閑話 地の聖女は高飛車令嬢

 オリジン大神殿『奥の院』、そこは本来上層部の中でも最高位とされる大僧正と元老院以外は立ち入りを許されない場所である。

 当然大多数の信者は立ち入る事は出来ず秘匿されたそこには、精霊神教の最高神である精霊神と唯一コンタクトを取れる手段と噂される『聖典』があるとも、もしくは精霊神自身が降臨する御座があるとも言われ、憶測が憶測を呼んでいるのだ。

 そんな場所だからこそ、今回特別な役割として『奥の院』に召集された高魔力の魔導師や聖騎士の中には精霊神教の奥義、秘密に触れられるのでは? とテンションを上げる連中も多い。

 しかし逆に面倒くさそうに冷めた目をしている連中もいて……中でも聖女と言われる精霊に最も近しい者は総じて同じような目をしていた。

 中でも冷めた目の中に隠そうともしない不機嫌さを称えている女性が、普段は聖女の中で最も清楚で清純で神々しいとすら評される光の聖女だった。

 昨晩から『奥の院』に連れ込まれた彼女は指定された水晶に自らの魔力を順番に込めて、休憩を入れては回復したら再び込めるという作業を繰り返していた。

 彼女は眠気も手伝って、こんな時に自分の魔力量と回復力を恨めしく思うとは夢にも思っていなかった。

 すでに昨晩から3回はやらされている作業を終え、憮然とした顔のまま控室に戻ったシエルは彼女にしては珍しく乱暴に椅子に座りこんだ。


「はあ……一体何回やらせるつもりなのでしょうか? 昨晩から続けているのだから相当膨大な魔力は蓄積されているでしょうに。そもそも何に使用するつもりなのか……」

「あらあら、もうダウンですか? やはり光の聖女とは言え平民出身の血筋も確かではない者ではその程度が限界なのかもしれませんね? おほほほ……だから早いところ聖女を辞退するべきだと以前も言いましたのに」

「…………」


 そんな嫌味を高飛車な態度を隠そうともせずに言いつつ現れたのは、オリジン大神殿に常駐している聖女の一人、地の精霊の寵愛を受けたヴァレッタであった。

 これ見ようがしに長く煌めく金髪をボリュームたっぷりに巻いていて、端正な顔立ちではあるものの悪い感じの成金貴族風、しかし衣装は聖女らしく純白の法衣をまとっていて……何ともちぐはぐな見た目をしている。

 彼女は見た目を裏切らない貴族出身、それもブルーガ王国の侯爵家の出であったりする。

 そんな平民を見下すような物言いに、いつもなら何らかの反発はしそうであるのだが、シエルはため息を吐きつつ苦笑する。

 何故なら彼女が“そういう意味で”言っているワケじゃない事を知っているから。


「教会関係の面倒など私たちに任せて、貴女のような平凡な女性は早く想い人と添い遂げなさいと散々言ってますのに」

「相変わらずですねヴァレッタ様。ご自身のそういう事には興味を示されませんのに」

「お判りでしょう? 私などのように聖女であっても実家が貴族であればむしろ政略に効果的に利用しやすくなるだけ。せめて出会いから恋愛を育める人がいるなら育めるようにして差し上げる事こそ貴族令嬢としての役目ですわ!」


