第二百二十二話 冷や汗で締めくくるデートの日

「………」


 なんだ? よめねぇ……。

 勇者召喚が三大禁忌を利用した邪神誕生、それによる破滅である事まで知った上で『聖典』の思惑に従っているのかと思えば、別に『聖典』に忠誠を誓っているという事でもなくあくまでも自分たち『テンソ』は雇われの身として受けた仕事をこなしているスタンス。

 一見金さえ貰えりゃなんでもするタイプかとも思えるが、それならば最大級の命の危険を冒してあの化け物ホロウ団長と敵対してまで調査兵団を抜けた意味は無い。

 ……いや、それならば一つの可能性が見えてくるだろうか?

 今の今まで謎だった『予言書』の一件、この世界が滅ぼされる事を前提にした邪神の復活を良しとする四魔将の一人、聖尚書としてホロウ団長が存在していた事だ。

 古代亜人種の血筋を持ち、王国の安定を目的に善も悪も含めて陰から調停役を調査兵団と言う立場から今も続けているような人物が全てをぶっ壊す事を良しとする事に違和感があった。

 仮に『予言書』のホロウ団長が邪神復活に王国と言う全体の枠組みで、利になる事を見出したのだとするならば……。


「アンタら『テンソ』の目的は『聖典』と方法は似通っていても違うって事なのか?」

「? それってどういう……」


 俺のつぶやきにカチーナさんは首をかしげるのみだったが、肝心のジルバは驚いたような表情を始めて見せた。


「ほう……今のやり取りだけでそこまで読み取るか。さすがはわが師ホロウが気に入った若者よ。いったいどこまで見通しているのか……末恐ろしい」

「おだてるな……別にアンタらが目指している事が何かまで予想できたワケじゃない。単純にアンタも『聖典』も利害関係の一致ってだけで利用しあっているのが分かっただけだ」

「予測だけでそこまで読むのだから大したものだぞ。『テンソ』の中には未だ俺が『聖典』に忠誠を誓っていると勘違いしている者もいるし、大神殿の上層部などは完全に配下に置いているつもりの盆暗もいるからなぁ」


 そう言って愉快そうに笑いだしやがったが、俺は全く愉快じゃない。

 今の言葉で確信できたからだ……つまり……。


「アンタも『聖典』も邪神って化け物を生み出すところまでは利害が一致しているが、要するに利用しあっているってだけなのか」

「まあな、お前さんが言うように俺も他所から攫ってきた者に全ての事を、業も含めて押し付けるような結果は余り望んでなくてなぁ」


 全く悪びれる様子もなく否定しないジルバの物言いに俺はイラっとする。


「最終的に召喚した勇者を餌に邪神を生み出そうと考えている事は一緒だろうが。ホッといてやればただのバカップルだった奴らを不幸にしている時点でどこが違うってんだよ!」

「くくく……手厳しいな」

「どういう事だギラル君? この男は、『テンソ』は何をしようとしているというの?」


 警戒を解かず、視線をジルバから逸らさないカチーナさんだが、あまりにも不穏な俺たちのやり取りの意味が分からないようだった。

 まあ無理もない、俺が察したのは何時もの『予言書』を知っていたからに過ぎない。

 そして、その『予言書⦅みらい⦆』のストーリーを自分たちに都合よく解釈しようと考察して、その結果を聖尚書を名乗ったホロウ団長が“使える”と考え引き継いだとするなら……。


「憶測でしか言えねぇ~けど、勇者召喚で邪神を生み出すプロセスは一緒。だが『聖典』はあくまでも精霊神教の教義を隠れ蓑に誕生させた邪神が世界を破滅に導く事なんだろうさ。そっちも理由なんざ知る由もねぇがよ」

