第二百三十二話 それは者か? それとも物か?

 俺とは別の索敵法『魔力感知』で下には確実に魔物がいる事を教えてくれるリリーさんのいたって冷静な事実確認。

 そこまで確認した上で、俺たちは迷いなく落とし穴にむかって身を躍らせた。

 自暴自棄になったワケでもなく、声を上げる事も無く、落下していく自分たちの状況もしっかりと理解した上で……七つ道具の一つ『ロケットフック』を準備しながら。

 侵入者用のショートカットルート……調査兵団団長の推奨の道筋は過激さを高めていく。


 大神殿にとっての重要拠点なのだから、当然侵入者対策の警備も罠も複数あって迷わせるために道筋は迷路のように入り組んでいる。

 しかしそれでも侵入者を処理する為の落とし穴の先は実は同じ場所なのだ。

 そしてここで重要になるのが大僧正や元老院などの上層部が重要拠点を上じゃなく下に設けている場合、そういった侵入者対策の魔物を放っているのなら拠点をそこよりも下には造らないという事だ。

 何らかの理由で魔物が逃げたら、階層の上にいられれば逃げ場が無くなるからな。

 構造上一番穴が深い魔物の巣窟がドーナッツ状になって、中心の重要拠点を円筒状に囲っているという状態だ。

 だからこそ、大神殿『奥の院』で手っ取り早く最下層に降りたければ落とし穴に落ちるのが最も近道になるのだが……一番危険なのもこのルートなワケで。


「……そろそろかな? 二人とも!!」


 俺は高所から重力で落下する自分の速度で感覚的に距離を算出する事が可能なのだが、落下から大体50メートルと判断したところで二人に声をかける。

 そして無言でカチーナさんは左手、リリーさんが右足に捕まった事を確認した瞬間に一気に空気が変わる。

 明かりも無いが落とし穴を抜けて広い場所に出た事が分かると同時に、穴の底に蠢く赤く光る瞳を持った巨体が3体ほど見えた。


「うげ!? あの目は暴食熊グリトニー・グレズリーじゃねぇか! なんつーモン飼ってんだよ天下の聖職者様が神殿でよぅ!!」


 まだ連中に気が付かれる距離に無いせいか、こっちに気が付いている様子は無いものの……確かに落下したら一巻の終わりである事は間違いない。

 何しろあの熊は悪食も良いところで、巨体と剛力を生かして生き物であるなら何でも喰らい付き骨も残さない魔物だ。

 教会の教義と違って餓死寸前でないと人間なんて見向きもしないゴブリンなんて実際には可愛いくらいに、本当に何でも行かれてしまう。

 まさに邪魔者を骨も残さず処理するには的確な魔物なのだ。

 教義を信じているなら、ここで蠢いているのはゴブリンの類であると思うのだが……やっぱりここでも上層部は本当のゴブリンの生態を知っていやがるのだろう。

 まあ、落ちたら即死の状況でそんな事、今はどうでもいいのだが……。


『円筒形の落とし穴の底にいる魔物に餌をやる必要があるから、外壁には手すり付きで棚状に道がある。最下層に出る落とし穴の一番端の出口から棚までは大体5メートルという所かな?』


『気配察知』で視覚以外の感覚を最大限に、暗闇の中にある道を頭の中で思い描き……俺は七つ道具の『ロケット・フック』を視認できない手すりに向かって射出。

 そしてガッシリとした手ごたえを感じ取り、フックを巻き取る事で落下地点を強引に変える。

 しかし……3人だとちょっと重量的にヤバいのか『ロケット・フック』の巻取りが若干遅いか!?

