第二百三十一話 要求高めの進入路

「しっかりして下さい! 今回復魔法を……」

「他の結界補填が可能な魔導僧は!? 最低7層無いと全部抜かれる危険が!?」

「う……うう……」

「良かった、意識が戻りましたか!?」


 さて……こうして『奥の院』へ侵入を果たした俺達だが、物陰から見えたのは入り口付近で混乱している魔導僧と思しき連中と、倒れる数人を解放している連中……恐らくミリアさんと同じような回復役の魔導僧なのだろう。

 倒れているのは多分結界を張っていた魔導僧たち。

突然自分の結界をぶっ壊されるのは突然横から殴られたにも等しいときいたからな……耐えられなかったという事なのだろう。

 しかし、誰もが正面で起こった凶悪な攻撃による結界の破壊行為がまさか陽動であるなどと考えが及ぶことも無く、逆に何も接触せずに侵入されたとは気づきもしない。

 まあ、結界7層をぶち抜く攻撃なんてどう考えてもやりすぎだからな……。


「なんつーか、兄貴が強いのは何となく察してたけど、ここまでとは思わなかったぜ? 正直今まで見て来たどの攻撃よりも圧倒的なパワーじゃねーか」


 俺的には威力だけを考えると一番なのはマルス君の巨人の一撃か、もしくはドラスケがスカルドラゴンナイト時代にかましてくれた突撃、そしてAクラスの脳筋剣士グランダルの上段斬り辺りが思い浮かぶが……今回のはそれを遥かに凌駕してやがる。

 正直本当に人間やめてねーか? あの兄貴おとこ


「ぶっちゃけノートルム隊長の怒りは勿論だけど、こりゃ精霊の加担もあるだろうな。シエルから『精霊の印』を受けてるワケだし『光の精霊レイ』の同調もあるんでしょうね。元々隊長さんは高い攻撃力で大聖女ばあさんや師範たちと渡り合っていた実力なのに、そこに単純にシエルの攻撃力まで乗っかれば……」

「うわ……」


 そう考えると納得すると同時に恐怖が増してくる。

 兄貴が持つのは『聖女の印』で要はシエルさんの証、そして同時に光の精霊としてみれば友人の大切な人というに認識になる。

 今までだってそういう意識はあったかもしれないが、昨晩『精霊の印』を受けた事で兄貴は確実にそういう立場になったのだ。

 寵愛する聖女、大事な友人を救い出そうと怒り、命を懸ける友人の一番大事な漢となれば……やる事は一つだろうな。

 仲間の、ダチの為……ただそれだけで陽動に加担したロンメルら格闘僧や第五聖騎士隊の連中のように。


「……これって少なくとも精霊神教は『光の精霊』と敵対した事にもならね?」

「どうかね? 精霊の意思は一個じゃないっていうから……。まぁ精霊からしても一人の女に入れ上げて野獣と化している隊長は面白くて仕方がないのかもしれないけど?」


 興味本位な精霊が注目していた聖女の動向、楽しんでいたところに横やりを入れた邪魔者への不快感、同時にこれからその伴侶に力を貸せばもっと面白い事が起こりそうとなれば……結果はこの通りという事になる。

 呆れたように言うリリーさんに同意するしかないな……こりゃ。


「しかし……大神殿側の動向に各国から召集した聖騎士たちの配備の仕方。どう考えても外敵の侵入に対応したとするなら過剰ですね。むしろ少数の怪盗への対策とするならここまで過密するのは有害でしかありません」

「そうよね。方法はともかくアタシらもこうして侵入しているんだし」


 カチーナさんの疑問は最も。

 今回の配備の理由があくまでも怪盗への対策“だけ”なのだとするなら、大神殿と言う限定的な場所に人員をまとめるのは余りよろしくない。

 ましてや何時もの人員ではなく普段は顔も知らない外国の聖騎士であるなら、見知らぬ人がいたとしても判断し辛い。

 少数の怪盗としては紛れ込みやすいという利点が生まれてしまう。

 本気で怪盗への対応をしたいのだったら、侵入を阻むのは良いが何よりも発見し逃がさない配備が重要になるハズなのに、現在の大神殿の聖騎士たちの配備は怪盗を理由にしているにしては実に効率が悪い。

