第二百二十話 蝙蝠に釣られる馬
さて……途中で妙な邪魔が入りどうなる事かと思ったが、本日のダブルデートまがいのお出かけは概ね順調に進行して行った。
名目上メインとしていたランチも特に問題なく、聖都での観光や名物などを二人から紹介して貰っている内に、当初は抑えが効かなかった兄貴も徐々に落ち着きを取り戻して来たのかシエルさんが隣にいても暴走しないくらいにはクールダウンしていた。
……そこに行きつくまでに、俺は今日兄貴と呼ぶ人の頭を何十回叩いたことか。
そして太陽が西に傾き景色がオレンジ色に染まりだした辺りで、兄貴は意を決して本日の本当のメインを迎えるためにシエルさんを夕食へと誘った。
それがどういう意味合いを持つのか、どんな可能性があるのか、さすがのシエルさんでも察せないワケも無く…………真っ赤な顔で「はい」と頷いた瞬間、俺はカチーナさんと思わずハイタッチしていた。
そう、ここからが本当の本番……俺たちが付き添いの形で付き合うのもここまでという約束だったから。
最後の最後で男同士、女同士での相談とばかりに俺は兄貴と、カチーナさんはシエルさんとちょっと距離を取ってから話し始めた。
「兄貴よ、俺がレフェリーすんのもここまでだぜ? お望み通りディナーまでは面倒みてやったんだからな。ったく、凶悪な魔獣を調教している気分だったぜ」
「悪い、本当に感謝している。あのテンションのままシエルと二人きりになったとしたら、俺はシエルに不埒を働いた上でボコボコにされて愛想つかされていたかもしれん」
……そいつはどうかな?
リビドー全開の野獣兄貴でも根本的な自信の無さは変わらないようだが、今日のシエルさんを見る限り完全に兄貴を男として意識していたように思える。
むしろ…………いや、これ以上考えるのはダチとして野暮ってもんだな。
俺はニッと笑って兄貴の肩をバシッと叩く。
「気合い入れてけ兄貴! 本当の勝負はここから、なんだろ? 折角ここまで持たせたんだから、キッチリとロマンティックかまして来い!!」
「お、おお! もしもの時は骨を拾ってくれ…………」
そう言い残して兄貴はギクシャクとシエルさんのそばに、そしてカチーナさんが入れ違いでこっちに歩み寄って来た。
どうやら向こうも密談は終了したらしい。
……シエルさんが視線を下に、顔を真っ赤にして湯気を出している辺り何を話していたのか気になるところだが。
「そちらの密談は済みましたか? 本日あれだけ野性味たっぷりだったクセに、何やら決戦前の兵士のような顔つきでしたけど」
「実際似たようなもんだからな。兄貴自身、これから特攻をする腹積もりだからさ」
「……昨夜の事件から本日のデートを断らず、そして意味深なディナーの誘いにも乗った辺りで察しても良いでしょうに」
「お? その口ぶりだと……」
「それは女同士の秘密です。覚悟を決めた友人にして戦友……そして悪友としてね」
俺がそう言うと、カチーナさんは色っぽく片眼をつむって人差し指を唇に当てた。
その様に思わずドキリとしてしまう俺だったが……その時、意図的に『気配察知』を使っていたワケでは無かったのだが、盗賊として鍛えた聴覚が不意によろしくない会話を拾った。
『……はあ、面倒な。魔力持ちの聖女だからって何も連行する事は無いだろうに』
『ぼやくなよ。上の命令に逆らうワケにはいかんだろう。彼の元老院様から直々の命令なんだから……』
「…………あ?」
聖女に連行……その言葉を発した見知らぬ男の声に俺は瞬時に昼間妙な横やりを入れて来た若作りの大聖女を思い浮かべた。
あの大聖女……捨て台詞で“後でまた”みたいな事を口走っていやがったが。
俺は嫌な予感&苛立ちを覚えて、その場で『気配察知』を索敵範囲全開に展開……そして今の会話をしていた2人の男を発見した。
……ここから北西に約150メートルってとこか?
