第二百三十話 お触り禁止の侵入法

 それは数分前の事、突如発生した大神殿所属の格闘僧たちと今回召集を受けた一部の聖騎士たちによるののしり合い……最初は武器を使った戦いと肉体のみの戦い、どちらの方が強いのか実践的なのか? などと言う軽いモノだったのに、エスカレートしたそれが本格的な喧嘩へと発展したのは聖職者と言えど血の気の多い代表格としては当然の結果であった。

 さすがに聖騎士たちが剣を抜くなどと言う事はなく、結局始まったのは殴り合いの喧嘩なのだが、一人で格闘術を駆使する格闘僧に対して集団戦を得意とする聖騎士たちの戦いは一進一退……そしてこういう連中は結局バトルジャンキーの気が多かったりもして……。


「ぬう……狙いを決して一人に絞らせない、仲間が攻撃の際には必ず守りに入る者がいる……やりおるな!」

「ふざけんな……そっちこそその守りをたった一人で3人も吹っ飛ばしやがって!」


 言い合いから始まったはずなのに、遣り合っている連中の表情は大抵笑っていて……騒ぎに慌てて駆け付けたオリジン大神殿所属の騎士団長が止めようとするのだが、大声で「貴様ら! 神聖な神殿の『奥の院』前で何をしておる!」といさめるのに対して、遣り合っているハズの格闘僧と聖騎士たちはこの時だけは声をそろえて言うのだ。


「「「「「「「「レクリエーションであります!!」」」」」」」」


 そう言われてしまうと聖騎士団大団長とは言え、訓練の一環とも言えなくも無く……少々口出しがしづらくなってしまう。

 元々彼も今回の聖騎士緊急招集に関しては急な事で、大神殿内に理由の説明も無しに集められた聖騎士たちに対しては同情的ではあったのだ。

 一応は怪盗に対しての防衛などと言われてはいたものの、実状は分厚い結界の外側を防衛するだけでやる事はほぼないのだから。


「戦闘職が血の気の多いのはどこも一緒か……せめて明確な目的でもあれば良かったが、そういう気質を上の連中は余り分かってないようだからな」

「……どうします? 『内の院』『外の院』に召集を掛けて止めるのは出来るでしょうが、あれは大神殿でも指折りの筋肉バカの連中と、ザッカールの『撲殺の餓狼』と渡り合うノートルム隊の連中ですよ? この非常時にそれなりの損害を覚悟せねば」

「…………多少のガス抜きは必要だろう。参拝客に見られないように配備をして、こいつらは事が終わったら営倉にでもぶち込んで反省コースで」

「了解です。人数分空けておきます!」


 騎士団長はため息を吐きつつ、連中の気分を尊重した上でキッチリとペナルティーを与えるというトップとしてのバランスを取るジャッジを下し、部下に指示を出した。


 ……という都合のいいシナリオに従い、そんな騒動を起こした連中には当然裏がある。


 無論この騒ぎを起こした大神殿側の格闘僧はロンメルの友人たちであり、日々隊長の恋愛の行方を賭けにしていたノートルム隊の連中はどちらもグル……ノートルムの恋愛成就に必須な事だとなれば全員が二つ返事で協力を申し出たのであった。

 そして騒ぎに対して寛大な判断をしたと思われる聖騎士団団長殿だが……実は本物は昨晩“良く眠れる酒”を飲まれたようで未だに自宅でご就寝中、今ここにいる騎士団長に見える何者かは何度か男たちが“外した攻撃”が『奥の院』の結界に被弾するのを見て頷いた。


「……そろそろですかね?」


 結界に攻撃があれば実際に結界を張っている術者に影響が出る。

 予想通りに『奥の院』から確認に来た魔導師たちが騒ぎを目の当たりにして、外側の連中から事情を聞き始めている。


ドガアアアアアアアアアアア!!


 そして一際激しい被弾、実際は吹っ飛ばされた聖騎士が結界に激突したのだが、その瞬間がチャンスだと考えた“何者か”は手にした指輪……『石化の瞳』をとある石像に向ける。

 その瞬間、石像の瞳が赤く光を放ったように見えたのは……さすがに気のせいだろうと思いつつ…………怒れる獣の封印を解く。


                *


 遠くから聞こえてくる野太い男どもの喧騒……どうにも俺はこういう輩どもとの縁があるような気がして微妙な気分になる。

 今回俺はロンメル師範ら格闘僧モンクの連中とも第五聖騎士隊の連中とも、直接何の打ち合わせもしておらずホロウ団長に任せっきりの状態だったのに、この状況を見るに連中はあの二人の恋路の為ならと二つ返事で了承したのだろうな……。


「後々を考えりゃ、何らかのペナルティーはあるだろうに……」

「ふふふ、良いじゃないですか。隊長の、仲間の惚れた女性との逢引きの為にと言う辺りが何とも気持ちが良いです」

「アイツ等の心意義を無駄にしない為、そしてアイツ等の騒動を有耶無耶にする為にも、こっからは私らの出番ってワケだ」


 俺たちは何時もの怪盗『ワースト・デッド』の黒い衣装をまとって現在は丁度喧騒のする『奥の院』正面入り口のちょうど反対側で待機していた。

 何だかんだ、この格好をしている時はテンションが上がってくる。

 それはカチーナさんもリリーさんも同様のようで、計画通りに連中が動いてくれている状況にも自然と口角が上がってしまう。


「……なんだか不思議ですね。リリ姉も皆さんも、まるでこの状況を楽しんでいるような……仮装のハズなのに本物の怪盗にでもなったかのように」

「ま、まあ、何だ……こんな処罰覚悟のバカ騒ぎに兄貴の為ってだけで喜んで参加するような連中がいるって考えるとイリスもテンションが上がんね~?」 

「うふ、それもそうですね!」


 特に疑ったワケでもないだろうイリスの言葉に内心ドキッとしてしまうが、彼女の彼女で脳筋側であるのは疑いようも無く……同志たちの連携には気分が良いようで笑顔で返してきた。

