二百十一話 源流に選ばれた盗賊

 大僧正と名乗られてもその容姿は想像よりも遥かに若く質素で、現大僧正であるオッサンに比べてどこまでも質素に見える。

 具体的に言えば、それこそシエルさんやイリスなどの聖女たちに通じるような……。


『その通り、と言ってもその様子じゃ僕の姿をみて大僧正とは程遠いほど威厳がない事に戸惑っているようだね。まあこの姿自体本人というワケではなく実際はダイモスという人間が生前に残した一時的な人格でしかないけど、容姿についてはほとんど変わりがないから……悪いけどその辺は妥協してくれよ』

「いえ、別に容姿だのについてはどうでも……ってか似たような矜持を持った聖職者の知り合いは多いですし」


 そして大僧正と名乗った割に気さくに話してくるダイモス。

 考えてみると俺が仲の良い聖職者関係はみんなこんなのばっかり……光の聖女シエルさんを筆頭にリリーさんもロンメル師範もイリスも、師匠にして母のミリアさん、聖騎士の兄貴に果ては大聖女の地位にあるジャンダルムの婆さんだって。


「現エレメンタル教会の大聖女が気合の入った脳筋ババアですからね……今更大僧正が気さくなオッちゃんだったとしても……」

『お? もしかして今の大聖女は『撲殺の餓狼ジャンダルム』じゃないか?』

「……知っているんすか?」

『ははは、知っているも何も……共に無茶した仲さ。そうか~アイツもババアと言われる年になったのか……よくぞ……』


 大聖女ジャンダルムの名前、そして彼女が年を重ねて生きている事に感動している様子のダイモス。

没年例を考えても知り合いだったとしてもおかしくは無いだろうが……。

 妙なものだがさっきまでの他人でも共通の知り合いという取っ掛かりがあると会話は弾むものである。

 俺はとりあえずはその辺からコミュニケーションを始める事にした。


「……あの人と交流があったのはいつ頃の話なんですか? 聞く限りあの人も中々苦労してきたみたいですけど」

『だろうなぁ……方向性は違ったが俺たちは共に悪くなっていく精霊神教を何とかしようと考える同志には違いなかったから』

「それは……改革って事っスか?」

『ああ、アイツは聖女という立場から同様に弱い立場の者たちに寄り添い、徐々にでも待遇を改善するように、僕は大僧正という最高位に就くことで上から組織を変えようと……。まあご存じの通り、そういう動きを嫌う連中に暗殺されてこのザマなワケだが』


 ハハ、と軽く笑い飛ばすダイモス……そんな彼の言葉の内容は俺にとっては笑い飛ばせるほど軽くはない。

 精霊神教の悪行や横暴の為に過去起こった事件や迫害による犠牲は数多い。

 リリーさんが聖職者を辞めざるを得なかった事件など最たるものだし、『予言書』でこれから起こることが辞さされる『勇者召喚』だって大本は精霊神教から派生した教えの一つだ。


『ところで少年、聞くのを忘れていたが君の名は何というのかな? この僕を呼び出す事ができた同士の名を知らないのは少々さみしいのでね』

「あ……あ~~スマンッス、そういやまだ名乗ってなかったっスな。俺はギラル、ザッカール王国冒険者ギルド所属の冒険者で、盗賊のギラルっス」

『我はドラスケ、元はスカルドラゴンナイトであったが色々あって今はこんな形をしておるが気にせんでくれ』


 慌てて自己紹介する俺にドラスケが追従する……いつの間にか肩に留まって。

 そんな俺たちをダイモスは意外そうな顔で見ていた。


『ほほう盗賊にアンデッドとは、またずいぶんと不思議な組み合わせだね。僕もいざというときの為に『忘れざる詩人』を幾つかに仕込んでおいたが、本音を言うと見つけ出すのは精霊神教の教えに疑問を抱いた聖職者の誰かかと思っていたよ』

「悪かったっスな~盗賊で」

『いやいやとんでもない。『忘れざる詩人』を見つけたばかりか、僕を呼び出す事が出来たという事は君は真実を知っている側なのだろう? 『勇者召喚』という最悪の愚行の事を』

「ある程度は……ね」

『ふむ、では忌憚なく君の言葉で『勇者召喚』が何のために行われようとしているのか、答えを聞かせてもらっても良いかな?』


『勇者召喚』という精霊神教にとっては神事と言ってもいい事をハッキリと愚行と称するダイモスに、俺は自然と瞳を細めた。

 精霊神教が、そしてブルーガ王国が伝える救世主としてのヒロイックサーガを信じる者はこの場には一人もいない。

 だったら俺が“同士”に向かって言うべき答えは……。


「気に入らない世界だけど自分じゃ壊せねーからって、他世界の女にこの世界を恨ませ邪神になってもらって代わりに壊してもらおう……直接自分の手を汚そうとしない、極悪な犯罪者の中でも最低最悪な部類のクズの所業……」

『…………君とはぜひ生前に相まみえたかったな。ギラル君』


 俺の言葉を聞いたダイモスは満面の笑顔を浮かべて手を差し出してきた。

 反射的に俺も手を差し出すが、レイスと似たように実態のない彼に握られても手の感触は全くしない。

 しかしそれでも、この行為自体に大きな意味があると思わずにはいられなかった。


『しかしギラル君、聖職者でもない君がよくぞここまで精霊神教の真実と言うか暗部に近づく事が出来ましたね。偶然何かを知ったとしても教会の関係者でなければ理解できない事は多かったと思いますが……』

