第二百十四話 防壁を失った聖女

 という事で、俺たちは男二人で待ち合わせ場所に向かうという……どちらかと言えば飲み会の前みたいなノリで宿を出る事になった。


「んでもって・・…結果、まさか俺がこの服を着る羽目になる日が来るとはなぁ。言っちゃあなんだが、自分が敬虔な精霊神教信者ではない事にかけては自信があるぞ、兄貴?」

「そう言うな兄弟。そもそもその辺を論じ始めると俺を含めた君の聖職者関連の友人たちに敬虔な人が一人でもいるのかい?」


 ニッコリと屈託ない笑顔を浮かべる兄貴の言葉に、自分の教会関係の知り合いを思い返してみる。

 え~っと……元魔導僧⦅リリー⦆、光の聖女⦅シエル⦆、聖騎士⦅あにき⦆、格闘僧⦅ロンメル⦆、聖女見習い⦅イリス⦆、大聖女⦅ジャンダルム⦆、んでもって回復師⦅オカン⦆…………う~む。


「なんだ? 誰も彼も、脳筋しか浮かんでこないんだが……?」

「ははは! 何だかんだ、そういう連中ばかりと親交を持つ君なら分かるだろ? 何を着ていようとも似合うかどうかは他人には分からないものだ。何も知らない者からすれば、今の君は十分に休日の聖騎士だよ」


 見事に精霊神教の信仰を自身に都合が良いからと割り切る連中ばかりを思い浮かべ……俺は今の格好について諦める事にした。

 現在俺が来ているのは、普段兄貴が着ている聖騎士団の制服である。

 さすがは聖都と言うべきかここでは聖職者の出で立ちは珍しいモノじゃなく、特に先日各国に召集命令があった聖騎士はそこかしこに歩いているのだ。

 一人か二人は知らない聖騎士がいても“あ~どっかの国の休憩中のヤツだろうな~”くらいのイメージしか持たれないだろう。

 ……という事で本日の俺はシエルさんたちの『変化のケープ』ではなく、俺の七つ道具の一つである『変化の仮面』を使って顔面の特徴はそのままに、金髪碧眼に眼鏡と言う休日の聖騎士を装った姿をしていた。


「さっきの君の言葉じゃないけど、やはりあまり年齢が離れすぎでダブルデートの体は……な」

「言いたい事は分かるけどね……。確かにパッと見で兄貴と同伴する者がいても聖騎士なら違和感ないだろうからな~」


 対する兄貴は普段のフルプレートやら制服やらではなく、普段着ながらもしっかりとオシャレに気を使った、しっかりとドレスコードもクリアできそうであり固すぎもしないパリッとした恰好で……ハッキリ言って凄く似合っていた。

 ……さっきは妙なテンションで忘れかけていたけど、兄貴は元々生真面目で爽やか風なイケメンなのだ。

 そんな俺たちが伴って向かっているのは、聖都の中央に設けられた広場の憩いの場所である噴水の前……。

 デートの待ち合わせとしてはベタではあるが、今回に限ってはこのベタさがむしろ重要。

 今まで兄貴だったら、こういうアプローチをしたところで『あら、ノートルムさん。このような場所で待ち合わせなんて、まるでデートみたいですね?』などと天然スルーを決められていた事だろう。

 しかし、今日の兄貴は一味違う。

 昨夜の出来事で現在のシエルさんは天然の防壁を取り払われてしまった……つまり今日は兄貴の攻撃⦅アプローチ⦆は全てクリティカルに決まるハズ。

 デートみたいじゃない……これはデートなのだと初っ端から突き付ける。

 あ、ヤバい……何か段々とこっちまでドキドキしてきた!

 噴水の前に俺たちが到着した時、そこにまだ待ち人は来ていない……その事に若干なりともホッとしてしまう。

 こういう場合は男の方が先に~とか言うけど、同時に気持ちを整える時間は必要でもある。

 噴水にキャッキャする子供たちに、その姿を微笑ましく眺める老夫婦と言う何とも穏かな光景を目に……俺たちは深呼吸をしていた。


「……こう言っちゃ~なんだが、兄貴は大丈夫なんだろうな? 色々と覚悟を決めてるのはイイんだけど……いつとか、どことかさ」

「実は明確なタイミングを決めてはいない……。ここだ! というタイミングを見計らおうとは思っているのだが……」

「……ふむ」


 それは若干無計画とも言えるけど、こういう場合は戦いの策略とは違うだろうし、そもそも俺が思う兄貴とシエルさんの関係は戦略的というよりは感情的な方が合っていると思う。

 むしろそうであって欲しいとすら思えるほどに。


「ま……それでいいんじゃね? そういう時には俺たちは自然とフェードアウトするように動けば良さそうだし」

「……その辺の判断はお任せする。だけど、君たちの目から見て“今じゃない”って時には全力で制止行動を頼むぞ!」

「……そんな機会ってあるものなのかね~?」


 スレイヤ師匠曰く“結婚なんて勢いだ”とか言ってたくらいだから、愛の告白をその場の勢いで言ってしまうとか、別に悪い事じゃないと思うけど?


