第二百二十七話 団長⦅ブルータス⦆お前もか!?

「でーじょうぶかな? 最早石像って形で入るしかなかったけど、そこまでしても抑えきれてなかったぜ? 俺でも殺気を感じるくらいなんだからよ」

「う~ん……アタシも前職の兼ね合いで色々な石像を見る機会はあったし、精霊の像でも特にイフリートなんかは怒りを表現した作品も多いんだけど……見ただけでヤバいと思えるような恐怖は感じなかったよ」

「魔除けにはなりそうですね。下手な死霊や魔物など寄り付きもしないでしょう……あのような物騒な石像が屋敷にでもあれば……」

「最終的に人すらも寄り付かなくなるのが確実な石像など、誰が安置するものですか……」


 まだ開門時間前のオリジン大神殿をコッソリ見つめつつ、俺たちはついさっき見送ったホロウ団長が台車で持って行った石像について話していた。

 最早俺たちの中で気配を消すための常套手段にもなりつつある方法、魔導具『石化の瞳』を利用して石像になり、意識を遮断する事で文字通り物体として誰にも認識できなくする。

 先日はシエルさんとイリスに逆利用されて大変な目にあったのだが、今回は兄貴が石像になる事で『外の院』から先、『内の院』まで侵入する事になった。

 元々はそんな予定では無かったのだ。

 兄貴はオリジン大神殿にエレメンタル教会の代表として呼ばれた聖騎士第五部隊の隊長なのだから、ハッキリ言えば正面から堂々と『内の院』まで入り込める立場なのだ。

 しかし今回『聖女の印』を貰いイケると確信していた兄貴の怒りは尋常ではなく、抑えようにも抑えきれなかったようで……正直達人でなくても物騒な気配を感じ取るほどに殺意が駄々洩れになっていた。

 こんな状態のまま大神殿に入ろうとしたら『内の院』どころか『外の院』……今目の前にある大神殿の門すら通過する事は出来ないだろう。

 って事で苦肉の策で兄貴には石像として搬入してもらう方法を取ってもらった。

 幸か不幸か、開門よりも先にロンメル師範が組手⦅あそび⦆に来ている情報は入っていたから、そのまま陽動作戦には巻き込ませてもらおうと考えて……。


「……了承も取らずに師範を巻き込むのは気が引けるけどな」

「心配ない心配ない。むしろ頼らなかったら“何故仲間外れにしおった!?”と怒り心頭で数日は組手に付き合う事になるよ」

「ですです。まあしっかり仲間に入れても“まだまだ暴れたりんから、我と組手を”とかいうかもですけどね」

「……どっちを選んでも結果が変わらない気がするが?」


 姉妹で共通した結論に、もうこうなると知り合ってしまったのが運の尽きと思うしかなさそうである。

 まあ……行き当たりバッタリで練りこみも甘い今回の作戦で絶対的に味方になってくれるという確信があるのは良い事でもある。

 毎回綱渡りがデフォルトのようになっている俺達だが、今回ほど確定要素や代案が通用する事が少ないのも珍しい。

 その替えの利かない重要人物に俺は最終確認をする。


「……まああのオッサンが加われば陽動の方は派手にやってくれるだろうけど、結局一晩しか練習の時間が無かったワケだが……イリス? 君の時空魔法はどのくらい上達した?」

「出来る事ならもう少し修練の時間が欲しいところでした。情けない事に私、正式に魔法が使えた経験がありませんので、とにかく魔力運用に手間取りましたので……」


 俺の質問にイリスは自信なさげにそんな事を言う。

 無理もない、彼女は自分の属性を正式に理解したのは昨晩の事……今まで使えなかった魔法と言う概念を本当に認識できただけでも快挙なのだ。

 本当であれば魔力の回復も考え数日、数週と時間をかけて修練をして行くのが一般的なのに一晩である程度モノにするなんて無茶ぶりも良いところだろう。

 だけど彼女は自信なさげでもハッキリと言う。


「とりあえず昨夜私が言ったように、転移できる距離は視認出来る範囲でしかも数十センチくらいです。しかも今の私の魔力残量ではせいぜい2~3人を転移させるのが2~3回出来れば良いくらいです。それと……どうしても私自身が転移する事は出来ませんでした」

「……十分すぎる」


 昨夜も思ったが、どうもイリスは自分のこの魔法の真価と有用性を理解できていないようだ。

 任意の場所にどこかからでも、どんな遠方でも自在に転移出来て初めて成功と思っているようだが、侵入という状況において有無を言わさず空間を関係なしに移動できる事がどれほどの反則技だと思っているのか……。

 これでアッサリと自分自身の転移まで可能になっていたとしたら……最早次の機会には絶対に対峙したくない強敵が爆誕する事になる!

