第二百十二話 明日は晴れるかな?

 何気に年上の2人に褒められる事がむず痒くもあるのだが、それはそれとしてダイモスは今ハッキリと不確定だった存在を認める発言をした。


「その物言いだと、やっぱり精霊ってのは6柱ってワケじゃない……7柱目がいたって事でいいんだな?」

『おや、その判定は確証が無かったのかい? 異界召喚とかに正確に茶々を入れているようなのに……まあ予想出来ていた事自体がすごい事なのだが』

「いろいろと偶然が重なったと言うか……神様の教えの賜物と言いますか。言った通り俺は精霊を感じる事は元より、魔力も無い凡人でね。予想も何も知り得た知識をフルに活用して何とかしているだけだからさ」」


 召喚というモノを神様に教わった算術に当てはめてみたら出来てきたのが時間だったってだけで、そう考えるとイリスの精霊魔法がしっくりくるってだけなんだが……。

 しかし俺の言葉にダイモスはより一層笑みを深くした。


『ははは、そう言ってくれるな同志。こう言っては何だが君と僕は根本的には同じような存在みたいだからな』

「……何がです?」

『僕は元々精霊神教の魔導研究者の一人だったのだが、魔力に関してはからっきしでね。それでも何とかなっていたのは魔導研究の知識において知っていた事が多かったからなのさ。知っていた事が多かったからこそ感じる事の出来ない精霊や魔力の存在を“ある”と信じられただけの事。先に知ってしまった、知る事が出来たからこそ恐怖できて踏ん張って来た君と何も変わりはしないさ』


 47代目大僧正が研究者だった? その告白も意外なモノだったけどそれ以上に大僧正にまでなった者が魔力の才に恵まれていなかった事の方が衝撃的だった。

 才能のない者が創意工夫でしがみ付き抗い、才能の在るものに食らいつくという精神性。

 それは盗賊と研究者という全く別種の生き方であるのに、凄くなじみのある感覚だ。

 ……なるほど、一見戦闘とは程遠い体躯なのにあの大聖女⦅ばあさん⦆を友達のように語れるワケだ。


「いや、俺は神様に貰った知識があったけど貴方にはそんな恩恵も無いのに独学でその存在に至ることが出来たんだろ? 相当凄い事だぜ、それ」

『なに、褒められた事ではないよ。実際そういう探求心? と言うか知識欲を追求した結果、知らなくて良い事まで知ってしまったのだからね』

「……知ってはいけない事? 勇者召喚の真実の事っスか?」


 俺が何の気なしにそう言うと、ダイモスは首を横に振って見せる。


『それも一つだが、最も大事なのは精霊神教が立ち上がった千年前より今までの間に『異界召喚』は幾度も行われてきたという事さ』

「は!?」


 俺はダイモスの言葉に思わず声を上げてしまった。

 しかし考えればそれはおかしい事じゃない、実際ブルーガ王国には『異界勇者』の為の『伝説の剣』が“勇者に力を与える為”ではなく“勇者を死なせない為の最後のセーフティ”として存在していたのだから。


「いや……でも今でも『異界召喚』の研究はされていて、現状で成功しているのは同じ世界から魔物を召喚する転移か、もしくは死者を死体に受肉する『英霊召喚』程度だったぞ? それなのに何で過去には成功していたんだ?」


 俺が『異界召喚』について予言書の聞きかじりで知っているのは何千人の魔導士を必要とする膨大な魔力と『最後の聖女』イリスの存在くらいだ。

 なんとなく否定してほしかったのだが、そんな俺の疑問にダイモスはアッサリと答える。


『召喚に必要なのは膨大な魔力の他に呼び出したい特定の属性的志向、例えば火属性の魔物や魔人などを呼び出すには火属性魔法を扱える魔導士が魔力を貸し与えれば良いだけの事。過去偶発的に成功したのは偶然時の精霊の寵愛を受けた聖女が召喚に立ち会ってしまった結果なのだろうな』

「……偶然?」

『ええ、君も知る通り時の精霊の寵愛は分かりにくく、一見回復魔法と見紛う現象もある事で光属性魔法と混同され易い。膨大な魔力の中、そんな特徴的な魔力に召喚術の魔法陣が引かれて『異界召喚』に至ったのではないか……というのが僕の見解だね』


 あっけらかんと自分の考察を披露してくれているけど、納得のできない事が一つあった。


「ちょっと待ってくれよ。だったら何でこの世界は滅んでいない? 『勇者召喚』は三大禁忌を利用し千年前から計画されたもんなんだろ? そんな何度もやられたとするなら……」

『落ち着きなって……世界の破滅を齎すのが“勇者を奪われた大事な人”ってのはもう知っているんなら、予想はできるだろ? 実際にそれを実行したせいで大僧正までなったというのに2週間足らずで計画していた連中に殺された奴が目の前にいるんだからな』

「……え?」


 そんな事を言うダイモスはどこか得意げであり……いや知ってしまうと得意げになってもいい気はする。

つまりダイモスが殺された最大の理由とは……。


「つまりアンタは召喚された勇者を元の世界に送り返したからこそ、精霊神教の上層部に暗殺されたってのか!?」

『正確に言うならば、その上層部を陰から牛耳る存在『聖典』によるものだろうけどね。幸いな事にその時は召喚術を成した人が協力してくれてね、僕らが犠牲になるだけで世界を滅ぼさずに済んだのだけどね。ちなみにあの時召喚されたのは年端もいかない女の子だったな~』


