第二百三十六話 シエルの観察日記

 さしたる理由も説明されること無く精霊神教オリジン大神殿『奥の院』へ連れて来られた高魔力所持者たち聖女や魔導僧たち……その中でも特に強制的に連れて来られた事に不満たらたらの光の聖女シエルであったが、魔力供給作業のローテーションの繰り返しでいい加減暇を持て余していた。

 魔力供給の為に特定の集積水晶へ自身の魔力を送り込み、そして待機室で魔力の回復まで休憩をする……その繰り返しなのだ。

 魔力の回復には肉体疲労と同等に休養と睡眠が最も効果的であるのだから、大半の連中は待機室で思い思いに休憩していて、その中でもシエルと最も会話してくれていた地の聖女ヴァレッタも現在はベンチに横たわり、そのゴージャスな金髪を広げて寝息を立てている。

 普段見た目も口調も高飛車貴族なワリに、地位も立場も関係なく気遣いの出来る聖女な彼女のあどけない寝顔にシエルは思わず笑ってしまう。

 自分の日頃の鍛錬の賜物と言えばそうなのだが、自身の回復力の高さが仇になっているのか今現在シエルだけ目が冴えてしまっているのだった。

 その理由の中に、昨夜自覚してしまった一人の男性への想いと邪魔をされた事に対する苛立ちが含まれていない事も無く……思わず殺気立ちそうになる自分にハッとする、そんな事を繰り返していたのだった。


「いけませんね、私もまだまだ精神修業が足りません。感情を燃やすよりも鎮める方が難しい事は分かっているつもりですが……」


 頭を振って自分が負の感情に飲まれかけていた事を自戒しつつ、彼女は精神の鎮火と修業、そして暇つぶしを兼ねて、つい最近掴みかけている精霊を視る方法を試す事にした。

 これは精霊の感覚に近づく為に精霊の魔力その物に“自身の魔力を同化させる”という達人が自然の流れに身を任せるという感覚的な事を実演するような高等技で、それは一時的にも“精霊になる”事と似ている。

 このシエル命名『精霊の瞑想』は使用時にギラルの全力での『気配察知』と同様身動きが取れなくなるマイナス点はあるが精霊同様『気配』は無くなり、大気中に当たり前に存在する『魔力』と同一視されて『気配察知』にも『魔力感知』にも引っ掛からない究極の隠形にもなるのだ。

しかし今の彼女の目的はあくまでも他の精霊を視る事に尽きる。

 幸いと言うかなんというか、今現在魔力消費で休憩中とはいえ自分と同様の精霊に寵愛を受けた聖女たちが大勢同じ部屋にいるのだ。

 自分以外の精霊は一体どんな姿をしているのだろうか?

 それは精霊を短時間でも見る事が可能になったシエルとしては当たり前に湧き上がってくる好奇心であった。


「最初はほんの一瞬、訓練を繰り返しても数分が限度でしたから……」


 そう呟いたシエルはスッと目を細めて自身の魔力を大気中にあふれる守護精霊、光の魔力に身をゆだね同化させて行く。

 そうする事で今まで見る事が出来なかった世界が目の前に広がり始める。

 まず目の前に現れたのはいつも自分に寵愛を与えてくれている光の精霊レイの姿。

 白い翼に白い衣、自分と同じ水色の髪を靡かせた可愛らしい少女の姿だが……やはり彼女も自分と同様にあまり機嫌がよろしくない事にシエルは苦笑してしまう。

 次いで隣に目を移すと、緑色の三角帽子にゾロリとした如何にも仙人のような出で立ちの初老の男性が眠るヴァレッタの髪を優しく撫でていて……シエルの視線に気が付くと“シー”とばかりに人差し指を口元に持っていく。

 何とも“友達想い”な彼女に似合った優し気な地の精霊グノームなのだとシエルは微笑み交じりに理解する。

 そして周囲を見渡してみれば……やはり各国、各神殿から聖女が集められているからか数多くの精霊がこの場に集まっている。

 気が付くと六大精霊の中でも同一属性の精霊であっても姿形、見た目の性別すらも違う精霊も多く……その中にはシエルと同じ光の精霊であっても少年の姿であったり逞しい戦士の姿であったりそれぞれ違うのだ。


「なるほど……この辺の解釈に関しては『聖典』が伝える教義に偽りはないのですね」


 精霊は個にして全、全にして個。

 同じ精霊でも違いがあるし、違いがあっても全て同じ存在……自然そのものなのだと、目の前の光景にシエルは妙に納得していたのだった。

 猛々しい炎のイメージがある火の精霊イフリートであっても、眼鏡を掛けた可愛らしい文学少女のような姿だったり、逆に物静かそうな闇の精霊アビスが活発な格闘僧のように豪快に笑っていたり……実に多種多様なのである。


「これって……師匠ジャンダルムのイフリートはどんな姿をしているのかしらね?」


 年老いて尚激しい気性の師匠と同様にオーガの如き強者な姿か、それとも意外と優しく面倒見のいい心根を象徴するような愛らしい出で立ちなのか……そんな事を想像してシエルは一人クスリと笑う。

