第二百三十七話 疾走する毒の矢

 あからさまに顔を赤らめて“弄りがいのある顔”をする親友を更にいじめたくなる衝動に駆られるのを何とか我慢したリリーはシエルを伴い静かに休憩室から出て、再びいつもの黒い帽子とマントの黒装束に着替えなおす。

 そしてシエルには動きやすいカスタムのされた黒い修道服と顔を隠すための布を渡した。

 これからワースト・デッドとして動くために。

 そして着替えなおす短時間でリリーから簡単な説明を聞いたシエルは驚きを隠せずにいた。


「では、私たちの魔力を蓄積していた目的は教義や伝承で伝えられる『異世界召喚』の儀を行う為だったというの?」

「その通り。アタシらも散々聞いてきた別世界の勇者様ってヤツを呼び出す為の実験……もしくは博打をする為にね」

「……精霊神教の教義を再現しようとしているなら、別に隠す必要は無さそうですが?」


 そのシエルの言葉は素直に精霊神教を正しいと思っての事ではなく、今までも血生臭い後ろめたい事を散々して来ているのだから、その程度の情報開示くらいどうって事は無いだろうという、ある種の割り切りがあった。


「なんの危険も無くまともな何かが出てくる確証でもあれば、連中だってそうしただろうよ」

「……つまり確証もない反対される危険もある事をしようとしていると?」

「同時に危険性はしっかり警戒しているみたいだけどね。何が出て来ても良いように閉じ込めておけるようにさ」

「あ……あ~なるほど、そういう事だったのですね。怪盗を警戒するにしては妙な布陣であるとは思っていたけど」

「後はまあ……最悪知らなかった事にして、いつも通りの」

「ああ……責任逃れですか」


 昔なじみのシエルはそんなリリーとの短い会話だけで情報を共有して、同時に全体の把握まで行い、尻拭いを自分たちに押し付けようとしている元老院たちの思惑すら見通して一気に表情を曇らせた。

 しかしシエルとしてはその事よりも遥かに気になっている事があった。


「それはそれとして……リリー、貴方たちワースト・デッドは一体何者なの? 何を知っていて何をしようとしているのか…………まあ悪い事じゃないとは思うけど」

「あ~……その辺話すと相当長いんだけど…………まあ飯がまずくなる事じゃないのだけは約束するよ。何しろワースト・デッドのリーダーはアイツだからさ」

「…………」


 答えになっていない答え。

 それは奇しくも先ほどの大聖女アルテミアと同様なのだが、リリーが示す“アイツ”の性分をいい加減理解しているシエルはため息を一つはいてリリーにジト目を向けた。


「……後で詳しく教えてよねポイズン・デッド」

「オーケー、今回こそはちゃんと教えるって。何しろ共犯になっちゃったんだから。新規参入のペネトレイト・デッドさん」


ちょっと不満げに黒い修道服に着替えたシエルが聖職者と言うよりも熟練の暗殺者にすら見えてしまう出で立ちに、リリーは内心複雑だが共犯になった事を喜んでいる自分がいる事に気が付く。


『結局アタシも変わらず悪ガキのままって事か』


 いつも暴れまわり、いたずらをしては大聖女ジャンダルムに追い回されていた幼少期に戻ったような気分になって、苦笑する。


「しかし貫く《ペネトレイト》にポイズンか……私たち二人のコンビ名は毒矢ポイズンアローで決まりかな?」

「一応アンタは現役で、アタシも元とはいえ聖職者だったワリにえらく物騒なコンビ名だこと」

「そうかな? 異端審問の時みたいに不良聖職者に比べれば語呂よくない?」


 教会では持て余して遠くに飛ばせば、探られたくない余計な教会の裏を暴き都合の悪い毒をまき散らす。

 そう考えれば何も変わらないか、とシエルのイイ笑顔にリリーは妙に納得してしまう。


「じゃ、せいぜい毒矢はピンポイントでターゲットに向けて飛んで行く事にしましょうかね」

「そうね。私としてはとにかく大聖女殿に一撃加えないと気が済まないし」

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 身長差で美人姉妹にすら見られる事も多々あったシエルとリリーの二人の本性を知ってしまい落胆する男は今まで数多く存在したものだが、知り合いにとっては“ああ、まあ……”と苦笑されるという物騒な会話をする見た目だけなら美女に美少女。

