第二百三十三話 神様に教わった工作

 さて、ようやく『奥の院』の最深部まで潜り込むことが出来たワケだが……当然天下の精霊神教の総本山の最重要施設なだけあって、それなりに広い。

 魔力の反応を頼りにシエルさんと合流に向かったリリーさんはその中でも中心部のハズで、俺たちが向かっているのはそこからは若干外れた場所。

 円で言うなら上の端の方と言うべきか?

 しかしそこに至るまでも幾らかの歩哨に立つ聖騎士はいるにはいるのだが、ここまでに比べると明らかに数が少ない。

 要所中の要所のハズなのに? そんな疑問を抱きつつ一応は見つからないように警戒するのだが、そんな俺たちをあざ笑うかのように……暇そうに欠伸すらしている。

 警戒心が無さすぎないか? 俺がそんな光景に不思議に思っていると、何故かカチーナさんがため息交じりに答えを教えてくれる。


『ギラル君……最重要施設だからこそ、上層部にとっては重要な怪我の一つも負わせたくないような人物が近衛兵のような要職に就く例もあるのですよ。最終防衛の内側にいる条件が強さであるなら、トップにいる人物は本物と言えるのかもしれませんがね』

『あ……あ~~、分かったもういい』


 げんなりと目の前の怠惰な聖騎士の評価をするカチーナさんも、元はそういう職場にいたのだから分かってしまうようだ。

 王のそばに控えるのが厳しい武人や才人であるなら、ザッカール王国だってもうちょっとマシな国政をしていただろうしな。

 お世辞とヨイショが得意で面倒事から遠ざけてくれる都合の良い者だけが上に行けて、皆が防備を固める内側、王の傍にいる事が出来る。

 これで最後の最後に凶刃から王を庇うような気概でも見せるなら大したものだが……。

 最深部が最も隠密行動が容易である事に、何故か物凄いガッカリ感を覚えてしまう。


『神様が言った通りなんだよな……。戦争で死ぬのは守ろうとして戦う勇敢で良い奴ばかり、本当に悪い奴は怪我一つ追わずにヘラヘラ笑っているって』

『……仮に悪人であったとしても、最前線に立つ悪人でありたいモノですよ』


 イヤそうにそんな事を言う『予言書』では四魔将として最前線で殺戮を繰り返していたカチーナさんだが……最早この世で相まみえる事は無い可能性ではあるものの、もしかしたらそんな矜持の下でいたのかもしれないな。

 そんな事を考えつつ、やる気のない警備体制を潜り抜けて……俺達が到着したのは大量の古書が山積みされたいわゆる図書室にも思えるような空間。

 ただ大量の本棚に古書が陳列しているにも関わらず、図書室と言い切れない物が空間の中央の床に刻まれていた。

 一応『気配察知』でこの部屋には人気がない事を確認してから、俺は口を開いた。


「ここは書庫……いや雰囲気的には禁書庫の類かな? だけどそれだけにしては真ん中の魔法陣が気になると言うか」

「禁書庫と言うより、私には研究施設に見えない事も無いですがね」

「あ~確かに……そうとも見えるわな」


 広間の中心にデカデカと描かれているのは、いわゆる魔法陣。

 用途は何も分からないのだが、今現在大神殿で進んでいるのは召喚実験なのだから、自然とそっち方面の研究の一環のようにも見えなくない。

 でも何だか妙な雰囲気をこの魔法陣からは感じるんだよな……。


「? 実験のワリには……何だかやたらとこの魔法陣には複数人の足跡が残っているような? 魔法陣の内側に入るなんて、それこそ結界とかの研究でも? いや……それにしては……」

