第二百二十六話 時の聖女イリス・クロノス

『ワースト・デッド』の本人である俺たちが、奥の院に入る為に正体を知らない兄貴に協力をして『ワースト・デッド』に化ける…………ややこしい!

 一応裏の顔が兄貴にバレていない事は喜ばしいけど、他人事のように珍しく忍び笑いをしているホロウ団長を見ていると、いっその事カミングアウトしてしまおうかという気にすらなる。

 女の為だったら秒で宗派を潰す決意をする男だ。

 すでにシエルさんがこっち側だと知れば、驚きもせずに黒装束に着替えて歴戦の戦友の如く仲間内に入り込んでいるだろうさ。

 命名は勇者には切り殺されたから斬殺、『スライス・デッド』か?

 いや兄貴の場合はシエルさんに殉じたのだから“愛の為に死ぬ”『デッド・トゥ・ラヴ』か? もしくは“愛に殉じる”『サクリファイス・トゥ・ラブ』……ええいゴロが悪い!!

……まあ今回はこれ以上の混乱は避けたいから言うつもりは無いがな。

 俺は頭をガリガリしながら。これからの策略を捻りだそうとしていた。

 まあ一応色々な厄介ごとや面倒ごとも交じってはきたものの、ジルバからの押し付けと兄貴の依頼は合致するところがあり、それどころか怪盗としてではなく冒険者として依頼してくれた事での利点が出来たのも事実だ。

 今回はスルーするつもりだったガチガチな防衛を築く『奥の院』への侵入は正直俺達だけだと不可能だったが、事情を知り弟子の尻ぬぐいも兼ねたホロウ団長の他、今回の俺達は『スティール・ワースト』として動く体なので表の顔での付き合いである兄貴も協力してくれる事になり策略の幅は広がった。

 そして更にもう一人、表の顔として、そして同じ気持ちを共有できる者として協力してほしい戦力に声をかける事が可能な人物がいた。

 俺は件の人物を部屋に呼び出して今回の顛末とこれからしでかす計画について話す。


「シエル先輩の蜜月を大神殿が邪魔をしたですって!? なんて事を!!」


 本日デート直前までシエルさんの衣装選びを付き合った後、個人的に先輩たちの恋愛成就を願って大神殿『外の院』に願掛けに行っていたらしい未来の『最後の聖女』イリス・クロノスはその情報に怒りの咆哮を上げる。


「許せません! ノートルムさんの人生賭けた覚悟を前に何も感じなかったというのでしょうか!? 精霊は気まぐれでも自然の摂理の代表のはず! 男女の恋愛事情を邪魔するなど翻って精霊の存在を愚弄しているという事に気が付かないのでしょうか!?」

「おおう、姉貴たちに勝るとも劣らないほど過激な……」


『予言書』では結構大人しい性格だった気がする彼女なので、この話をして協力を要請しても断られる可能性も考えていたのだが、杞憂だったな。

 さすがはリリーさんの妹にしてシエルさんの後輩……根本的に精神性は脳筋で、協力要請には二つ返事でOKを出して来た。


「今夜二人が結ばれれば間違いなく結婚まで一直線。そして二人に愛の結晶が生まれた暁には真っ先に“お姉たん”と呼んでもらう予定なのに……私の計画が狂うじゃないですか!?」

「待ちなさいイリス、その立場はシエルの親友として絶対に譲れないよ! 男の子なら『リリねえたんとけっこんする!』と、女の子なら『リリねえたんみたいになりたい!』と舌ったらずに言って貰う綿密な計画を立てているんだから!!」


 ……ん? しかしイリスの不穏な発言にここまでは無言で聞いていたリリーさんが待ったをかけた。


「いつの間にか教会からいなくなってた人が何言ってるの! 今のところ私の方が同業で一番近くにいるんだから、それは私の役目なの!」

「馬鹿言うな! 冒険者の方が自由が利くから、シエルが聖女活動で忙しい時には私が子守を買って出るつもりだよ。イリスはシエルの抜けた聖女の仕事をこなす義務があるでしょ!?」

「まてまてまて、落ち着け似た者姉妹。その喧嘩はシエルさんの奪還が終わってからじっくりやってくれるか?」

「む……」

「う……はい」


 俺の仲介で取っ組み合おうとしていた二人は離れるが、視線は未だに火花を散らせている。

 スレイヤ師匠が出産したらお兄ちゃんの立場を狙っている身としては、二人の言い分は分からなくは無いけど…………そう言えばそろそろ生まれた頃かな?

