第二百二十一話 掴めない蝙蝠
サラッとそんな風に言われると、何とも反応に困る。
変な話だが目下最強の敵と言ってもおかしくない人物のはずなのに、こういう配慮をされると悪感情を抱きにくいというか……。
おそらく俺たちがそういう風に感じる事も分かった上でやっているのだろう。
それこそ兄貴たちのデートを邪魔すると、俺たちにあえてミスリードさせる事で実際には邪魔するつもりが一切ないとか……実に俺好みなおちょくり方である。
とは言え、この男が現状でも勝ち筋を見出すことが出来ないホロウ団長と同等の化け物枠である事には変わりはない。
パワーとか技術とかそういう事よりも、とにかく目の前にいるのに認識が怪しくなるほどの気配の希薄さ、その気になれば早いワケでもなく見ているはずなのに認識できない動きが本当に厄介極まりないのだから。
直近で対峙した格上の相手のグランダルにしても、念入りな下調べと準備期間、そして罠に自らハマりに来る舞人気質があってこその勝利だった。
準備する期間もなしに、こんな化け物の相手なんてできるワケもない。
俺は会話をする事もなく、自然と隣のカチーナさんと背中を合わせて互いの死角を消す構えを取った。
それは俺たちが今取れる最も警戒した、互いが互いを守りあう構えなのだが……そんな風に最大限警戒を露わにする俺たちに対して、ジルバはその場で手を挙げてみせた。
「警戒するなとは言えんな、何せ一度は殺されかけた相手だ。とはいえ今日は個人的にお前と話がしてみたくなってこうして現れたに過ぎない」
「……何?」
「信用もしなくて良いがな、今現在『テンソ』に下された仕事は召喚術士の出向のみでな。今現在躍起になって聖騎士で固めている大神殿の事とは無関係……さっきのお前の言葉を肯定するようだが暇なのさ」
そんな事を言いつつ、ジルバは道端の花壇のレンガに腰を掛けてみせた。
さっきよりも更に咄嗟に動きづらく、反対に俺たちに有利に動けるように……。
「お前らはしっかりとこっちを見据えて、武器から手を離さなくてもいい。いつでも目の前の不審者を仕留めることが出来る体勢を崩すな」
「……そこまでするのは、こんな状況でも俺たち二人を仕留める自信がある余裕か? ハッキリ言ってそこまで譲歩されてもアドバンテージを取れている気がしないが?」
「それはちょっと自分を過小評価しすぎだと思うがね。確かに個々にだったらそうかもしれんが、お前ら二人を相手に楽勝は難しいと断言しておく」
「…………」
うすら笑いを浮かべ、まるで俺たちを評価しているかのような言動……いや、実際に褒めてくれているのだろうか?
…………よくわからん。
「なに……少しだけ年寄りの愚痴に付き合ってもらいたいのさ。理由も目的も皆目見当もつかないのだが、結果的に我らが最終目的の邪魔を確実に成功させている輩には是非とも聞いてもらいたくてな」
「……そんなに邪魔なら直接狙いに来るのが正解じゃないの?」
「そっちが“直接的に”邪魔をしてくれれば何も問題は無かったのだかな」
そんな風に言うジルバは以前に比べて何やら迷いがあるように思える。
……あのホロウ団長の直弟子だった男が? これも何かの演技なのだろうか?
