第二百十話 善も悪も自己責任、それが冒険者の矜持

 楽し気な女性たちのキャッキャとした声がここまで聞こえてくる。

 しかし俺はその声に耳を傾ける事はせず、いつもの『気配察知』の五感の集中を聴覚に限ってあえて低く、狭く意識する。

 そういった話を盗み聞くのは無粋が過ぎるからな。


『フ……冒険者の業種名としては最も犯罪臭のする盗賊であるのに、ジェントルメンであるのう、結構結構』

「男子禁制って意味は分かっているつもりなんでね……」


 昔酒に酔ったドレルのオッサンに口酸っぱく言われた事があった。

『男子禁制って言葉を秘密の花園と妄想する男は多いが、はき違えてはいけない。下手をすると女性による男性の処刑場と化す危険をはらんでいる!』と……。


「一度興味本位で女子会の会話を聞いちまった諸先輩は、思い出したくもない恐怖を味わったと語っていたからな」

『なんとなく……言いたい事が分かってしまうのが怖いな』


 あの脳筋女子どもが人の陰口で盛り上がるとは思えんけど……それでも男には聞かれたくない話だってあるだろう。

 こっちとしてはその辺を忖度した上で後日情報をくれれば、それで満足なのだ。

 今回の宿はロンメルのオッサンと相部屋だから、今現在の俺は宿の屋根に腰かけて月明りを利用して今回の戦利品である手帳の確認をする事にしていた。

 骨のある相棒と一緒に。


『しかし……ギラルよ、今回は妙に嬉しそうではあるな? それほどまであの二人のラブシーンはご馳走であったのか?』

「ん? あ~~まあそうじゃねぇとは言わんが……何って~か、俺が知っている『予言書』の中でも唯一の幸せカップルだったのがあの二人だったからよ。逆に『予言書』を改変したせいで二人が結ばれないんじゃね~かとか不安もあったからな」


 殺伐とした『予言書』の中で、唯一男女として結ばれていたのがあの二人だった。

 最後は二人とも死亡する事になるがその日の朝、別れの瞬間に『では地獄の底で……またお会いしましょう』『ああ、死しても常に共にあろう……』と口づけを交わす場面は涙なしには見れなかった。

 あんな過酷な運命を歩むことなく二人が幸せに歩める姿が見れるのだとするなら、これほどうれしい事は無いじゃないか!


『なるほどのう。確かに悲劇的な最期を迎えない物語を見つける事が出来たとするなら、お前さんのテンションも分からなくはない』

「……ま、まあ、シエルさんのあのエロさは予想外だったがな」


 妙な話だが『予言書』では何度かあの二人のベッドシーンがあったのに、何故かあまりエロさを感じる事はなく、むしろ神聖さと静謐さを覚えるものだった。

 しかし今回目撃したのはそれより前のキスシーン……過激さで言えば『予言書』には遥かに劣るハズなのに……何なのだろうか?

 その辺も含めてドラスケに話すと、ヤツはしたり顔で語りだした。


『フン、お子様め。そりゃあれだ“傷の舐めあい”と“情愛からの欲情”の違いであろう。前者にはどうしても悲しみや同情心が付いてくるが、後者は完全に求め合うだけのラブシーンじゃからのう。ギャラリーとしても感じるものが違かろう』

「あ~、そう言われりゃ確かにな……。今の二人はニヤニヤしてみてられるからな」


 破滅に向かう悲壮感も無く、ただただラブラブしてくれるなら……確かに盛り上がってくる感覚はひたすら欲情のみか……。

 愛情と欲情は切っても切れない……兄貴が教えてくれた事であるし、今回彼は身をもって見せつけてくれたワケだしな、うんうん。


「……と、イカンイカン。これ以上思い出していると今晩は思考がピンク色で凝り固まっちまう。そろそろ真面目に戦利品の調査とまいりますかな」

『ケケケ、そうだのう……これ以上は自身が実際に体験するまで取っておいた方がよかろうて』


 意味ありげに笑うドラスケを横目に、俺は今回の戦利品である手帳を開いた。

 使い込まれた黒い手帳であり書かれた文字は結構癖が強く、それは実に盗賊に通じる文字の崩し方に似ている。

 暗号、とまでは言わないが何らかの理由があって読みくく書く必要があったという事なのだろうか? 