 久々に師匠の事を思い出しつつ、俺は頭を切り替えてイリスに向き直る。


「まあ、イリスが協力してくれるなら心強い、ハッキリ言って今回の計画に必要不可欠な要素が君だからな。使えなければもっと面倒な方法を模索する必要があったし」

「うえ? わ、私がですか? それはちょっと……私の力などたかが知れていますし……」


 計画の重要要素として評価すると、彼女は戸惑いつつ落ち込んだ表情を見せる。

 明らかに自分には今回の大神殿侵入に役に立つ事が多くないという過小評価が見え隠れする。

 若干の自信喪失の原因は、直近でのブルーガ王国での怪盗との敗北……要するに俺たちのせいなのだろう。

 それは前回シエルさんを狙い撃つ為にイリスの葛藤、自身の過小評価を利用した形になったのが未だに尾を引いているのだろうが……今回に関しては彼女にしか不可能な魔法⦅さいのう⦆が必要なのだ。

 俺はイリスの弱気発言を寸断するように、一枚の紙を差し出した。


「? これは……魔法陣?」

「イリス・クロノス、君にはこの魔法を習得して貰いたいんだよね。そこまで無茶いうつもりはない……数メートルでも移動できるのであれば間違いなく秘密裏に侵入が出来るから」


 今のところ彼女にしか使用できないはずの六大精霊ではない、埒外の精霊に寵愛を受けた者にしか使用できないハズの魔法を記した一枚の紙……『ダイモスの遺産』の写しを。

 その用紙を受け取る時には「そんな、どんな魔法であっても私には……」自信なさげに呟くイリスは今までにも六大属性すべての魔法を試した事があって、そのどれもが適応せずに唯一それっぽい効果があったのが回復の効果がある光属性。

 しかし俺はすでに知っている、彼女は光属性の回復を行ったのではなく、肉体の時間を“戻して”いた事を。

 彼女に寵愛を与える精霊は六大属性ではない、別の精霊であることを。


「……え? 何!?」


 時の精霊『ディクロック』……そう銘打たれた精霊の名を記した用紙を受け取った瞬間、魔法陣に描かれた記号の全てが光を放って右回りに回り始めた。

 まるで久々に現れた術者、己が寵愛する聖女を歓迎するかのように。

 そしてその光と回転が収まると、呆然と見ているだけだったイリスがテーブルに置かれたカップに手をかざして“魔法詠唱”の言葉を紡ぐ。


「遠き友へ時間を超えて届きたもう、時の羽よ『クロック・フェザー』……」


 唱えられた『時空属性魔法』が発動した瞬間、カップは球体魔力に包まれてそのまま跡形もなく消えてしまう。

 しかし次の瞬間には何もない空中に現れてそのまま落下、カップはガシャンと乾いた音を立てて割れてしまった。

 写しに書かれた魔法陣が転移の魔法である事は大聖女ジャンダルムの記述に記されていて、自分が預かっている『ダイモスの遺産』を取りに来れるようにしっかりと『エレメンタル教会』の場所まで書かれていたのだ。

 あの婆さんも一応『転移』の魔法を残すあたりフォローはしていたと言うワケだ。



「よし!!」

「やった!!」


 その初めて目撃した時空属性魔法の成功に俺たちは思わず声を上げるが、実際に成功させたイリスはと言うと……信じられないとばかりに割れたカップと自分の手を交互に見ていた。

 魔法の発動とは不思議なモノで、自分の属性魔法に沿った魔法陣を記憶する事で使用が可能になるのが一般的だ。

 もちろん属性が違うだけじゃなく魔力が実力に見合わない魔法陣は記憶したとしても発動は出来ないのだが、記憶するとまるで最初から知っていたかのように魔法が使えるようになるらしい。

 魔法習得の瞬間を見たのは初めてだったが、何とも不思議な光景である。

 そしてイリスは今まで意識的にうまく発動した事の無かった自分が、初めて完璧に成功できた事を実感すると徐々に震えだし、涙をこぼし始めた。


「ま、魔法!? は……初めて私が魔法を発動……私みたいな落ちこぼれの、聖女見習いでしか無かった私が……リリ姉、わ……わたし……」

「おめでとうイリス、とうとう聖女としての力に目覚めたね! さすがはアタシの妹、やるときゃやるって分かってたよ!!」


 そんな感涙する妹分をリリーさんは力一杯抱きしめて喜びを爆発させる。

 本来なら最も近くにいて、魔力はあっても魔法の発動に難がある為に『狙撃杖』に頼る形の魔導師にならざるを得なかったリリーさんには複雑な想いがあってもおかしくないのに、その行為に他意など無く、妹が晴れて聖女としての才能を開花させた事を純粋に喜ぶお姉ちゃんとしての姿であった。

 なんだかんだ、この人も器がでかい……ナリは小さいけど。


「…………ギラル、今何か失礼な事を考えなかった?」

「滅相もございません、お姉さま」


 いつの間にか『狙撃杖』の照準がイリスの肩越しに俺に向いている事に戦慄する。

 つーか察しが良すぎる、いつの間に心を読まれたのだ!?