「!? ギラル君、ちょっと待って……この魔法陣、見覚えがないか?」

「……見覚えって言っても、俺はそっち系の知識はからっきしだから違いと言われてもな~」


 俺がそう言うと、カチーナさんが憮然とした顔で詰め寄ってくる。


「盗賊として君が覚えていないワケがないだろ? 思い出そうとしていないだけで……ほら、ついさっきの事ですよ。イリスが使った精霊魔法の……」

「イリスの魔法って……あ!?」


 盗賊として瞬時に覚えるべき視覚情報と言うのは多岐にわたり、特にパーティーの生死にかかわる情報は絶対的に注目しているモノだが、逆に今必要ないと判断した事は注目しなくなる。

 多分、今彼女に指摘されなければ思い出すことも無かったとは思うが……指摘された事で俺も先ほど結界をスルーさせてくれたイリスの『時空魔法』を思い出していた。


「そうだ! こいつはイリスが使って見せた『クロック・フェザー』発同時に現れた魔法陣に似ている!?」

「やはり、そうですよね……」


 カチーナさんは俺と意見が一致した事で確証を得た表情を浮かべるが、俺は逆にワケが分からなくなった。

 今現在、聖女はいても『時の精霊』の寵愛を受ける聖女は発見されておらず、そもそも六大精霊外の存在は認められてすらいない。

 だというのに、ここにあるのは俺たちもつい最近ようやく目にする事が出来た類の魔法陣。

 精霊神教サイドは『時の精霊』の存在すら知らなかったハズではないのか?

 だからこそ『異界召喚』に関する召喚魔法が確立しておらず、未だに実験を繰り返しているのではないのか?

 新たな発見と共に巻き起こる新たな疑念……しかし悠長に考える時間は今のところ無かったようだった。

 突如、今まで何も無かったハズの魔法陣が光を放ち始めたのだ。


「これは!? 魔力の光!!」

「マズイカチーナさん! こっちへ!!」


 イリスと同じ魔法の魔法陣が発動したというなら、この後に起こる事は一つしかない!

 慌ててカチーナさんの手を引いて、俺は部屋の天井へロケットフックを使って一気に登り上がると……間一髪で魔法陣の光が収まったと同時に10人近くの年嵩を重ねた聖職者たちが魔法陣の中に現れたのだった。

 梁の上からコッソリ下を覗き見ると……どうやら俺たちに気が付いた者は一人もいないようで内心ほっと息を吐く。

 カチーナさんも同様みたいで、安心したように小声で疑問を呟く。


『あれは……もしや精霊神教の元老院の者たちでしょうか?』

『何だか尊大そうで仰々しい……金か勝手そうな趣味の悪い法衣を見る限り、それっぽいな』


 それなりに年は行ってそうだが、妙に肥え太った者から不健康そうに痩せている者まで、健康そうには見えないけど成金臭い雰囲気は全員から見て取れる。

 今まで聖職者最高位と言えば大聖女ジャンダルムが真っ先に思いつくが、あの婆さんは守護精霊の赤なんて目立つ色なのに派手さのない落ち着いた服装ですらあった。

 逆に眼下の老人たちは落ち着いた雰囲気を出しやすい白を基調にしているというのに、全体的にケバケバしく金の装飾やら色とりどりの宝飾などを付けているから……なんつーか絶妙にダサい。

 そんなどうでも良い感想しか持てずにいると、眼下の老人たちはガヤガヤと話し始めた。


「ふう……転移の魔法陣があるとはいえ、歴代の危険をはらむ召喚をここで行うのは勘弁してもらいたいものだがなぁ」

「然り、ブルーガの馬鹿どもがしくじらねばこのような事は無かったであろうに」

「そも、向こうの召喚実験が不可能になったからと言って、ここまで次の実験を急がんでも良かろうにのう」

「その辺にしておけ。此度の実験は聖典より直々の指示……大僧正や闇の大聖女辺りにも聞かれれば面倒であるぞ?」

「う……そ、そうであるな……」


 転移の魔法陣!? イリスの『クロック・フェザー』と同様とは思っていたけど、やっぱり『時の精霊』の魔法なのか!?