 が……その笑顔は次の瞬間には凍り付いた。

 突如発生した巨大で凶悪な殺気が『奥の院』正面入り口の方向から感じられたせいで。

 予定通りに石像として運び込まれた『石化の瞳』で封印していた兄貴が今解放されたのは明らかで、当然俺たちは計画の発案者なのだからこの状況は想定内の事態である。

 しかしそれでも解放された兄貴の殺意の塊は、それだけで鳥肌が立つほどに強烈なモノであり、次の瞬間に起こった事態に大神殿サイドの連中は大混乱に陥った。


「アアアアアアアアアアアアア!!」 バガアアアアアアアアア!!


 人間とは思えないような咆哮の後、『奥の院』を多人数で張り巡らされた……見た感じ少なくとも10層以上はありそうな結界がまとめて数枚一編に砕け散ったのだ。


「な!? 何事だ!? 一瞬で属性別の広域結界が7枚ブチ抜かれたぞ!?」

「わ、分かりませんが……先ほどから正面で格闘僧と聖騎士の一部が争っているとかで、その影響かと……」

「喧嘩でこんな威力の攻撃を!? クソ、馬鹿どもが……お前ら! 歩哨に2人ほど残して他は連中を抑えに行くぞ、続け!!」

「「「「了解!!」」」」


 全部ではないが結界が7層も抜かれたという事態に裏側に配備されていた聖騎士たちが隊長格の男に率いられて正面へと向かっていく。

 ここで全員を連れて行かずに2人残して行く辺り、あの隊長も非常事態下でも冷静に判断できる人物のようだ。

 そもそも広域結界はシエルさんの『光域結界』を引き合いに考えても一層だけでも破壊にはドラゴンの全力ブレス並みの威力が必要なのだ。

 大神殿の要所である『奥の院』前でそんな威力の攻撃が行われれば、全力で阻止に向かわなければいけない事も、間違ってはいない。

 その攻撃こそが陽動であるという事を省けば、だが。


「グエ!?」「ガ!?」


 周囲に聖騎士が2人だけになった事を確認して一人は俺が背後から締め落とし、一人はリリーさんの『風の魔力弾』でこめかみに一撃、昏倒させた。


「うし、これで少しは時間が出来た。連中の騒動が鎮圧されるまでにさっさと侵入を果たしちまおうぜ」

「…………」


 二人とも息がある事を確認して近くの柱に座らせて、俺はこの場での最重要人物であるイリスに声をかけると、彼女は神妙な顔で頷いた。

 彼女にとって、これは『時空魔法』初の実戦なのだから緊張するのは仕方がない事だろうが。

 そんな彼女の肩を姉貴リリーが何でもない、何の心配もしていない気楽な笑顔で叩く。


「心配ない、アンタなら絶対に出来る。終わったらシエルたちに高級料理を集るわよ!」

「う、うん!」


 一番身近で頼りになる姉からの言葉は何よりも励みになるのか、イリスの顔に気合と魔法への自信が浮かび上がりだす。

 それはまるで『予言書』で見た、勇者の傍らで常に頼りにされていた最後の聖女のように。


「遠き友へ時間を超えて届きたもう……時の羽よ……」


 静かに、しかしハッキリとしたイリスの声に同調したように……俺達3人の足元から浮かび上がった魔法陣はやがて球体の結界のように俺たちを包みこみ始める。

 初めての実戦での魔法行使に一筋の汗を流すイリス自身が言っていたが、いわゆる転移の魔法である『クロック・フェザー』だが、今の自分では数メートルが限度であるらしい。

 でも、それで十分なのだ。

『奥の院』内部にまで入る必要はない。

 触れただけでも術者に侵入が伝わってしまう結界に指先一つも触れることなく内側に入り込めるというなら。


「クロック……フェザー!」


 その瞬間目の前が一瞬だけブレたかと思うと、すでに俺たちは『奥の院』の建物のすぐそば……つまり結界の内側、さっきの立ち位置から数メートル先に立っていた。

 正面で7層の結界をぶち抜いたヤツとは真逆に何にも触れることなく、結界を張っている術者にも侵入が伝わる事も無く、誰にも気が付かれる事も無く。

 結界の外側を見ると、俺たちが無事で魔法が成功した事に気が抜けたのかへたり込むイリスの姿が見えた。


「サンキューイリス! 全部終わったらアンタの実戦魔法初成功のお祝いもしないとね!」

「すげえな『時空魔法』! こんなの盗賊にしてみりゃ反則技だ」

「さすがですイリス、先輩として鼻が高いですよ!」


 そして全員でサムズアップすると、へたり込みつつイリスも同じように親指を立てた。


「……後はお願いします。リリ姉、失敗したら子供のお姉ちゃんポジションは私がもらいますからね」

「そりゃあ……気合い入れないとな!」



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