第二百十七話 シエル先生の講義
聖都オリジンは中央にメインの『オリジン大神殿』を構え、その周囲を協議で定めた6柱の精霊を祀る神殿が囲むように建造されている。
聖都を訪れた参拝者たちは主に大神殿を最初に、それぞれ6つの神殿を順繰りに回るのが定番で、特に魔力属性のない者は北の『光の精霊』の神殿から右回り、魔力属性のある者は所縁のある精霊から~とそれぞれ個人個人が決めたルートを巡る。
敬虔な精霊神教信者であればもっと厳格なルールもあるようだけど、実際に来てみればそこまで厳しい空気は無く、単純に神殿特有の神聖さや静粛さだけが感じられる。
そう……場所的には神聖で神秘的で、何もなければ雑念など感じることなくいられたのだと思うのだが……。
「おお!? 何という神々しき輝き!? ばあさんばあさん、わしゃ長年この神殿を参ってはおるが、ここまで神殿全体が祝福を具現化したような感じは初めてじゃぞ!?」
「じい様や、何やらあたしゃにゃ~ついさっき突然神殿に何かが降臨したようなモンを感じたよ。その瞬間に膝の痛みが急にのうなったで!?」
「な!? なんだ一体!? 3年前に受けた腕の傷が突然!?」
「え……!? うそ!? 完治を諦めていた顔の傷が……」
「ええええええ!? 杖を使わないと歩けなかった長老が全力ダッシュを!? ちょ、ちょっと、どこに行くのですか!?」
本日の一つ目の目的地にしていた観光地、光の精霊レイを祀る神殿『セブンス・レイ』にシエルさんが足を踏み入れた途端、神殿の区域全体に光属性の魔力が立ち上った。
それは明らかに何かを祝福しているようで、その余波のように敷地内にいた一般の参拝者たちの体の不調を無造作に治療回復していく。
何も知らずにこの現象に巻き込まれた人たちにとってはまさに神からの恩恵、祈り捧げる光の精霊からのお恵みと、涙ながらに膝をついて祈りをささげる者すら出始める。
しかし、間違いなくこの現象の一端を担っているであろうシエルさんは真っ赤になって虚空に向かって抗議していた。
「ちょっとレイちゃん、こういう気の使い方はしなくて良いの! べ、別に私たちがそういう関係になったワケではないのに、こんな演出は……」
「……もしや、光の精霊レイも応援してくれているという事ですか? シエル」
「いえ……その、何やら“うちに来たならサービスするよ”という何やらお節介を焼きたがっていると言いますか……」
「それは……かたじけないレイ殿。貴殿のその心意義、全力で答えると約束するぞ!」
「え、えええええっと…………」
どうやらこの現象はシエルさんの守護精霊『光の精霊レイ』からのお気遣い、デートの演出の一端だったらしい。
精霊すらも自分の味方をしてくれていると知った兄貴は俄然張り切り、呼応するように再び神殿全体が光に包まれていく。
そしてまたもや湧き上がる歓喜の声と感謝の祈り……。
誰もが精霊による恋愛の演出、友達のお節介であるなど知る事もなく。
「光の精霊がシエルさんの事を大事にしていたのは『予言書』でも知っていたけど、見ている限りでは兄貴に対する好意も中々に高いみたいだなぁ」
「ギラル君の知る『予言書』で聖魔女に堕ちたシエルさんと共にあり、尚且つ共に落ちてまでそばにいる事を選ぶような人なのでしょう? そんな優良物件であるなら元から嫌う要素は無いでしょう。しかしこの演出はいささかやりすぎでは?」
それは同感……傷や病気が治ったりで感謝の祈りを捧げる参拝者たちは良いとして、神殿の聖職者たちはこの現象に困惑しているようだ。
……早々と祈りを捧げる参拝者たちに『貴方の信心が精霊様に届いたのです!』などと営業スマイルで宣うヤツもいるけどな。
商魂たくましい……さすがは精霊神教の総本山、こういう信仰心に漬け込むチャンスを逃さないように訓練されている。
俺ならいきなりの現象に驚いて、とりあえずは原因究明に当たりそうなもんだが。
