第二百二十三話 他人の恋愛で盛り上がる予定だった夜

「マ~ジか……ホロウ団長だけじゃなく元部下の方からも。今回はギラルが誰にも知られずに手記を頂いてきた時点で全部終了だと思ってたのに!」

「激しく同意だよ、俺も今回聖都では兄貴たちの恋路の行方くらいしか興味無かったってのに」

「ったく……今夜はアイツらの情事をニタニタしながら妄想しつつ一杯やろうとかおもってたのに、余計な事案を持ち込んで……」


 宿に戻った俺たちは、一人で『ダイモスの手記』をあからさまに不機嫌な顔で解読していたリリーさんにさっきの事を含めた本日の出来事を報告したのだが……どうやら彼女も昼間にホロウ団長からの接触があったとかで更に表情を歪めた。


「師弟揃って禄でもないけど、弟子の方が尚たち悪いね。あの厳戒態勢の大神殿『奥の院』に入って邪魔できるならやってみろって事でしょ? もしかしたら成功するかもしれないけど、こっちの思惑とは違うかもしれないから運を天に任そうとかふざけてるの!?」

「結局、あの『テンソ』の頭領も恐怖しているという事ですよ。ワースト・デッドのギラルと言う存在を……」

「さすがにそれは無いだろ? さっきだって余裕で逃げられちまったし」


 俺はさっき全くと言っていい程完全にあしらわれた事実を元にそういうが、カチーナさんは残念な子でも見るかのような視線をこっちによこした。


「恐らくあの男ジルバには確固たる目的があります。それこそ最恐の師匠ホロウすらも裏切り、誰であろうとどんな物であろうと犠牲にするという、事実これまでもしてきたし相応の実力だってあります。ですが……自らの死すら恐れないそんな男が恐怖するとするなら何があると思います?」


 死すら恐れない男が恐れる事……今の流れでは俺に関わるのだろうけど?

 カチーナさんの問いかけの意味が分からずにいると、意外な事に応えは部屋の片隅でオブジェと化していた骨のある男が口を開いた。


『死ぬべき時に死ねない事…………その辺は騎士とかの精神に近しいから、生粋の冒険者のギラルには分かりにくいかもしれんな』

「まあ、そうですよね。ギラル君の行動は基本的に生き残る為に命を懸ける事があっても、目的の為に命を捨てるという精神ではありませんからね」

「……? なんだそれ??」


 元騎士同士、カチーナさんとドラスケが共感しているのに微妙に仲間外れ感を感じるが、実際目的の為に命を懸けるのと目的の為に死ぬという事の違いがいまいち分からない。

 そんな俺に、この中では中立っぽい元聖職者リリーさんが苦笑しつつ注釈を入れてくれる。


「王国軍だの組織にいた連中は時には自身の命を武器にするような無謀な作戦でも勝利の為なら従わなくてはいけなかったり、目的の為なら過程でどんな犠牲を払っても、時には自分が悪人として死ぬ事になっても良いって事かな? ほれ、ブルーガのクズ国王が典型的な例か」

「あ、あ~……あんな感じ。でも結局は自分のやろうとした事の全てが黒幕に踊らされていただけ、悪の名を自分が引き受けるとか宣っていたクセに、実態は本当にただの悪人で道化だっただけじゃん」

「そこですよ」


 俺が前回の独りよがりのクズ国王の顛末をあっけらかんと言うと、カチーナさんも苦笑して俺を見ていた。


「黒幕の『聖典』に踊らされ、ただの道化でしかなかった事を自覚した国王は絶望したハズ。それこそ利用していた『聖典』も『テンソ』もそんな絶望して最早利用価値の無くなった国王を始末する算段はあったはず……己の恥辱を物理的に終わらせる、ある意味では情けとも取れる最期を迎えさせる為に」

『ところが、そんな幕引きをどっかの誰かが邪魔しおったワケだ。それも物理的にとか政治的に、とかそんな誰もが思いつく方法でもない。死ぬはずだった二人の王子を生かす事で国政そのものを知らない内に変化させられていたなどと、良く分からん方法でな』

「変化させられた方は対処のしようが無いよね。何せこいつの介入は今じゃない、5年以上も前からすでに始まっていたんだから」


 つまりジルバが今回結果を見てから~みたいな無責任な行動を宣言したのは、俺の介入のせいで自分たちの行動が間違っていないのか不安になったって事なのか?

 怪盗ワースト・デッドに『テンソ』が関わる事で、どんな奇想天外な展開が起こるか判断がつかないから……もうこの際見てから考えようか、みたいな?


「そう考えると、ジルバが今回傍観を決め込もうと考えるのも分かる気はする。納得する気は無いですけれど」


 そこで言葉を切るとカチーナさんはテーブルに頬杖をついてため息をついた。

 アンニュイな感じが妙に色っぽい。


「ねぇギラル君。君はジルバが言っていた事は本当に可能だと思いますか? 世界を滅ぼしかねない邪神を制御する事など」


 カチーナさんの疑問は最もだ。

 今のところ邪気による化け物を目の当たりにした事は少ないが、それでも一度でも正面切って戦えた事は無い。

 怒ってはいても比較的冷静な精神状態の『死霊使い』相手でもその状態だったのだ。

 恋人を殺され世界を壊す程怒り狂った状態の、世界の全ての邪気を糧に暴れる邪神とか想像すらしたくない。


「分からん、ただ今まで疑問だったのも事実なんだよな~。『予言書』を実際に見た俺でも現実を目の当たりにして、あの展開は無理がないかな~って」

「……? なにがです」

「今までずっと思ってたけどさ……あの化物、ホロウ団長が“ついでに死ぬ⦅バイザウェイ・デッド⦆なんてあり得ると思う? 相手の実力がそれ以上でしたって言えばそうかもだが」


