第二百三十四話 レッツ、フィッシング!!

 さっきまでガヤガヤしていた老人たちがいなくなって突然シンとした静けさに包まれた図書室? と言うか禁書庫? であるが……中心にある魔法陣がどこかに繋がっているのは間違いなさそうだ。

 ただ、この場所はその他にも利用目的があったみたいで……いわゆる元老院たちにとっての遊び場でもあるようで、部屋の奥に連中が寛げるスペースが用意されてた。

ただしザッカールでのマルス君が禁書庫を秘密基地にしていた微笑ましいエピソードに比べると遥かに胸糞の悪い利用法だが。

 問題なのはそのスペースに設置されたカーテン……不自然にある窓ガラスの向こう側の暗闇にあった。

 暗闇ではあるものの、眼下に見えるのは赤い目を光らせる巨大な魔物、暴食熊が蠢いている事で、それはさっき俺たちが通過してきた落とし穴の先なのは明白だった。

 寛ぎスペースにそんなモノを設置する理由など想像するまでも無く、想像したくも無い。


「ところでグール・デッド、知ってるかい? 暴食熊って意外な特徴があるんだけどさ~」

「意外な特性……ですか? 何でも食いつく究極の雑食であるとしか知りませんが……」

「うん、それはその通り。肉でも植物でも、何なら石や木の幹ですら噛み砕く節操無しだけど、野生の魔物のクセにあまり鼻が利かないんだよ」

「……本当ですか? 普通は匂いを頼りに獲物を追うのが動物も魔物もセオリーなのに」


“釣り糸を垂らす”俺の呑気な質問に彼女は“眼下を冷ややかに見下しつつ”真面目に答える。


「正確には鼻が利かないというよりは頼りにしていないって感じかな? さっき言った通りコイツ等は何でも食うから目の前のモノ全てが食い物に見えている。要するに何でも食えるからこそ全部が食えるモノの匂いにしかならない。空腹で店に入ったら食堂の客が食っている物が何でも旨そうに見える……みたいに」

「あ~なるほど。全て食うからこそ危険や好みを考慮していないと」

「そう、でも暴食熊が考えるのは“腹いっぱい食える事”に尽きるから動いて逃げる獲物を先に動け無くするというのは重要な事でね、そこで連中が発達したのは聴覚なのさ」

「おお、なるほど合点がいきましたよ。さっきから一向に餌に食いつかないな~と思っていましたが、そんな絡繰りがあったのですね」

「そうですよ~。だからほら、さっきからその事を重々知っている知識人の方は悲鳴どころか身動き一つ取ってないじゃないですか。さすがですね~」

「なるほど……私もまだまだ勉強が足りない」

「…………」


 罠にかかった侵入者、もしくは連中にとって都合の悪い人々を暴食熊の巣窟に落として酒の肴にしていたのだろう暗闇に続く窓。

そこから釣り糸を垂らす俺たちがそんな風に言いつつ見つめる先、落とし穴の執着地点、暴食熊の巣の床に横たわった餌は、言う通り声も出さず身動き一つせず、ただ涙目で全身のいたるところから汁を出しながら必死の表情で“助けてくれ”を表現している。

 本当に匂いに敏感な魔物だったら一発アウトだったろうに、魔蜘蛛糸一本のみを体に巻き付けてその場に仰向けにされているローゼスの傍を何度か通過する暴食熊は中々餌を見つける事が出来ない。