「ま、別に害があるワケでもなし……神殿にとってはラッキーデーとでも割り切って頂く事にして……お~い兄貴にシエルさん、ちょっとだけそのねっとりした空気を解いてもらって良いかな? ほんのすこ~しだけ聖職者してもらえるとありがたいんだが……」
「は、はい!? ねっとり!?」
「……もう少し熱々とかラブラブとか、微笑ましく爽やかな表現にはならんか?」
「いえ、ギラル君の表現は適格かと……どうしてもノートルム殿の仕草は“この娘は押せばイケる!”と狙いを定めた軍の若輩に似通っていると言いますか」
「うぐ!?」
あまりに湿度の高い二人の表現に反論する兄貴だったが、カチーナさんの的確にして辛辣な指摘に言葉を失う。
少なからず何パーセントかは思っていただろうからグウの音も出んだろうけど。
そんなこんなで一応は聖都オリジンの観光という体で光の神殿『セブンス・レイ』に訪れたのだが、当然一番の理由は別にある。
第47代大僧正ダイモスが残した『忘れざる詩人』の情報で、生前の彼が残したらしい遺産の一端をこの場所に隠したらしく、それを回収するというのが俺とカチーナさんにとっては主目的となる。
しかしその回収作業には多少面倒な手順が必要になるようで……。
「ダイモスさんも、どうせなら分かりやすい隠し場所を作ってくれれば良かったのに……。まさか当代の聖女を指定した場所に連れてくる必要があるとはな」
「この条件ですと、敬虔な精霊神教の聖女であるなら協力が不可能という事になりますよね? そもそも情報をよこした『忘れざるの詩人』は精霊神教の教義に疑問を持っていなければ発動しないでしょうし……」
カチーナさんの疑問はもっともだ。
一時とはいえ精霊神教のトップまで行った男が残した魔導具の発動条件、そして遺産の手がかりが『信仰に疑問を持つ聖女』なんだとか……。
ハッキリ言って本当に特定の誰かを想定しているようにしか思えない偏った条件だ。
この辺は不本意ながら仲間入りを果たしたシエルさんにも伝えており、話を振るとさっきまでのアワアワとしていた表情を引っ込める。
「確かに妙な感じです。聖女は精霊に近しい友人であるだけに盲目的に精霊神を崇め奉る事にはなりにくいのは事実ですが、決して信仰を否定するほどではありません。それこそ私のように破天荒な師匠に鍛えられた特殊例でない限り」
「特定の誰か…………か」
シエルさんのつぶやきに、俺は一瞬だけ彼女の破天荒な師匠の顔を思い浮かべてしまう。
「…………まさか……ね」
そして神殿の中心に行くにつれて、参拝者の他に聖職者の姿が多くみられるようになり、特に目につくのが普段のシエルさんと同じように白を基調にした法衣をまとう連中だ。
その全てが当代で神殿に認められた聖女である事は明らかだが、白貴重なのは同じなのに飾りっ気のない質素な法衣の者もいれば、豪華な模様や宝石を散りばめた如何にも高そうな法衣の者もいる。
質素な服装の方は判別できないが、豪奢な方は元々地位が高い貴族家の出身であると主張するように髪型も化粧もハデハデで周囲に従者やメイドを引き連れていたりする。
聖女にもいろんなのがいるな~と思いつつ、俺は一番身近な聖女になんとなく今まで思っていた聞いてみる。
「そういえばシエルさんって昨晩精霊の姿が見えたって言ってたよね?」
「え? ええ……ほんの少しの間ですけど、とても可愛らしいレイの姿を……」
そう言って笑顔を浮かべる彼女からは、長年の友人と直接対面が出来た事を本当に喜んでいるのがアリアリである。
ただ、だからこそ俺に無粋ともいうべき疑問が浮かんだのだった。
「だったらさ……光の精霊レイはシエルさんと常に一緒って事になるんじゃないの? この神殿にも何人かの光属性の聖女っぽいのがいるけど、彼女たちには精霊が一緒にいないって事になるのかな?」
光の精霊がシエルさんと共にいる事が確定しているのなら、この場に少なからず存在している聖女っぽい面々も、祀っている神殿自体もまがい物って事にならんだろうか?