 例えば誰かに見られた時、一目では判断できないようにする為とか……。


『……汚い文字とも思えるが、文字列に一定の法則があるような書き方でもあるな。ギラルよ、それが今晩『外の院』から盗み出した戦利品であるのか?』

「分かるか? やっぱお前も生前は戦場に生きていた兵士だったって事か……」

『敵国の間者の暗号、味方の情報漏洩など軍事行動に暗号は付き物であったからな』


 分かるヤツには分かる、汚い癖のある字でしかないような文字列に込められた意図。

 今晩は色々と予定外の事が山積していてメインのはずの調査の方がおざなりになりそうだったが、この手帳が『外の院』に隠されていたのは僥倖である。


「お前がかぶり付きでラブシーン見てた間に俺は図書室内に残っていた“コイツが47代目じゃね~かな~?”って気配を重点的に探って……一番その気配が利用していた棚、今ではホコリかぶりまくりの歴史書の棚……を支えるようにコイツが挟まっていたのさ」


 まるでガタつく棚を支える目的でいらない手帳をそこに挟みました、みたいな感じでこいつは棚の下敷きになっていた。

 俺は気配を探っている際に、もしもこの気配が件の47代目だとするなら……この人物は自分がいつか始末される危険がある事を常々察していたんじゃないかと思う。

 そしてそれを見こうして、大神殿でも一番人の出入りが多く注目されにくい『外の院』の図書室にこんな手帳を残そうとしていたのではないか……と。

 深読みすると同じような手記とか手帳とか、別の場所にもあるんじゃないだろうか?

 それこそ神殿側が今現在大事に守っている『内の院』や『奥の院』辺りにも……。


「……考えすぎかね?」

『いや、一概にそうとも言えんだろう。現に今、精霊神教が何か探られたくない秘密を探ろうとしている怪盗に異常に反応して大神殿の奥を固く閉ざしておるのだからな。聖典同様、47代目もかなり用意周到であったと見て良かろう』


 自分の命すら天秤にかけて何かをなそうとしていた……。

 当初は最短で暗殺されたという取っ掛かりのみで怪しく思えた人物だったが、ここに至るとその勘も外れではなかったと思えてくる。


『で? そんな手帳には一体何が書かれておるのだろうか?』

「ん……ん~~? 確かに読みずらいが、こいつは30年前に流通していた共通言語の類を崩しただけみたいだから、時間をかければ……と?」


 そう思ってページをめくると出てくる単語は『精霊』『歴史』『神殿』などの単語が多いような印象だが、その言葉には常に裏や逆を意味する単語が付きまとってくるのが分かる。

 例えば精霊神教が好んで使う『精霊神様は己を信仰する者に寵愛を与える』という言葉に常に逆を意味する記号が振られ、直訳すると『精霊神は信仰する者を何とも思ってない』もしくは『精霊神はいない』と読み取れたりする。

 ダイモス大僧正……なかなかにロックな人物だったのだろうか?