 今回はあくまでも兄貴の恋路を応援するという点で突貫しているワケだが、今敷かれている布陣は怪盗が現れる前からのモノなのだからより違和感もある。

 まあ怪盗への対策の方がついでと考えれば納得なのだが……。


「多分逆、なんだろうさ。一応名目は怪盗への対策だけど、本命は囲んでいるって事なんじゃないかね? これから起こる何事かに対しての」

「囲む……つまり今現在の配備は包囲網を…………あ!?」

「ちょっとギラル? それってつまり……」


 俺の言葉で今現在『奥の院』で何が行われているのかを知っている二人は瞬時にこの布陣の真意を察して冷や汗を流す。


「大神殿……いえ元老院たち上層部は知っているという事? 自分たちがこれからやろうとしている召喚術の危険性を。各国から召集した聖騎士たちで囲い込む必要があるほど、10層以上の結界で閉じ込める必要があるほど……ともすれば聖都全域すら包み込んででも防がなくてはいけないモノが出てくるかもしれないと?」

「逆に包囲している側の聖騎士たちはその事を知らない……」

「……どうかね? しかし表向きが怪盗への対策と言えば反対もされにくいのは事実だろう。やりすぎと思われても警戒を厳重にしていると言えばそれまでだからな」

「なるほど……すでに包囲して追い込む為の布陣であるなら納得です。この過剰な囲いが必要なモノとなると想像すら出来ませんが」


 行き当たりバッタリの召喚術での被害を最小限にしようとしていると言えば聞こえは良いが、要するに召集に応じた聖騎士たちだけじゃなく、聖都すら犠牲になる可能性までも知った上で事を起こそうとしているのならば……より質が悪い。


「元老院の連中は腐っても精霊神教の信者だから、まず間違いなく最終目的が邪神の誕生だなんて知らないだろうね。それでも予定外のモノが呼び出されて、これから聖都で大災害が起こっても異界の勇者を呼ぶための尊い犠牲、とか抜かしそうだけど」

「……だろうな。それでいて自分の命は最後まで惜しむのが『奥の院』の布陣を見てればよく分かる」

「あまり戦闘に詳しくないであろう事も……ですね。大勢の味方に囲まれて結界に守られているなら安全って乗せられているのなら尚更」


 聖騎士やほかのオリジン大神殿の聖職者たちは知らされていないから知らない。

 元老院と多分大僧正もだが『この方が安全』と信用している輩に教えられれば鵜呑みにする程度……そう考えると、この布陣を作り上げた者の意図が見えてくる。

 同時に残虐性も……。


「ジルバのオッサンが言ってたみたいに『聖典』が俺らの行動に焦りを見せているのもあるかもしれないが……やっている事をまとめると世界の破滅を望んでいるのが良くわかるな。知っているつもりだったけど、同じ精霊神教の信者ですらも召喚の為の道具、もしくは餌にしか考えてねぇ」

「閉じ込めるための建前に私たち『ワースト・デッド』が利用されている辺りが何とも苛立つところです。仮に召喚で巨大な魔物、それこそ火竜でも現れたとしたらどうなる事か」

「結界張ってりゃ確かに逃げられないだろうけど、それは聖都オリジンの住民全員に言える事。避難勧告すらするつもりがない辺り『聖典』はたまたま大量の死者が出ても良いと判断しているって事だものね……」


 要するに下手すりゃ猛獣がいる檻の中って事だ。

 それも最後の最後まで檻の中にいる事実を知らない状態で……。


「結局はいつも通り、アタシたちは秘密裏に動いて黒幕気取ったヤツの計画を潰して何事も無い日常を演出する……それだけでしょ?」

「まあ、その通りなんだけどな。ダチの恋路の為に、信者だろうが味方だろうが犠牲にする狂人の悲願、覚悟をコケにするだけだからな」

「世界の破滅を懇願する“程度”の願いが、想い人へ熱き想いを伝えようとする尊さより勝るとは到底思えませんから……間違ってはいないかと」

「ま……全く持って同感だな」


 決死の覚悟を持って行動する者にとって、彼女たちの発言はブチ切れ案件であろう。

 自分たちの主観だけで行動し、そしてコケにする事でその計画を台無しにしようというのだからな。

 元は真面目で命令順守の王国軍と敬虔な教会の聖職者だというのに……何ともまあ、実に俺好みな冒険者じゆうじんの発想をしてくれるものだ。

 3人ともがイイ笑顔を黒い布で覆い、いつもの『ワースト・デッド』としての姿へとなった俺たちは、そのまま『奥の院』の更に奥……地下へと続く階段を目指して廊下を駆け出した。