そんな俗っぽい事を言い始めた俺に対して、シエルさんは驚いた表情を浮かべた。
「あら……結構博識、勉強熱心で結構精霊神教の核心を突いてくるギラルさんなのに、以外にもその辺の解釈はご存じないのですね?」
「そんな意外そうに言わんでも……」
生憎俺は精霊神教について知っているのはあくまでも外側の解釈であって、精霊と直接通じている聖女たちの解釈などは未知の世界だ。
「いや、ギラルがそう思うのも無理はない。逆に言えば我々のすぐそばにいた聖女って存在は強く優秀過ぎるから、唯一の精霊がそばに付いているように思えても不思議じゃないしな」
「すぐそばの聖女…………ああ成程」
兄貴の言葉に納得する。
そういえば俺が今まで聖女として接したのは目の前のシエルさんと、大聖女ジャンダルムだけだ。どちらも魔力も力も強く、どっからどう見ても特殊な存在にしか見えない。
「よろしいです! ではこれからギラル君に精霊の在り方についてご説明しましょう。これは精霊だけではなく属性魔力を扱う魔導士にも通じる事ですし」
そんな事を思っていると、珍しくシエルさんが得意げな顔になって話し始めた。
昨晩から色々と、主に兄貴に責められまくっているシエルさんが唐突にこんな態度を見せるのが……何やら虚勢を張っているようにも見えて微笑ましい。
まあこの場は武士の情け、彼女の精神的小休止の為にも指摘しないでおこう。
「そもそも精霊と言う存在は個にして全の存在とされています。私とてそばに光の精霊レイが共にいてくれている事は感じていますが、例えば『光の聖女』として認定された者たちすべてが光の精霊に寵愛を受けていて、それぞれに光の精霊は寄り添っているのです。いえ、もっと極端に言えばだれのそばにも光の精霊はいますし、そのほかの精霊たちも存在しているのです」
「……え!?」
そんな風に現役聖女に言われると、気配なんてあるワケもないのに思わず周囲をキョロキョロと見まわしてしまう。
そんな俺の様子にシエルさんはクスリと笑った。
「もう少し砕いて言えば精霊は自然そのものであり、各属性をつかさどる聖女が精霊の寵愛を得るというのは精霊と魔力の波長が合い気に入られたという……ギラルさん風に言えば“タイミングよくダチになれた”という事に過ぎないのですよ」
「自然そのもの……」
「はい、極端に言えばこの世に存在する光も火も水も風も、すべてが同じであり違う存在。人を気に入るのも嫌うのもどちらも同じであり違う。もっと言えば光の精霊の寵愛を受けている私ですが、そんな私を嫌う『光の精霊レイ』も存在するでしょう。しかしそれもまた精霊の真実の一つなのですよ」
……若干難しい話になってきたが、俺は俺なりにシエルさんのいう事を解釈してみる。
つまり精霊はどこにでもいるし誰にでも付いている。
それは全て違うようで同じ存在であり、味方もすれば敵対もする……と。
「ギラルみたいな冒険者なら魔法に例えれば分かりやすいんじゃないか? 例えば火属性魔法が使える者だとしても、火属性魔法を喰らったらダメージを喰らう。それはあの大聖女ジャンダルムであったとしても同じ事だ。喩えどんなに火の精霊に気入られていたとしても、火属性魔法が効かないという事は無い」
兄貴がそんな風に魔法に例えると当たり前の事なのに非常に分かりやすくもある。
そして『予言書』においても最後の最後まで『聖魔女』のそばに付いていた光の精霊も、そして敵対した勇者たちに光魔法で回復を担っていたのも光の精霊であると考えると……。
「自然はあくまでも自然でしかない。たまたま仲良くなれても利用できても、味方にもなってくれれば敵対もする。それだけの事なのです」