 とそう思うと、感づいてくれたのかカチーナさんが左手を離してピンと張ったロケットフックの上を駆け渡り、向こう側に到着するとそのまま引っ張ってくれた。

 無事軟着陸成功、俺たちはそのまま彼女のファインプレーにハイタッチをする。


「サンキューカチーナさん。3人同時の使用はちょい無理があったか……」

「これでも重量には気を付けているのですが……スピードを上げようと脚力を強化すると重量も上がってしまいますから」

「……アタシは太ってないわよ?」


 この中で最も小柄なリリーさんに対してそんな事は欠片も思っていないのだが……本人的には何か譲れないモノがあるらしい。

 まあそれはそれとして、俺は眼下に広がる暗闇の中で光る赤い目と暴食熊の荒い息遣いに眉をひそめてしまう。


「こういう時、五感を高める『気配察知』を身に着けていると嫌なモンを感じ取っちまうな。人間の血肉の臭いとか……」

「「…………」」


 五感を高めるという事は嗅覚も鋭敏になってしまうという事。

 冒険者と言う職業柄、遺体が発する独特な腐敗臭と言うのはどうしても覚えなくてはいけなくなる重要な技能の一つだ。

 しかし王城、神殿など一見清廉潔白を装っているような連中が、裏で血なまぐさい事をしているのを理解していても……やはり気分は良くない。

 一体どれほどの人間が、精霊神教の上層部の都合で下の暴食熊の餌食になってきた事やら。


「どんな崇高な志で生まれた国も宗教も、組織が大きくなればなるほどに綺麗なだけではいられず、闇も深くなっていくのは変えられないって事か……」


 元聖職者のリリーさんとしては大神殿地下深くにこんな魔物が生息している事に、一番おもうところがあるようで、複雑そうな顔になる。

 なんだかんだ教会でも異端扱いで穿った目で精霊神教を見ていた彼女とて、長年本職として勤め上げた人間だ。

 悪い面だけではなく良い面だって見て来たのだから、心のどこかで目の前の光景を信じたくない想いもあるのだろう。


「何だかんだ、全く変わらない人間はいないって事で割り切るしかねぇよ。道を違えれば俺達だって似たような事をしていたかもしれないんだからな」

「……アンタにそれを言われちゃ納得するしかないね。コレを不快に思える今の自分が恵まれているって事だからね」


 闇の中でもリリーさんの苦笑はしっかりと見えた。

 俺たちは3人とも『予言書』ではロクでもない未来を齎す発端となる存在になるハズだった外れ者の集まりなのだから。

 気を取り直して、棚状に走る道の先にある薄っすらと光が漏れている扉へと視線を向ける。

 あそこから暴食熊の飼育係が来て上から餌を投げ込む事になっているのだろうが、間違いなくその道は『奥の院』の最深部に近い場所に繋がっているハズなのだ。


「俺の感覚ではあの先にあるのは2~3重に閉まった扉……そして何人かの気配も索敵範囲に引っかかるな。目的地が近いのは確かだな」

「さすがは調査兵団団長ご推薦の、敵にバレずに侵入する為には一番安全なルートですね。身の安全を考慮されていないところが引っ掛かりますけど……」

「……それはごもっとも、後でしっかり苦情は入れておかないとな。リリーさん、『魔力』の方はどんな感じなんだ?」


 カチーナさんに軽口を返しつつ、俺は『気配察知』での情報を伝える。

 だが俺とは違う『魔力』を索敵するリリーさんは、違うモノを感知して声を詰まらせた。


「…………良くないね。何人かは分からないけどアタシも聖女や魔導僧っぽい高めの魔力は感知したけど、それ以上にバカでかい魔力がここからやや上の中心辺りに感じるのよ。それも徐々に高くなって行っている……」

「リリーさん、それってどう考えても一つしか可能性が無いよな?」


 俺の質問にリリーさんは無言で頷く。

 こんな場所でバカでかい魔力が高まり続けているというなら、それこそが召喚魔法陣の為のモノでしかない。

 何だかんだ言っても俺たちの今回の最大の目的はあくまでも召喚実験の阻止なのだからな。

 鉄の扉は特に施錠とか一方向のみの開閉とかではなく、あくまでも万が一下で蠢いている暴食熊たちを閉じ込める用みたいで、こちら側からも簡単に開くことが出来た。

 だが最後の扉を開くと耐えがたい程の腐敗臭が急激に鼻を突く。


「く……凄え匂いだな、生ゴミか?」

「多分熊たちの餌だろうね。腐ってもなんでも食ってくれるから、ある意味で便利だろうけど」


 暗い中で目を凝らすと色の変わった野菜や果物、ハエやネズミが集る何かの腐肉などが無造作に積まれていた。

 正直この中から人の死体の臭いを感じなかった事にホッとしている自分がいた。

 そして耐え難い臭いの中進んでいくと、目の前にあったのは人間5~6人はが入れそうな箱型の金網とつながったロープ……いわゆる昇降機エレベーターと言うやつだ。

 まあ餌があるという事は飼育係もいるという事だから、当然上への移動手段が必要になってくるからな。


「昇降機……つまりこの上が目的地である『奥の院』の中心部……」


 反射的に呟くカチーナさんに呼応して3人ともうえの方を向いた。

 昇降機はボタン式のようで、中に入ってボタンを押せば上まで連れて行ってくれる便利使用のよう……だが、当然罠に引っかかってはいけないのと同様に見つかりたくない俺たちはこの機械に頼るワケには行かない。