 元々盗賊として足音を立てない事が基本の俺だけじゃなく、二人とも走る足音はほとんど聞こえず、それでも俺のスピードにしっかりついてくる。

 毎朝の訓練と同じように、三者三様の体裁きをして……。


「!? ここを右に曲がって10メートルは床に足を付いてはいけない。岩で押しつぶす罠がある……だったか?」

「間に毒矢が飛んでくるトラップもあるとか」

「それに、そんな大掛かりな罠を作動させたら侵入者の存在に気が付かれるから、団長さんが教えてくれた道を行くなら一つのトラップも踏んではいけないのよね……面倒な」


 愚痴りながらも俺は壁のわずかな出っ張りや天井の隙間に指や足先を引っかけつつ、カチーナさんは壁をジグザクに蹴り、リリーさんは10メートルもの距離をフワリとタンポポの縦の如く舞って着地……その瞬間に通り過ぎた道の罠が一つも作動していない事を確認して安堵する。


「いつも使っている連中ならショートカットがあるけど絶対に特別な許可がいる。必然的に罠満載の真正面を気が付かれないように罠を作動しないよう解除するかスルーするのが最短ルートって……団長さんも随分と高い仕事を要求してくれるわね」

「要求されるという事は信頼の証と言えます。出来て当たり前がプロ……ですよね?」

「そう言っちゃえる辺り、貴女も相当に要求が高い方だと思うけどな」


 今の廊下だって結構な難所であるはずなのに、軽くこなして軽口を叩ける辺り肉体的にも精神的にも疲弊は見られない。

 そんな仲間たちとの仕事のスリルに開館を覚える自分もいて、最近段々と『冒険者』と『怪盗』のどちらが本職なのか分からなくなってきた。

 これは良い事なのか悪い事なのか。


「!? ギラル、罠だけじゃないよ。この道の先に魔力を感じる。多分人間のモノだよ」

「……みたいだな。警備に当たる神殿サイドの警備がいる辺りは罠の設置が無い場所みたいだけど…………多いな」


『気配察知』を全開に、団長から叩き込まれた『奥の院』の地図と人の気配を頭の中で組み合わせてマップを作り上げる。

 そうする事で人の気配と共にある程度の道筋も浮かび上がってくるのだが……いかんせん、感じ取れば取るほどに、このまま前進するのは面倒なのが分かる。

 ここから先、迷路のような廊下をそのまま進むのは秘密裏にとは行かないようで……。


「となると、やはりまともではないルートで最深部を目指すしかないワケだが……それがあるのはこの先の分かれ道を左方向……右ルートの先にいる連中が侵入者を追い立てる為の行き止まりの“下”か」

「ダンジョンに落とし穴は基本、ですね」


 正規ルートは右なのだが、団長推奨の秘密裏のルートはこっち。

 すなわち左ルートの先にある、追い立てられた侵入者を追い詰めて落とすための穴が広がていて……見ただけでも深さが分からない程に深い。

 そして聞こえてくるのは……。


「おかしいな? ここって精霊神教の総本山じゃなかったっけ? なんで奥底から魔物の……それも肉食系のヤツの息遣いが聞こえるのかね?」

「何を今更。清廉潔白謳って裏で血なまぐさい事してるのなんてここに限らないでしょ? 自然の魔物の住処になっているダンジョンの方が健全ってのもあるわよ」

「あ、やっぱりこの先にいるのは魔物の類?」

「……飢えた、が頭に付くわね。魔力の感じじゃ暴発寸前、餌が落ちてきたら全力で貪りに来るくらい高まっているわね」

「要するに下に落ちたら終わりって事な…………了解!」


 俺とは別の索敵法『魔力感知』で下には確実に魔物がいる事を教えてくれるリリーさんのいたって冷静な事実確認。

 そこまで確認した上で、俺たちは迷いなく落とし穴にむかって身を躍らせた。

 自暴自棄になったワケでもなく、声を上げる事も無く、落下していく自分たちの状況もしっかりと理解した上で……七つ道具の一つ『ロケットフック』を準備しながら。

 侵入者用のショートカットルート……調査兵団団長の推奨の道筋は過激さを高めていく。


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