閑話 円になりたがるジジイ共
それから足早に『奥の院』最大の要所と言っても過言ではない元老院たちが集まる会議室、通称『円卓の間』にたどり着いたアルテミアは、すでに自分以外の老人たちが着席しているのを確認して、自らの責へと着席する。
会議室と言っても部屋の造りは裁判所の傍聴席に似たようなもので、いつもは中央に報告に来た者たちを尊大な態度で見降ろしながら会話するのだが、今日は中央には誰もおらずただの暗闇があるのみだった。
「大聖女アルテミア、遅かったではないか」
「申し訳ありません。どうにも集められた高魔力所持者の中でも聖女たちにあまりやる気が見受けられませんもので……」
「……なるほど。それは聖女たちを統括する立場であれば放ってはおけんか」
「ちなみに先ほど偉大なる『聖典』のご指示に疑問を口にしていたのはブルーガ王国の聖女でありました。国としては貴方の管轄では無いのですか?」
「…………」
嫌味のつもりがしっかりとやり返されて、ブルーガ王国方面担当の老人は忌々しそうに口をつぐんだ。
そしてそうこうしていると円になった座席の中心、もし眼下の証言台に誰かが立っていたら真正面から向き合っていたであろう場所に一人の良く言えば恰幅の良い、悪く言えば肥満体系な老人が姿を現した。
現精霊神教第五十代大僧正ダダイロク・エメンタリは動くのも億劫とばかりに座席に付くと、周囲の老人たちを見回して面倒そうに口を開く。
「我ら精霊神教の偉大なる『聖典』からのご指示に変更は無い。我らが精霊神教の威信に賭けて、此度の大召喚術を即時実行せよとの事だ。すでに魔力充填作業は一週間近くかかっておるが、まだ準備は終わらんのか?」
「目下全力でと言いたいところですが……高魔力所持者とはいえ、やはり『奥の院』への侵入を許すには厳選が必要であり、おまけに彼の怪盗が乗じて来ないとも限りません。身元の確かな高魔力の信者となると……」
「魔力が枯渇した者が回復のために休憩をはさみつつ行ってはおりますが……」
「言い訳は良い…………すでに聖都では怪盗の予告状がばらまかれており、結界の展開も出遅れた事は明白。余計な邪魔が入る前にも召喚術を実効せよと『聖典』より再度お達しがあった」
ダダイログの言葉で元老院の老人たちは軽くざわつき始める。
『聖典』の存在は大僧正にしか知らされていない事実であり、元老院であっても全容を知る者はいない。
『聖典』の名の通り自動的に文字の浮かび上がる魔導書なのか、それとも人物名なのか……分かっている事は精霊神と直接更新できるのが『聖典』だけで、接触できるのは大僧正ただ一人であるという事のみ。
しかし一見すれば怪しさしかないそんな存在なのに、元老院を始めとした上層部はその存在に対して疑問や疑いを持ってはいなかった。
何故ならこの場にいる老人たちは全員が『聖典』という存在に救われ、そして甘い汁を吸ってきたものたちであるからだ。
従えば美味しい目に合わせてくれる……そんな存在に対して疑念を抱けるものであるなら、そもそも元老院になるまで生き残っているハズも無いのだった。
そしてその中でも一際若く見える大聖女アルテミアが静かだが良く通る声を上げる。
「魔導僧や聖騎士たちはともかく、最も魔力充填に貢献できるはずの聖女たちに余りやる気が無いのも原因のようです」
「どういう事だ?」
「とある聖女によると、此度の大神殿が行おうとしている召喚術に対して精霊たちがあまり賛同していないとか。あの者たちには今回の魔力充填が召喚の為とは伝えていないのですが……」
「六大精霊が不満を抱いていると?」
アルテミアが頷いて肯定すると、ダダイログは露骨に嫌な顔をしてため息を吐いた。
それは精霊を信仰する精霊神教において、精霊たちを見下すのと同義で相当に不敬な態度であるはずなのに元老院の誰もがそんな素行を咎める事は無い。
むしろ大僧正の態度こそが正しいとばかりの空気すら漂っていた。
「ふん……『聖典』の言葉は精霊神様のお言葉。精霊神様の従者たる存在の分際で主の命に不満を漏らすなど……随分と不敬な事だな」
「これだから精霊を“従える”聖女たちは扱いづらいのだ。精霊神教に利する事でも“精霊が納得していない”“精霊が悲しんでいる”などと世迷い事でこちらの要請を違えおる」
「全くだ。精霊神様のお言葉を直接伝える『聖典』が精霊神教に富と名声を与えてくれるのに対して、奴らは碌な成果も上げん。嘆かわしい事だ」
「数百年前の召喚実験の失敗を未だに引きずっておるのだろうて。我らが生まれてもおらん大昔の事件など、魔導でも文明でも遥かに発展を遂げた我らにとっては脅威にもなりえんというのにのう」