 しかしそんな文面を読み進めていると、不思議な文章が目に入った。

 それは手帳に羅列された崩した読みにくい文字ではなく、おそらく本来手帳の持ち主が書いていたのだろう美しい清書であった。


『この文章を読める者、定められた条件を満たした者である。

 その条件とは太古の昔より続く精霊神教の伝承『勇者召喚』に関する真実を知った者のみがこの文章を読み取る資格を得るものである』


「……え?」

『どうしたギラル?』


 いや……その文字は印字されているモノじゃない。

 読んでる間にもドンドンと生きているかのように、こっちに話しかけているかのように現れ続けているのだ。

 前にもこの手の本、いや『日記』を手にした事もあったが……。

 驚愕する間にも文字はお構いなしに現れ続ける。


『真実を知った者に問う……家族を、一族を殺され国を滅ぼされ、憎悪に塗れた者がいたとして、その者が滅ぼした者を恨み、憎悪をぶつけるのは間違いであるか?』


 ……その文章を目にして、俺の驚愕はピタリと収まり冷静になる。

 それはまるで俺自身に問いかけているかのよう……いや、実際に問いかけているのだろう。

『勇者召喚』という『予言書』において最後の聖女イリスが最後の最後まで悔やみ続ける事になる最大の過ちに関しての……予言書において異分子⦅イレギュラー⦆である俺に対して。


「さあな? 間違っているかいないかで言えば間違っているだろうがな……憎悪の置き場はそれこそ個人個人で消化するしかねぇ。ただ俺が言えるのは一つだけ、あふれる憎悪を恨み募る人間にぶつけるのも、納得できない世界を恨みすべてを破壊しようと思ったとしても……」


 その問いに対して俺が言えるのはただ一つ……。

 結局それが俺のガキの頃からの、神様に教えられた信念。

 結局『勇者召喚』は自分たちではどうにもならないと思った時、他世界に救いを求めて勇者を呼び出そうとした者たちの願いを利用し、そしてその勇者となった者を奪われたことでこの世界を滅ぼす邪神を呼び込み世界を滅ぼそうとするもの。

 どんな企み、恨み言、大言壮語を吐こうとも、結局やっている事は自分では出来ない事を成す為に他人を巻き込むという所業。

 犯罪を犯す者が極悪人であるのは間違いないが、どんな手を使ってでも他人にやらそうと画策するなど、自分で手を汚さずに責任も取らないと言っているも同義。

 それは結局、質の悪い卑怯者でしかない。

 俺はその手帳の現れた文字に問いかけるように、他者から見たら確実に不審者に映るだろうな~とか思いつつ口を開いた。


「自分⦅てめぇ⦆でやれ……」


 全てが自己責任の冒険者にとっては当たり前の、ガキの頃から染みついた一つの当たり前の心構えを口にした瞬間、開いた手帳から淡い光が漏れ始める。

 その光景を俺は一度目にした事がある。

 奇しくもそれは、さっき手帳に勝手に文字が現れた時に思い出した『日記』と同じような光景であり……。


『むお!? こ、この手帳は……』

「コイツは……魔道具『忘れざる詩』か!?」


 特定の条件をクリアした者にしか読むことのできない文章『忘れざるの詩』、以前カチーナさんの実家『ファークス家』で見た事があるが、その時よりも若干演出が派手なような?


『ちっと違うな。魔道具としては『忘れざるの詩』と近しいが、こいつは宿らせた自身の分体を書物に宿らせる僕が作り出した特殊魔術の賜物なのさ。名付けて『忘れざる詩人』だ』

「『!?』」


 と、そんな事を思っていると……不意に声が聞こえてきた。

 いや出所は今手に持っている手帳である事は分かり切っていて、確信したと同時に俺は放り投げてしまったが……手帳はそのまま虚空に浮いたまま、更なる光を保ったまま人の形をとっていく。

 その様はまるで幽霊、前に戦った魔導霊王⦅エルダーリッチ⦆にも似た佇まいだが、あれに比べると禍々しさを感じない……人の良さそうな男、細身の神官のようで。


『初めまして……わが生涯においては見える事の無かった、志を共にする同士よ。僕の名はダイモス。第47代大僧正にして精霊神教を心からくだらないと思っている、聖職者としては最も欠陥品の不良物件で、そのせいで『聖典』に処理された半端者さ』

「……ダイモス……アンタが?」


 





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