「破滅が最終目的…………」


『聖典』の目的が邪神の誕生と言うところでその望みはおのずと知れる……カチーナさんも今更その事に驚いた様子もなく確認するように頷いた。

 まあ怪盗⦅おれたち⦆にとっては本当に今更な案件だからな。


「だけど『テンソ』の……ジルバの目的は終焉じゃない。圧倒的な暴力である邪神の利用だ」

「利用……ですって?」

「何らかの方法を講じて邪神をコントロールする事で世界に覇を唱える。ザックリと言えばそんなところじゃないのか?」

「……なんだって!?」


 俺の予測を聞いたカチーナさんは露骨に驚愕の表情を浮かべた。

 それは人道に外れた行いへの怒りでも予想外の事に対する驚きでもなく、単純に“そんな事が出来るワケがないだろ”という類のモノであり……当然だが俺もそれは同意見だ。

 しかし、またもやジルバは否定する事はなく……俺の予測に拍手をしやがった。


「素晴らしいな、さすがは師が認めた男。まあ覇を唱えるのが俺たち『テンソ』である必要は無いが、概ねは正解であると賞賛を送ろうか」


 パチパチパチと……いつの間にか周囲には誰一人いない町中に空しく響いていく。

周辺100メートル圏内にすら『気配察知』も人気は全く引っかからない、そんな状況の中で楽し気に笑うジルバは心から気味悪く……恐怖を誘う。


「しかし……この世界の存在そのものを憎む邪神を操る方法などあり得るのでしょうか? マルス王子の邪気ですら真正面から対抗できなかったくらいなのに」

「あるんだろうな、何か邪神を意のままに出来る算段がよ。俺みたいな凡人には理解不能だが」


『予言書』での戦いは見る事しか出来ないモノだったが、現在Cクラスまで実力を付けたと自負する段になっても毛ほども敵うとは思えない現実離れしたモノだった。

 ただでさえ現状敵うとは思っていないホロウ団長がついでに倒されるという頭のおかしい展開を可能にする実力者が遣り合う世界なのだ。

 そんな連中が必死こいて阻止しようとしているほど脅威である邪神をどうにかできるとか。


「どう考えてもまともな方法じゃない気がするけど? アンタならどうにか出来る自信があると言うのか?」

「まあな……ただ、それは従来の計画通りに『勇者召喚』を実行した時にのみ有効な手段なんだよな~。今まさに大神殿の『奥の院』で行われようとしている行き当たりバッタリの博打で適当な何かが召喚されるのは、ちょいと不本意でねぇ」

「あん?」

「世界を壊せるほどの化け物を生み出す利害の一致はあるが、最近色々な介入が重なったせいか『聖典』が妙に焦っているみたいでなぁ。膨大な魔力でとにかく何かを召喚しようとしているんだよなぁ」


 と、そこまで言うとジルバは笑顔を引っ込める。

 まあ最初から一度も笑ってなかったけどな……師匠のホロウ団長と同じように笑顔を作ってはいても笑っていないという器用さで。


「コイツは召喚術の研究が始まってから何度となく行われてきた事でね。一応は隠蔽されたはいるのだが百年前に突如現れた邪悪なドラゴンにより滅んだ帝国とか、一夜の内に直径何百キロと大陸ごと消滅して巨大な入り江になってしまった王国とか、どう考えても制御不能なナニかを膨大な魔力に任せてランダムで呼び込もうってヤツでなぁ……テンソとしてはこの実験が実行されるのはいささか不本意なのさ」

「はあ!? なんだよそれ!?」

「お前さんの予測通り、『聖典』が目指しているのは究極的には破滅や終焉……この世を終わらせてくれる存在であるなら、なんだって良いって考えだから」


 確かにこの世界を破壊する事そのものが目的なのだとすれば邪神にこだわる必要は無い。

 膨大な魔力で今ジルバが言ったような“ナニか”を呼び込めると言うのなら何度でも召喚をすれば良いだろう。

 もっとも、その膨大な魔力をいつでも調達できるかどうかと言う問題はあるが……。


「お察しの通り、膨大な魔力を調達したけりゃ相当数の魔力保持者を集める必要があるし、さっき言ったみたいな怪物を召喚した場合、全力で魔力を失った保持者たちは全て犠牲になる。そうそう何度も繰り返せるほどお気楽な実験ではないのさ」


