第二百五話 貫かれて死ぬ

 静かに、しかし淡々と告げられた言葉は残念ながら予想通りだった。

 俺の、いや俺たちがつい最近にも死闘を繰り広げた『ワースト・デッド』である事が知られてしまった。

 自己弁護のようだが今回ばかりは俺やリリーさんが油断した結果というワケじゃない、バトルの勝敗と同じでシエルさんの力量が上だった……それだけの事。

 その場から動く事をしなければ、、俺も『気配』も『魔力』も隠蔽する事は出来るが、俺の場合は魔法に変換する事も出来ないゴミのような魔力を消す事だけの事。

 しかし精霊の寵愛を受けた聖女であるシエルさんの魔力を隠蔽するのは並大抵の技能ではないハズだし、しかもホロウ団長と言う化け物を例にするならば、彼女は魔力を隠蔽したまま光魔法を発動できる可能性すらある。

 ハッキリ言って動かないという前提だが、その条件に限ってシエルさんは盗賊である俺よりも高度な隠蔽技術を会得したという事になるのだ。

 俺は最早これまでとばかりに……汗だくに湿った覆面を脱いで見せた。

 俺の顔を見たシエルさんは驚く事はなく、より一層の悲し気な表情を浮かべた。

 それは信仰に裏切られ、親友を亡くし、全てに絶望してしまった『聖魔女』の姿に酷似していて……そんな表情をさせてしまっているのが自分であると考えると罪悪感が湧き上がる。


「どうしてなのですかギラルさん……私は、貴方たちを友と思ってました。ギルドで初めて相まみえた時から、私たちのような特殊な聖職者と切磋琢磨してくれる掛け替えのない人だと」

「…………」

「トロイメアの時も、貴方は私たちのような聖職者に狂信の危険性と、そして真実を見通すための筋道すら見せて下さいました……なのに!?」


 その瞬間彼女はキッと俺を睨みつけた。


「何故貴方が王国を震撼させ、世間を騙す怪盗ワースト・デッドなのですか!?」

「!?」


 俺は反射的に新武装ミスリル製鎖鎌『イズナ』を取り出してしまう。

 どうする!? 彼女にバレてしまった事は勿論大ごとだが、目下最も問題なのは光の聖女エリシエルと大神殿で対峙してしまっている事だ。

 逃げるのしても戦うにしても、この場所は俺にとって不利以外の何物でもない。

 ブルーガで初めて彼女と一戦交えた時には辛くも出し抜く事に成功したけど、ハッキリ言ってこの場所は以前に比べると狭い。

 侵入を考えてこそこそ自分から狭い場所を選んだのだから当然だが、俺の戦法はトコトン環境に左右される。

 移動範囲、距離を制限されてのバトルで杖術と格闘の達人にして光属性魔法の名手である彼女に勝てる要素など万に一つもない。


 どうする? どう立ち回る!?


 瞬間的にあらゆる策略を画策してみても明確な答えなど浮かんでこない。

 そもそも俺にとって、『ワースト・デッド』にとって彼女は戦う相手ではあっても敵対者では無いのだ。


「いえ、貴方がワーストデッドだった事も問題なのですが、更に納得が行かないのが私にとって幼少からの付き合いである親友リリーですら一員であるという事です! いつの間にあの娘すらも巻き込んでいたと言うのですか!?」

「あ~~いや……それには単純にして摩訶不思議な理由がありまして……」


 そして彼女は一番自分と付き合いの長いハズのリリーさんが既に裏道に足を突っ込んでいて、そんな道に巻き込んだ俺を糾弾するかのような事を言い始める。

 コレは最早問答無用とばかりに戦うしかない……それは彼女らしく、真面目な人が法を犯す犯罪者を許せないとでも言うかのような怒りに満ちた目で…………………………あれ?