 そんな風に自分以外の聖女たちに寵愛を与える精霊たちを見回していたのだが、その光景も徐々に薄れてくる。


「う……やはりまだまだ完成には程遠いようですね」


 今までシエルの中に確固たる技術として備わっていた体術とも精霊魔法とも違う感覚の『精霊の瞑想』は全く種類の違った集中の仕方を要求する。

 シエルはそんな短時間しか維持できない事実を噛みしめながら、自らの視点を元に戻そうと考えたのだった。


「……え?」


しかしその瞬間、『精霊の瞑想』を解こうとしたその時、不意に視界の隅に入ったとある光景に驚愕し、一瞬にして集中が途絶えてしまった。

 そして視界が精霊が見えない普段と同じ光景に戻った時、部屋に入って来た一人のオリジン大神殿上層部の大聖女が休憩室に集まった聖女、魔導僧たちに向けて声を上げる。


「皆さんお疲れさまです、お陰様で今回の儀式に必要な魔力を蓄積することが出来ました。つきましては儀式が終了する時間までしばらく待機して下さい。小一時間ほどで解散という事になりますので」

「大聖女アルテミア、質問よろしいでしょうか? 一体蓄積された膨大な魔力を何に利用されるのでしょう?」

「それは精霊神教として重要な儀式としか答えられませんが……少なくとも貴女方が心配するような用途ではない事は言明しておきます」


 みんなが疑問に思っていた事を一人の見知らぬ風の聖女が質問するが。アルテミアは眉一つ動かす事なく返答する。

 丁寧に答えているようで何も答えていない、聞きようによっては“下の者が口をはさむな”とも聞こえる尊大な物言いにすら思えるのだが……アルテミアはそれ以上答えることなくアッサリと部屋から出て行ってしまった。


「……どういう事なのでしょう?」

「よ! やっと見つけたよシエル」

「!?」


 そんな闇の大聖女アルテミアを疑問と驚愕、そして生じ始める圧倒的疑念に混乱しつつシエルは呟くが……彼女は唐突に肩を叩かれて全身をビクリと跳ね上げた。

 慌てて振り返ると、背後にいたのはシエルにとって最も馴染み深く付き合いの長い親友であるリリーが何とも言えない表情で立っていた。


「多分この部屋だろうと当たりつけて、レタッちの隣が不自然に空いてるからおかしいとは思ったけど、やっぱりここにいたんだ」

「リ、リリー!? え? 一体どうやってここに? ここは『奥の院』ですよ?」

「色々とね。簡単に言えば自慢の妹のお陰かな?」


 パチリとウインクして隣で今もうつらうつらと船を漕ぐ地の聖女の事をあだ名で呼ぶのは間違いなく自分のよく知る幼馴染である事に確証を持ち、シエルはある意味安堵する。


「もしかして今のがギラルの『気配察知』すらも欺いた精霊と同じように大気の魔力に同化するってヤツなの? 半端ないね、アタシにもついさっきまで魔力すら感じ取れなかったよ」

「あ~それはごめんなさい。あまりにも暇で……」

「ま、でしょうね。この有様じゃ~やる事もないでしょうし……」


 見回すと、アルテミアが連絡事項を述べに来て多少は反応していたようだが、隣のヴァレッタ同様に未だに目を瞑っている連中が大多数。

 暇をつぶす手段があるならやるだろうなとしかリリーも思っていなかったので、別に攻めるつもりもない。

 しかしリリーは別の事が引っ掛かっていた。


「それはそれとして、どうやらその退屈な作業も終わったようだね。正直本当に予定していた魔力が充填されたのかは疑問だけど……」


『予言書』でのギラルの情報では異界召喚に必要だったのは五千人以上の高魔力所持者の魔力であるとの事だった。

 リリーとしては幾ら魔力の充填にシエルを含めた人々が駆り出されていたからと言って、一晩で魔力充填が完了した気がしないのだ。


「単純に異界召喚の研究が進んでいないから規定量が分かってないのか? もしくは上層部が急がなくてはいけない事態が起こったとか……」


 と、そこまで自分で口にしていて現在準備されている召喚実験の邪魔をしそうな何かについて考察すると、理由になりそうなのは2つしか無い。

 一つは言わずと知れた自分たち《ワースト・デッド》なのだが、こっちは今のところまだ侵入に気が付かれていない自信はある。

 それはリリー自身が今現在シエルと接触できている事からも証明できているだろう。

 となると理由はもう一つの方しか思い当たらず……。


「……どう考えても陽動作戦の方がやり過ぎだったんじゃ? 頑強な多重結界すらもぶち破ってくるかもしれないって危機感覚えるくらいに」


 阻止する為に侵入したリリーだというのに、実行を急ぐことになった理由を考えると気が抜けそうになってしまった。

 実はその予想は大当たりであり……召喚実験をしたい上層部、元老院の面々は“原因不明だが異常な攻撃で結界が破られそう”という事態に焦り、怯えて、予定よりも少ない魔力充填ではあるものの実験に踏み切る決定を下したのだった。

 平たく言えば“夜を邪魔された獣”にビビったワケであり……。

 リリーはため息を吐きつつ、大神殿サイドが魔力充填を中途半端な状態で強行しようとしている辺りを軽く“獣の飼い主”に対して説明する。

 自分との逢瀬を邪魔された挙句にドラゴン数体でも破れない多重結界を破壊しそうな勢いで怒り狂っているという事実に、シエルは何とも言えない表情で顔を真っ赤に染める。


「あ~も~……ちゃんと調教しておいてよね。陽動は隊長さんの提案だけど、怒りに任せてやり過ぎなのよ。しっかり餌やっときなさいよ?」

「ちょ!? ちょっと待ってよリリー!? ノートルムさんがそんな魔獣か何かのように」

「……それ以外の何だってのよ」


 抗議しつつも熱く輝きを放つ親友の右手の『聖女の印』は間違いなくノートルム隊長への想いが反応したモノのようで……何だかんだ言いつつ彼が精霊神教に敵対するかもしれない勢いと想いで自分を求めて突っ走っている事実を喜んでいるのが丸わかりであった。


「シエル……意外と強引なのが好み?」

「ち!? …………ちがうもん」



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