第二百二十八話 精霊の祝福⦅おせっかい⦆

 現在、俺は今までの人生の中で一番、猛烈に、それこそ生死のかかった場面よりも激しい緊張に見舞われている。

 各国の聖騎士が暇を持て余す程に配備された『外の院』を通過するには、正式な『内の院』への用事がある信者や参拝者になれば良いがベストなのは分かる。

『内の院』が大神殿の言わば事務的な機関であり、主に祈祷や儀式、寄付や冠婚葬祭の受付などが主だった業務だから、それらの都合があると言えば入りやすいのも頷ける。

 しかし、いくら何でもこの場面で“婚約”というワリと重めな手段を用いる必要があるのかホロウ団長!?

 しかも俺とカチーナさんとでなんて……。

 書類を見た途端にリリー・イリスの姉妹は面白がり「うんうんイイネイイネ! 団長さんも分かってるじゃん!」「これ以上ない自然な作戦です! 間違いないです!!」とはやし立てやがったが、反対にカチーナさんは一時的に固まったものの表情も変えずに「仕方がありませんね」とだけ呟いたのだ。

 地味にその淡白な反応がショックだったのだが、そう言われてしまうと最早別の作戦を提案するワケにも行かないし、最早別案を言う時間も無い。

 葛藤しつつ、俺たちは開門してから直後ではなくある程度の参拝者たちが訪れ出すまで少々時間を置いてから行動を開始した。

 ちなみに今日の設定は俺とカチーナさんが冒険者カップルで、リリーさんとイリスが個人的に親しいから付き添いで来た修道女である。

 そしてそんな設定の俺達は『外の院』で一応警備体制はしいているものの、明らかに暇を持て余している各国の聖騎士たちを横目に『内の院』までアッサリと辿りついてしまった。

 一応警備している聖騎士もいたのだが、『婚約契約書』を見せると面倒そうに「あ~どうぞどうぞ」と通してしまう。

 そんなので良いのだろうか?

 俺のそんな気分が表情に出ていたのか、リリーさんが苦笑する。


「歩哨に立たされる聖騎士にとっちゃ、バカップルを連続で見続けるようなもんだからね。繰り返していれば面倒になってくるだろうし」

「……バカップル?」

「ギラルは婚約の言葉で必要以上に緊張しているっぽいけど、大神殿での婚約ってのは王国の戸籍とか貴族間の政略結婚みたいに厳粛なもんじゃないから」

「……そうなの?」


 さっきから全身の毛穴が開いたように汗が凄く足取りが重くなるほど緊張しか無かった俺にとって、リリーさんの言葉は少し意外だった。

 大神殿での婚約ってだけで相当な意味が出てしまうと思っていたのに。


「別にここで『婚約の儀』をやったからって、絶対に結婚しなきゃいけないって効力は無いし、実際この後で別れるカップルとかはアルアルな話だしね」

「そうそう、いわゆる盛り上がったカップルが精霊神に向けてやっちゃうその場のノリの相性占いみたいな意味合いが強いです。逆に後々恥ずかしい過去と言ってしまうカップルもいるくらいで」


 ……ようはアレか?

 観光地で一緒にならすと幸せになる鐘とか、一緒に渡ると結ばれるとか言うジンクス的な金集めの手法の一つみたいな?

 そう考えればいくらかの緊張は軽減されそうだが……。


「いや……しかし、だとするなら『婚約』なんてワリと重めな言葉を使うのは……」

「ま~その辺は見てれば分かるよ。ほら、今あそこにいるカップル……」


 リリーさんがそう言って示したのは『婚約の儀専用儀式場』とあり、簡易的な精霊神像の前で『婚約書』を受け取った30代くらいに見える大神殿の魔導僧の女性の前でイチャイチャするカップルが見えた。

 魔導僧はそんな二人に事務的な笑顔を向けるのみで、受け取った書類を掲げる。


「六大精霊の聖名において二人へ福音を……」


 彼女が書類に魔力を込めて唱えた瞬間、書類は虚空へとフワリと舞い上がり……そのまま一気に燃え上がってしまった。


「うお!? なんだ!?」

「ほ~、火の精霊の祝福とは……あのカップル相当情熱的なのかな?」


 しかし驚いたのは俺だけで、リリーさんなど感心したようにその光景を見ていた。


「火の精霊の祝福?」

「あの二人の仲を祝福したのが火の精霊イフリートだって事。不思議なんだけど、この婚約においての祝福には己の魔力属性があまり関係無いのよね~。例えば火属性の男と水属性の女がやったとしても、風の精霊シルフィードが祝福をくれた例もあるし」

