第二百九話 食い殺され、毒殺され、刺殺され……の女子会

 夜の集合場所は宿の裏手にある薪用の小屋に決めていた。

 昨日は夕方で異端審問の連中がいない想定で宿の部屋を使っていたが、時間的に『ワースト・デッド』のみでの集合が難しいと考えたからなのだ。

……今となっては意味がないがな。


「良い話と悪い話、どっちから聞く?」

「「…………」」


 約束の時間に現れたカチーナさんとリリーさんが、ここに俺以外もう一人いる事を目にした瞬間、露骨に表情を歪めた。

 あれから聖騎士の声真似で何とか二人を正気に戻して、慌てて逃げるシエルさんを追いかける形で神殿を脱出したのち、俺は約束の集合場所に先に到着したワケだが……。


「……なんとなく予想がつくから、悪い方からお願い」


 頭を抱えため息を付いたリリーさんは小屋の隅に視線を向けたまま、若干の諦めを感じさせる口調でそう言った。


「俺たちの正体が、彼女にバレた。驚く事に露見したのは昨日の夕方、俺とリリーさんが同時に索敵をしていた時に同じ部屋にいたらしい」

「!? ギラルの『気配察知』と私の『魔力感知』を搔い潜ったっての!?」

「そうらしい……気配どころか魔力すらも、盗賊としちゃ面目丸つぶれだぜ」

「……魔導士としてアタシだってそうだよ。ったく、これだから才能の化け物は……こっちが苦労して身に着けたスキルをスキップで追い越して行くんだから」


ため息交じりにそういうと、リリーさんも半ば諦めモードでため息を吐いた。

 俺もリリーさんも、そしてかチーナさんも元々足りない事を技術や策略、後は積み重ねた修練によってどうにかしてきた人種だからな。

 索敵能力など、その最たるモノなのに真っ当なやり方でアッサリ追い抜かれてしまうのは何とも理不尽な気持ちになってしまう……その気持ちは痛いほど分かる。

 しかし、しばらくの間“あちゃ~”って顔になっていたリリーさんだったが、視線の先にいる親友がさっきから何もリアクションを起こさない事に違和感を持ち始めたようだ。


「あ……あれ? シエル? てっきりイリスの時みたいに組み敷かれるかと思ったのに?」


 基本的に体育会系な彼女たちのやり取りは非常にわかりやすい。

 気に入らない事に対しては実力行使、この場合リリーさんはまず自分が折檻を受けた後に謝罪の流れに行くと踏んでいたようだ。

 だがシエルさんはさっきから小屋の隅で体育座りをしたままソッポを向いている。

 いつもと違うリアクションにリリーさんも“そんなにショックだった?”とばかりにオロオロし始めるが……俺は知っているからこそ分かる。

 今の彼女の耳がここからでも分かるほど真っ赤に染まっている事を。


「まあ、ダチ方面の感情の処理は後々話し合ってもらえる? とにかく今回は流れで彼女を怪盗ワースト・デッドの新たなる仲間『ペネトレイト』となっていただきました」

「ペネトレイト…………貫かれ……ああ、なるほど」

「仲間になってもらえるなら心強いですね。リリーさんが友人にして聖女の彼女を心配するも分かりますが、私は少々嬉しいです」


 かチーナさんがちょっと呑気な見解を示すが、リリーさんは複雑そうな表情を浮かべる。


「アタシだって戦力的実力に関ては文句は無いよ。でも、この娘は性格なのか性質なのか分かんないけど、妙な事件を引き込む事があるのよね~」


 リリーさんの懸念に関して、今回俺は身をもって経験した。

 いつもだったら兄貴がいたとしても見つかる事は無かったはずなのだ……少なくとも『外の院』に限っては。

『気配察知』も『魔力感知』も掻い潜るシエルさんのみを匂いで探り当てる兄貴⦅へんたい⦆があの場にいたからこその、奇跡的な事件だった。

 シエルさんとの付き合いが一番長いリリーさんだからこそ、こんな事件は何度もあったことだろう。

 しかし今回はその事件がプラスに働いたといっても過言じゃない。


「その妙な事件を引き込む体質……それが今回プラスに働いた。最初に言った良い事につながる事なんだが……」


 ピクリ……俺がそう口にした瞬間、体育座りで丸くなっているシエルさんが動いたのが分かったが気にせずに進める。


「今回新加入のペネトレイトには初仕事として、ザッカール所属の聖騎士ノートルムの足止めを託したのだが……驚くべき事に彼女は見事にヤツを仕留め、その上で彼を覚醒せしめて、逆に攻略を許してしまったのだ」

