第二百十六話 黒幕の綻び

 その手帳はある特定の条件をクリアした者だけが見える文字があり、その答えが“意に沿うモノ”であったら術者であった人物が具現化する。

 それをギラルから聞いていたリリーは、自身の目にもしっかりと特定の文字が見える事を確認しつつ唇をペロリと舐める。


「いやいや、この際ご本人に聞いた方が良いかな~? この際過去の弱みってのは一つでも多くあれば良いし~」

「おやおや……神殿側は戦力を集中させ厳戒態勢で怪盗の襲来に備えていると言うのに、当の本人たちはデートに勤しむか、もしくは嬉々として身内の過去を掘り返そうとしているとは。真面目にお仕事している聖職者の方々には同情を禁じ得ません」


 しかし、唐突に目の前からかかった声に楽しげだったリリーの表情は凍り付いた。

 今まで確かにテーブルの向かいの席には誰もいなかったハズなのに、いきなり何の脈絡もなく目の前に座っている男に平静を保てるワケもない。

 それでもリリーは流れる冷や汗をそのままに、その男を睨みつける。


「相席をご希望なら、一度断っていただけますかね? お若いの……」

「これは失敬、何分見た目ほど若くはありませんで」


 そんな風に嘯き、胡散臭い笑顔を浮かべているのはザッカール王国の調査兵団団長にして国立図書館司書ホロウであった。

 その姿はギラルと接触した時とは違い、いつもの見慣れた司書としてもものであり……現在は意図的に分かるようにしているのだろう気配も魔力も感じられるが、直前まで何も感じなかったリリーには現在目の前にいる男が本当にそこにいるのかどうかが疑わしくなる。


「何の御用でしょう……ご存じの通りうちのリーダーはダブルデートの真っ最中ですよ?」

「そう邪険にしないで下さいポイズン。敵地であるのも関わらず警戒している連中を尻目にデートに夢中な若者の邪魔する事も無いかと……一人寂しそうな婦人にお話をと思った次第で」

「……私らの中で一番暇そうだったから、メッセンジャーにしようって?」

「平たく言ってしまうと、その通りとしか言えませんね」


 皮肉っぽく言い返したつもりのリリーだったが、全く悪びれる様子もなく肯定するホロウにため息を付きそうになった。


「はあ……貴方との接触は全部ギラルの担当だと油断してましたから、こうして直接の会話となると違和感……と言うより恐怖心が凄いのですが」

「その心情を口にできるだけ、貴女も相当に肝が据わっているようですね。さすがは『ワースト・デッド』として死を盗まれた同志と言うべきか」

「お互い様ですよ、最も貴方の死因がギラルに盗まれたのかどうかは分かりませんが」

「ふふふ、アンタで構いませんよ? 個人的には私も同志のつもりではあるのですから」


 そんな風に緊張感の漂う会話をしていると、それまではテーブルの上で黙っていた骨のある男、ドラスケが口を開いた。


『お主ら、いい加減腹の探り合いのような会話は止めんか。骨しか残っとらん我だというのにさっきから薄ら寒くて敵わん』


 ドラスケが口を挟んだ事でいくらかの緊張感が解けたのか、リリーはため息を一つ付いた。

 現状目の前の男が敵対していない事は確実であるし、そもそも敵対したとして今の自分の実力では太刀打ちできない事は確実なのだからと……一種の諦めから来る感情でもあったが。


「……お、これはこれはお久しぶりです。え~っと、ボーン・ドラゴンナイトVさんでしたか?本日はずいぶん身軽な格好ですね?」

『やかましい! あまり思い出させるでないわ!!』

「ザッカールを出る前に一度孤児院を訪ねて見ましたが、彼の王子はたくさんのお友達と新たなる創作をしていらっしゃったので、帰国の際は是非とも訪ねていただきたいのですが?」

『……一応対抗策の為にもその創作とやらの内容を聞いても?』

「そうですね……今は仲間の設定に凝っているとかで、友達一人一人がそれぞれ別個体のボーンドラゴンナイトを担当して、16究極合体ファイナルモードがどうとか盛り上がっていらっしゃいましたねぇ」

「……うむ! たった今我は数年は身を潜めると心に決めたぞ!!」


 対するドラスケとの会話はなんとなく同世代の会話のようで……何だかんだドラスケも年長である事をリリーは再認識するのであった。

 そしていつの間に注文したのか、ウエイトレスが運んできた紅茶に優雅に口をつけてから、ホロウは相変わらず笑っているようで表情のない顔のまま話し始めた。


「君たちが大神殿……いや聖都を混乱させてくれたおかげで、逆に元々潜入していた私の方が動きやすくなってね。いくつか判明した事実もあったのですが……」

「何か分かったのですか?」

「とりあえずは精霊神教の最高峰であるはずのオリジン大神殿の奥底、今もって各国の聖騎士団が防備を固めている『奥の院』に何があるかは分からないが、少なくともそこに大僧正に連なる上層部はいるようだが、肝心の『聖典』なる人物は確認できなかったですね。少なくとも上層部を動かす何者かの焦りは感じ取れましたが」

『焦り? 目の当たりにしたワケでもないのに、なぜそのような事が分かるのだ』


 口をはさむドラスケの質問にリリーも頷いた。

 そうするとホロウは腕組みをすると、珍しいことに表情をしかめて見せた。


「これまで精霊神教は『勇者』という存在を不測の事態、思わぬ厄災に対する対抗手段として現れる正義の味方と位置付けていたのはご存じの通りですが、現在の精霊神教はその伝承、教義を逆転させるような命令が下され、上層部の連中が混乱しているようなのです」