 自分自身の婚姻などには絶対的に政略が絡んでくる事を受け入れ、自分自身の恋愛を早々に諦めてしまったらしい彼女は、他人の恋愛に対して興味津々なのである。

 そして、他国聖女とは言え平民出身のシエルには自分とは違う恋愛結婚をしてほしいと勝手に願っていたりするのだった。

 平たく言えば彼女もまた精霊に愛される聖女であり、イイやつであった。


「平民だからと言っても、恋愛ごとがそんなに自由で夢があるワケではありませんよ?」

「さすがに私も初心な少女ではありませんからそのくらいは分かっております。しかし、久方ぶりにお会いした同僚が何の恋バナも持っていないのは…………あ、あれ!?」


 何かに気が付いた聖女ヴァレッタは唐突に立ち上がると、シエルの右手をつかみ取りマジマジと見つめる。

 昨晩想い人と無意識に分け合った『聖女の印』を……。


「こ、こここここれは『聖女の印』ではございませんか!? 我々聖女にとって絶対的に違えてはいけない心を通わせた者としか分け合えない愛の印!!」

「あ……これは……その……」

「エリシエルさん!? お相手はどなたですの!? 聖騎士隊長様でございますか!? ノートルム隊長でございますよね!? ノートルムさんでなくては許しませんよ!!」


 物凄い圧で詰め寄るヴァレッタに困惑するシエルだったが、別に悪感情からではない事を理解して、彼女は顔を赤らめ静かに頷いた。

 そして次の瞬間に聖女ヴァレッタの瞳は年頃の女性にふさわしく、キラキラと好奇心に彩られた光を称え始める。

 どうやらシエルとノートルムの関係については他国にも知れ渡っていたらしく、その中でも他人の恋バナに飢えているヴァレッタにとっては垂涎の事件でしかなかったのだ。


「キャ~~可愛い! エリシエルさんが真っ赤になって可愛すぎます!! あの脳筋聖女が女の子の顔になっただけで今日はオカズはいりませんわ!!」

「ちょちょちょ、ヴァレッタさん!? 声が大きいです!!」

「それでそれでそれで!? 初おデートでお心を頂き、貴女は最上の返答を返したのであれば、そのままで終わるハズはありませんわよね!? そうですわよね!!」

「あ~~~~ちょっと黙んなさい! この思春期令嬢は!!」


 段々と対応が幼馴染の親友と変わらない感じになってきて、シエルとしては困る反面、こんんな場所であっても感覚を共有してくれる友がいる事を嬉しくも思っていた。

 そしてそんな語らいも、昨晩の初デートが良いところで邪魔が入ってここに連行されたところまで至ると、聖女ヴァレッタも露骨に眉をひそめて見せた。


「それは……なんとまあ無粋な。言って貰えれば貴女程度の魔力の代わりであれば私が肩代わりしましたのに」

「ふふ、確かに貴女のように格闘よりも魔術に重きを置く聖女の方が魔力量は高いですから」

「そうですよ! 彼の光の聖女の初めての夜を守る為と聞かされたなら、詳細を後日聞かせて頂ける確約をしていただけるのでしたら、わたくしの魂は百人分の聖女の魔力すらカバーして見せましたのに!!」

「頼もしいですけど……詳細は……ちょっとその……」


 友人が自分の為に怒ってくれる事が尊いのは理解しているシエルではあったが、少なくとも彼女自身“恋心”についてはビギナーも良いところ……他人にあけすけに語れるほどの達観はしばらくできそうもないと考えていた。

 ただ、ヴァレッタの不満がそれだけではない、聖女特有の感覚からくるモノである事を同じ聖女のシエルも共感していた。


「それに……貴女も守護精霊から感じているのではなくて? どうもわたくしの友『グノーム』は今行われている大神殿の魔力充填にはあまり乗り気ではないのですよ」

「……『レイ』は乗り気ではないどころじゃないです。昨晩の面白そうな事を邪魔されたとあからさまに不機嫌です」

「光の精霊『レイ』のお気持ち、非常に良く分かりますわ。本当……一体大神殿は何をしようとしているのでしょうか? 基本不干渉な精霊が興味を示して、それが『不快感』などとはあまりよろしくない感じですが」

「ですね……」


 精霊の寵愛を受ける事で精霊と最も密接であるこの場に集められた聖女は、だれしもが精霊の不快感を感じ取っていて、今の作業に疑問を持ちつつローテーションを繰り返している。

 結果、方々で少数の聖女が集まって愚痴をこぼし合う光景がチラホラと見えていた。


「まったくもう……精霊神教聖女同盟の中でも話題であった聖騎士と聖女の恋の行方。最新情報を得たというのに肝心の結果が伴わなければ発信のやりがいが無いではないですか」

「……ちょっと待って下さい? なんですか、その妙な同盟と不穏な情報は? まさか……他国の聖女たちにすら私とノートルムさんの事情は……」


 言われて何かに気が付いたシエルは控室で休憩している他の聖女たちにも目を向けて……こっちに向かって非常に良い笑顔を向けられた事で全てを察した。

 自分とノートルムの恋愛事情が聖女たちの間ではホットな情報として流布され共有されていたのだという事実を……。


「これまでは“鈍感な脳筋聖女に振り回される聖騎士隊長を応援しよう”というコンセプトでしたけど、これからは“熱愛発覚! 急接近の聖女と聖騎士”“初デートで『聖女の印』が発現! 結婚間近か!?”と発信できますから……楽しみです」

「う……うえ!? なんですかそれは!?」

「実りを司る大地の精霊『グノーム』も新たな生命の誕生の予感にワクワクしておりますのよ」

「!? だから、そういう方向にもって行かないでもらえます!? もう私は昨日からそういう感じなのは一杯一杯なのに!?」

「アハハハ! キャーー怒りましたわ~!! ラブラブ聖女が~!!」


 控室でワチャワチャとするその様は身分などは全く感じさせない年頃の女性同士の戯れにしか見えず、遠巻きに見ている者の中にはこの二人が各国でも代表的な聖女であるなんて思いもしない人までいた。

 そしてその中には露骨に顔をしかめる非常に気配の乏しい、一人の大聖女と呼ばれている者もいた。


「まったく……選ばれた存在たる聖女という称号を持つ者が嘆かわしい事です」


 闇の神殿のトップにして大聖女アルテミアは、召喚術に必要な魔力の充填の確認を兼ねて休憩中の高魔力所持者たちを見に来ていたのだが、昨晩連行した光の聖女エリシエルの不満げな態度に不快感を持っていた。

 そして、今一緒に談笑している他国の聖女に対しても……。


「やはり精霊の“本物の”寵愛を受けている聖女には感覚で知れる事があるようですね。急がなくては……」




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