「「……え?」」


 ワザと分かりにくい言葉を選ぶ俺に首をかしげる二人に……俺はニヤリと笑ってやる。


「兄貴に発見されそうになったシエルさんが色仕掛けで篭絡、しかしその後に火が付いた兄貴に逆襲され唇で“分からされて”しまったのだよ諸君!」

「「!?」」


 そして二人は理解した瞬間、隅で丸まったままのシエルさんを二度見、三度見……シエルさんが更に真っ赤になり頭から湯気を出し始めたのを確認してから興奮気味に詰め寄ってきた。


「「KWSK!!」」

『では語って進ぜようではないか! オリジン神殿の『外の院』、図書室で繰り広げられた情愛の夜の宴を!』


 それから真打登場とばかりに薪の裏から登場したドラスケが何故か丸まったままのシエルさんの背中に降り立つと、まるでヘタクソな吟遊詩人のように先ほどの攻防を事細かに語り始めたのだった。

 その語りを同じように体育座りになって聞いていた二人、特にリリーさんの興奮具合は凄まじく……俺が断腸の想いで幕引きをした下りを聞き終えると背中のドラスケを払いのけて、シエルさんの背中に抱き着いた。


「しゃあ! よくやった隊長! そしておめでとうシエル!! とうとう分かっちゃったか!? 分からされちゃったか!!」

「わ、わ~……とうとう想いが通じちゃったのですか。あの剛の者であるシエルさんがこんなに縮こまって可愛らしく……」


 テンション爆上げのリリーさんとは対照的に目を輝かせてかチーナさんはシエルさんが羞恥に悶える姿を見つめている。

 この人、こういう系のかわいいのも好みなんだな。

 俺はそんな女性陣に苦笑しつつ、リリーさんに吹っ飛ばされて地面に転がるドラスケを拾い上げてから回れ右、この場を離れる事にした。


「つーワケで、そっからは同性同士の密談で色々聞き出して貰えます? 俺は一応これから戦利品の調査があるんでね」

「ありゃ? もういいの? 一応怪盗⦅そっち⦆方面の話もあると思ってたけど……」

「今のところ確かな事は何にも分かってないから計画もクソもないしな。それにそっちとしても根掘り葉掘りは女子会の方がやりやすいんじゃね~の?」


 俺がニヤリとそう言ってやると、リリーさんも似たような笑みを浮かべつつサムズアップをかました。


「気が利くねぇ男の子! 新たな情報が上がったら後日報告するから期待してなよ」

「おお怖い怖い。新人へのパワハラは程々にしとけよ~」


                  *


 ギラルが気を利かせてドラスケと共にその場を離れた後、女性陣3人は揃って宿のリリーとシエルが宿泊する部屋へと場所を移していた。

 当然の如く羞恥の気分で、顔面どころか全身が紅潮して火が噴出しそうな気分のシエルとは対照的にカチーナもリリーもワクワクとした顔で向かい合っていた。

 ちなみにイリスはすでに就寝中……何だかんだでまだ未成年の寝入りは早いのだ。


「いや~まさかこんな展開になるとはね~。この場で言い訳は卑怯だけど、アタシがシエルに怪盗の件を黙っていたのはこういうハプニングの引き寄せを最も警戒していたからだったからさ~。こんな風に隊長にご褒美な展開になっちゃうとは……恐れ入るわホント」

「……本当~にズルいですねリリー。本来ならこの場で私にすら正体を偽っていた事を徹底的に問いただそうと思っていたのに……今の状況でそう言われると反論出来ません」


 恨みがましくジト目を向けるシエルを華麗にスルーできる、いわば適当に誤魔化しがきく状況をリリーはある意味感謝していた。

 そしてこれ以上親友をたばかる必要がなくなったという事に関しても。


「……すみませんシエルさん、今まで何度も怪盗として貴女には危害を加えてしまい」

「あ、大丈夫ですよカチーナさん! 別に私、と言いますか私たち異端審問の3人は戦った事についての恨み言はありませんから! 個人的にリリーには色々とモノ申したかったのですけど……」


