第百十八話 炎舞に込めた想いの歴史
シエルさんの膨大な光の魔力にほれ込んでスカウトしたのに断られ、あろう事か自分と最も仲の悪い敵対者の弟子になったとなれば面白くは無いだろう。
「……ともあれ、いくら下賤な師匠に付いた弟子とはいえこの火急の時に聖都へはせ参じた事は褒めてあげましょう。聖女を名乗るからには当然の行いですが」
「……はい?」
「光の聖女エリシエル、闇の精霊アビスを従えし大聖女アルテミアの名において命じます。直ちにオリジン大神殿へと向かい、精霊神様の名の下『奥の院』を守る聖女、聖騎士たちへ加わるのです」
「…………」
俺が兄貴から話を聞いている間に件の闇の大聖女様とやらは丁寧な言葉はそのままに、しかし尊大で傲慢な物言いで……まるで性格の悪い貴族が見下すように言い放ち、そして当たり前の如く、シエルさんは露骨に不機嫌な顔になった
「あらあら、これはおかしな事をおっしゃいますな。私の上司たる人物は大聖女ジャンダルムであって貴女ではないはずです。ましてやザッカールの聖女にして異端審問官の私はあくまでも管轄が違いますね~」
「……現在オリジン大神殿は厳戒態勢を取っているのです。信仰の名の下、総本山を守る事に管轄など些細な事でしょう? そのような格好なのですから今の貴女は低俗な物見遊山の最中……どうせ暇なら手を貸すべきではないのですか?」
あ……俺は大聖女が今口走った一言に一瞬イラっとしたが、それ以上にヤバいと思った。
自分自身の思想と違い、他者の行動を無駄とかくだらないとか思うのは自由だ。
だがそれを口に出している時点で色々とダメじゃね?
妙なもんだが信仰を盾に人々を導き、俗な言い方をすれば金を集める組織の人間としては実に無能にしか見えない。
ましてやこの状況を長年画策し続けて、ようやく今日この日に“イケるかもしれない!” と人生と魂を賭けている者がいるというのに。
案の定、さっきまでは上機嫌だった兄貴の瞳が殺意に満ちていた。
「これはこれは流石は噂に名高い大聖女殿、見た目のワリに私の良く知るジャンダルム殿より遥かに耄碌していらっしゃるようですね。我々の姿を見ても暇であると断じるとは!」
「……なんですって?」
「我々は現在余暇を利用してこの場にいる事は確かですが、私は今人生において最大の、全身全霊で魂すら賭け、彼女を仕留める覚悟でこの場にいるつもりです。その覚悟に聖女エリシエルも答えてくれた姿が本日の着飾られた姿なのです。それを低俗と語るとは……貴女こそ大聖女の名を冠するほどの慧眼があるとは思えませんね」
「……随分と自らの欲情を賢しらに語りますね。何者です?」
「これは失礼、私はザッカール王国エレメンタル教会所属、聖騎士団第五部隊隊長ノートルムと申します。ちなみに先ほどから貴女が貶している大聖女ジャンダルムとは比較的懇意にさせて頂いてます。主に対戦相手としてですが」
いつもは紳士的である兄貴にしては珍しく敵意丸出し、丁寧であっても相当な罵倒を含んだ言葉に睨み返すアルテミア。
一瞬にして穏かで荘厳な神殿が殺気に満ちる戦場へ変貌したような感覚に陥った。
「これだから…………は」
しかし一触即発の空気はほんの一瞬で、アルテミアは踵を返して背を向け出口に向かって歩き始めた。
「聖騎士ノートルム…………そうですか、覚えておきましょう。そして光の聖女エリシエル、後ほど伺いますので準備しておくように」
そんな自分の命令に従わない事などあり得ないという、反論など聞く気もない態度は本当に一貫していて……あれではどう考えても脳筋な連中とは相容れる事は無いという感想しか浮かばない。
だがシエルさんとしては違ったようで、最終的にシエルさんよりも憤慨し「ったく、邪魔しやがって……」とブツクサ言う兄貴の袖をクイクイ引っ張った。
「あの……ノートルムさん? さすがに観光くらいで全身全霊、魂すら賭けるのは言い過ぎではありませんか?」
「……は!?」
オズオズと上目使いで言う彼女の声で我に返った兄貴は、怒りに任せて自分が口走った内容を思い出して顔面が真っ赤に変化した。
まあ勢いとは言え“今日モノにする”発言をしてしまったのだから無理もない。
しかし……やはり今日の兄貴は一味違う!