『にしても……俺たちだけで大丈夫なのか? 確かザッカールの光の聖女って、あの伝説の『撲殺の餓狼』の一番弟子って話じゃないか。一部隊で行っても難しいんじゃないか?』
『……奴らはデート中なんだろ? 店に迷惑をかけるとか常識に訴えばそこそこ誘導できるんじゃないのか?』
その聖騎士らしい男たちの会話、そして判断は正しい。
確かに脳筋の部類とはいえシエルさんも一応は聖女、一般客や店に迷惑をかけたくないという最低限の常識はあるだろう。
最初から力押しで行かずに正面からと言うのは、実は連中に対して一番効果的だろう。
今日決死の覚悟で聖女を誘った聖騎士⦅あにき⦆がいなければ、の話だけど。
「……どう転んでも兄貴の特攻の邪魔をしそうか」
「どうかしたのですか? 何か『気配察知』で索敵すべき事件でも?」
どうやら俺が咄嗟に『気配察知』で索敵していた事を察したらしいカチーナさんが警戒した表情で話しかけて来た。
「どうやら昼間の大聖女のご命令か何かで、これからシエルさんを連行しようとか考えている輩がいるようでしてね」
「………………数は?」
「聖騎士らしいのが二人……ただ実力行使じゃなく搦手で行く算段らしいな。どのみちディナーを中断させる気は満々みたいだな」
「そうですか…………では少々足止めが必要のようですね。せめて特攻が終わるくらいまでは」
その瞬間カチーナさんのこれからの予定は決まったらしく、明らかに敵対勢力としての数を瞳を細めて聞いてきた。
その辺は俺も同様の考えだけどね。
「恋路を邪魔する者は馬に蹴られる……ってか?」
「……では私たちはこれより騎兵隊という事ですね?」
兄貴はこれから人生最大の作戦を決行し、シエルさんはその覚悟をどういう答えを出すにしろ受け止め返事をする事になる。
その邪魔だけは何人たりとも許すワケには行かない。
ダチの舞台の裏方に徹する気分で足早に俺たちは声が聞こえた方角へと向かった。
だが……その声を拾ったはずの方角へしばらく歩を進めた辺りで、感じたはずの気配が予想外の動きを見せた。
二つあったはずの気配が一つは兄貴たちとは違う方角に、そしてもう一つの気配が唐突にその場から“消えた”たのだ。
その突然の出来事に、俺は思わずカチーナさんの体をグッと抱き寄せた。
「うえ!? えっと、ギラル君?」
「カチーナさん……マズったかも」
突然抱き寄せられた事に一瞬戸惑った彼女だが、俺の声色に緊急性を感じてくれたようで表情を引き締める。
自然と体勢が唇が触れそうなほど近く、観光地でイチャつくバカップルのようになった事で俺の方が緊張してしまうが……言っている場合じゃない。
何しろ距離があったはずの、さっき唐突に消えたはずの気配が、今目の前に現れたのだから。
「さすがに今更無関係のバカップルを演じるのは無理があるだろう? まあここで濃厚な口付けまでやってくれれば、我々としても“おや? あの坊やがそこまでの事を演技で出来るだろうか?”と疑うかもしれんがね。試しにやってみるか?」
「……ぐ!?」
冷静と言うよりは煽り……いや揶揄われているのだろうが、そんな風に余裕をもって言う目の前の人の良さそうな顔をした髭を蓄えた初老の男に、俺は冷や汗が止まらなくなる。
何故なら俺はその男の顔を見た事は無かったが、声は知っていたから。
さっきの聖騎士の会話の時点では声色を変えていたのだろうけど、今は本来の声に戻っていて……その声が何度か殺されかけたという死の恐怖を呼び起こす。
「純情少年にプレイボーイの人物像は似合わんか。調査兵団ともなればその辺も含めて武器にする事も必要になるのだかな。『スティール・ワースト』リーダーにして『怪盗ワーストデッド』が首魁……ハーフ・デッドこと盗賊のギラル君?」
「……生憎俺にはそういった睦言含めた仕事が向いてないのは重々承知してますので、元調査兵団『テンソ』の団長ジルバさん?」
厭味ったらしく俺の素性を口にする男に、俺も返礼とばかりに知る限りのヤツの素性を口にしてみる。
まあ、何の効果も無いただの八つ当たりに過ぎないが。
俺の言葉に驚いたのはむしろ隣のカチーナさんのようで、彼女はすでに腰だめに隠し持っていたカトラスにいつでも抜けるよう手をかけていた。
「ギラル君、ジルバといえば……」
俺はカチーナさんの問いに無言で頷いて、俺自身も隠し持っているザックに手を突っ込み何時でも武器を取り出せる体制を取る。
「まさかアンタのような大物が兄貴たちのデートを邪魔しにワザワザ出向くとは思わなかったけど? 暇なんっすか?」
「ふ、そんなワケあるか。お前と言うターゲットをおびき出すには仲間の横やりというのが最も手っ取り早いと思ったまでの事。幸いな事に大聖女が火種を残してくれた事で真実味があったからな」
くそ……やられたなコリャ。
『テンソ』にとって目下最大のターゲットが自分たちである事は理解していたつもりだったが、自分たちの行動パターンも読まれている可能性を考慮していなかった。
基本自分の事ではなく他人の事を優先するというクセを、今回は完全に利用されたのだ。
「こっちをアンタみたいな強者が抑えて、兄貴たちのデートの横やりは部下にお任せってところか? まったく……それこそ馬に蹴られんぞ」
「その心配はいらん。何しろ我らとしては本命は馬の方、どこぞの聖女と聖騎士が懇ろになろうと爛れた夜を迎えようと知った事ではない」
……おや? 皮肉交じりにそんな風に言ってみたのだが、こっちとしては予想外な言葉が聞こえてきて戸惑ってしまう。
てっきりそっちも含めた上での陽動か何かかと思っていたのに……。
「裏の組織だから誤解があるようだが、我らが元々所属していた調査兵団、並びに『テンソ』の主だった任務に要人暗殺など非合法な事があるのは確かだが、任務の全てにそういった行動をするという事ではない。むしろ戦闘は避け、特に殺人は最小限に抑えるのが基本だ……処理が面倒だからな」
「……ちょっと意外」
それは本当に率直な感想だった。
なんとなくだがその手の連中は障害になりそうなら“とりあえず殺っておく”みたいな非情な組織だと思っていたのに。
いや、非情なのは間違いないだろうが必要のない事をしない、任務に必要ないことはしないという事を徹底しているという事なのだろう。
「特に光の聖女のように国内でも名の知れた者に下手に関わるのは面倒なのでな。現在『聖典』に雇われの身である『テンソ』としては異端審問として国内外に歩き回られると面倒でな……俺たちとしては件の聖騎士には是非とも頑張っていただきたいくらいだ。出来れば平和裏に家庭を築いた上でザッカール国内に留まって貰えれば言う事ないな」
「つまり……今宵『テンソ』が兄貴たちの邪魔をする事は無いと?」
「言っただろう? 我らの今宵の目標は恋路を邪魔者を蹴り殺しに来る馬の方だと」
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