 どうやら長い間暗闇にいた事で目も相当退化しているみたいだな。

 ローゼス自身、暴食熊の特性を知っていたからこその正しい行動で何とか凌いでいるようなのだが、それでも死の恐怖が間近なのは間違いないのだ。

 さてと、ここらでもう少しダメ押しを……。


「ふ~む、食いつきが悪いねハーフ・デッド。少々撒き餌をしてはどうか?」

「そうだな~なるべく魚が寄ってくるように……」


チャリーーーン

「「「「ゴアアアアアアアア!?」」」」

「!?」


 俺が撒き餌として投げたのは常備している投擲用の鉄釘。

 直立不動になっているローゼスより遥か遠くに放り投げ、音が鳴った瞬間に巨体の暴食熊たちは驚くほどのスピードで音のした方向へ突撃して行った。

 その瞬間、ほんの少しだけローゼスは安心したような表情になったが……俺が再び鉄釘を、今度はさっきよりも近くに投げ落とした事で再び絶望の表情に変わる。

 当然音に反応した暴食熊がそこに殺到し、徐々に徐々に自分の傍に確実に近寄ってくる。

 それが何を意味するのか、聴覚が敏感な奴らが自身の心音すら聞こえる位置まで近寄ったらどうなるのか……それを想定できないほどローゼスは愚かじゃなかったようだ。

 涙目……じゃない、完全にガン泣き状態で上を見上げて声も出さずに口だけでパクパクと繰り返していた。


『ナンデモハナス、ナンデモスル、タスケテ、タスケテ……』

「宗教の連中はこういう時は信仰だの自己犠牲だの宣って簡単に折れないもんだと思ってたけどな……違うのか?」

「人によるとしか言えませんね。俗世に未練を持った時点で誰しも命は惜しいという事でしょう。その辺は私も同じですし」


 命を惜しむ……カチーナさんは自分も同じだと嘯いて見せるが、俺にはどうしても同じ部類とは思えないけどな~。

 仲間の為なら平気で命を賭けてしまう、そんな連中とこいつ等が同等などとは。


                  ・

                  ・

                  ・


 こっちとしては転移魔法陣の起動法さえ吐かせれば良かったのだが、熊さんを利用した質問ごうもんは効果絶大だったようで、引き上げたジジイは全身から色々と垂れ流しながら聞いてもいない事をベラベラと喋ってくれた。

 そのあまりにも哀れな姿に心を打たれた俺たちは……元老院ローゼスの身柄を魔法陣の転移先で解放してあげた。

 気を失わせて人通りの多いところに、身元もすぐわかるように顔と名前を晒してあげたのだから……彼は目を覚ましたのちに精霊神と俺たちワーストデッドに感謝をする事だろう。

 白い法衣に色んな臭いと色のコントラストを添えたジジイが今後、精霊神教の最高位の元老院としての名に多少のクソ、いや泥を付けたところで大した事は無いだろう。

 と言うか……どうでも良い。


「やり口がザッカールの化粧お化けと同じだとワースト・デッドの芸風が二番煎じだとか言われそうだけどね」

「仕方がありませんよ……まさか転移魔法陣の行き先がココとは。予想はしましたが、本当に自分たちだけは助かろうと考えていた者たちが精霊神教の最高幹部とは……信者たちがあわれですよ。この程度の恥くらい甘んじて受けるべきです」

「まあね……」


 転移の手段は至極簡単、元老院たち上層部、そして大僧正のみが身に着ける事を許された『聖典の指輪』に“転移”と話すだけで、その時魔法陣の中にいるすべてのモノは所定の場所まで瞬時に移動するのだ。

 一応安全確認の為に移動時にはは刃物を首筋に突き付けたままローゼス自身に使用させたのだが……転移した場所には若干見覚えもあった。

 闇の神殿ダークネス・アビス、魔法陣で転移した場所は先日遭遇した大聖女アルテミアの管轄であり大神殿の外……つまりは結界や聖騎士団の包囲網から外れた場所であった。

 どうやらローゼスの口ぶりでは大僧正が聖典から精霊神の信託を得る場所も、元老院共の集会場もこの場所が本命で、その全ての場所は大聖女アルテミアの管轄として普段関係者以外が立ち入り禁止の区画になっているのだとか。

 つまり予想していた事が大当たりだったのだ。

 連中は守る為に防備を敷いているワケじゃねぇ、危険を分かった上で囲んでいるのだという事がな。


「まさかオリジン大神殿の最重要の『奥の院』すらも連中にとってはフェイクだとは……な。俺はあんまり敬虔な方じゃねーけど、ここまで自分だけが大事な連中が上層部とか考えるとなんかガッカリなんだが……」

「言いたい気持ちも分かります」


 腐っているのは分かり切っているハズなのに、本当に腐っているのを目の当たりにした事を認識したガッカリ感と言うか。

 そもそも『異界召喚の儀』は昔から何度も行われて来たと『忘れざる詩人』のダイモスが言っていたのだから、この転移魔法陣の逃走経路は少なくとも最近造られたモノじゃない。

 つまり最低でもその頃からこの場所は元老院の集会場、そして現大僧正が頻繁に訪れる重要な場所だった事になる。

 普段から連中が入るのは『奥の院』であるのだから、そこから転移魔法陣を使ってこの場所に来るのであれば人目に付くことも皆無……隠蔽としては完璧に近いだろう。

 まあ、バレなければ……だが。


「じいさんの話じゃ、現大僧正は今まさに聖典から指示を得るために『神託の部屋』に籠っているらしいな」

「そのようですね……」


 偶然と言えばそれまでだが、今現在闇の神殿の主であるアルテミア氏は『内の院』で大騒ぎをしている聖騎士と格闘僧たちの対処に行っているらしく、しばらくこの場所はノーマークになっているようなのだ。

 つまり……忍び込むには今を置いて好機は無い。

 俺たちは頷き合うと、しっかり『大聖女の許可無く侵入禁止』と書かれた書き割りを無視して走り出した。

 大僧正、そしてあわよくば『聖典』の正体を知る為に『神託の部屋』を目指して。





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