 連中の話で俺は瞬間的にあの中に『時空魔法』の使い手がいるのかと身構えた。

 

「ヤレヤレ……もしもこの転移の魔法陣を量産する事が出来るのなら、このように気負う事も無いのだろうがなぁ」

「仕方があるまい。先代の連中が製作者の47代目から製法を聞き出す前に始末してしまったのだからな。これだけでも残っていた事を幸運と思わねば」

「同様の魔法陣を描いても、六大精霊のどの魔力でも発動しない……属性無しの魔力のみで起動できる『魔導具』としての魔法陣はコレのみだからのう」


だが……連中の雑談の続きから、それは杞憂である事を知る。

 どうやら連中がたった今使ったらしい魔法陣は一種の魔導具、それもすでに亡くなっている47代目大僧正にしてババアの元カレ(?)にしか作り出せない類のいわゆるロストテクノロジーの類のようだ。

 会話から察するに、連中は『時の精霊』という存在を知らないようで、当然ながら必要なのが『時空魔法』の関連であるとわかるハズも無い。

 仕組みは分からないけど使えるから使っている……どうやらそんなところみたいだな。


「だが、いくら我ら精霊神教が破壊と再生の調停を担う神の如き采配を担う立場とは言え、この完成された大神殿での召喚実験はいささか抵抗があるのも事実よの……」

「それが精霊神の思し召しであるなら従うしかありるまいて。これまでも聖典がもたらす精霊神の意思で我らの利にならぬ間違いは無かったのだからなぁ」

「その通り……高々都市の一つや二つ、信徒の数十万が犠牲になる事になっても、我々のように敬虔で崇高な真なる信徒が生き残り教義を伝えていけるなら、それは無駄な犠牲ではない」

「殉教者として語り継ぐべきか…………しかし万が一事が起こったとしたら、一人一人を殉教者として称えるのはいささか骨であるのう」


 …………何だ今の、詳細は語っていないのに物凄く不穏で胸糞の悪くなる話は。

 敬虔とも高貴とも程遠い、いかにも悪党の如き忍び笑いをする老人たちに俺は苛立ちしか感じるモノはない。

 カチーナさんも同様のようで、冷たい蔑んだ瞳で眼下の老人たちに視線を向けている。


「まあ、何だ。どうせ最終的には終末が訪れるのだから、結果は同じようなモノであろう? 聖典が言うにはまだ数百年は後の事のようだが……」

「さすがに我らの中でその時まで永らえている者はおるまい。勇者とやらが本当に召喚されるかどうかなぞ、遥か後の世代が考える事。我々は目先の災害を利益に変える事を念頭に行動すれば良いだけ……いつもの事だろう?」