真っ赤な顔のままグッと歯を食いしばったかと思うと、そのまま真剣な眼差しでシエルさんを正面から見据える。
「いいえ……全く持って言い過ぎではありません。今日私は人生を賭けて意中の女性を口説き落とすつもりです……覚悟していただきたい」
「へ!?」
そういわれた瞬間、シエルさんも兄貴に負けないくらいにボッと顔面どころか全身を真っ赤に染め上げてしまった。
もうその対象が自分ではないという鈍感力の逃げ道は発揮されず、またもやクリティカルヒットをしてしまったようだ。
……ってかこの数秒でこの二人、不愉快な大聖女の存在を忘れ去ってないか?
「ギラル君、言っては何ですがシエルさんってもう陥落してません? 攻城戦であればすでに四方から火計を仕掛けられて大炎上してますよ」
「ってか、もうすでに本丸に攻め込まれているでしょ。鈍い方だとは思っていたけど“分からされて”からの瓦解が早くね?」
元々『予言書』でも結ばれていた似合いの二人なのだから不思議な事ではないのだけど、敵対者ですらナチュラルに攻め込む材料として使ってしまう兄貴に感心してしまう。
どう考えても降伏するのは時間の問題だろう。
俺たちの役目はあくまでも兄貴が告白を成功させるまでのお目付と繋ぎ……成功した後、明日に事後報告されても問題は無いし、むしろそうなる事を願っているくらいだ。
しかし、そんな甘々デロデロな状況に兄貴たちが雪崩れ込めるようになるのに、いささか不穏な事をさっきの大聖女は口にしていた。
「……後ほど伺うってか? しかし怪盗の防備はすでに聖騎士団が派遣されているだろうに、今更管轄の違う扱いにくい聖女に何でこだわる必要が?」
さらに俺は踵を返して立ち去る大聖女が漏らした呟きが気になっていた。
それは盗賊の俺だからこそ拾えただろう小さな小さな呟きであったのだが、それゆえに本音であろうと思える。
しかしそれは曲がりなりにも『聖女』と名乗るには不適切な感情の吐露に思えた。
『これだから精霊を共する者は……』
精霊の寵愛を受ける、精霊を従える、考え方の違いはあるだろうが、どっちらも精霊と言う存在を認めどんな方法、方針であれ力を借りるのが精霊魔法の定義で聖女の在り方だろう。
なのにアルテミアのつぶやきは、まるで精霊を否定するような……もしくは……。
俺は一抹の不安を覚えつつ視線を兄貴たちに戻すと、見つめ合ったまま餌⦅シエル⦆に食いつこうとし始める猛獣⦅アニキ⦆の姿が目に入り……慌てて脳天にチョップをかました。
ええい、せめて夜まで待てんのか! この発情犬!!