「う~~ん、結局はうまく言えないけど……精霊は日常的に、自然とその辺にいるから感謝を忘れるな~って事で良いのかな?」
「……その解釈を今の断片的な説明だけで導くあたり、やはりギラル君は柔軟で鋭いです。精霊神教内部でもその解釈を疑問視して、六大精霊をつかさどる精霊神を唯一神と定めて自然界を魔力で支配する人間こそが至高なのだと豪語する連中も多くいますから」
「こんな考えは仲間に生かしてもらう事が極意の盗賊にとっちゃ当たり前、単純に師匠の受け売りでしかね~よ。結局自分一人で生きながらえているワケじゃね~ってな」
何気に口にした言葉に関心するシエルさんであるが、正直言ってこの辺は俺自身の考えってワケじゃないので俺が優秀みたいに言われても困る。
しかし何故か隣のカチーナさんが、ちょっと誇らしげに笑っていた。
「それが言えるからこそ、ギラル君はギラル君なのですよ」
しかしそんな風に和やかなシエルさんのガイドで神殿観光をしている俺たちに、背後から明らかに棘のある女性の声が聞こえてきた。
「あらあら……随分と程度の低い問答をしているかと思えば、良く見れば高位の光属性の魔力の才に恵まれていたというのに、あの粗忽で暴力的な者に師事するなどと言う過ちを犯した聖女殿ではありませぬか」
「……ん?」
「……貴女は」
振り向いた先にいたのは黒を基調にした法衣を纏った上品で柔らかな微笑みを浮かべている一人の女性。
しっかりフードをしていて髪の色は分からないが、整った顔立ちの女性であり……年のころはシエルさんよりも少し上っぽく、20~30代ってところだろうか?
瞬時に俺はそう判断したのだが、横から耳打ちしてきた兄貴が衝撃的な情報を口にした。
『ギラル……何を想像したか見当は付くが、その見積もりは間違っているぞ。あの人は聖都でも屈指の闇の聖女にして大聖女アルテミア。あの見た目だが大聖女ジャンダルムの同期だぞ』
「うそ!?」
ワザワザこっそりと教えてくれたというのに、俺はあまりの衝撃で素のままの声を上げてしまった。
この若々しさ、スレイヤ師匠よりも年下と言われても通用しそうな見た目で、あの脳筋ババアと同期!?
「……お久しぶりです、大聖女アルテミア様。ご健勝のようで何よりです」
「うふふ……そちらこそ、聖女にあるまじき浮ついた装束のせいで気付くのが遅れましたよ。あの下賤なジャンダルムの弟子にしてはその辺は弁えていると思っていましたが、とんだ見込み違いだったようで」
「あの方が下賤で粗忽である事を否定するつもりはありませんが、精霊の在り方が装束を変えた程度で変わるなどと言う、底の浅い考えを持つ狭量な精神の者に師事するよりかは遥かにましであったと自負しておりますゆえ……」
しかしそんな異常な存在よりももっと珍しい……笑顔のままなのに他者に対して明らかに嫌悪を示すという光の聖女エリシエルがそこにいた。
まあ自分ではなく他者を、特に親しい人を馬鹿にされて黙っているような人種じゃないのは知っていたけどな。
『兄貴……何なんだこの女。露骨にシエルさん……ってかバアさんの事を敵視しているみたいだけど』
『さっき言ってた“精霊神が唯一神、人の魔力で自然を統制するべき”って主張する代表格。一度シエルの事を勧誘した時に断られた事を未だに根に持っているって話だ』
『……ああ、なるほど』
シエルさんの膨大な光の魔力にほれ込んでスカウトしたのに断られ、あろう事か自分と最も仲の悪い敵対者の弟子になったとなれば面白くは無いだろう。
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