「へえ~……それはちょっと意外。シエルさんの事を考えれば精霊の寵愛ってヤツは言い換えれば独占欲が強いのかとも思ってたけど」

「その考えも間違ってないよ、この祝福を与える精霊も大抵六大精霊の誰か一人だからさ。まあシエルと隊長だったら光の精霊の祝福以外はあり得ないでしょうけどね」


 それは同感、先日の神殿でのやらかしを見れば、それ以外想像も出来ない。

 そうこうしていると虚空で燃え上がったと思った書類が真っ赤な色に染まっていて、そのままヒラヒラと舞い降りて来た。

 火の精霊に祝福されたカップルは喜び合い、そんな二人を変わらぬ営業スマイルで「お二人に精霊神の祝福があらん事を」とお決まりの文句を送る魔導僧。


「あんな感じで大神殿で婚約したってなれば心情的にハクにもなるし、しっかり結婚までこぎつけてくれれば大神殿にとっても縁をつないだご利益って謳える。尚且つ大神殿で婚約してますってなれば教会で式を挙げる時には割引も考慮されるってワケよ」

「……なるほど、商魂たくましいと言うか」


 そう思えば徐々に溜飲も下がってくる。

 要は相性診断を兼ねた御祈祷、願掛けと同じようなモノ……これから頑張るから見守ってくださいと宣言するのと変わらない。

 そうだとすればずっとクールだったカチーナさんも、この事実については知っていたという事なのだろうか?

 しかし、そう思って不意にカチーナさんを見ると……彼女は何故か俺の事をジッと見ていて、目が合った瞬間にハッとなって顔を逸らしたのだった。

 明らかに平静を装ったようでいて、赤面したのを隠すように。

 それでも耳まで真っ赤なので何やら恥ずかしがっている事が丸わかりではあるのだが……。


 ……な、なんだ……カチーナさんも平気だったワケじゃないのな。


 考えてみりゃ元々彼女は可愛いモノ好きであり、特殊な幼年期を過ごしたせいで羞恥心とかに妙な無頓着さはあったが、根っこは普通に乙女なのだ。

 恋愛やら婚約やらに反応しないワケがないではないか。

 そう思った瞬間に引っ込んだと思った緊張が再びぶり返してきて……。


「あ、あはははは……お、俺達だったら何の精霊が祝福してくれるんでしょうね? 俺など属性どころじゃないからなぁ」

「そそそそうですね!? 私の身体強化は一応は光属性ではありますが、リリーさんのお話ではその限りではなさそうですし?」

「しぇ、戦闘の相性とはまた別でしょうから?」

「そうですね、楽しみでしゅ……」


 く、口が回らん!?

 緊張を解そうと軽く振ったのに、カチーナさんも同様に嚙みまくり、しかも今度はどっちも真正面を見据えてゴーレムの如き固い動きしか出来なくなる。

あかん……二人して意識しまくりであるのがバレバレで、付き添い⦅たにんごと⦆の二人がさっきから笑いを必死に嚙み殺していやがる。


「お次の方、どうぞ前へ……」

「「は、はい!!」」


 そしていらないのに思いっきり返事をしてしまった俺たちに、とうとうこらえきれなくなったのか笑いだす姉妹と、それにつられて吹き出す別の参拝者たち。

 こっちとしてはいたたまれなくて仕方がない。

 魔導僧に慌てて用意した『婚約書』を渡すと、彼女はクスリと苦笑するだけでさっきと同じように淡々と書類に魔力を込めたようで、彼女の手からそのまま虚空へフワリと舞い上がった。

 こうなると、羞恥心が無くなったワケじゃないが俄然これから書類がどんな反応をしてどんな色に染まるのか気になってくる。

 さっきの火の精霊の祝福が赤だったのと同様、精霊の祝福は色で判別される。

 火=赤 水=青 土=黄 風=緑 光=白 闇=黒 というラインナップらしく、果たして俺とカチーナさんを祝福するのは……?


「……あれ?」


 しかし虚空に浮かんだ書類に変化は起こらず、何も無いまま力を失くしたようにヒラヒラと舞い降りて来て……そのまま魔導僧の手に収まったのだ。

 もしかして…………精霊の祝福が無かった?

