第二百八話 覚醒の聖騎士⦅けもの⦆聖女⦅てんねん⦆を喰らう

 シエルさんに他意があったワケじゃないだろうが咄嗟に“口を口で塞いでしまう”という発想に至ったのはエロ……いやファインプレーでしかない。

 これは歴史が動いた瞬間! いつもシエルさんの天然の犠牲になってきた兄貴に対する天が与えたもうた奇跡に違いない!!

 俺はこの光景を後世に伝えるべく、つぶさに記憶しなくてはならない使命感に駆られていた。

 しかし俺の使命を邪魔するモノが現れる。


『何を見入っておるか馬鹿者』

ゴス……『イデ!? ……ドラスケ?』

『方法はどうあれ、あの娘が稼いだ時間をデバガメに費やしてどうするか』


 骨のあるヘッドバッドを食らわせてきたのは、自称我らがマスコットのドラスケ。

 ……そういえば今回調査と探索目的で俺が『盗賊の嗅覚』では探索しようのない『邪気』や『亡霊』に関する事のためにコイツが同伴していた事をすっかり忘れていた。

 どうやらシエルさん加入の辺りでは、これ以上の混乱を避けるために空気を読んで隠れていたらしいな。


『貴様は貴様にしか出来ん仕事をとっととこなして来い。な~に心配せずとも歴史的瞬間の情報収取は我がキッチリ引き継いでやるからのう』


 しかし真面目な突っ込みかと思いきや、ドラスケはニヤリと笑って視線を二人の情事へと向けやがる。

 こ、この野郎……人にはそんな事を言っておいて自分はかぶり付きで楽しもうってか!?


『てめ!? だったらお前が調査を担当すれば良いだろ!? 過去の人物を探るにはお前の方が適任じゃねぇか』

『フン、生憎だがここには邪気どころか亡霊一体すらおらん。今宵に限っては我が出来る事はなさそうでなぁ』


 ぐ……言っている事は一応は正論。

 邪気も霊も見る事のできない俺には反論のしようもない。

 

『ぐ……ぐぐ、やむをえん。後で事細かに報告しろよ!』

『ふ、無論だ』


 骨だけのクセにニヤリと笑ってサムズアップをかますドラスケだったが、その視線は二人の姿にくぎ付けになっていた。


                   ※


ノートルムside


 オリジン大神殿への緊急招集、我々ザッカール所属の聖騎士団にも同様の命令が下り、緊急時でしか使われないという噂の飛竜に人生で初めて乗ることになったのだが……当初は良くわからない命令内容に面倒くささしか感じていなかったのに、今の俺……いや私は俄然テンションが上がっていた。

 何しろ偶然とはいえ他国で想い人と顔を合わせて、しかも明日は食事の約束までしているのだから。

 ……いつもの彼女の天然具合もあって、下手すれば仲間たちも同伴とか言い出さないか不安だったが、今日の昼にロンメル師範と会った時に『心配いらん、一人で行けと説教しておいたからのう』とありがたいお言葉をいただいた。

 今夜課せられた『外の院』の警護さえ乗り切れば明日は完全フリー!

 明日こそは、今までさんざん振り回されてきた彼女の天然を打破し、この熱き想いを知ってもらう特別な日にしなければ!!


「……隊長も難儀ですねぇ。あの光の聖女の一番近くにいる同世代の男性は貴方しかいないというのに、未だに恋愛対象として見てもらえてないとか」

「……言うな、それについて一番悩んでいるのが私だ」


 ハッキリ言えば、私がシエルに好意を抱いている事を知らないという知り合いの方が少ない。

 部隊だけじゃなく、彼女の仲間である異端審問官たちも、最近仲の良い冒険者たちですら一目で見抜くほどなのに……当の本人だけは持ち前の天然のせいか気が付いてくれない。

 シエルに最も近いしい親友⦅リリー⦆ですら、『もういっその事、押し倒しちゃえば?』などと過激な提案をする始末。

 ……しかし、あくまでも彼女との仲は紳士的に進めたい。

 かあちゃ……母の教えでも“女性には優しく、強引に行くのはOKが出てからと言われて来て、実際その通りであると心に誓ってきたのだ。

 まずは心の交流を確かなモノとする事から……ヘタレと言われようともそこだけはたがえてはならないと…………む?


