第二百二十九話 イリスの超解釈

「いや~こんな時でもアンタって男は本当に読めないね。まさか六大精霊すべてから祝福されるなんて前代未聞じゃない?」

「え~っと……今まで無かったの? こういう祝福の形は……」

「アタシが知る限りじゃ無いね。大体にして魔力を対価に精霊から力を『借りる』魔導師とは違って精霊の寵愛ってのは精霊の力を直接『貰う』ようなもの。精霊の祝福はそれと同じ理屈のはずだから独占欲の強い精霊が協力している事自体が本来あり得ないのよ」


「これ、後々精霊神教では大々的に有名になるかもね。奇跡的に六柱全ての精霊に祝福されたカップル~とかさ」

「マジかよ……」


 嬉々としてリリーさんは教えてくれるけど、俺はハッキリ言って頭を抱えたくなった。

 こんな状況下で聖女の寵愛と同等かそれ以上の扱いで祝福を与えるとか……結局精霊ってやつも色々と面白がっているだけじゃないのか?


「あの団長も『内の院』侵入の作戦とかでとんでもない置き土産を残しやがる」

「いや~この結果は団長さんも予想外じゃない? 結果を聞いたらあの団長ですら大笑いしそうだけど……」

「あの鉄仮面のような笑顔の無表情が大爆笑?」


 ここ最近珍しい感じであのホロウ団長が噴き出すのは見かけたけど、表情を崩してまで爆笑する姿はちょっと想像できん。

 ただまあ……あの人は自分の予想外な、悪くない出来事が起こる事を喜んでいる節があるように思えるんだよな~。

 そして……現在一番の懸念材料として、さっきの一件から俺は全くカチーナさんの方を見れていない、と言うか見れない!

 いやまあ……ハッキリと言えば俺自身は彼女との『婚約書』の結果がこんな事になったのは恥ずかしさは大きいけど、それと同等……いやそれ以上の喜びはあった。

 俺みたいな平民出身、犯罪者になりかけた男とこんなに綺麗で美人で可愛くて足が綺麗で、強くて格好良くて真面目で足が綺麗な女性と相性が良いと言われて喜ばない男はいないだろう。

 しかし彼女としてみたらどうだろうか?

 多分俺に対して恩は感じてくれているだろうが、こんな結果に至ったのは不本意に感じているんじゃなかろうか?

 さっきも緊張してはいたようだけど、それが単純な羞恥心からか、それとも違う感情からなのかはうかがい知ることは出来ない。

 だが違う方向に盛り上がっている人物もいたりしして……。


「ダメだよリリ姉、先輩方をあまり揶揄ってはいけません。私たちのような外野はお二人のようにすべての精霊から祝福されるような神聖な存在を、間近で見守れるだけでも尊い事なのだと思わねば……」

「イリス?」

「それに私はあの『婚約書』に現れたのが六大精霊のみの祝福とは思えません。確かに現れたのは六色ですが、中央にあるのは魔導の象徴六芒星。そして気が付きませんでしたか? あの『婚約書』は一見何も起こっていなかったように思えたかもしれませんが、中でクルクルと回っていたのですよ“まるで時計のように”!」

「あ……そう言えば……」

「時計と言えば『時の精霊』も祝福をしている事になりますし、色を回す……つまり色を“混ぜる”という事はそれ以外の精霊たちも祝福しているという見解にもなるでしょう? もしも他にも沢山の精霊たちがいるとするなら、本当にすべての精霊が祝福しているという事に!」

「「な!?」」


 その飛躍に飛躍を重ねたイリスの言葉に俺とカチーナさんの声がモロに被った。

 イリス自身がつい昨晩に六大精霊外に当たる、精霊神教が大々的には認めていない『時の精霊』の寵愛を知ったばかりだとは言え、彼女も長年精霊神教にいただけに精霊への畏敬の念は人一倍高い。

 そのせいか、さっきから俺とカチーナさんを見る目に違った熱がこもっているのだが……それにしても見ている個所も見解の仕方も持ち上げ方がエグくないか!?


