第二百二十四話 梟を推したい蝙蝠

「まさかお渡しした当日に呼んでいただけるとは思いませんでしたよ。私はどちらかと言えば嫌われている部類であると自認しておりましたからね」

「嫌い、とまでは言わないっスけど……正直苦手に思っているのは認めますよ」


 俺は微妙に震える手で『通信紙』に至急来て欲しいと書き込んだのだが、ものの五分とせずにいつの間にか部屋の中に現れた調査兵団団長殿に苦笑する。

 一応は今この人がドアから侵入しただろう事までは気が付けたけど、相変わらず身のこなしは全く見えなかったのだから悔しい。

 防衛ガッチガチの大神殿への侵入などハッキリ言って無理な状態で、とりあえず脳裏に浮かんだ協力者の一人として呼び出したワケだが……相変わらず敵対していなくても緊張感を拭えない人だ。

 それから俺が直弟子への文句も含めてこれから協力してもらいたい事まで話すと、ホロウ団長は珍しく怪しい笑みを引っ込めて思案気に唸る。


「う~む、さすがに今回は隠密行動では侵入は難しいでしょうね。侵入自体は私にも君らワースト・デッドの面々にも可能でしょうが、どうしても『奥の院』を守る防護結界が邪魔をしていますので、破られた瞬間に侵入がバレます」

「やっぱそうっスよな……。さすがの調査兵団団長殿にも他に手はありませんか……」

「結界を例えるなら上空から地中まで含めた球体、シャボン玉のようなものですからね。割らずに侵入する事が不可能なのはお判りでしょう?」


 もしかしたら、ちょ~っとだけその辺をクリアする手段をこの団長⦅ばけもの⦆なら持ってるかな~とか期待したが……やはり甘かったようだ。

 

「現在『内の院』と『奥の院』にそれぞれ私の手の者も侵入はしていますが、生憎その結界のせいでこちらからの連絡手段がありません。不肖の弟子が押し付けて来た召喚術の邪魔をするとしたら、やはり我々が直接行うより他ありません」

「となると、やはり残る手段は正攻法……結界を破壊する正面戦力と合わせて侵入する本命に分けた陽動しかありませんか」


 カチーナさんが愛刀⦅カトラス⦆をカチャリと鳴らして表情を引き締める。

……まあそれしかないんだよな。

 俺はため息を吐いて、本当にそれしか浮かぶ手段がない事に辟易する。


「ったくよぅ。今回の怪盗働きはもう終わったつもりだったのにさ……アンタの出来の悪い弟子のお陰で迷惑この上ないんですけど?」


 最早ヤケクソの気分になると、何かもう“どうにでもなれ”とばかりにあれだけ恐怖していたホロウ団長に露骨な嫌味を零してしまう。


「それについては誠に持って申し訳ないとしか言えません。結果が予想出来ないから他者に選択を依存するなど、確かに組織の長としては失格です。その辺の心得は修業時代にも叩き込んでいましたし、本来はそんな優柔不断を取る者では無いはずなのですが……」


 しかしそんな俺の態度にホロウ団長がいつもとは違う困ったような笑顔を浮かべた。


「それほどまでに貴方という存在が不気味なのでしょうね。これで貴方が単純に強者であるというなら、このような迷いを見せる事は無かったでしょうけど」

「……何か褒められている気はしないっスが」

「いや、私自身君に『予言書』や幼少期の体験談を聞かせてもらえなかったら、相当恐怖していたと思いますよ? 君の情報ソースを持たない者には何も関係ないような行動を取っているように見えて、実は致命的なほどに影響を与えているのですから。掌の上で暗躍しているつもりの者であれば、尚の事不気味な事でしょう」

「凄いねギラル、とうとうアンタ調査兵団団長様まで恐怖させちゃったよ」

「うれしくね~よ」


 揶揄い交じりにリリーさんが背中をバシバシ叩いて来るが、何の慰めにもならん。

 要するにジルバにとっても、黒幕の『聖典』にとっても俺が厄介ごとであるには変わらないって事なのだから。

 今回に限ってはジルバは敵対してないけど……。


「それはそうと、ホロウ団長。あのジルバは一体何がしたいんっスか? 邪神の力を利用する為に制御法を準備しようとしている何て……。まさか国家転覆、革命でも狙っているんすか?」

「革命ですか……調査兵団として厳しい修業を課して相当精神は鍛えられ、夢見がちな思想などは持たないと考えていましたが…………やはりヤツもまだまだ若いという事なのですかね」


 ホロウ団長のそのつぶやきは可能性を肯定しているように聞こえた。

 基本的には王国の存続を優先してハーフエルフの長命を生かし長年働くホロウ団長の弟子なのだから、どちらかと言えばリアリストな人物を想像していたけど、強大な力を積極的に利用しようと考えるのなら話が変わってくる。

 それに、俺は『予言書』でその団長本人が『聖尚書』として邪神軍を率いていた事を知っている。もしもジルバがしようとしていた“何か”が『予言書』の聖尚書ホロウに繋がるのだとするなら?