 根が真面目なカチーナは謝罪を入れるが、元々強者との戦闘を楽しんでいたシエルがその辺を気にする事は無かった。

 むしろシエルは仲間になりたかったくらいなのだから。


「さ~て……そろそろ聞きたいんだけどシエル? アンタも今になって分かってきたんじゃない? 自分の気持ちってヤツに」

「……何がです?」

「実は自分がノートルム隊長の事を男性として意識していた、憎からず思っていたんじゃないかって事にさ」

「…………」

「ええ!? そうだったんですか!?」


 リリーの確信を持った質問に反応したのはむしろカチーナの方だった。

 それもそのはず、他者から聞くのはノートルムの天然聖女に振り回される話ばかりで聖女側に気がある話など聞いた事も無かったからだった。

 しかしさすがは最も近くで聖女を見続けてきた親友は見ているモノが一味違う。

 周囲の連中はノートルムの空回りに目が行きがちだったが、リリーは知っていた。

 シエルが自分の最も近くにいる事を許す同世代の男性は、ノートルムただ一人である事を。

 実際一番仕事上で一緒にいるロンメルだとてある程度の距離を保っていて、鍛錬の時以外は影を踏む距離にすら入る事はないのだ。


「そりゃそうよ、いくら咄嗟とはいえ口を塞ぐために唇を許すほど貞操観念緩くないわよシエルは。別のヤツだったらホールドできる至近距離に至ったなら問答無用でヘッドバッドを顎に食らわせたハズ」

「…………」

「ちょっと葛藤はあったかも、だけど“この人なら良いか”みたいな気持ちがあったんじゃない? 自分の初キッスをあげちゃうくらいにはさ~」

「リリー……あんまりいじめないで下さい。と言うか二人とも……知っていたのですか? その……ノートルムさんが私の事を……その」

「ん? 隊長さんがアンタに超絶惚れているって事? 知らないワケないじゃん……つーかアタシらって言うかエレメンタル協会所属の連中なら全員が知ってんじゃない?」

「でしょうね、私らも付き合いは短いのに初見で分かるほどにはあからさまでしたし……」

「!? ウソ…………」


 羞恥で最早顔を見せる事すらできないシエルは枕に顔を埋めてしまい……そんな可愛いだけの様を友人たちはニヤニヤとして悶えてしまう。


「く~~~、アタシはこの瞬間を長年待ってた! シエルが恋心を自覚して可愛らしく悶え苦しむ時、そしてその様を存分に弄るこの時を!!」

「確かに……ちょっとクセになりそうです」

「!? カ、カチーナさんまで……」


 普段の脳筋具合、天然具合を知っているだけにシエルの悶える姿はギャップが半端ではなく……女子会はヒートアップしていく。

 そしてリリーは今日の昼間に妹分のイリスから聞いていた事を思い出し、新たな肴を提供する事を思いつき……ニヤリと笑う。


「でもまあ、隊長もよくやったもんよ。何しろ明日のデートの前にこの娘を分からせちゃったんだから、今までとは違う一日になるでしょうから」

「…………あ」


 そして羞恥心で悶えていて忘れていた明日の予定をシエルは思い出した。

 明日、その彼と食事に行く約束をしている事を……。

 今まではそんな意識は無かったというのに、その相手が自分を女性としてガッツリ意識していた事を自覚させられてしまったシエルにとって、それは最早単なる食事ではない。

 誰がどう見ても、デートのお誘いでしかない。


「リリリリリリリリリリー!? あの、明日はその!?」

「さ~すがは聖騎士ノートルム! 隙を見せない重厚な策略、いやもしかしたら今までさんざん天然に振り回され続けた彼に対する精霊様からのご利益なのかも。こいつは邪魔しちゃいけませんね~グールデッド!」

「……まあ、そこは空気を読むべきですよねポイズンデッド」

「う……」


 ワザワザ怪盗の字まで使って示し合わせて“明日一緒について来て!”の発言を事前につぶすという妙なコンビネーションを披露する二人にシエル……ペネトレイト・デッドは口をつぐむしかなかった。


「確か明日のお昼でしたよね? 私もあまりファッションには自信がありませんから、怪盗の件は抜きにしてイリスさんも誘って勝負服でも見繕いに行きません?」

「お、いいね~。コイツが夜の食事だったら勝負下着も考慮に入れたんだけど……どうするシエル? もうそこまでも視野に入れてみる?」

「なななな何を言っているの!? ノートルムさんがそんな破廉恥な事を考えるワケ……」

「え~そうかな? さっきまでの彼はどうだったの? 紳士的で優しくしてくれた? アタシは獣の如く貪って来たって聞いたけどな~」

「うえ!?」

「オマケに強引に貪られる聖女様はどんな反応だったん? チミは嫌がっていたのかな~?」

「そ……それは……」


 真っ赤になって反論するシエルの反応が楽しくて仕方がないリリーは、ニヤニヤと笑う。


「あ~~~やっぱりちょっとその気だ! シエルったら悪い娘! 野獣に覚醒した隊長のせいで女に目覚めた~」

「ワ~ワ~ワ~違います違います! そういうのじゃないです!!」

「リリーさん……さすがに表現が少々オヤジ臭いですよ」





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