 俺は薄っすらと上の方から光が漏れる場所に向かってロケットフックを射出する。


「さ~て……ダンジョンのショートカットはこれまで。こっからが本番だぜ? グール、ポイズン。団長からの宿題は勿論頭に叩き込んであるよな?」


 コクリと無言で頷く仲間に頼もしさを感じつつ、俺も自分の仕事に集中する事にした。

 ロケットフックが上でガッチリと引っ掛かった感覚を確かめつつ……今度は重量的に大丈夫だろうか? など余計な事も考えて……。


                  ・

                  ・

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「何だかさっきから騒がしくないか? 外も内もだけどよ」

「知らないね。上層部の連中が騒ごうと外の連中が騒ごうと我々の仕事に変わりは無いだろう? 末端でしかない我々にはな……」

「まーな、これでも精霊神教じゃ出世頭とか言われていたんだがなぁ」

「その結果が『奥の院』内部での飼育係ってのは何とも言い難いがなぁ」


 何とも悲哀のある事を愚痴りながら、多分防臭用だろう無骨な衣装を着た二人の聖職者が

揃って、俺らがたった今上って来た昇降機の扉から下に降りていくのを物陰から見届けるてから、口を開く。


「近くの人の気配は今の二人だけだな。ここまで来れば罠も見張りも大体はスルーしたハズ」

「さすがに上層部とかが集合する場所にまで罠や迷宮があったら、普段使い出来ませんからね。逆にそんな場所で日常的に会合する上層部であるなら尊敬に値しますが……」

「なワケ無いでしょ。アタシは上層部で運動不足じゃないヤツはほぼ見た事ないわよ」


 昇降機を使わずに昇降機の出入り口を登り切った俺たちは、今現在いる場所が『奥の院』の中心部、いわゆる居住区とも言えるだろう場所まで潜入した事を確認し合っていた。

 潜入までに降りて登ってを繰り返して感覚がマヒしていたところだったが、中心部は意外と太陽の光が入り明るくなっていた。

 てっきり召喚など秘密裏にやりたい事は全部地下で行うモノかと思っていたのだけれど、逆に形式を重要視する宗教施設なのだから、こういった明るさだの神聖さを優先した造りなのか。

 ただ、この階層に目的のモノがある事は確実なようで……リリーさんが廊下の先に視線を向けて言う。


「間違いなくこの先に最も魔力が集まっている何かと、その何かに魔力を送り続けている高魔力所持者が100人近く集まっている場所があるね。それに、アタシにとっては実に馴染み深い聖女のモノっぽい魔力も……」

「五感強化の俺の『気配察知』じゃ声が混ざりすぎて判別できねぇ……。間違いなくそこにいる連中が不満を持っている事だけは分かるがな」


 あまりに大勢の中でガヤガヤしていては、さすがに特定の声が埋もれてしまう。

 むしろ聴覚を高くしていると“暇だ”“疲れた”“腹減った”など誰だかわからない不満の声しか聞こえてこないから非常に耳障りでしかない。


「んじゃ、当初の予定通り……ポイズンは“そっち”と合流。可能であるなら『召喚の儀』の妨害、もしくは破壊を頼む。久々に親友とのコンビ再結成って事で」

「解散した覚えは無いけど? まあ了解」

「今回ジルバは傍観の構えだけど、召喚が絡むからミズホは絶対どこかにいるはずだから、気を付けて下さい」

「フン……それはお互い様ってやつよ」


 ジャキっと独特な音を立てて『狙撃杖』をロングスタイルにしたリリーさんは、黒装束の『ポイズン・デッド』の格好から普段の魔導師スタイルに戻って不敵に笑う。

 それは魔力供給の為に集められた人々に紛れ込み、そして新規加入の仲間と合流する為には打ってつけの格好なのだ。

 まあ人に紛れ込みたい時に黒装束は悪目立ちしかしないからな。


「アンタらの方もぬかるんじゃないわよ。いい加減、敵の正体くらいは知っておきたいからさ」

「ああ、それは本当に俺自身が切望している事だよ」


 そう言い残して走り去るリリーさんを見送り、俺とカチーナさんは真逆の方へと向く。

 第一目標である『召喚の儀』の妨害を彼女たちに任せてでも、今回こそ俺は知らなくてはならない事があった。

 元々『聖都オリジン』にまで来た理由がそれだったのだが、当初の目的とは最早かけ離れていた事に今更ながら気が付く。

 最初はイリスの力の根源を知る為という事だったのに、その認識はいつの間にかすべての世界の破滅の黒幕かのように変わっていたのだから。


 ジルバたち『テンソ』に指令を出していた存在。

 精霊神教大僧正しか意思疎通を許されない存在。

『予言書』では聖の言葉を頭に抱いた『四魔将』と共にあらず、まるで裏から操り最悪の未来へ導こうとしていた存在。

 その正体を今回こそ掴む……それこそ俺達の役割であった。


「さ~てと……果たして俺が最も敵対しているはずの、『予言書』の未来に導こうとしている『聖典』ってのは一体何なのか、もしくは何者なのか……今回こそ分かれば良いんだが」

「私たちに理解できるモノであれば良いですが。人なのか、物なのか……あるいは……」


 カチーナさんが言う通り、これまでの情報や関りを考えても『聖典』が何なのかが全く浮かび上がってこないのも事実……だけどハッキリしている事もある。


「碌でもないクズなのは間違いないよ。何しろ最終目的が何であっても、やり口が“幸せなカップルの横やり”でしかないんだから」

「……それだけは間違いないですね」





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