 その言葉にダイモスに敬意を表すると共に、背筋が凍り付く。

 つまり彼が大僧正になった数十年前、この世界は滅びかけていたという事になるのだから。

 それに、彼が自分の死まで含めて幸いと表現した言葉が現状に当てはめると非常に重たいモノにもなってしまう。


『僕が生存していた時にも『聖典』に陰から操られる道化たちと対を成すように、勇者召喚を陰ながら阻止、または変換しようとする者たちは少なからず存在したのさ。その時に事情を知らないジャンダルムにも助けられた事もあったし……』

「でもダイモスさん……今回は召喚士が完全に敵側にいるんですけど?」


『勇者召喚』を悪用しようとする『聖典』に対抗する先達たちの存在……そう考えると自身のやっている事に誇りを感じなくもないが、今回に関しては肝心な部分が致命的なのだ。

 彼の時代では『時の精霊』の存在が確定しておらず、尚且つ術者である召喚士が味方だったからこそ『勇者召喚』で呼び出された少女を元の世界に還す事が出来た。

 しかし今回に限ってはミズホという召喚士はジルバの手下で『テンソ』の一員、そこが完全に敵になっている。


『確かにそこが問題だ。僕らの時代に『勇者召喚』に関する資料は可能な限り『時の精霊』に関する情報は消失させたし、現状の精霊は6柱であると固定概念を植え付けていたのも先達たちが『時の精霊』を隠匿させようとした方法だったかもしれない。しかし君の『予言書』の話を聞く限り、数年中には召喚術の研究は『時の精霊』の存在を確定するに至る可能性が高いな』

「……今のところはある程度研究の速度は落ちているっぽいですけど?」


 俺は多少の希望的観測から楽観的な事を言ってみるが、ダイモスさんは首を横に振る。


『精霊神教が発足してから約千年、これまで僕らのような召喚を阻止しようとする同志や勇者を生かすため、そして元の世界に無事に返すための『勇者の剣⦅エレメンタルブレード⦆』のような魔導具は現れて来たが、今回に関しては全く別の現象が起こっている事からも……このままでは『勇者召喚』からの邪神誕生の流れは確定的ではないかと思います』

「……全く別の流れ?」

『お前の事に決まっとろうが』


 惚けてオウム返しをする俺に、ドラスケは呆れたように言った。


『今まではこの世界に存在する者たちが力を合わせ、命を懸けてどうにか出来て来た世界の破滅のストーリーが最早このままではどうにもならなくなってしまった。時の精霊に貴様が選ばれたという事は逆に言えば最もマズイ時の流れはまだ終わっとらんとみるべきだのう』

『ですね、特にギラル君には分かりやすいくらいに『予言書』では敵対勢力であった者たちが集まって、敵対しなくても良かった連中を悉く味方に引き入れるか、もしくは戦いから遠ざけてしまっている。それこそ何者かが君に仕事を回して処理させているかのような……』

「……その言い方は酷くね?」


 つまり俺には影も形も存在も感じない何者か……そんなフワッフワなヤツが『予言書』の厄介ごとを俺に回していて、俺がその厄介ごとを処理する係を続けている限り未来の破滅『勇者召喚』が起こる危険性が残っているって事になるのか?

 俺はこれからの事態がまるで想像できないのに、厄介な原因がどうにもできないって事だけを知らされて頭が痛くなってきた。


『まあまあ若者よ。そのように面倒ごとばかり教えられるのも精神衛生上よろしくないだろうから、私からマル秘情報をプレゼントしておこうじゃないか』

「……なんすか先輩?」


 若干ヤサグレ気味に言うとダイモスは苦笑しつつ、自身を投影している手記をパラパラと捲って見せた。


『どうせこれから数日間は聖都の防衛陣形を警戒して潜伏するつもりなのだろう? だったらこの際聖都の各所を観光巡りして『対勇者召喚』に生きた僕たちの遺産の回収をしてみてはどうだろう? 想い人でもいるならデートでも兼ねてさ』

「……遺産? ……ってデートって!?」


 さわやかスマイルでそんな事を言い出す大僧正の提案に思わず声を上げてしまうが、肩に留まっていたドラスケは骨のクセにニヤリと笑って見せた。


『ほほう、イイではないか。幸いと言うか明日は聖騎士と聖女の注目カップルが逢引きする予定ではあるしのう。この際ダブルデートの体で観光もしてくれば良いではないか』

「だ、だだダブルデート……」


 そして瞬時に今回やばい程のフラグが立ちまくった二人を思い浮かべて、もしかして自分的にもいい機会なのかもとか邪な考えが脳裏に浮かんだが……ふと思い出した事があった。


「……っておい。今俺たちが外出するとしたら『変化のケープ』を使ってのジジイとババアの姿なんだが?」

『む……それは確かに……』


 老夫婦の観光……見た目には自然かもしれないがデートかと言えば……ね。

 最終的にそういう関係に落ち着くことを希望していないとは言わないけどさ……。




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