「イリス……さすがにそれは飛躍しすぎじゃね?」

「そんなこと無いです先輩! 今私は自分の見解に間違いは無いと自信もって言えますです!!」


 目をキラキラ輝かせている彼女は、そのうち別の宗派でも立ち上げるのではないかとうすら寒いモノを感じてしまう。

 反対にお姉ちゃん、リリーは嬉々として妹に乗っかるのかと思いきや、以外にも冷静な表情を崩さずに微笑んでいた。


「ま……精霊としたら協力してでも祝福くらいはしておきたいって事なんだろうけどね」

「……何か言いましたか?」

「何にも~? それよりもここからが支援職の本領発揮でしょ? 任せたわよリーダー?」

「言っとくが任せられても君らにも相当な技術を強いるって事を理解してんだろうね?」


 何やら誤魔化すようにリリーさんが俺を急かしてきて、自然とため息が漏れた。

 ま……どんな状況でも、やる事は変わらないんだからな。

 盗賊はパーティーの中で他の仲間のサポートをして、戦闘を始めとした物事を有利に運ぶ典型的な支援職……。

 しかし有利に運ぶために賭けるモノが自分だけなら幾らか気楽だが、仲間の命を預かるという事になった時の緊張感はいつでも桁違いに重たいのだ。

 だというのに、今一緒にいる仲間たちは皆俺の指示を当然のように待っていて、失敗するとかの不安を持っているようには微塵も見えない。

 ……せめて一番付き合いの短いイリスはもう少し疑っても良さそうなものなのに、昨日『時の精霊』の存在を明かしたのが原因なのか、俺達『スティール・ワースト』に対する信頼が天元突破しているというか……何やら期待に満ち満ちた目をしている。


「やれやれ……3人の美女に期待されては頑張るしかないな」

「「「…………」」」


 迷いなく頷く3人を前に、俺は気合と共に『気配察知』を大体半径20メートル、周囲にいるすべての人間が目視できる程度の範囲で集中的に展開する。

 普段侵入先で最大索敵能力半径300メートルで全ての範囲を把握しようとすると、自分自身が身動きを取れなくなってしまうのだが今回はそれに比べれば遥かに狭く、しかも視認出来るから『気配察知』としての難度は若干低い。

 問題なのはここからだ。

 深夜に人目を避け静かに侵入するのとは違い、昼間の侵入は絶対的に人の目がある。

 特にここは精霊神教の大神殿、参拝客は勿論日常業務の聖職者や警備に付く聖騎士だってそこかしこに存在しているのだ。

 その全ての人の目に“映らないように”自分以外の3人をまず『内の院』の奥へと侵入させるためには…………半径20メートル内の全ての人間の視線を読み切る事が必須なのだ。


 …………受付の魔導僧が2人、歩哨の聖騎士が3人、参拝者が9人……内訳、カップル2組、子供連れ夫婦1組、老夫婦1組…………当然だけどそれそれが違う場所を見て、違う話をしている。

 カップルは当然『婚約書』に興味津々……いや後続のカップル、男は興味なさげ。

 子供連れは……すでに子供が飽きている……。

 老夫婦は大神殿が若い頃と変わっていない事に微笑んでいて…………。

 受け付けは参拝者に注目、歩哨の3人は警戒をしているが全員が次の参拝者に注目したのか外側に目が向いた…………今!

