第二百十三話 兄貴からの依頼

 翌日、朝食を終えた俺は再び宿の部屋へ戻り、昨夜の予想だにしなかった人物との対面を思い出して……本日急遽決まった予定を前に首を捻っていた。

 第47代大僧正ダイモスの記憶『忘れざる詩人』は今まで確証の無かった『勇者召喚』やらイリスの加護精霊と予想していた『時の精霊ディクロック』について教えてくれ、その上で今日は生前に自分たちが残した遺産を回収するための観光地巡りをしろ……と。

 しかしなんとなく流れでダブルデートとか嘯いてはいたし、俺の精神衛生を気遣っての提案ということ自体も決して嘘じゃないだろうが……どうも“すべてを語ってはいない”という気配を感じるんだよな。

 実際に観光地を巡る事で手に入れろという遺産がどういう物なのかは全く言われなかったし。

 ダイモスの死因が自身が語ったように数十年前『勇者召喚』された人を元の世界に還した事で『聖典』に始末された結果だというなら、悪いモノではないと思うけど。

 ……と、そんな風に俺は一人ベッドに胡坐をかいて思い悩んでいた。

 仲間内の女性陣4人は店が開き始める時間に連れだってウキウキと出かけて行ったし、同室のロンメルのオッサンは『折角聖都に来たのだから、大神殿の強敵⦅とも⦆と語り合いに行くのである!』と早朝からすでにいない。

 しかし一人思案するには都合が良いとか思っていたのだが、そんな折に聖都市で直接対面が予想外ではある人物が急遽押しかけてきて面食らってしまう。


「おお、おはよう我が心の友ギラル君! 爽やかな朝だというのに一人宿に籠っているなどよろしくないなあ!」

「うお!? え? あ、兄貴?」


 笑顔満面、テンション爆高で突然現れたのは俺たちの中で目下話題沸騰中の片割れにして義兄弟の契りを交わした人物……ノートルムの兄貴であった。

 って……立場上聖都ではかかわらないようにしていたハズなのに、一体なんで?

 そんな事を考えているのが顔に出たのか、兄貴はテンションそのままに口を開いた。


「なんだなんだ? すでに入国を済ませていたなら挨拶くらいしてくれよ、水臭いな」

「……現状冒険者である俺らみたいなのを警戒しているのはアンタらの組織だろ、兄貴よ」

「お~っと、そうだったな。リリーからもすでに聞いていたのに、いやいやうっかりだ」


 リリーから聞いた……って事はすでに俺たちがシエルさんたちの手引きで入国を果たしたことまで知っていて、その上でここにいるという事は兄貴もグルと考えていいのだろう。

 まあこの人がシエルさんの害になるような事をするワケがない。


「聞いてんなら俺らが身を隠している理由も分かるんだろ? 何しにここに来たんだよ聖騎士団の隊長殿が……」

「そうつれない事を言わんでくれ、一応理由もなしに訪れたワケじゃないのでね」


 俺は一応潜伏先なんだから気を使ってくれんか? という若干の皮肉を込めて言うが、兄貴はどこ吹く風とばかりに笑う。

 テンションが高く目に見えて浮かれている理由は察するに余りある。

 昨日の出来事が今まで尾を引いているのだろうが、何と言うか朝のテンションとしてはいささかうざったい。


「兄貴……まさか昨夜の宿直をそのテンションのまま続けたんじゃないだろうな?」

「ふ、何を当たり前な事を。あの感動、あの感触……一度眠りに落ちれば忘れるかもしれないと思えば仮眠すら取れなかった。リフレインする奇跡の瞬間を思い出すたびに脳内が沸騰して、さっき部下に『隊長……申し送りはやっとくので、今日はもう帰ってください』と言われてしまったのだよ、ははは! 隊長として失格も良いところだな!!」