「ホロウ団長、聞き方を変えます。貴方だったら、どういう結果を残していれば弟子の仕事を引き継いだと思いますか? 王国に反旗を翻す邪神軍の『聖尚書』と名乗ってまで……」

「「!?」」


 俺がそう聞くとカチーナさんとリリーさんはギョッとするが、ホロウ団長は少し間を置いただけで「ふむ……」と考え込んだ。

 そう……どう考えても年寄りが出しゃばるべきではないというスタンスを取るこの男が『予言書』で先頭に立っていた事自体がそもそも不自然なのだ。

 それでも先頭に立つ事を良しと考えたのが聖尚書ホロウの姿だとするなら……答えは一つ。


「……それがザッカール王国にとって、国政にとって必要であると判断できたなら喜んで引き受けたかもしれませんね。それこそ王国を滅ぼすことになっても、四魔将の汚名を負う事になっても」


 涼しい顔で口にした言葉はザッカール王国に忠誠を誓う者のモノじゃない、国というモノをを存続させるなら名も体裁も汚名もどうでも良いと考えた、それこそリアリストの思考。

 その答えに元王国軍のカチーナさんは絶句してしまうが、俺は正直納得が行った。

 そして同時にジルバが何をしたいのかも朧げにだが分かってくる。


「……アンタのお弟子さん、本来は先頭に立ちたいタイプじゃないんじゃ無いっスか?」

「分かるかい? ヤツは元々戦災孤児で丁度ギラル君と似たような境遇から私が鍛えたのですけど……そのせいか調査兵団のやり方を神格化していたのかもしれません」

「神格化?」

「ええ……調査兵団に必要なのは実力のみ。血統も家格もコネも必要なく鍛え上げ武力でも頭脳でも実力のある者であれば重用される。その為に実力もなく高い地位に就く王権制度を軽視していたのかもしれませんね」


 王国の陰にして任務を無心で行う実力者集団だからこそ持ってしまった王権制度への違和感と歪み……その辺は冒険者を始めとした平民であれば日常の国や貴族に対する愚痴くらいで特に問題なかったのだろうけど、下手に実力があるからこそ、手が届くところにあるからこそ……考えてしまったのだろうな。

 以前奴らが暗躍したヴァリス王子改めマルスへの死霊使い覚醒の行動、それがもしも成功していたとしたら……間違いなく首謀者であるジルバは殺されているハズだ。

 そして端からホロウ団長に死霊使いの『聖王ヴァリス』を託すつもりだったとするなら……。


「アンタの弟子は聖尚書ホロウに国を治めさせたかったって事っスか? 随分とまあ尊敬されているんっスね団長?」

「…………だから、年寄りを出しゃばらせるものでは無いと言ったではありませんか」


 今日は本当に珍しい事にホロウ団長の張り付いた笑顔以外を見る事が多く、今度は呆れたようにため息を吐いた。

 仮に今の仮説が正しいとすると、元調査兵団『テンソ』の連中は皆ジルバの考えに同調したという事になるのだろうな。

 地位も関係なく集まりホロウ団長の下で鍛えられただけあって、その考え方は平民に近く気持ちは分からないでもないところだが……マルス君を覚醒させるための手段が唯一の姉と慕った侍女の死だったのだから、当たり前だがやり口が心から同意できない。

 目的の為になら何を犠牲にしてもいい……それは俺達⦅ワーストデッド⦆の主義に反する。


ゾ…………。

「「「「!!?」」」」


 そんな事を考えた瞬間だった。

 何の前触れもなく急激に現れた強烈な気配に、俺は思わずダガーを抜いて構えを取っていた。

 2階の部屋の窓に向かって、重心を後ろにしたいつでも逃げられるタイプの構え……すでに全身から冷や汗が噴出していて、自分がどれほど警戒をしているのか分かる。

 気が付くと俺以外の全員も各々の主武器を手に同じ方角に向かって構えを取っていた。

 驚いた事に今まで敵を相手に、それこそ強敵の直弟子ジルバ相手にも明確な構えを取ることなく自然体でいたホロウ団長すら短槍を手に構えて警戒心を露わにしている事が恐怖を誘う。


「な……何が現れた? 聖都にいる事は確かだけど俺の索敵300メートル内にはいないってのに感じてしまうこの強烈な気配は!?」

「魔力でもおかしいよ。強さで言えば高い魔力を感じるワケじゃないのに、その小さい魔力に下手に触れたら大爆発を起こしそうな嫌な感じがする」

「……私には詳細は分かりませんが、この方角から圧倒的な殺気を感じます。似たような感覚を以前王国軍のゴブリンスタンピードの時に感じた事はありますが……今回のコレはその時の比ではありません。なんなのですかコレは!?」


 俺達は3人とも索敵するやり方が違い、特に相対した者の感情の揺らぎ、いわゆる殺気を感じ取るカチーナさんは最も索敵範囲も正確さも低い。

 ただそんな彼女が感じ取れるほどの殺気が、俺やリリーさんの索敵にもかからない遠方から発生している事に理解が追い付かない。


「カチーナさんの感想は言い得て妙ですね。この凶悪な殺気……いや殺意は魔物に近しい感じがしますが、私も百年ほど前に調査兵団総がかりで討伐した火竜⦅ファイアードラゴン⦆に匹敵しますよ」

「ファイアードラゴン!? でもあれって名前の厳つさのワリには大人しい魔物じゃ……」

「……当時不老不死の妙薬と信じて火竜の卵を奪った愚か者がいたのですよ。子を奪われ怒り狂った火竜によってその大バカ者が納めていた辺境は領民を含めて全て消し炭にされました」


 いつもの営業スマイル、不気味に笑っていない笑顔のホロウ団長にこの時ばかりは少しだけ安心する。

 らしくなく口元が引くついている……などと言う都合の悪い事は見ないふりをして。


「なんなんだ? これ以上一体どんな化け物が現れたってんだよ……」



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