」
「黒い装束…………まさか奴らは怪盗ワースト・デッドか!? ええい! あれだけの防備を重ねていたというのに侵入を許したと言うのか!? これだから外様の信者共は……」
口々に文句を言いつつ喚きたてる老人たちの中でただ一人、感情を現す事なくこちらを見上げる一つの視線にリリーは気が付いた。
「魔導僧…………いやポイズン・デッド……」
「ご無沙汰です、こっちとしてはあんまり再会したい感じでは無かったんだけど。特殊な才能を見出されると大変だねぇ……“今は”聖女ミズホと言った方が良いのかな?」
「おや……お知り合いでしたか」
「先日、ブルーガの一件で少し……」
アルテミアに聞かれて心底嫌そうに答えるミズホ。
それでも敵の出現に自らもナイフを手に構えようとするのだが、そんな彼女をアルテミアは無言で手を広げ制した。
「聖女ミズホ、貴女は召喚術に集中しなさい。連中の始末は我々に任せて」
「!? いやしかし、奴らは油断なりません。実力の高低、経験の差で判断できない不気味さがあるのです。全力で確実に仕留めないと……」
「だからこそ、ですよ」
天井から見下ろす二人から視線を逸らすことなく、静かに構えるアルテミアは自らの影の中から柄の長い漆黒の武器を取り出した。
最初は槍かと思いきや、影からその全容が露わになると……それが巨大な内側を向いた刃物である事が分かる。
巨大な鎌……軽々とそんな代物を片手で持ちつつ、アルテミアは静かに言う。
「あの者たちがココにいるのなら、既にほかの仲間も侵入を果たしているという事。そして今までの傾向から鑑みても彼らの本懐が我らに対する邪魔建てである事は明らか……。異界召喚そのモノへの妨害であるのなら聖女ミズホ、貴女が成すべきは一つ。そして我々が成すべきはその行いを援護する事です」
「…………なるほど」
などと悠長に話してるかと思った次の瞬間、リリーは眼下にいたはずの人間が視界から一人減っている事に気が付きゾッとするが、気が付いた時にはすでに自分の首を刈り取ろうとする大鎌の刃が横から迫っていた。
ガキリ……
しかしリリーが“殺られる”と思った瞬間、自身の首と鎌の間に割り込むモノがあった。
それはアクロバット気味に逆さに割り込ませたシエルの脚であり、受けた時の金属音は明らかに生身のものでは無い。
以前パーティーに参加した際に武器を携帯できなかった事を反省したシエルは、両足に分解した愛用の銀の錫杖を仕込んでいたのだ。
そして受けた刃を絡みつくようにシエルがそのまま足で裁いたと同時に、リリーの魔弾が武器を弾かれても表情のないアルテミアの頭部に向けて発射された。
だが今度こそ直撃するかと思われた弾丸はアルテミアのいた場所を通過して後方の壁に着弾して爆発した。
その時、影に消えたアルテミアを確かに目にしたリリーは舌打ちをする。
「影を使っての物質化、そして影から影に渡る闇精霊魔法『
さっき自分が気配も無く背後から突き刺された方法を自己解釈したリリーは、改めて自分たちが対峙している大聖女の強さに戦慄する。
「強さの度合いで言えばバアちゃんよりも団長よりなのがまたやり難いよ。さっきから魔法を使っているワリに『魔力感知』が全くあてにならないんだから」
師匠の大聖女ジャンダルムは良くも悪くも力押し、魔力の発動などを隠そうともしない脳筋ぶりなのに対して調査兵団団長ホロウは気配を感じる事も難しいのに魔力すら感じ取れないように、しかし強力に発動する技術に長けている。
魔法の使い方としてはジャンダルムは大剣を使うのに対してホロウはダガーを使うタイプ、要するに実力を隠す技術に長けている事で実力の劣る『魔力感知』による魔力の動きが察知できていない。
しかしそう結論付けるリリーに対して、シエルは二分割にして両足に仕込んでいた錫杖をつなぎ合わせて……いつの間にか距離を取って出現したアルテミアに向けて構えつつ言う。
「いや……それはどうかな? 確かにあの人は実力者です。強襲とはいえリリーの背後を取ったのですから技術面で達人なのは間違いないです。ですが……」
「……そう言えばアンタ、さっきアタシが合流する前に瞑想で聖女たちの精霊を視ていたんだよね? ならあの大聖女にはどんな精霊が付いていたの? あんな性格の悪いババアに付いている闇の精霊なんて」
戦闘中に油断なく、しかし固くなり過ぎないよう軽口を叩くのはリリーのいつもの配慮なのだが、そんな親友の行動を分かった上でシエルは表情を硬くしたまま首を横に振る。
「いいえ、見てないの」
「見てない? でもあの時休憩所にはあの大聖女も……」
「違うの、そうじゃなくてね…………何も見えなかった。何も……いなかったの」
「…………え?」
リリーはシエルが何を言っているのか理解できなかった。
だって現にたった今自分たちに対峙している大聖女は、こっちに一方的なまでに攻撃を繰り広げ、多少の傷を負わせたにしても余裕を持って対応されてしまっている。
闇の魔法を感知できないくらいの精密さと速さで使用されたからこそだとしか思えなかったのに、誰あろう最も信頼する親友が断言したのだ。
あれが精霊魔法では無いと……。
「でも……だって……!?」
「私もワケが分からないわ。精霊の助力もないのに闇の魔法を行使できると言うの? 魔法でもないのに影を物質化して攻撃する手段なんて……」
「なら、今アイツが使っているのは何なのよ!? 魔法以外で影を物質化させるような力なんてそんなもの……………」
と、そこまで自分で言って……自分の言葉である事に気が付いてしまった。
自分が以前そんな力と出会った事があった事を。
魔力の力ではない、魔力として感知しようとしても見る事の出来ないある種の力。
だけど、とある特殊な才能の持ち主だけがソレを任意に物質化して武器として扱う事が出来る……以前はその物質化で巨大な金属の人型を作り出した少年がいた事を思い出してしまう。
「おい……まさか…………死霊使い《ネクロマンサー》?」
師匠のジャンダルムと同期のワリに異様な若作りの大聖女……それだけで疑う余地があった。
少なくともリリーたち『ワースト・デッド』には。
その事に気が付いたリリーは冷や汗が流れるのを感じる。
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