「……どうかしましたか隊長?」

「いや、そう言えば見回りなのに戸締りの確認をしてなかったと思い出してね。ちょっと先に戻っていてくれるか? ざっとチェックして来るから」

「……生真面目ですね~隊長。それなら俺が見てきますよ?」

「いい、いい……明日の事を考えるとちょっと落ち着かないから動きたい気分なんだよ」


 その言い訳に納得したようで、彼はヤレヤレという感じで苦笑いする。

 部下にも明日の予定が筒抜けである事に最早羞恥心は無い。

 この際味方は多ければ多いほど良いのだと思うことにしているからな。

 ……と、理由を付けて一人になったワケだが、どうしても気になる事が出来たのだ。

 一瞬、ごくわずかにだが『外の院』の中にシエルの気配? がした気がするのだ。

 気のせいかも、とも思ったのだが彼女の関しての事であれば、どれほど微細な出来事だとて放っておくワケには行かない!

 そう思ってもう一度見回った廊下を逆に歩み進めていくと……やはりシエルの気配? いや彼女特有の安らぎを齎す清き香りがしたのだ。

 それは日中なら聖職者ならフリーパス、一般人であっても許可さえもらえば入れる図書室からである事は間違いなかった。

 ……もしかして日中に入り込んで居眠りでもして取り残されたとか?

 シエルが光属性魔法と格闘の達人だが時折発動する天然ドジなところがあるのを思い出し……同時に“このくらいで怒られるのも可哀そうだから、知らないふりで出してあげよう”という事も考えていた。

 無論優しさだけではない、彼女に対する点数稼ぎの面も無いとは言わんがな!

「だれかいるのですか?」


 静まり返る暗闇の図書室に響き渡るのは自分の声のみ。

 ……あれ? 勘違いだったかな?


「おかしいな? 今確かに、あの人を感じた気がするんだが……ここにいますか? 聖女エリシエル?」


 暗闇に閉ざされた図書室内に動く気配は一つも感じない。

 目を凝らしても見えるのは窓からわずかに差し込む月光のみ……。


「…………あれ? 確かに今、シエルの匂いがした気がしたんだけど…………奥の方かな?」


 さらに図書室内足を踏み入れ、同時にかび臭い匂いの中に自分が一番好きな香りが確かに入り混じっているのを感じた。


「む? やはりシエルの匂いを感じる……何故こんな時間に“一人で?” シエル? どこにいるのでしょうか?」


 もしかして彼女自身、そっと出ようと思っていたところで俺に見つかったと焦っているのかもしれない。

 そんな事を思った矢先だった。

 疾風の如きスピードの黒い影が、俺の懐に飛び込んで来たのは。


「え!? な、何だ!?」

「……く!?」


 しかし踏み込まれた瞬間に自分にはわかった。

 それはシエルだ……なぜかいつもと違う黒い修道服を着ているし、顔もフードで隠しているけど間違いなく俺の愛しい人だった。

 何故なら反射的にも攻撃態勢に移ることなく、飛び込んで来た彼女を懐に無条件で受け入れてしまったのだから。

 聖騎士として、戦士としてそういう反応は鍛えているがシエルにだけはそのような意識は一切持てない。

 だが……攻撃態勢を全くとらない自分に、彼女は何を思ったのか……真正面から抱き着いてきたのだった。

 かかかか彼女が、シエルが真正面から……組技でもなく抱き着い……。


「し、しししししシエルさん!? あの、一体これはどういう……」

「う……ああんもう、しゃべっちゃダメです!」


 しかし思考がまとまらず声を出す“俺に”対して……彼女の更なる行為が残っていた思考力を理性と共に奪い去っていく。


「ん!!」

「んん…………!?」


 な……何を……何をされた……俺?