「従僕の手綱も握れんとは、所詮は高見から見る事の出来ない下賤な輩どもという事なのだ」
精霊神教の上層部、元老院とは言っても彼らの中に精霊に寵愛を受けた者はいない。
精霊と言う存在を信じてはいても、精霊と言う存在が自分たちに有益なのかという考えでしか見ておらず、精霊と共にあり精霊の寵愛を受けて彼らを『友』と称する聖女たちの在り方を『従僕』と口にする辺り、理解するつもりは最初から無かった。
喩え『聖典』のお達しが信者からの強引な搾取でも、理不尽な謀略でも、邪魔な相手を排除する殺人であっても……自分たちにとって都合が良ければそれが正義なのだから。
「やはりこうなると、大聖女にして元老院にまで上り詰めた貴殿だけは真の聖女と言わざるを得んな。『聖典』の言を確実に実行し、精霊を完全に使役できていると言えるのはのう」
「お褒めに預かり光栄でございます」
フードで顔を見せず礼を言うアルテミアの表情がその時、さげすむようにニタリと笑っていた事に気が付いた老人は誰一人としていなかった。
「いずれにしてもブルーガでの『伝説の剣』が勇者以外に抜かれた現状を放置は出来ん。早々に『異界の勇者』を呼び出せねば精霊神教の教義に亀裂が生じかねん。我らは偉大なる精霊神様の為、そして精霊神教の威厳を守る為にも確実に召喚術を行うのだ」
「「「「「「すべては精霊神様の御心のままに……」」」」」」
精霊神の事を口にする元老院と大僧正であったが、その精霊神が本当に存在するのかどうか……そこに注目している者はこの場には一人もいなかった。
いてもいなくてもどうでも良い……連中の本音はそれに尽きるのだから。
ドガアアアアアア!!
しかしそんな元老院たちが妙な連帯感を出している中、唐突な破壊音が『奥の院』の更に奥であるはずの『円卓の間』まで響き渡って来た。
「なななななんじゃ、この音は!?」
「もしや、件の怪盗の仕業か!?」
「馬鹿な!? ここは『奥の院』であるぞ!? 十重二十重の結界も敷かれているというに」
こんな場所まで聞こえるという事は、それがどれほど轟音であったのか想像できてしまい……一部の元老院の中には腰を抜かす者までいる。
そんな中でもいち早く動けたのは、やはり見た目を裏切らずに現役で大聖女を務めているアルテミアであり、彼女は臆する事も無く足早に音が聞こえた方……『奥の院』の入り口付近へと歩を進める。
そして入り口にたどり着いた彼女は頭を押さえて座り込む一人の魔導僧と、心配している同僚たちという光景を目の当たりにした。
彼女は座り込んだ人物だけではなく介抱する周囲の者たちも魔導僧であり、現在は『奥の院』を守る結界を担当している者たちである事を思いだしていた。
結界を担当した魔導僧がダメージを受けているという事は、つまり結界に何らかの衝撃があったという事に他ならない。
「……何事ですか? 『奥の院』の結界に攻撃を加えられるなど……件の怪盗の仕業ですか?」
アルテミアが真っ先に疑うのは当たり前だが現行で一番警戒している怪盗ワースト・デッドによる襲撃だ。
しかし介抱する魔導僧の一人は首を振って否定した。
「い、いえ……そのような事ではなく、どうやら召集したどこかの聖騎士隊と大神殿の格闘僧たちがイザコザを起こしたようでして……」
「なんでも武器に長けた聖騎士は軟弱とか言った格闘僧に、肥大した筋肉は無用の長物と言い返したのが発端になったとかで……余波の攻撃が彼の結界に」
「……何なのですか、その下らない言い争いは。厳格な精霊神教の聖職者でありながら、最も聖域であるはずのオリジン大神殿で嘆かわしい……」
耳をすませば遠くから男たちの争う喧騒が聞こえて来て、アルテミアはますます表情を険して周囲の魔導僧たち聖職者に命令を下す。
「今は精霊神教にとって重要な儀式の真っ最中です。そのような不心得者たちは早々に捕縛して牢獄へ、しばらく頭を冷やし…………!?」
しかしそこまで言ったその時、アルテミアは突然言葉を切って『奥の院』の入り口の方角に警戒心を全開にして向き直った。
周囲の魔導僧たちはそんな彼女の行動の意味が分からず呆気に取られてしまう。
「どうなさったのですか大聖女アルテミア様?」
「……貴女は何も感じないのですか? ……いえ、分からない者には分かりませんか」
そう呟いた彼女の額からは一筋の汗が流れ落ちていた。
『今……突然神殿内に発生した巨大な殺意の波動は一体!? 以前の召喚実験の失敗で発生した“異界の魔物”にも匹敵しそうな負の感情に支配されたナニか……』
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