「……はあ?」

「おそらくですが、黒幕と思しき『聖典』なる者にとって今の状況は想定外に過ぎるのでしょうね。これまでは勇者召喚の理由付けの為に厄災を演出し、召喚術の研究実行を繰り返してきたのでしょう。しかしここ最近は計画していた厄災は実行する前にバタバタと頓挫するし、この前に至っては勇者の召喚もなされていないのに剣を抜かれてしまった。さすがに事情を知らない連中を裏から操るというにはシナリオに無理が生じているのでしょう」

「あ~、つまりは厄介ごとが起こったから異界から勇者を呼ぼうって伝承やら教義やらを使って人知れずに演出しようとしていたのに、その前提が良くわからない内に覆されてしまって緻密に仕掛けていたはずの仕込みが台無しになっていると?」

『……アイツ自身『予言書』という結果しか知らんで介入しとるから、意識的にやっていないだけに、黒幕としては実に質が悪いだろうな~。すべてを掌で転がしているつもりの知能犯にとっては天敵でしかない』


 ホロウが示唆する頓挫した厄災……そのすべてに関わる人物を察したリリーとドラスケは納得とばかりに苦笑する。


「平たく言えばその通りです。精霊神教という隠れ蓑を使い、事情を知らない者たちを裏から牛耳って最終目的に加担させていたはずなのに、良くわからないゲストの登場で辻褄がドンドン合わなくなってきているようなのです。実際『聖典』の存在をほとんどの神殿関係者は知りませんし、真意について理解しようもありませんから」

「なんだろう……ちょっとだけ『聖典』ってのに同情しそうになった」

『英雄なんぞ悪役がおらねばただの殺人者。仮に呼び出すにしても何らかの理由がなければ難しいが、現状は『異界召喚』の研究すら頓挫している。これまで長い年月で積み上げてきたはずの計略を気分で盗む盗賊の存在によってなぁ。向こうにとってはたまったものではないのう』


  黒幕の『聖典』にどんな高尚な覚悟、あるいは深く暗い憎悪があるのかは分からないが世界を終わらせる、破滅させる事を目的にするくらいだから善悪はともかく何らかの深く強い想いはあるのだろうが……絶対に件の盗賊⦅ギラル⦆に深い考えはなく、これまでも『予言書』で知ってしまった最悪の結末を自分好みにする事しか考えていないのは知っているリリーたちはそんな微妙な気分になってしまった。


「……断言するけど、今その盗賊は絶賛好みの女性の足の事しか考えてないと思うけど」

『そう言えばリリー殿、清楚な服であるが絶妙に見えそうで見えないスカートを選んどったな』

「ほほう……ギラル君は脚フェチでしたか、成程」


 妙な部分に反応したホロウは眼鏡をキラリと光らせた。

 相変わらず張り付いた笑顔は変わらないままであるが……。


「変な話ではありますが、今現在怪盗が呑気にデートに勤しんでいるのは良い事です。現在のオリジン大神殿は並みの城塞より強固な守りを固められています。私自身、出入りするには相当苦労しました」

「アンタのような怪物でも難しいのですか?」

「向こう様の生死を問わなければ簡単な事ですが、そういうところで手を抜くのは調査兵団としては失格ですし、何より貴女方のリーダーに嫌われそうですから」


 そんな物騒な事をサラッと言うホロウに、リリーは少しだけ驚いた。

 物騒な方法なら押し入る事は簡単と言った事に……ではない。


「意外……天下の暗部組織調査兵団団長様が、一介の盗賊の好感度を気にするとか」

「なに、貴女にも分かるのではないですか? 最低限格好つけたいって者の存在は。これでも若輩に対して張りたい見栄というモノがあるのですよ、年配には」

『ふむ、案外貴殿も人間臭いところがあるのだな』

「最も人間味の無い貴方に言われると複雑ですね」


 そんな事を嘯くホロウには少しだけ人間味があるようにリリーには見えた。

 それすらも演技の一つかもしれないとは思いつつ、だとしたらそんな仕草を自分に見せるに値すると評価されたと納得して。


「まとめますと、オリジン大神殿は近いうちに『異界勇者』を呼び出すに値する何かを行動に移すハズです。知っての通り召集された聖騎士たちが『内の院』『奥の院』を固めているのですが、もう一つ気になった事があります。主に『奥の院』に配備された聖騎士に交じって魔力の高い者たちが多かったのですよ」

「それは…………聖女って事?」


 精霊神教において魔力が高いというなら真っ先に思いつくのは聖女の存在、特に親友が光の聖女であるリリーにとって、その情報は重要なものだった。

 しかしホロウは表情を変えずに首を横に振る。


「いえ、聖女も含まれるかもしれませんが重要視されていたのは魔力の高さ。属性にこだわっている様子も見られませんでしたのが逆に引っ掛かりましてね」

「それって…………まさか……」

「ギラル君の言う『予言書』に連なる異界かどうかは分かりませんが、少なくとも膨大な魔力に見合う何を呼び出そうとしているのでは? と推察する事は出来ます……ただ」

「ただ?」

「明確に何かを召喚できるという確証があるとは思えません。何せどこかの盗賊が“その研究”をあらゆる手段で妨害していたのですから。個人的な意見ですが若干の実験的意図、もしくはやけを起こしているような感もあると言いますか……」


 ゴクリ…………この団長にしては珍しく曖昧で確証の無い見解なのだが、それゆえに齎された情報にうすら寒いモノを感じる。


「こりゃ……ババアの昔をほじくり返している場合じゃないかな?」


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