 何をしてもらった……俺!?

 何か事情があって俺にしゃべられたら拙い事があったのかもしれないが……だからと言って、キスで口を塞がれ……ふさがれ……!?


 何故にこんな場所に……。

 なにゆえそこまでして…………。

 色々と考えるべき事はあったはずなのに、俺の思考はそれ以上理性的に語る事を完全放棄していた。


 …………ベツニドウデモイグネ?

 色々と難しく考える必要があっただろうか?

 ここが大神殿だとか一般の参拝や入館時間は過ぎているとか、そんな些細な出来事……今確かに自分にシエルが口づけしているという事実を前に、何の意味があるという?

 そうだ……俺がこれまで何度も何度も好意を寄せても空振りに終わり、それでも何度も彼女の色香に惑わされ続けても紳士ぶって振舞ってきた。

 愛しくて愛しくて愛しくて仕方がなかった女性が今腕の中に、自ら飛び込んで来た。

 欲しくて欲しくて欲しくてどうしようもなかった女⦅ひと⦆が、自ら唇を重ねてきた……来てくれた!

 そこに理由を問う必要がどこにあるというのだ?

 いや、そんなもん……あったとしても知ったことではない!


 カンガエルヒツヨウナド、ナクネ?


 何か理由があったとしても、固く口を閉ざしたまま唇を重ねてきた彼女は真っ赤になりつつも緊張が見て取れて、ファーストキスである事は間違いないだろう初々しさ。

 彼女の初めて……はじめて……ハジメテ…………。

 その事実に立った瞬間……たまらなくなってしまった!


「んむ!?」

「ん……んんんん…………」


 俺はされるがままだった自身に喝を入れる如く……彼女の唇を自身の唇で強くに押さえつけて吸い、そして舌を使って強引に味わい始める。

 シエルが驚きに目を見開いて慌てて離そうとするけど、逃がさない!

 今までは紳士ぶって遠慮してきた己の野獣を解き放つ如く、強く抱きしめて重なった唇を離してやらない!

 何度も何度も何度も……その堪らないシエルの唇を貪っていく。

 さすがの光の聖女エリシエルも羞恥と呼吸困難に息も絶え絶え、瞳も潤んできたが、その表情すら堪らない。


「……ダメです、ノートルムさん…………こういうの大切な女性と……」

「……君以上に大切な女性など、いるワケないです」

「…………え?」

「まだ……分かってもらえないようですね…………」

「うえ!? んんん!?」


 まだ言うかコイツは!?

 俺はお前以外いらないのだ!

 シエル以外の女は必要ないのだ!!

 この人は、この女は俺のだ……オレノモンダ!!


                   ・

                   ・

                   ・


 約10分後……、俺は当初の目的であった第47代目大僧正の足跡をある程度調査する事ができ、そして予想以上の収穫すら手にする事が出来ていた。

 叩き上げでのし上がっていったダイモスという人物は、自分に敵が多くいつ殺されるかもしれないと常に考えていた節が見受けられる。

 それは前情報からも、そしてこの図書室での行動からもだ。

 そして、図書室に残っていた彼の気配の中で一番頻繁に出入りしていたのが資料室の中でも一番乱雑に、ホコリまみれで放置されていた本棚……それも一番右下だったのだ。

 精霊神教にとってオリジン大神殿にとって最重要、もしくは禁忌とする情報の類なら処分するか『奥の院』で厳重に保管されるだろうが、ダイモスは逆に誰でも入りやすい図書室の方に情報をあえて隠したのだろう。