 俺はその瞬間に振り返り、『外の院』から『内の院』への通路に歩哨で立っている3人の聖騎士たちに声をかけた。


「すみません、何か今日はあるんですか? 妙に聖騎士の方々が多い気がするのですが……」


 用事が終わり『内の院』から出る参拝者の体で、俺は歩哨に立っている聖騎士たちに話しかけた。


「ああ、すみませんね物々しくて。実は今大神殿は特殊な来賓があるとかで厳戒態勢でして……各国から聖騎士が増員されている状態なんですよ。一応は一般の方々の目にはあるべく触れないように指示されてはいるのですがね」

「各国から……いきなり神殿内に配備して混乱したりしないのですか?」

「清く正しい我々聖騎士にそのような事はあり得ない、と言いたいところですが……実はちょいちょい衝突は起こってますね。今のところは各国の隊ごとのいざこざ程度だけですが」

「ありゃりゃ」

「まあ不審な行動さえなければ何も無いのは変わらないよ。兄さんも用事が済んだなら今日は長居しない方が良いかもな」


 おそらく彼らは大神殿深部に近い『内の院』の警護をしている事から普段もここにいて訪問した参拝者たちの対応もしているのだろうという憶測もあったのだが、どうやら当たりのようで嫌な顔もせずに慣れた様子で答えてくれる。

 基本的には良い人なので、ここで彼らを利用する形になるのはいささか気が引けるが……。


「あれ? 兄さん、確か連れがいたんじゃなかったか?」

「……え!? あれ!?」


 どうやら彼らはしっかりと俺たちの事を見ていたようで、俺が今一人で対応している事に違和感を持ったようだった。

 観察力も注意力もある……やっぱりこの人等は優秀な部類。

侵入時に最も注意すべきは予想通りこの三人、だからこそ……この3人を攻略できれば!


「おおおおい! 待ってくれよ、置いてくなお前ら!!」


俺は確信と共に『内の院』から『外の院』へと向かって慌てた様子で走り出した。

『外の院』の参道を歩く全くの他人の誰かに向かって追いかけるように……。

 そしてその数秒後、俺に注目していた聖騎士3人の意識が一斉に俺から逸れる。

 俺が外に向かって走り出した事で他の3人が既に通過した後と思い込み、そして追いかけて行った俺自身もすでに去る者として次の参拝者に警戒の目を向けるために外から内に向けて。

 その瞬間、俺は一切の音を殺し反転と同時に聖騎士3人の背後に張り付き……3人の意識がそれぞれ交差しない隙間に体を滑りこませる。

 そして更に次の『婚約書』で精霊の祝福で盛り上がるカップルを横目に、俺は儀式場の奥への侵入に成功する。

 通り抜けたその後、背後から喧騒が聞こえ始める……こういう瞬間は本当に時間が止まったような緊張感で、その瞬間に全身からドッと汗が流れ始めた。


「お疲れ様です、やはり流石ですねギラル君。君一人ならここまでの手間は無く侵入出来たかもですが、私たち誰一人欠ける事なく秘密裏に侵入を成功させるとは」

「ほ、本当に侵入出来ました……すごい」

「まだ入り口の一つにしか過ぎませんぜ? 褒め称えるのは全部終わってからにしてくれ」


 そして聖騎士に話しかけたと同時にそのまま速度を変えずに奥まで侵入し、すでに物陰に潜んでいた3人と合流を果たす。

 俺がやった事と言えば、この場のにいるすべての人の視線を掻い潜らせる形で侵入を手引きしたって事だが、全方位警戒している聖騎士たちだけは意識的に逸らさせる必要があった。

 ゆえに話しかけて一時的に内部への警戒を逸らさせたのだが……やっぱり仲間の身を預かる作戦は心臓に悪い。

 仮に仲間の身体能力を信用していたとしても……。


「さて、お次はアタシの出番ね」


 そう言いつつリリーさんは音を立てる事も無く、隠し持っていた『狙撃杖』を建物の外に向けて構えた。

 狙いは『奥の院』に向かう道にあるブロック塀の一番手前……意図的に小さな×印を付けられた箇所の中心。

 そして動作も発射音も何もさせず、次の瞬間には×の中心に弾痕が刻まれる。

 作戦開始の合図を伝える為に、そして獣を檻から解き放つ狼煙を上げる為に……。





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