「お……お待たせいたしました。その……ノートルムさん」

「すみません、お待たせしてしまって……。皆さん何故か妙に気合を入れて服選びを……」


 と、そんな益体もない事を考えていると、横から普段聞きなれているはずなのになぜか今日は妙に特別な感じがする二人の声が聞こえて来た。


「いや、大丈夫です! 我々も今来たと…………」


 しかし度定番のセリフを口にしようとした兄貴の呼吸が一瞬にして止まってしまった。

 いや……兄貴の気持ちは分からなくもない、俺も今まさにカチーナさんらしき人物を見て似たような心境に陥っていたのだから。

 そこにいたのは紛れもなく、冒険者仲間のカチーナさんと光の聖女エリシエルさんであるのは間違いない。

 しかし今日の彼女たちの格好が、いつもとは全く趣がちがうのだ。

 何が違うのかと言えば、カチーナさんはいつもは師匠から譲り受けた盗賊ルックなのに今日は白を基調にしたワンピースに帽子という……まるでご令嬢といった姿で、シエルさんも聖女の法衣ではなく水色のサマードレスを着ていて、いつもとは全く違う雰囲気。

 パット見で二人とも顔見知りには気が付かれないほど雰囲気が違い、そして二人ともいつもとは違う自分たちの姿に顔を赤らめて、モジモジと恥ずかしがっている。

 

「「か……可愛い…………」」

「「う……え!?」」


 俺ら野郎どもの本音がかぶってしまったのは何の因果なのか。

 どちらも普段は美人、綺麗の言葉が当てはまる感じなのに……ここにきてまさかの“可愛い”という新たな新境地を見せつけてくるとは!?

 以前のメイド服の時も思った事だが、恐るべしリリープロデュース!

 しかしその攻撃力に一番やられてしまったのは兄貴だったようで……本音を呟いたと同時に、彼はシエルさんの間合いに踏み込んで、そのまま抱き着こうと…………って!?


「うおいコラ!? ちょっと待たんか兄貴!!」

「ぐえ!? な、なにを!?」


 俺は慌てて兄貴の襟首を後ろから掴んでシエルさんから引きはがした。

 少々不満げな顔になる兄貴だが、俺は構わず頭を抱え込んで耳打ちをする。


『何初っ端から勢いで喰らい付こうとしてんだ!? 本能をセーブするとか言ってた矢先にそれかい! 半分は冗談かと思ってたのによ』

『う……す、すまん。しかし、いつもとは違うシエルの姿に……ブレーキが……』

『そういう方向が嫌で俺の同伴を望んだんだろうが! ってかもう、アンタにロマンチックは無理なんじゃね~の? もう俺たち帰っても……』

『!? 悪かった! 本能を抑えるよう努力するから見捨てないでくれ!!』


 慌てて懇願する兄貴だけど、俺はもうどうやっても結果は変わらないんじゃないかな~と思い始め……本能的勢いを止めるという役目の自分が今何をしているのか疑問を抱いていた。


                  *


 対する女性陣、カチーナとシエルであったが……今の一触即発の状態に、似たような会話を繰り広げていた。


『シエルさん……今、完全に委ねようとしていましたね? リリーさんにも“今日の貴女は精神的無防備だから気を付けなさい”と言われていたでしょうに』

『あ……あう……。お、おかしいのです……変ですよね私。いつも褒められても、こんな風にはならなかったハズなのに、彼に可愛いと言われてしまった瞬間に……』

『もう私たちお邪魔じゃないです? ギラル君と退散しましょうか?』

『!? 見捨てないで下さい! 多分今はダメです私!! なんとなくですが今の私が頼れるのはカチーナさんだけな気がします! リリーやイリスは面白がるだけでしょうし……』

『……そうでしょうね。気を付けろとは言いつつ“まあ、なったらなったで……”とニヤニヤしてましたから』




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