・
・
・
「と……ここが指定された神殿の裏庭だよな?」
「ギラルさんが47代目ダイモスから伺ったセブンス・レイ神殿の裏手と言えばここしかありませんが……」
紆余曲折あり、俺たちは目的としていた神殿の裏庭にある小さな石碑の前、ちょっとした石畳で出来た円形の舞台のような場所に訪れていた。
それは人一人が立てる程度の広さで、中心部に精霊をつかさどる魔法陣が描かれている。
ただその魔法陣は光の精霊の神殿にしてはそぐわない魔法陣であり……。
「これって火の精霊イフリートの魔法陣……だよな? ダイモスはこの場所で“魔法陣に沿った精霊の舞を聖女が舞う”としか言ってなかったけど」
そう、目の前にあるのは光の精霊ではなく火の精霊の魔法陣。
となると光の聖女であるシエルさんに頼むのは無理な話かな? と俺は思ったのだが、シエルさんは首を傾げつつ火の精霊の舞『炎舞』を舞う事が可能であると言ったのだ。
「確か精霊の舞って自身の属性精霊によって微妙に違うんですよね? なんでまた他属性の舞を?」
「……不思議な事ですが『炎舞』は大聖女ジャンダルムの最も得意とする舞で、あの方は『炎舞』を毎日欠かさないのです。その時だけは普段の荒くれ者の姿は鳴りを潜め、流麗で見事な舞を見せつけられ、あの方に師事した者は一度はその姿に憧れ自然と覚えてしまうのです」
アハッと微笑むシエルさんは師匠を称える事が気恥ずかしいのか、ちょっと照れ笑いする。
しかし、ダイモスが残した遺産の場所で指定された精霊の舞が、光の神殿なのに炎の舞とは……『忘れずの詩人』のダイモスは仲間としか言ってなかったが、あの婆さんと仲間以上の何かがあったのでは? とかちょっと勘ぐってしまうな。
俺がそんな勘ぐりをしているうちに、シエルさんは魔法陣の中心に立って一呼吸置くとおもむろにその場で手足を広げ、回転を始め舞い始めた。
その舞は見事なモノで、普段の脳筋思考な彼女とは打って変わり、しなやかで艶めかしいのだがその中で激しく燃え上がる炎を彷彿とさせる猛々しさもあって……中々に見ごたえのある芸術にしか見えない。
当然それは俺だけじゃなく、カチーナさんも兄貴もシエルさんの舞に釘付けになっていて……最後に炎が消えていく儚さを演出するように手を広げ両手を地に付いた時には思わず拍手をしてしまっていた。
「う……美しい……」
「素晴らしい舞ですシエルさん。まるで本当に炎が舞い踊るかのようで……」
惜しみない賛辞を贈る俺たちにシエルさんは照れつつ額を拭う。
「いや~、やはり光属性の私では炎の気持ちを表現するには至りません。型だけ模したに過ぎませんので、やはり大聖女に比べると…………」
「シエルさん、後ろ!?」
「え!?」
と……謙遜しつつ魔法陣をシエルさんが降りると同時に、魔法陣の中心から光が現れた。
その光は召喚魔法陣から魔物が召喚される様子に似ていて、思わず攻撃態勢を取ってしまう。
だが、そこに現れたのは一枚の羊皮紙だった。
これがダイモスの遺産なのか? と恐る恐る羊皮紙を拾い上げてみると……そこには何らかの魔法を伝えようとしている魔法陣と共に、とある人物の署名があった。
『この場所を見つけた才ある者へ、アイツの遺産は私が預かる。移したページの続きを知りたければ私を訪ねるように……』
それは何者かがダイモスの遺産の大部分を持ち去った証明だった。
そして残された羊皮紙には特定の才のある者しか扱えない魔法の名と、その人物を特定する名前がしっかりと示されていた。
「この魔法が扱える者にならダイモスの遺産を扱う事が出来る。それまでアイツの形見は預からせてくれ。火の聖女、撲殺の餓狼、ジャンダルム………………おいおいババア」
「もしかしなくても、私たちが目的にしていた物は地元⦅ザッカール⦆にあったとか?」
「……何かすみません。うちの師匠が」
羊皮紙に記された魔法は『クロック・フェザー』と書かれていたが、おそらく『時の精霊』の寵愛を受けた者以外には扱えない類の魔法なのだろう。
使用者のいない魔法の所を形見として持ち去った婆さん自身『時の精霊』の事を知らなかったっぽいから仕方がないと言えば仕方がないが。
ザッカールからここまで、結構な道のりを来ているというのに目的の物は実はスタート地点にありました~などと知ると……なんだか一気に徒労感に襲われて俺もカチーナさんもガックリと膝をついてしまった。
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