 ……イカンイカン、またもや嫉妬心がメラメラと……落ち着け自分。


「今回の作戦でイリスの一番重要な役は俺たちを送り出してくれる事に尽きるから、自分自身の転移は考慮しなくていいだろ? 問題なのは送り出して貰った後……だな」

「……ですね。ホロウ団長に渡された『奥の院』のマップは一夜漬けで頭に叩き込みましたが、何を隠したいのでしょうか……あのような入り組んだダンジョンの如き造りは」

「少なくとも迷わせるための順路が多すぎるね。特に大僧正や元老院の輩が集まる奥の『謁見の間』とやらには知らない者には辿り着けないように罠が張り巡らされているし」


 偽『ワースト・デッド』として『奥の院』に侵入する俺たちに団長が与えてくれたマップはありがたいのだが、非常に厄介な迷路になっていた。

 絶対に要人たちにしか分からない近道や順路はあるだろうが、迷宮部分が外側であり中心部に行くにつれて実用性のありそうな空間が造られている。

 調査兵団の話では大規模な召喚を『奥の院』行うのであれば、実行できるのは『謁見の間』しかありえない、と言うか広さが足りないだろうという見解だった。


「どの道確認のしようがないから、その辺は直接確認するしかない……か。根回し、下調べが出来ないのは恐怖だな……ったく」

「ギラル君の予想では、やはりこの広い空間か、もしくは近くにシエルさんが捕らえられていると考えているのですよね?」

「……大人しく捕らえられているのなら……な」


 その辺も確認のしようが無いから不透明である事も問題なのだ。

 何だかんだで俺たちも光の聖女エリシエルとの付き合いも長い……多少なりとも人となりは理解しているつもりはある。

 だからこそ思うのだ……あの脳筋聖女がやられっぱなしで終わるタマかな~と。

 ましてや石化しても殺気を抑えきれない獣のパートナーであり、特別な夜を邪魔されたのも同じなのだから。

 俺の見解は残念な事に間違っていないようで……シエルさんを一番よく知る親友は苦笑しつつ首を横に振った。


「よく分かってるじゃん。一見清楚風で従順に見せかけたあの娘が反撃の機会をうかがっていないとは思えない。正直先走らないで欲しいくらいだよ」

「同感…………俺らの別件を片す事も含めてな」


 今回『奥の院』での目的は大きく二つ、兄貴の依頼でシエルさんを盗み出す事と、もう一つは現在進行している大規模召喚術を潰す事……それだけは何としても達成しなくてはならない最優先事項だ。

 だがもう一つ、可能であれば手に入れたい情報もある。

 それは『予言書』の未来を根底から否定する為にも、あの未来での悲劇を裏で操っていたと思しき真の黒幕を確認する事なのだ。

『聖典』……精霊神教最高権力者大僧正に指示を出している様子はあれど、顔も性別も種族すら判然としないし、そもそも生者か死者か、もしくは生物であるのかも分からない。

 しかしいつもであれば尻尾すら見えない程、徹底して前面には出てこなかったハズの『聖典』の存在が、イレギュラーな存在『怪盗⦅ワースト・デッド⦆』への焦りか、それとも対抗策のつもりか大規模召喚術を強行しようとしている事で尻尾が見え隠れしているのだ。

 それ自体が俺たちをここにおびき寄せる罠の可能性も無くは無いだろうが、それはこちらとて同じ事……リスクは元より承知の上だ。


「さて……そろそろ開門時間になるけど、準備は良いかな? 現状『外の院』は各国から集められた言わば余所者聖騎士が固めているし、そっちを任せておけるからこそ『内の院』ではオリジン大神殿を知り尽くした精鋭たちがガッチリいつも以上の防衛体制を作っている。最終目的の『奥の院』に至るまで戦闘行為は絶対に厳禁だぞ」


 俺の言葉に3人とも同時に頷く。

 一度でも騒ぎを起こせば各国の精鋭聖騎士たちに取り囲まれて一巻の終わり……戦闘のすべを持たない貴族や王族たちのパーティーなどとはワケが違う。

 それはみんな言われなくても分かっている事なのだ。

 しかしその中でカチーナさんが不意に思い出したように、口を開いた。


「……と、それは良いですけどギラル君? 『内の院』から『奥の院』に至る手段は聞いていましたが、これから我々がノートルム隊長とは別に『外の院』から『内の院』に侵入する為の作戦はどうするのでしょう?」

「あ……そう言えば」


 俺はさっき先行して聖職者を装い、石像を搬入しつつ侵入したホロウ団長が渡して行った封筒の事を思い出した。

 実は昨夜は複雑怪奇な『奥の院』の内部構造を頭に叩き込み、途中の罠の予想に事に忙しく、その方法に関してはホロウ団長に任せっきりになってしまっていた。

 あの調査兵団団長に“確実に自然に『内の院』まで侵入出来ますよ”と自信満々に言われたので、特に心配はしていなかったのだが……。

 渡された封筒は特に封をされておらず、俺は確認をする為に中に四つ折りで入っていた一枚の書類を取り出してみて…………固まった。

『石化の瞳』も使っていないのに、兄貴よりも完全な石になったかのように……。


「? どうしたのギラル……何が書いて……え!?」

「え? ええ!? これって……まさか!?」


 最後に書類を目にして、驚きの声を上げる姉妹を不思議に思ったカチーナさんが怪訝な顔で横から書類を見る。


「……え?」


 そして彼女も俺と同様に一瞬にして石化してしまった。

 その書類の内容があんまりにもあんまりだったから……。

『婚約届』と銘打たれた書類にキッチリと、そして勝手な事に俺とカチーナさんの名前が記されていたのだから。



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