『予言書』での異界召喚でも『時の精霊』の聖女イリスの他に5千人の魔力を必要とした。

 一度の実験のたびにそれ程の魔力保持者が命を落とす危険があるするなら、確かに気軽に何度も確証なく繰り返すことは出来ないだろう。

 それにこいつ等『テンソ』にとっては召喚術に関して切り札すらある。


「……つーか、今回の召喚が気に入らないならそのまま拒めば良いじゃないか? 肝心な召喚術を行うのはアンタの部下じゃなかったっけ?」


 そう、召喚術を実際に行うのは『テンソ』の一員であるブルーガで俺たちと一戦交えた人物『ミズホ』だったはずだ。

 ヤツ以外にも召喚術を扱う者がいるなら別だが……しかし俺の指摘にジルバは予想外でいて非常に胸糞悪くなる返しをしてきた。


「ああ、確かに今のところ召喚術を担っているのはミズホだがな。我々としてはあまり『聖典』の不興は買いたくなくてねぇ。だって博打とはいえ過去に成功例もあるから、仮に成功した場合利害関係が構築できなくなるのは避けたいのさ」

「……は?」

「ハッキリした反対を『テンソ』から出すのは避けたくてな。ここは一つ巷で有名な怪盗殿に情報を流す事で運を天に任せてはどうかと……な」


 あっけらかんとそんな事を口にしたジルバに、俺もカチーナさんも瞬間的に実力差を完全に忘れ、全力の怒気と殺気を込めて睨みつけた。

 曲がりなりにも俺たちも、そしてジルバたちも命のやり取り、死線を潜り抜ける経験を繰り返してきた人種のはずだ。

 だというのに今そんなヤツが、そんな組織の頭であるコイツは口にしたのは……。


「てめぇ……どんな目的か知らねぇが、手下の命をあやふやな博打に乗せようってのか? 自分では判断がつかないからって敵側に指揮官が情報をリークして!?」

「王国軍を抜け『テンソ』として貴様に付いてきた奴らに対して無責任が過ぎるであろう!?」

「優柔不断と言われるとは思った。俺自身貴様と言う存在を知らなければこんな事は言う気は無かったのだがなぁ」


 特に人の命が関わる事に関しては、一度など子供に殺人すら厭わない発言すらする人道に外れている俺たち『ワースト・デッド』だが、それでも運命を捻じ曲げるために活動する俺たちにとって“運任せ”は禁句に近い。

 しかしそんな俺たちにジルバは苦笑を浮かべた。


「ここまで自分が正しいと思って起こした事柄が、悉く貴様のように元々は小さな村の少年でしかなかった男に覆され続けてはな……自信も失うというもの」

「…………はい?」

「心配してくれているようだが、今回『テンソ』は関わる気は無い。依頼を受けていないから当然だが……まあ出向中のミズホだけはべつだがな。幸いな事にアイツはお前と言う存在を心から恐怖しているから面も見たくないらしい。多分貴様の介入があれば即座に撤退するだろう」


 ……個人の実力じゃ向こうのが上だと思うけど。

 そんな風に一瞬だけ呆気にとられた次の瞬間、今まで目の前にいたはずのジルバの姿は無くなっていた。

 俺たちは慌てて周囲を見渡すけど気配どころか空気が動く様子も探知できなかった。

 気が付けはさっきまで全く無かった人気が周囲に戻り始めていて……俺たちは構えを解いた瞬間全身に冷や汗をかいていた事に今更気が付いた。


「く、逃げられた……と言ってよいのでしょうかコレ?」

「どうかな……遊ばれたようにも思えるけど」








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