『予言書』で俺が見た聖尚書ホロウの最後のシーンは、召喚勇者の『エレメンタル・ブレード』から放たれた一閃で大量の邪神軍もろとも城ごと光に消えていく……そんな場面だった。

 これまで実際に相まみえて来たホロウ団長があんな風にアッサリと殺されていると言われも、付き合いが長くなればなるほど信じられなくなってくるのだ。


「ま……ね。確かにあの幽霊がついでに死ねる方がおかしいわよね」

「では、ギラル君は『予言書』で死んだと思われていた聖尚書ホロウは生きていたかもしれない、生きてジルバの意思を継いで邪神の制御を?」


 カチーナさんの言葉で俺も一瞬『ホロウ生存説』について考えてみた。

 しかし結論はおそらく違うだろう……なにせ証拠がこの場にいるのだからな。


「いや、それは無いだろうな。仮に邪神が制御出来ていたとするなら、この俺がガキの頃に神様に会う為の『時空の扉』と出会う理屈が立たない。仮に生きていたとするなら聖尚書ホロウは邪神の制御に失敗して死んだか、あるいは邪神の制御を拒む何者かに……」

「殺された……というのですか? あのホロウ団長が? 一体だれに?」


 誰……そうだ。

 勇者に倒されたというのも納得できなかったが、だったら誰に殺されたというのだ?

 世界を崩壊に導く邪神を制御する事を拒む……それを最大に望む上でホロウ団長を殺害できる存在?


「チクショウ……ただの予想だってのに考えがまとまらん。師弟揃って本当に禄でもない課題を丸投げしやがって! 一応は一つ魔法を残していった大聖女の方がまだマシか……」


 チラリとテーブルの上に置かれた2枚の紙。

 それは昼間に光の神殿『セブンス・レイ』で見つけた時の精霊の寵愛を受けた聖女の魔法『時空魔法』とでも言うのか? そいつの魔法陣『クロック・フェザー』が記されたものと、それ以外は持ち出しましたと言う告白文。

 リリーさんは苛立ち紛れにテーブルに拳をたたきつけた。


「脳筋全開の豪快ババア気取ってやがるクセに、若い頃はずいぶんと可愛らしく乙女な青春送ってやがって……お蔭さんで今回は大迷惑だっつーのに!」

「まあまあリリーさん、仕方ありませんよ今回は。恋人の残した遺産であれば尚の事死後も手元に置きたかったのは分からないでもないです。ましてや未だに『炎舞』を忘れず想いを寄せているのならば猶更」


 なんとなく予想はしていたけど、リリーさんの話も総合すると大聖女ジャンダルムと47代目大僧正は良い仲で、青春していた関係だったようだ。

 精霊神教……結構恋愛に寛容なのな。

 しかし、どうやらカチーナさんの方が乙女力が高いのか大聖女⦅ばあさん⦆に対して寛容な感じだな。


「足跡残して自分を訪ねろって書いてあるだけマシだろ。結果を傍観している蝙蝠よか何倍も好感が持てるってもんだ」

「……まぁ、ゆすりのネタが増えたと思えば溜飲も下がるけどさ」


 リリーさんは憮然とそう言うとため息交じりに天井を仰いだ。


「実際問題、どう立ち回るの? 大神殿の『奥の院』なんて指定されても今回は事前準備も無し、結界もすでに張られていつもの先に入ってました~って手は使えない。言うまでもなく各国の聖騎士たちが隙間なく警護しているからそもそも侵入が難しいし」

「……俺もさっきから頭を悩ませてはいるんだけど、有効な手段ってのは全く浮かんでこないよ。ただ今回に関して怪盗⦅おれたち⦆だけで臨むのが不可能だってのは確実だから、一応直弟子の責任を師匠に取ってもらおうとは思ってる」

「「う……」」


 俺がそう言っただけで誰を巻き込もうとしているのか察したようで、二人はさっきよりも遥かに嫌そうな顔つきになった。

 正直言うと、俺も気が進まない。

 貸し借りの問題よりも進んで接点を持ちたくない、ひどい言い方をするなら仲良くしたくはない筆頭なのだからな。


「リリーさん、昼間何か連絡手段でも伝えられなかった? 件の調査兵団団長様は」

「……はあ、多分こうなる事まで予想していたんでしょうね。『もしもまたお話がしたくなったら、遠慮なくお使いください』ってこんなもんを寄越していたから」

「うげ……まさかそれ!?」


 そういうリリーさんが手にしていたのは一枚の紙に見える魔導具。

 それは特定の相手に向けて字を書けば、そのまま相手が持っている対になった紙に同じ文字が浮かび上がるという『通信紙』だという。

 この魔道具は使い切りのクセに製造コストがバカ高く、本当の非常時でないと使用できないくらいなのに……。

 こんなものを個人との連絡用によこさんで欲しいな。


「王国軍にいた時に一度だけ見た事がありますが、一分一秒を争う作戦でしか使うことがないとまで言われる代物を……」

「金持ってるな~調査兵団」


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