 う~ん、何と言うか部下の人に同情を禁じ得ないな。

 兄貴は普段真面目で実直な人物なだけに、こんなテンションの姿は中々に異様に映ったろうし……単純に邪魔くさかっただろう。

 今もなんだか無意味にクルクル回ってるし……。

 昨夜『外の院』にシエルさんが時間外にいた事について気にしている様子も全くないし……その辺は兄貴にとっては本当にどうでも良い事なのだろうな。

 後始末を考えないで助かると言えば助かるが、それで良いのか聖騎士よ。


「と言うか、その反応を見るに君は昨夜の出来事を知っているのだね? 私とシエルの熱い、甘い奇跡的な瞬間を!!」

「大方は……昨夜は女性陣が寄ってたかって根掘り葉掘り聞きだしたみたいだから、ある程度忖度した事実は聞いているよ。まあ……あれだ、おめでとう?」

「!? ありがとう……ありがとう! 君にそう言って貰える日が来るとは!!」


 他に言いようもないから一応賞賛の言葉を送ると、感涙しそうな……いや本当に涙ぐみながら兄貴は俺の手をガッシリと握った。

『予言書』を知っている俺としては、事こうなると遅いか早いかの違いでしかなかったとしか思えんけど。


「で、タイムリーな事に兄貴は今日デートの予定だったんだろ? 女性陣は早々にシエルさんをデート仕様に変身させる名目で出かけて行ったぞ?」

「おお、そうだったね。そういえば本日はダブルデートの形で君も付いて来てくれるとか……」


 俺がそう言うと兄貴はハタと真顔意になり、急遽決まった本日の予定を口にする。

 どうやらすでにリリーさん経由で伝わっていたようだ。

 しかし本日のデートは事前に仲間たちにも二人っきりになるように誘導された、兄貴にとっては乾坤一擲のイベントでもあったはず。

 ここで俺たちが介入するのはよろしくないのでは? と俺は考えていた。


「いや、でもそうなると俺たちは邪魔じゃないのか? とうとう兄貴がシエルさんにクリティカルヒットして二人が急接近の状況なんだから、このまま一気に押し通すには二人きりの方が良いのでは? 知っての通り今の俺たちは外出は老人に化けているし……」


 老人の姿を貶めるつもりは無いけど、さすがに年齢が違いすぎるのにダブルデートとは言わんだろう。

 老夫婦が同行しては雰囲気が孫と一緒に観光する家族風になってしまいそうだ。

 だが俺の懸念を兄貴は真顔で、首を振って否定する。


「いや、ギラル君。昨日の今日だからこそ、本日は君に是非とも同行をお願いしたいのだ」

「…………何で?」


「私は今、私と言う人間を信用できない」

「……は?」

「昨夜、感動の出来事で見落としていた事実があるのだが、私……いや、俺のうちに眠る恐ろしい存在に昨夜は気づかされてしまってね」


 兄貴と俺はどちらかと言えばヘタレ仲間の部類だったが、昨日の兄貴は男……いや漢だった。

 二人きりだと緊張するとか、そんな理由で俺の同伴を望むとは最早思えのだが……。

 そうすると兄貴は静かに、しかし何かを恐れるように言う。

 聖騎士団隊長として普段一人称を私としている兄貴が、わざわざ本来の“俺”に言い直して。


「少なくとも、俺は今まで自分は理性的な人間だと思っていた。欲望に身を任せる事は無く相手を慮り、我欲を優先する事なく本能を抑え最後まで理性的に行動できる側であると……しかし!!」

「あ~、長年ため込んで来た性欲がシエルさんとのファーストキスで暴走して、本能が赴くままに貪っちゃったのを今になって気にしていると?」

「……軽くまとめないで欲しいけど、概ねそんな感じ」


 基本は正義感のある真面目な兄貴だから、昨日の状況に流された感じのイベントに今になって不安を感じているのだろうか?

 なんか本当に今更な感じでもあるけど。


「今……俺がシエルと二人っきりになるとマズイ事になる気しかしないのだ。抑止力が何もないとシエルの想いを無視して襲い掛かりそうな気が……」

「良いんじゃないの? もうこうなったら本能全開で行けば……。聞いた限りじゃ今のシエルさんは兄貴に対してあれほど強固だったはずの天然の防壁が限りなくゼロになってるっぽいから、強引に行けば多分昼間っからでも……」

「やめろ! やめてくれ!! 本当に行きそうで、行けそうだからこそマズイのだ!!」


 頭を振って苦悩する兄貴を俺は微妙に冷めた目で見ていた。

 ええいまどろっこしい! エレメンタル教会の協力者たちも毎回そんな思いで二人の動向を見ていたのだろうな。

 そんな俺の目に気が付いたのか、兄貴は気まずそうに咳ばらいをする。


「いや、最終的にはそういう関係になりたいと思っているしが、少なくともちゃんとした誠意は見せた上でと……俺は思っているのさ。その為には今の自分の精神状態は危険でね」


 そういいつつ兄貴は懐から一つの銀色に輝く指輪を取り出した。

 その指輪の持つ意味を今更語るまでも無いだろう。

 多分兄貴は今までシエルさんへのアプローチで、この指輪を使ったモノだけは避けていたはずだ。

 兄貴にとってそれは最終手段だったハズなのだが……その指輪をここで見せるという事は、彼がやろうとしているアプローチは一つしかない。

 俺は兄貴の覚悟を決めた顔を見て……頷いた。


「なるほど……兄貴も覚悟を決めたってワケだ。YESかNO、最悪の事態すらも想定した最後の手段に出る事を」

「ああ、だからこそ……それが済むまでは俺の動向を見張っていて欲しいのだ。粗相を起こしそうなら実力行使もありでね」


 結婚を前提としたお付き合いの申し出。

 臆病風に吹かれたワケでもなく、今日これから最大の試練に自ら挑もうとする兄貴の覚悟を前に、協力しないワケにもいかんな。

 俺はニヤリと笑って了承を示した。


「……仕方がねぇな。その代わり、明日の朝には絶対に言わせてくれよ? “昨夜はお楽しみでしたね?”ってよ」

「……だから今そういう煽りはしないでくれ」

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