閑話 良い魔女? 悪い魔女?

 聖女見習いイリス・クロノス。

 魔力は聖女クラスに高くとも適性のある属性が分からず、魔法で実力を発揮する事が無かった彼女だが、自分の適性が今まで精霊神教では無いとされていた六大属性から外れた七つ目の属性『時空魔法』であると知り、更には先ほど初めて実戦で成功する快挙を成し遂げた事で彼女は現在若干テンション高め、ご機嫌状態ではあった。

 しかしそんな彼女も『奥の院』の正面側、陽動作戦の騒ぎを起こしていた広場を見た瞬間……理解が及ばずに目が点になった。

 無論彼女もロンメル達格闘僧とノートルム隊の聖騎士たちが騒ぎを起こしていた理由は理解していたのだが、思っていたのとは違う光景が繰り広げられていたのだから。


「お、おのれぇ……化け物め!!」

「貴様ら! それでも栄えあるエレメンタルの聖騎士であるか!? 気合が足らんぞ!!」

「ぬかせ! お前らこそ息が上がっているじゃないか!? たかが一人に対して情けないとは思わんのかあ!?」


 格闘僧モンク対聖騎士パラディンの諍い……イリスはそれを想像していたのだが、目にした光景はそうではなかった。

 格闘僧たちと聖騎士たちが協力して一つの化け物と向かい合っているという、まるで凶悪な魔物と大勢で戦おうとしている……そんな光景。

 そしてそんな風に囲まれた中心で、豪快に笑っている……見覚えのある筋肉ハゲ。


「グハハハハハ、良い、実に良いぞ! まさか格闘僧と聖騎士の連合がここまでの力を発揮しようとは!! やはり戦闘は力が拮抗してこそ面白い! 我が全身の筋肉が、血潮が奮い立っておるわ!!」

「やかましい! 当初の目的忘れやがって!! 聖騎士隊は最低3人1組で格闘僧たちの盾に徹しろ! 攻撃は奴らに任せて邪魔をするな!!」

「任せよ! 汝らが盾となるなら我らが剣となろうぞ!!」


 そして魔人の如き様相で笑う知人ロンメルに対して防御に徹し、時には自分たちが足場にすらなるように動き格闘僧たちの攻撃をサポートするという……短期間で完璧な連携を見せて協力し合う格闘僧と聖騎士たち。

 イリスの感想は思わず漏れ出た一言に集約されていた。


「……なんですかコレ?」

「う~ん、困りましたねぇ。陽動にはなっているから良いと言えば良いのですが」

「あ……ホロウ団長さん。何があったのですかコレ?」


 そんな光景を困り顔で眺めていたのは、すでに聖騎士団団長の変装を解いているホロウであった。

 一応今作戦の仲間とも言える彼女の質問にホロウも苦笑しつつ答える。


「最初は格闘僧対聖騎士の小競り合いの予定でしたが、途中からあの方が“どちらとも戦った方が面白そうだ”と思ってしまったらしく……」

「あ、もう良いです。すみません……うちの脳筋どうりょうが」


 リリーの変わりに異端審問として同行し始め、まだ付き合いは短いとはいえイリスもすでにロンメルの破天荒ぶりは理解しており……話の触りだけで全てを察する事が出来てしまった。

 体の至る所に青あざを作り、倒しても徒党を組んで再び襲い掛かってくる連中を相手に好戦的な笑顔で答えるその様にため息しか出てこない。


「まったく……困った師範です」

「まあまあ、良いでは無いですか。目的である『奥の院』への陽動にはしっかりなっていることですし」

「陽動…………なっているのでしょうか?」


 大騒ぎをしている事に変わりは無いのだが、ロンメルが嬉々として戦っている姿を見ると何とも納得しかねるイリスは複雑な気分で状況を眺めるのだが、彼女のそんな気分は定期的に発生する轟音により寸断される。


ドガアアアアアアアアアアア!!