 俺みたいなもの好きが現れる事を期待して……。


 ……しかしこの時、結構な発見をしたはずであるのに今夜に関して俺の中ではついでのような状態になってしまっていた。

 故人に対して申し訳ない気持ちも無くもないが、それでもやっぱり気になるもんは気になる。

 特に女性が好むとは言われるものの、友人同士の恋愛模様なんて興味が湧かないワケがない。

 今晩ばかりは後回しにしてスマンと心の中で謝罪を入れつつ、一冊の『手帳』を手にした俺はいそいそとドラスケの元へと舞い戻っていた。


『……状況は!?』

『む!? 何だギラル、もう何か見つけたのであるか?』

『ああ、神殿にとっちゃ結構なタブーになりかねないだろうから“奥の方”は相当厳重にされていると思うけど、こっちは見逃されていたっぽいな』

『そうか、それは何より……』

『それよりもあれからどうなった…………むむむ!?』

『見ての通りである…………ギラルよ、凄いぞあの男!』


 凄い……ドラスケの手放しの賞賛の意味を俺は一目で理解できた。

 先制を仕掛けたのは間違いなくシエルさんだったはず……正面から兄貴をホールドした後、喋らせないようにキスで塞ぐという『怪盗ワースト・デッド』には無かったお色気要素を実現する驚愕の必殺技だった。

しかしたった五分、それだけの時間で状況が一変していたのだ。


「ん……んん…………ダメです……これ以上は………あ……」

「シエル……………俺の……俺のシエル……」


 体勢自体はあまり変わらない……だというのに、さっきはシエルさんが力ずくだったハズのホールドを、今は完全に兄貴が力ずくに極めている。

 逃がさないとばかりに抱きしめて、貪りつくさんばかりにシエルさんの唇を……。


『す、すげぇ! 兄貴が押してやがる!!』

『あやつ……この短時間で覚醒しおった。見てみよあの聖女の顔を……』

『うわぁ……』


 されるがままになってしまったシエルさんの表情は瞳が潤んで戸惑いを含みつつも恍惚としたものに変化していて……それは初めて愛されている事を、激しく自分が求められている事を知ってしまった女の顔で……それはそれは、エロいとしか言いようのない。

 これは……つまり決定的な出来事、光の聖女エリシエルにとって天地がひっくり返るほどの事件が起こった証明だろう。


『あ、兄貴!? アンタこの状況で分からせちゃったって事か! あの天然脳筋聖女に自分がどれほど惚れているのかを力ずくで!!』


 ……やる時はやると思ってはいたが、俺は兄貴をこの瞬間心の底から尊敬していた。

 今宵の状況、下手をすれば翌日には天然聖女に無かった事のように、何でもないように振舞われる危険もあっただろうに、兄貴はそれを許さなかった。

 力ずくで天然ものを食い散らかしやがったのだ!

 この期に及んで勘違いは通用しない……その証拠にシエルさんはされるがままになっていても力が抜けてもホールドを解いてない。

 それはシエルさんも兄貴を特別であると意識してしまっている証拠でもあり……。

 しかし情事に没頭する二人は気が付いていないのだが、どれほど歴史的な瞬間であっても終わりは必ず訪れる。

 外野の俺だからこそ、その“終わりの気配”を感じ取る事が出来た。

『気配察知』の索敵内にあった人の気配がこの場所に近づくのを感知したのだ。


『く……この場所が大神殿だったのが悔やまれる。こんな状況じゃなければ兄貴の覚醒を全力で応援したのに、デートスポットだったらそっとしとくし、宿の酒場だったらそっと部屋に誘導して翌日には“お楽しみでしたね?”って言ってやるのに!?』

『仕方があるまいよ。今状況自体がこの場所がもたらした奇跡とも言えるのだからなぁ』


 やむを得ん!?

 俺は断腸の想いで、さっき兄貴と一緒にいた聖騎士の声帯模写をして……図書室の入り口から声がしたように発声する。


「隊長~どこにおられるのですか?」

「「!!?」」


 どんな劇でもカーテンコールは切ない気分にさせてくれる。

 その幕引きをするのが自分である思うとまた……。


『……今回は単純にデバガメしたかっただけであろうが。エロ小僧』

『かぶり付きで見続けたお前に言われたくねーよ、エロ骸骨』




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