「……と、言いますと?」

『いや、妙な事だが僕が『勇者召喚』に疑問を抱けたのは一度精霊神教を崇拝し、その後に疑問を抱いてしまい逆に真実を追求しようとしたからであって、自分たちの生死がかかる冒険者であるなら尚のこと、このような面倒事を追求しようなどとは考えないのではないかとね』

「…………」


 中々に鋭い事を言う……この辺はさすが大僧正と言ったところか。

 俺だって切欠がなければこんな行動、『予言書』を改変しようなんて自分には儲けにもならない事などやらなかっただろう。

 自分が動かなくても誰かが何とかしてくれる……そう思えたのなら。

 しかしあの日あの時、神様に出会った俺だけしかこの世界において『予言書』を見た者がいない……俺が何もしなかったら、今一緒にバカ話で笑っている仲間たちはいなかったかもしれないと思えば……俺が知る、俺が今大好きなあの人が隣にいてくれないかもしれないと思えば。

 

「そこから目を背けた時に、大事なモンが全部なくなるかもしれない……その事を知ってしまったからには、面倒だからと引き返すワケには行かなくてね」

『知った……つまり君は何かとんでもない事を知ってしまったという事なのかな? 勇者召喚の真実などどうでも良いほどの何かを?』

「どうでも良くは無いね。俺が知っているのは『勇者召喚』をやらかしてしまった未来の結果についてさ」


 俺はそう前おいてから、自分自身が幼少期に体験した事件についてダイモスに話した。

 自分が何故『予言書』を改変しようと動いているのか、そして『勇者召喚』を行ってしまった未来に何が起こるのか……。

 ハッキリ言えば初対面とも言える相手なのに、『勇者召喚』を愚行と言い放ち、現実に暗殺されているこの人物には話すべきであると思ったのだ。

 そして一通り俺の話を聞いたダイモスは吟味するかのように頷いていた。


『ふ~む……それはまた、不謹慎と言われるかもしれないが興味深い。本来、君がいうところの『予言書』では召喚された勇者に殺されるハズだった君の目の前に現れた『光の扉』、そして『神代の世界』から帰還しての君の改変行動により変わって行く『予言書』の人々……これは中々に巨大な力が働いた可能性が高いね』


 俺の話を否定することもなくダイモスは『光の扉』や『神代の世界』、そして『予言書』に関しても受け入れた体で話し始める。


「な、なんか穏かじゃないね……。俺がガキの時に見た『光の扉』って本当に人一人が通れるくらいのモノでしかなかったんだけど」

『ギラル君、認識が甘いね。次元に干渉するのは膨大な力が必要になってくる。君も知っている通り『異界召喚』を実行するだけでも数千人の魔力を犠牲にしなくてはいけないのだよ? 君から聞いた話では次元だけではない、時の流れにまで干渉しているのだから魔力だけでは足りはしない……もっと巨大で膨大な力も利用して、それでも過去に干渉できる瞬間、範囲は限定的な小規模なモノだろうな』

「魔力だけじゃない膨大な……力?」


 ダイモスの言葉に俺は自然と息をのんだ。

 予想もつかないから、ではない……予想ができたからだ。

 この世界において魔力以上に膨大な力と言えば、手っ取り早く一つしか思い当たらないから。


『神代の国が何なのか、そしてどこにあるのかは分からないけどね……君は選ばれてしまったのだろうな。これから数年後の未来において、自身の行いをひたすらに後悔した最後の聖女と、その聖女の最後の償いに乗ったこの世界も、そして『予言書⦅みらい⦆』の存在もすべて無かった事にしたかった最愛の男を異世界に殺された女性に』

「……あの光の扉は、『予言書』のイリスと、邪神として降臨した勇者の恋人によって作られたってのか!?」


 今まで疑問ではあったのだ。

俺の命を救い、それどころか知識まで与えてくれたのは神様に間違いないけど『光の扉』を誰が何のために開けたのかは分からなかった。

あの時の神様の反応を思い出しても『神代ノ国』に俺が行ったのは偶然でしかないだろう。

それが、まさか『予言書』にあった二人の女性による後悔の念からだったとは……。

でも……それであるなら、なんで……。


「でも、だったら何で俺だったんだよ? 俺なんかよりもっと……強いヤツとか、才能のあるヤツとか……」


 ハッキリ言って助けてもらっておいていう事ではないかもしれないが、それでも俺は『予言書』では単なる犯罪者でしかなかったのだ。

 この世界の命運を掛けた最後の手段に選ばれたと言われてもピンとこないぞ。

 しかし、そんな俺の疑問に答えてくれたのは……肩に留まった骨のあるヤツだった。


『アホウ、魔力も無ければ最初から強くもない、たゆまぬ鍛錬と日々の学習、重ねた努力の結果でしか成果を出せない貴様だからこその“今”があるのだろうが! 力自慢に蹂躙されるだけで歴史が、人の意思が簡単に変わると思うなよ!』

「う……うえ!?」


 思わぬ身内からの高評価にちょっと反応に困ってしまうが、ダイモスも苦笑しつつ頷いた。


『精霊は気まぐれな存在だが愚かではありません。未来で己の全て、力も魔力も存在も、思い出さえも捧げ時空に干渉した二人の女性の願いを無下にする事はありませんよ』

「…………う」

『巨大な大河を成す水の流れでも、源流はか細くはかないモノ。君はその大河の流れを変える源流として選ばれたのでしょう……時の精霊ディクロックに』





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