 相も変わらず凶悪な殺気を振りまくソレは、一般的には神聖の象徴とされる光の魔力を身にに纏い凄まじい光を放っているというのに、ソレから感じられるのは神々しさよりも禍々しさ……輝く光にありったけの殺気を込めた剣を『奥の院』を包む多重結界に叩きつける様は怒り狂ったオーガにしか見えない。

しかし全力で結界に叩きつけた剣は粉々に砕け散る。


「クソ! 俺の全力はこの程度なのか!? 防護結界がようやく13層は破壊できたと思えば直ぐに再生するし……俺の力は、俺のシエルへの想いはこの程度なのか!?」


 刀身が消滅して柄しかなくなった剣を放り投げて顔を歪めるソレ……聖騎士ノートルムであったが、イリスはそんな彼の言葉に耳を疑った。


「じゅう……さん層ですって!? って13層!? 属性の違う多重結界を一気に十三も破ったというのですか!?」

「ちなみに彼の発言、誇張でも何でもない事実です。最初は7層だったのに攻撃の度に威力を増してドンドンと記録を伸ばしているのですよ。一層破壊するだけでもドラゴンブレス並みの威力が必要な防護結界だというのに……」

「あの人、一体どうなっているのですか!? 確かにノートルム隊長さんは強い方ですけど、このような化け物じみた威力はおかしくないですか!?」

「あの手の輩は私の経験上でも数少ないですけどね。精霊と同調出来た者が精霊と同等の力を振るうのに酷似しています」

「精霊と……同調?」

「私が以前見た事のある事例は、最後の力を振り絞って自軍の殿を最後まで務めた将であったり、最愛の者を守ろうと凶悪な魔物に乾坤一擲の一撃を見舞う村人であったり、一時的にでも精霊に気に入られ、気が合った時に起こる現象です」


 驚愕するイリスにホロウも苦笑で答えるしかない。


「あの隊長さんはすでに『聖女の印』すら持っているのです。早い話が光の精霊レイと共になって一つの目的に対して怒り狂っているからこそ、このような威力が生まれているのです」

「……なんでしょう? 目の当たりにしているというのに、何故か納得が行かないのですが」

「ほお……奇遇ですね、私もです。まったく、彼の盗賊と関りを持つと長き人生の中でも思ってもみない驚きを与えられるものです」

「彼の盗賊?」

「とはいえ、さすがに腐っても大神殿の最奥『奥の院』の結界。多重結界を実現しているのは内部に待機している結界役の魔導師たちでしょうが、やはり抱えている人数が違います。このまま繰り返して隊長さんが30層抜きに成功しても正面突破は難しいでしょうね。誰かが手助けでもしてくれない限りは」


 そして調査兵団ホロウ団長は何かを誤魔化すかのように、イリスにある事を示唆する。

 それについてはイリスも言われるまでも無く分かっている事、実際さっきギラル達を秘密裏に結界内部に侵入せしめたのもイリス本人なのだから分からないはずはない。

 無いのだが……。


「囚われのお姫様を救出するのは王子様の役目。貴女はさしずめ王子を手助けする魔法を振るう善良な魔女という事でしょう?」

「……いえ、そうですね。それは重々承知しているのですが」


 唯一、時空属性魔法にて数メートルでも『転移』を実行できるイリスは、チラリとあきらめずにさっきよりも更に禍々しく光り輝き「待ってろシエル!!」と自分の先輩に対する愛の咆哮を上げる男を見て……躊躇してしまう。


「私の役……本当に善良な魔女ですか? 何だか怒れる魔獣に光の聖女と言う生贄を与えようとしている悪の魔女の役にも思えるんですけど?」


 引きつった顔になるイリスだったが、彼女に対してホロウは実に胡散臭い、いつもの目の笑っていない営業スマイルを浮かべた。


「イリスさん? 世の中、善良なだけで事を成す事は出来ません。正しき事を成そうとしたならば、時には自ら悪に落ちる覚悟も必要なのですよ」

「言いたい事は分からないでは無いですが……絶対に今じゃないと思いますよ、その教訓」



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