 そんな親友同士、命名『毒矢ポイズンアロー』は着替えを終えると『奥の院』の最深部、丁度中央に当たる場所に向かって走り出した。

 リリーの『魔力感知』で最も魔力の高い場所に向かっていて、その場所が最深部の大聖堂であり、当然だが素直に正面から侵入するのは愚策。

 人目に付かずに侵入する為に二人は大聖堂の天井付近、上から侵入するルートを選ぶ。

 普段移動手段がバラバラなワースト・デッドとは違い、二人とも同じ大聖女ジャンダルムを師事しただけあって移動手段は同じ羽の如き体重移動による跳躍。

 あっという間にフワリと天井付近に着地して、そのまま柱の陰に無を潜める。


『考えてみればアタシらも教えたバアちゃんも技術的には盗賊向けだよね。ギラル程鍵開けや盗みの技術は無いにしてもさ』

『今更です。我々も師匠も底辺から這い上がって来たタイプなのですから、お育ちが良いワケが無いでしょう? 第一性に会いませんし』

『クク……違いない』


 ヒソヒソと軽口をたたき合う二人の眼下には、今回初見であるオリジン大神殿の最深部の『大聖堂』が広がっていた。

 しかし本来の精霊神に祈りを捧げ聖職者たちの説法を聞く聖堂とは違い、広い空間の中心にあるのは古く巨大な魔法陣であった。

 その魔法陣を囲むように数人の聖職者たちがそれぞれの仕事に動き回っており、その中にはリリーにも見覚えのある者が数名いた。


『……まあここにいないワケが無いか。調査兵団召喚士、ミズホ』

『知り合い?』

『ええ……前回、ブルーガでちょっとね』


 前回は主に黒く目立たない服装であったのだが、今回は幾らか煌びやか……清楚さを表に出す服装をしている聖女に扮したミズホを発見してリリーは眉を顰める。


『ジルバの話じゃ大神殿に出向中で連絡が取れないって事だったから、今のところの彼女は向こう側の協力者のままなのよね……厄介な』

『む……格好は聖女のようですが、体裁きを見るに格闘向きのようね』


 シエルの冷静な分析にリリーは舌打ちしそうになる。

 正直な話、前回リリーはミズホに対して隙を付けただけで勝ったとは思っていない。

 ハッキリ言って正面切って戦いたくないのが本音の強敵であった。


『ヤツ一人ならアンタが前衛、アタシが援護のいつものコンビネーションで済みそうだけど』

『無理でしょうね。いくら戦闘バカな私でも、この場合は多勢に無勢……ましてやあの人がいては一人で前衛は不可能ですよ』


 チラリとシエルが視線を送った先にいるのは、それこそさっき彼女が殴りたいと明言していた人物、闇の大聖女アルテミアであった。

 彼女は数人の元老院たちと共に大僧正の背後に控える形で、魔法陣中央で何やら書物に視線を落としていたミズホに対峙している。

 その姿だけで、この場においてアルテミアが別格の強者である事はリリーにもうかがえた。


『やな感じね。アタシの『魔力感知』じゃ大聖女殿の魔力はさほど高く見えないんだけど、絶対に当てには出来ない不気味さがある。しいて言うならホロウ団長にも似た虚ろさと言うか』

『虚ろ……か』


 修羅場を潜り死線を乗り越えて来た者であるリリーにとって『魔力感知』は大きな武器ではあるが、魔力の大小は判断材料にはならない。

 大きかろうが小さかろうが、致死性を持っているなら何も変わらない……ましてやそれが大聖女であるのだから尚の事。

 リリーは『魔力』も『視覚』も注意深く意識して、見失わないように警戒を強める。

 そうしていると、下の方からミズホの声が聖堂内に反響して聞こえて来た。


「よろしいのですか? 現在判明している古文書からも、目的にしている召喚術には蓄積できた魔力量では召喚術の安定時間が極端に短くなります。せいぜい数分……いえ数秒もあるかどうか」

「仕方があるまい聖典がおっしゃったのだ、精霊神様の思し召しであると。我らはその神命に逆らう事はまかりならん。精霊神のお心に誤りなどありはしないのだからな」

「貴女は貴女の成すべき事を成せばよろしいのですよ。聖女ミズホ……」

「…………かしこまりました。精霊神様の御心のままに」


 大僧正とアルテミアにそう言われて、ミズホは不承不承頷く。

 色々と無意識に邪魔してきたギラルの善行のお陰で滞りまくって来た召喚術の研究ではあるものの、それでも第一人者であるミズホが今回の早急な実験には乗り気ではない事が誰の目にも見て取れる。

 そんな彼女の態度にリリーは改めて床の魔法陣に目をおとして見るのだが……どうにも違和感が湧き上がってきていた。


『コイツがオリジナルの召喚魔法陣だとしても、いささか古すぎ? ってかどう見ても経年劣化が激し過ぎるような……』

『そうね……少なくとも遺跡クラスに古い。あまり実用に耐えるとは思えないんだけど?』


 最古の魔法陣と言葉にすれば聞こえは良いのだが、実際に魔法陣を流用する場合魔導師たちは劣化した物を嫌う傾向がある。

 それは単純に魔法陣か欠けたり切れたりしていると、まるで意味が変わってしまったりして危険だから使いたくないという当たり前の危機管理のせいであった。

 リリーとしてはそれだけでも、これまでの精霊神教の動向としては違和感があった。

 何しろ千年も前から危険を承知していて自分たちの総本山を精霊神として祭り上げた現ザッカールには置かず、危険性を考慮して召喚実験を主にブルーガで行う程、自分たちに危害が無ければ他人はどうでも良いというクズ思想だったのだから。

 少なくともこんなに不完全なモノを不完全な状態で使う事自体がおかしい事なのだ。


『保身、自分だけは大事な連中にしてはコレを使う事自体が…………』

「それほどまでに『聖典』は危惧しておられるという事なのですよ。怪盗ワースト・デッドなる不穏分子の行動のすべてに」

「…………え?」


 その声が突然背後から聞こえたと思った次の瞬間、リリーはすでに攻撃を受けた後である事を自覚する事になった。

 腹部から突き出した、黒い錐のような物体が自分の背後から突き刺されたのだと、口からの血の味と共に。


「ガバ!?」

「リ……ポイズン!?」

「すでにここまで侵入を果たしていたとは……さすがと言っておきますよワーストデッド。早々にご退場願うのが惜しいくらいです」


 一体いつの間に背後に回っていたのか……そんな事を考える事も出来ないくらいに不気味に、冷徹に、いつもと変わらない微笑を浮かべた大聖女アルテミアがただそこにいた。

 まるで死霊レイスの如く、悠然と……。




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