第二百六話 不屈の聖騎士ノートルム

 タイムリーと言うか何というか……ワーストデッドに彼女が加入してしまったその日に彼がこの場にいるのは何の因果なのだろうか?

 今更確認するまでも無いがノートルムの兄貴は光の聖女にベタ惚れ……それは『予言書』でも変わる事のなかった事実だ。

 貴族出身だが土地柄の荒々しさはあれど、だからこその貴族としての矜持を持っていた彼は真面目で初心な直情型。

 それゆえ、今現在はリリーさんに天然に振り回される被害者のような扱いではあるが、彼のシエルさんに対する一途さは常人を遥かに凌駕する。

 何しろ『予言書』で後輩のイリスは『聖魔女』を終わらせる選択をしたのに対して、兄貴が選んだのは『聖魔女の伴侶』となり共に地獄へ堕ちる事だった。

 生半可な覚悟と執着心では絶対に選べない過酷な道を、シエルさんと共に歩む為にアッサリと選び取るような男なのだ。

 神様が『予言書』を見ながら『主人公が童貞勇者なせいで、ラブ要素は全部この二人が持って行ってるんだよな~』とか言っていたのを思い出すと……正直、俺は初めてこの二人が一緒にいる場面を目にして未だに付き合っていないのが意外だったくらいだ。


 まあ今のところそうなっていない理由は明白……それはシエルさんが『聖魔女』に堕ちていないからだ。

 闇に堕ちる彼女に寄り添う道を選んだからこそ彼は『聖魔女の伴侶』となったのだから、堕ちる理由である“親友の死”を回避した現在、その理由が発生していない。

 端的に言ってしまえば俺のせいとも言えるんだよな~。


『招集されての管轄外であるのに、やはりノートルムさんは真面目な方ですね』

『……そっスな』


 通り過ぎていく兄貴に対するシエルさんの言葉に尊敬の念はあれど、恋情は欠片も見当たらない。

 劇的な変化……『予言書』の親友リリーさんの死のような何かでもない限り、この天然脳筋の思考が変わる事は無いのだろうか?

 どうせならマイナスなイベントではない、プラスなイベントで……。


『そう言えば明日の休憩時間にノートルムさんにはお食事に誘われているのですよ。聖都でも有名なレストランに行きませんかって』

『おお……流石は兄貴』


 しかし外野の心配を他所に兄貴は兄貴でまだまだ折れてはいないようだ。

 他国でバッタリ会ったというこのシュチュエーションも利用して攻勢に出ようとしている!

 俺と同じようにヘタレ組かと思えば、こういうところで偉大過ぎる違いを発揮してくれる。

 やはり兄貴は漢で…………。


『……ですので、明日はみんなで一緒に行きません? 私の新加入のお祝いも兼ねて』

『…………』


 しかしシエルさんの何気ない提案は兄貴の漢気を粉々に打ち砕く如きもので……俺はさすがに頭を抱えたくなった。

 兄貴……おいたわしや…………。


『師範とイリスも誘ったのですけど“バカモノ、二人で行け”“さすがに隊長さんが可哀そう過ぎます”と断られた上に怒られてしまって……』

怪盗おれたちにも怒られたく無ければ、それ以上言わないように……』

『ええ!? 何故です?』


 この人だって他人の色恋には興味津々なのに、自分の事になると鈍いを通り越して罪深くもある。

 これ以上天然の被害を受ける事が無いように、鎧をカチャカチャ鳴らしながら歩み去る兄貴の後ろ姿に神様直伝の合掌をするのであった。

 ……やがて辺りから人の声がしなくなった事を確認してから、俺たちは移動を開始する。

 オリジン大神殿は主に信者や観光客が参拝する『外の院』、聖職者たち関係者が活動する『内の院』、そして関係者の中でもトップクラス、大僧正など権威を持つ上層部のみが入る事を許される『奥の院』に分けられていて、重要な機密文書などを保管している『禁書庫』などは『奥の院』にあるとみて間違いないだろう。

 そして今現在も聖都でバラ撒かれている予告状を見たであろうシエルさんも、俺たちの思惑通りに目的地を誤認していた。

『外の院』の屋根裏に侵入した彼女は真っ先に大神殿の内側に目を向けて、唸り声をあげる。


「……素人意見で申し訳ないですが、索敵を使えない私でもここから先、『内の院』と『奥の院』に通じるルートには全て固められているように見えます。移動しながら気配を断つ術を持たない私では気が付かれないように侵入を果すのは不可能です」

「……でしょうね。俺もそんなのは無理です」


 さっき兄貴が余所者が外側の警備に回された的な事を言っていたが、見た感じ『奥の院』どころか『内の院』もまるでそこだけが切り取られた要塞のようにガッチガチな陣形を敷いているのが『気配察知』を使わなくても見て取れる。

 オマケに集中力を切らさないためにか、陣形を敷いた聖騎士たちの交代もしっかりやっているみたい……やばいな、指揮官はボンクラ貴族体質ではなさそう。

 オマケにもう一つの要素は……。


「奥の院にかかっているのは……結界だよね? 聖女様」

「……結界です。しかも見た感じ風と火の複合魔法の結界……私の結界と同様に触れただけで術者には伝わりますから、侵入はより困難に……」

「ま~別に、今回あそこには興味ないから良いけどね」

「…………はい?」


 まさにそれはオリジン大神殿において『奥の院』への侵入を完璧に拒むための最強の布陣。

 逆に言えばどれほどバラされたくない秘密があるというのか。

 コレが予告状に反応した上層部……もしくはテンソや『聖典』の意志であるとしても、碌なもんじゃない事は明白だろうな。

 ただまあ……今回の俺には関係ない事だけど、その事を口に出した瞬間、シエルさんは呆気にとられた顔になった。


「……え? 行かないのですか? あんなに盛大に守りを固めた『奥の院』に?」


 何か微妙に不満そうでもある。

 困難な状況を前にしてワクワクしていたというのかな……こんな時でも脳筋気質だこと。


「今回は歴代最短で崩御、暗殺された47代大僧正が生前最もよく利用していたって噂の『外の院』にある聖職者であるなら許可いらずで閲覧できるって図書館があるだろ? 今回調べときたいのはそこさ」

「第47代…………ダイモス大僧正……ですか?」

「ああ、最短の約2週間で暗殺された精霊神教のトップがどういう人生を歩んでいたか興味があってね。出来れば本人の“手記”かなんかが残ってればいいんだけど」


 そこまで言うと、ようやくシエルさんも今回の予告状の真の狙いが分かった様で……呆れた目でこっちを見ていた。


「そう言えば予告状で直接的な狙いを明かした事はありませんでしたね。微妙に曲解するような表現で……『最奥の秘密』などと書き記して『奥の院』に視線を向けさせて、真の狙いは別であるとか……」

「俺は一言も“奥の院に隠された秘密の何か”が狙いとは言ってないけど?」

「お可哀そうに……怪盗の予告のせいであの方たちはこれから何日拘束されるのでしょう?」


 何度か予告状で騙された、というか誤認した事があるシエルさんは現在臨戦態勢で『奥の院』を守る聖騎士団を見て、深いため息を吐いた。



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