 なんの現象も起こらなかった事で俺はそんな事を思い、自分でも意外なほどにショックを受けていた。

 今更だけどその事実で俺が彼女に相当惹かれているのが自覚できてしまうほどに、それゆえに精霊に祝福もされなかったという事実は信じられない、信じたくない気持ちになる。

 だが、舞い降りた書類を手にした魔導僧は俺の驚きとは真逆の事を呟いたのだった。


「何これ……何も起こらなかったかと思えば…………」

「……どうかなされましたかシスター? 私たちの婚約書に何か不備でも?」

「…………六芒星が浮かび上がり、こんな事、今まで無かった事ですが…………」

「…………えっと……つまりどういう?」


 呟く魔導僧に何故か怒ったようにカチーナさんが問うと、彼女は恐る恐るという感じで俺たちに向けて渡した『婚約書』を広げて見せた。


「見てください……全属性、六大精霊すべての色が浮かび上がってます。つまり、すべての精霊がお二人の仲を祝福しているという事に……」

「「…………………………は?」」


                   *


大神殿『内の院』side


 数時間後、オリジン大神殿『内の院』では本日婚約の儀を担当した魔導僧が提出した書類に関して『内の院』事務方のまとめ役である一人の聖女サマリエは件の魔導僧に本日の状況を確認していた。


「では最初は儀式で何も精霊の祝福が無かったかと思えば、すでに六色の色が付いた書類が舞い降りて来た……と」

「おっしゃる通りです聖女サマリエ、当事者ではありますが私も信じられませんでした。本来独占欲の強い精霊は祝福や寵愛を複数人で与える事を嫌います。であるのに六大精霊すべてが等しく祝福するなど前代未聞です。それこそ精霊の力がその場に現れなかったのが不思議ではありますが……」


 そう言って不思議がる魔導僧だったが、自身が風の精霊の寵愛を受ける聖女であるサマリエには少しだけ祝福の時の精霊たちの予想が出来た。


「いえ、普通なら独占したがる精霊たちが協力しあって主張しないようにした結果、精霊の力が発現しなかったのでしょう。要するに互いに遠慮し合ったと……」

「精霊が他の精霊と遠慮し合ってまで協力を優先したですって!? そんな馬鹿な!?」

「普通であればあり得ないと思いますよ? しかし、私が通じる事が出来るシルフィードからも否定の感情は感じません。不思議な事ですが、件の二人に対しては特別なのか……」

「……そう……なのですか?」


 聖女の真剣な物言いに魔導僧も否定意見を引っ込める。

 魔法に精通するとはいえ聖女の発言を否定してかかるほど、彼女も石頭ではないようだった。


「……だとすると凄い事ですよ? わたくしも長年『婚約の儀』を務めて負いますが、このような男女は初めてです。まるで大神殿を象徴するような六芒星の『婚約書』など」

「私だって同じです。最近では『婚約の儀』はカップルの拍付け、相性占いのような位置づけになっていましたが、このカップルは是非とも成立させるべきです」

「ですね! 六大精霊から祝福された二人……こんなの大神殿で大々的に挙式してもいいくらいですよ! 宣伝効果を考えれば上層部だって納得するはハズです!!」


 そんな聖職者二人の発言は実に俗っぽく打算的なニュアンスを含んではいたが、別に誰かに危害を加えるとか損を被るとかの話ではないので、特に注意する者もいない。

 むしろ『六大精霊の祝福』というニュースに世間では『結婚を世話するおばちゃん集団』とすら揶揄される『内の院』は俄かに活気付いていたのだった。


「この二人の身元は分かっている?」

「山向こうの国ザッカールの方ですね。身元確認にギルドカード使ってましたから、ギルド所属の冒険者なのは間違いないです。そして平民である事も確認済みです。

「それは好都合。王族だの貴族だの国とか家とか柵が無い方がやりやすいじゃないですか。式の費用を全て持つと言えば嫌とは言わないでしょう?」


 当人たちも、そして面白がって侵入の作戦に利用しただけのつもりだった件の団長すら予想もしない方向で計画⦅よけいなおせわ⦆が進行し始めていた。

 根本的にそれは『婚約』という普通なら結婚を視野にいている男女に対する善意からの行動であるのだから、尚たちが悪いのである。

 正しいという大義名分は人間を暴走させる……それは奇しくもギラルが神様から習った事の一つであった。







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