「俺は……いや調査兵団団長ホロウに拾われた者は、ほとんどが世の何かに捨てられた者でな。貴族、平民、奴隷、立場は色々だが力でも魔力でも知能でも望まれた力を持たない為に捨てられた者、単純に親兄弟に口減らしに捨てられた者、戦争で全てを失った為に世間からいない者として捨てられた者など。俺などは最初は野盗に家族を皆殺しにされて、それ以降は結局同じ野盗として他者を殺し、奪う事しか出来なかった罪人でしかなかったのだよ……ギラル」
「…………」
その経歴は本当にどこかで聞いたような……あからさまに俺に対して“お前と同じように”とでも言わんばかりだ。
「しかしな……俺が当時いた盗賊団が王国軍によって討伐され、とうとう自分の番になったと思ったその時に拾い上げた酔狂な輩がいてなぁ。そいつは『どうせここでゴミのように失くす命ならば、自分がそのゴミの使い道を教えてやろうか?』などと気味が悪い、全く目が笑ってない笑顔で」
それが誰なのか、言わんとしている人物は一人しかいない。
現状で俺が最も不気味に思う、味方と考えて良いのか未だに疑問を抱く人物。
「それがアンタとホロウ団長の感動的な出会いって事っスか? ガキの時にあの人の笑顔を目の当りにしたらトラウマになる気しかしないけど」
「くく、良くわかっているじゃないか。現在生きているのだから一応は救われた瞬間だったハズなのに、それからの地獄を振り返ると悪魔との取引だったとしか思えん」
俺の揶揄を特に訂正する訳でもなく忍び笑いするジルバだったが、ホロウ団長の事を話している時には今まで感じなかった人間臭さを感じる。
「しかしその悪魔との取引で地獄を見た事で、俺は力を得ることが出来た。師とは違い魔力を持たない身でありながら、それでも師と刃を交えることが出来る程度には……」
「!? アンタ、魔力を持ってないの?」
一度だけホロウ団長とジルバが対峙したのを見たが決して実力に差があるようには見えず、てっきりジルバも同じくらいの技術と魔力を備えていると勝手に思っていたのに。
驚く俺にヤツは機嫌良さそうな笑顔を初めて浮かべて見せた。
「……おう、そう言えばお前さんもそっちはからっきしなんだったな、妙なところで共通点があるもんだ。まあしょげる事はない、何年も地獄を見ればここまでにはなれる可能性はあるぞ。大分年は食うけどなぁ」
「ふん……まあ可能性を示して貰えてありがとうってとこだがよ。結局のところ、何が言いたいんだ? なんだか勧誘されているようにも思えるけどよ」
「そんな意図が無いとは言えんな……」
まるで自分は俺が道を違えた一つの未来のカタチだとでも言うかのよう。
しかし俺は知っている、あの『光の扉』をくぐらなかった自分の未来の姿を。
俺はあのままだったら間違いなくホロウ団長に拾われる未来などなく、ジルバのように意味のある生き方はできなかったであろう事を。
そして『予言書』の中には聖尚書ホロウの直弟子の存在は一切無かった事を……。
「生憎と俺は一介の盗賊でね、熱烈な歓迎は痛み入るがな……望む結果を求める為に他人に悪事を委ねるやり方は気に食わなくてね。悪事を働くならせめて共犯になるくらいでなくては気分が良くない」
「……そうですね、己が手を汚す意味を知るのであるなら責も罪も負うとしう意味を知っているはずです」
「どこまで知っているのかは知らんが……厳しい事を言うモノだ、若造……」
そういって自嘲気味に笑うジルバに、俺はある種の核心を持つ。
まるで俺と自分を同じような存在だと言わんばかりであるこの男が、今俺たちが口にしたカマかけに気が付いていないとは思えない。
こいつは……この男は!!
「何が原因なのか、どういう理由なのかは知らねぇが、ジルバさんよ……アンタは知っているんだな? 勇者召喚が何をもたらすのかを知ったうえで、破滅に続く計画に乗っているって事なんだな?」
「見くびってもらっては困るな若いの。これでも俺は裏の世界でお前の人生よりも遥かに長い時間を過ごしている。『聖典』を名乗る者が求めているのが救いではない事など『テンソ』の者は百も承知」
俺はさっき少しでも自分と近しい存在かもと、思ったことにいら立ちを持つ。
何やら俺に対して親近感でも持たせるような物言いであるが、こいつと俺とでは最終的な目標が全く違うのだから。
「……俺の反応でそこまで不快感を示すという事は、お前も知っているのだな。三大禁忌を流用した破滅の儀式、そして最後の楔である『勇者召喚』の結末を……この世界を破壊せしめる破壊神の事を」
「大まかにはなぁ……。ヤンデレカップルから男を奪って、その憎悪を糧に女を邪神に仕立てようっていう、何とも悪趣味でけったくそ悪い、千年も前から計画されたもんだってくらいは」
俺はワザと『予言書』で知ったこれから起こるであろう最悪のシナリオを嫌味たっぷり、皮肉たっぷりに分かりやすく直訳する。
しかし、そんな風に自分たちの行いを露骨に馬鹿にされたジルバは苛立ちを見せるどころか、むしろ感心したように手を打つ。
「ふむ……言い得て妙ではあるな。確かにまとめると全く否定はできそうない、まったくもってその通りなのだからな」
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