 ここからでは誰が言ったのかも分からないが、十人以上いる老人たちから批判の声は一つも無く、同意する笑いすら起きている。

 楽し気に、罪悪感など欠片も持たず、安全圏で自らの利益のみを考えている……そんな笑い。

 ただ、胸糞はすこぶる悪いモノの今の連中の会話で少なからず分かった事もある。

 あの連中は異界召喚について知っている事と知らない事があるという事だ。

 知っているのは『召喚実験』で未曽有の化け物が現れ厄災が起こる可能性がある事、そして原因は知らなくてもこの世界が最終的に破滅する未来にあるという事だ。

 今の口ぶりじゃ相当に未来の話だとして、自分たちには他人事であると思っているようだが。

 知らないのは世界の破滅が既に数年後に迫っている事……すでに他人事みらいの事では無いという事だ。


『俺が知る『予言書』では数年後には勇者召喚が実行されて『三大禁忌』が完成する。すでに二つ成立している事すら知らないから、あんな風に笑えるんだろうが……』

『しかも自分たち以外が犠牲になる事を何とも思っていないどころか、自分たちの利益にしようと換算している辺り……何とも虫唾が走ります』


 今にも切りかかりそうな眼付きでカトラスの柄を握るカチーナさん……ハッキリ言って同意でしかない俺はザックから新装備の鎖鎌『イズナ』を手に取って頷いた。

 聖典からの指示を『内の院』や『外の院』で待機する聖騎士を始めとする信徒たちに伝え守らせている元老院こいつらは過去の歴史から召喚実験の危険性を重々承知している。

 だからこそ聖騎士に囲ませ、何重もの結界を張り巡らせて備えているのだ。

 そして、今の会話から予想できるのは元老院れんちゅうは他人の命はどうでも良くても自分の命だけは最後まで守ろうとしている類のゲスで卑怯者の類である事は確実だ。

 だとするなら……召喚実験で最も危険であるはずの『奥のここ』にいるのは何故か?

 ……簡単な事だ。万が一にも最終目的の『勇者』でも召喚された時、その場にいて最高権力者面して主導権を取る為だろう。

 そして危険が高いこの場所にその時まで居残れる理由は……。


『なるほど、囲いの内側にこいつらがいられる理由は……結界も人の目も関係なしに安全に逃げられる手段があったから……か』


 眼下の『転移魔法陣ロストテクノロジーを一瞥してから……俺はゾロソロと部屋から出て行こうとする元老院の最後尾、豪華でケバケバしい法衣を枯れ木に引っかけたように見える老人に向けて『イズナ』を放った。

 さすがは風の魔力を内包した無音の鎖鎌、物音一つ立てる事なく一瞬で老人を拘束したかと思うと、次の瞬間には俺たちのいる梁の上まで声を上げる暇も無く引き寄せていた。

 そして顔を隠して眼だけで邪悪に笑いながら俺は鎌で、カチーナさんはカトラスで挟み込むように老人の首に刃を当てる。

 それだけで老人は自分の状況を察したのか冷や汗を流し、口をパクパクとさせる。


「……!?」

「……オーケーこの瞬間に声を出さなかった事は素直に褒めてやろう。それをした瞬間に声が出ないようにコイツで喉笛掻っ切らなければならなかったところだからなぁ」


 二、三人では無理だが十人以上もいる場合、最後尾が誰なのかを瞬時に把握するのは難しい。

 特にここのように薄暗い図書室では尚の事。

 だが以外にも鋭い者もいたようで、さっきまでいた同僚の姿がない事に声を上げる者がいた。


「おや? そう言えばローゼスはどうした? さっきまでそこにいたような……」


 同僚が気が付いた事に老人……ローゼス(?)は一瞬期待した表情を浮かべるが、俺は声色を変えて、連中の集団の中から聞こえるように声を出す。


「ああ、どうも厠が近いとか言ってさっさと行ってしまったぞ」

「おお、そうか……ヤレヤレこの年になると近くなっていかんの。そう言えばワシも行きたくなってきたのう」

「言われるとワシも……」


 これも不思議なモノであれだけの集団になると誰が話しているのかを確認する事なく信じ込んでしまう心理が働くもの。

 それも自分たちに特に危害があるワケでもなければ、気にしなくなるものだ。

絡繰りは単純、『魔蜘蛛糸』を使って連中の近くに神様曰く『糸電話』を設置しただけ。

 しかし効果は絶大、そんな誰が言ったのかも分からない言葉を疑う事も無く、ゾロゾロと部屋を出ていく同僚たちの姿に絶望した顔になる老人ローゼス。

 そして、同僚が全て扉から出て行ってしまったのを涙目で見送ると……締め出したようなしわがれた声を老人は絞り出した。


「き……貴様…………何者……!?」

「おやおやおや、つれないですね~精霊神教上層部である元老院の方が……聖都を上げて歓迎して下さっているというのに、私の事をお分かりでないとは……」


 俺は懐から一枚の封書を取り出して不敵に笑って見せた。

 いやらしく、馬鹿にするように、不愉快極まりない笑顔を意識して……。


「精霊神教の総本山に隠された『最奥の秘密』、確かに頂きに参った次第ですよ。元老院のローゼスさんでしたか?」



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