 そんな風に初の魔法の発動に感激しきりのイリスであったが、いつまでもそうしているワケにも行かず、落ち着いた頃合いを見計らって俺は彼女に今回やってもらいたい役割を説明する事にした。

 それに付随して第七の存在『時の精霊』の話をする事になったが、当たり前だが今まで六柱の精霊と信じていたイリスは相当驚いていた。

 しかも未発見の精霊の聖女が自分であるという事実にも。


「時の精霊ディクロック……六大精霊の他に精霊がいた事実は驚きなはずなのに、もっと驚きなのはそれを聞いても納得してしまう自分自身ですね。今までなら否定的になったと思うのに、一度時空属性魔法を発動してしまった今となっては“しっくりと”来てしまいます。それ以外にはあり得ないと」

「初めて光の精霊レイの存在を知った時のシエルも似たような事を言ってたよ。やっぱり精霊の寵愛って辺りで聖女は似通った感覚があるのかもね」


 イリスの感覚はどうも聖女たちには共通したモノらしい。

 リリーさんの話じゃシエルさんも当初は精霊神教どころか精霊にも否定的な現実的な孤児だったらしい。

 まあ精霊神教を信じていないというか信用していないのは変わってないっぽいがな。


「その辺は先輩と合流したらゆっくり語ってくれよ。悪いけどイリスにはこれから一晩、今の転移魔法をある程度まで使えるようになって欲しいんだ」


 ある意味で徹夜の要請をしているようなものだが、彼女の魔法を今回の計画に組み込むためには絶対に必要な事だ。

 しかし俺がそう言うと、彼女もさすがに何を要求されているのか察したようで眉をひそめた。


「ギラルさんは私の『クロック・フェザー』での大神殿『奥の院』まで侵入をお考えなのですよね? でも残念ですが感覚的にこの魔法、今の私の実力では目視出来る場所、もしくは知っている場所で、しかも短距離しか移動できそうも無いですよ」


 自信なさげにそんな事を言う彼女だが、自分の実力を正確に把握できるというのは強力な武器である。

 そして今現在、彼女に対して期待しているのは“そこ”ではないので、俺はニヤリと笑って親指を立てた。


「問題ない問題ない。俺たちに今必要なのは3~4人、確実にせいぜい1mでも転移させてくれる力だからな」

「……? たったそれだけ??」


 自身の属性が判明してもまだまだ自信なさげな彼女は、自分が“たったそれだけ”と称している事象がどれほど有用なのか気が付いていないようだ。

 盗賊という立場からしたら喉から手が出るほど……いや盗賊に限らないな、格闘に重きを置く者たちだったら血眼になりそうなほどの力だと言うのに。

 ……むう、やはりお姉ちゃんは器が大きい。

 俺は考えると段々と嫉妬心が湧き上がってくると言うに……。


「これは驚きです。彼女が精霊神教所属でなければ、すぐに調査兵団にスカウトしたいところですね。時空属性魔法……どんな戦局でもひっくり返す事でしょう」

「……そいつは勘弁して貰えないっスか? それと、いつの間にか背後に立つのも勘弁してくれませんかねホロウ団長」

「すでに警戒して切りかかる体勢を取っている君に“いつの間にか”が成功しているとは思えませんな。いやいや、若者の成長は早いモノで……」


 まるで成長を喜ぶ教師のような事を言いつつ背後に立っていたホロウ団長に、俺だけじゃなくカチーナさんもすでに武器に手をかけていた。

 ハッキリ言って動き自体は全て無意識で体が勝手に反応したに過ぎない。

 それを証明するように自覚した後から冷や汗が噴出してくる……本当に心臓に悪い人だ。

 俺はダガーから手を離して一息吐いた。


「しみじみ言うのは良いっスけど、そっちの守備は大丈夫なんでしょうね? 俺たち全員が大神殿『内の院』まで入り込む算段ってのは」


 今回の大神殿侵入に最大難関になるのが大量に集まった聖騎士たちの防備体勢で、当然『奥の院』に入る前の段階で『内の院』を通らなければならない。

 秘密裏に侵入するのは今まさに気配も無く背後に立っていたホロウ団長ですら難しいと評価しているのだから、騒ぎを起こすことなく入り込むには細工が必要なのだ。

 少なくとも『奥の院』の結界までいたる間は……。

 質問する俺に対してホロウ団長は笑顔を見せた。


「抜かりはありませんよ。ただ、やはり秘密裏に侵入するのは聖騎士の方々の実力を鑑みると不可能ですから少々細工が必要になります」

「……細工?」

「なに、実際には一般人でも簡単な事ですから問題ないです。観光メインの『外の院』に比べて『内の院』は各種手続き、いわゆる催事などに関した事務作業がメインですから要は『内の院』に入る正当な理由さえあれば聖騎士たちの包囲も通過できるのですから」


 それはいつも通り笑っているのかどうか分からない営業スマイル……それがもの凄く不安を掻き立ててくるのだが。

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