 しかし……俺はこの時、気が付いた事があった。

 俺は悲壮感漂いまくるシエルさんを見て『予言書』の『聖魔女』に酷似していると思ったのだが違う。

 一瞬勢いで表情や瞳からそんな感想に至ったのかと判断してしまったのだが、よくよく考えてみると酷似しているのは姿の方……。


「ところでお聞きしたいのですが…………シエルさん?」

「なんですか? まだお話の途中で……」

「いや、色々と言いたい事もあるでしょうが……その恰好は一体……どういう意図なんでしょうか?」

「…………」


 俺のその問いに、怒り心頭とばかりだったシエルさんは口を噤んだ。

 普段の彼女は動きやすさを重視してはいるものの、『光の聖女』を象徴するような白を基調にした法衣をまとっているのだ。

 しかし今身に着けている服は『聖魔女』が纏っていたような黒を基調にした、聖職者としてはオーソドクックスとも言える、いわゆる修道服。

 そう黒……闇に乗じる必要も無く、たった今実践して見せたように色など関係なしで姿すら消して見せた彼女が、まるで何かに合わせるような黒い服を纏っているのだ。

 まるで誰かに……闇に乗じて動く何者かに合わせに来たかのような……。


「……何故ですか? そろそろ付き合いも長いとは思いますのに、今まで何度かやり合う事もあり、幾度も機会はあったハズだと思います」

「……え~~~っと?」

「何で私も誘ってくれなかったのですか!? リリーは先に仲間入りして『ポイズン・デッド』なんてカッコイイコードネームも付けて貰ってるのに、私には内緒にして……ズルいじゃないですか!!」


 ワオ~~~~~ン…………ワンワン……。


 何故だが彼女が怒りを全開に本音をぶっちゃけた瞬間、静まり返る闇の向こうから犬の遠吠えが聞えて来た。

 まるでこの居た堪れない空気を察したかのように……。


「確かに、敵対者として貴方たちと本気でぶつかり合える瞬間は魂の奥底から震える瞬間でしたが、それとこれとは別です! あくまで正体不明で闇から闇に消え己の名声を求める事無く悪事の原因を盗み出す『怪盗ワースト・デッド』……」

「え……え~っとシエルさん?」

「いつかは分かり合えるかも、仲間になれるのではないかと目論んでいたというのに……まさか正体が一番仲良くしていたと思っていた『スティール・ワースト』の皆さんだったなんて……何で誘ってくれなかったのですか!」


 その表情は何というか……仲間ハズレにされた友達が怒りを露にするかのようであり、そうこうしていると彼女は長く美しい髪をフードを被って隠して、口元に黒い布を巻いて顔を隠し始めた……っておい。

 ここまで用意していて、彼女がこの場にいる理由が怪盗ワースト・デッドを止める為ってことはあり得ないだろう。


「……つまりシエルさん、貴女はこういいたいワケですか……“仲間に入れろ”と」

「もちろん、私にもカッコイイコードネームを考えてくれるのですよね? ギラルさ……いいえ『ハーフ・デッド』さん」


 むふ~と鼻息荒く宣言する彼女からは清楚さも厳格さも感じない。

 休日にハブられた友達が集合場所で仁王立ちをしていた……そんな感覚であった。


                ・

                ・

                ・


「なるほど、カルロス殿の正体はカチーナさんだったと……怪盗ワースト・デッドが明確に殺害したという唯一の事件に違和感がありましたが、これで合点が行きましたよ。ついでにカチーナさんの貴方に寄せる信頼のほども」

「……そこまで大げさなこっちゃないんですがね」


 俺たちはそのまま大神殿の内部へと侵入して、灯が灯らない暗がりを選んで身を隠しつつ進んでいく。

 結局押し切られる形で怪盗へと仲間入りを果たしたシエルさんは若干テンション高め……さっきから小声で今まで疑問だったらしい事をこまごまと聞いて来るのだ。

 ……隠密行動としては減点行動なのだから控えて欲しいところだが、今のところ周囲に気配を感じないから適当に答えている。

 新加入した彼女の字は『ペネトレイト・デッド』(貫かれて死ぬ)と命名。

 俺たちの字は『予言書』の死因をそのまま当てているだけだから、ハッキリ言って縁起悪い事この上ないのだが……肝心の彼女はその名前をいたく気に入ったらしい。

 後でその死因が自分の後輩によるものと知ったらどうなる事か、若干不安でもある。


「今回はお仲間の二人はいらっしゃらないのですね? 色々とお聞きしたい事がありますのに……特にポイズンさんには直々に」

「程々にね……」


 そして怪盗の件を黙っていた事に関して、彼女はやはりと言うか何というか一番付き合いの長い親友に対して一番怒っているようだ。

 何だかんだ怪盗がやっている事は犯罪行為、リリーさんが親友を巻き込まないように配慮していたのだと彼女自身分かってはいるのだろうが……納得は出来ないのだろう。

 まあ最初からシエルさんを仲間にする事に関して一番反対していたのもリリーさんだったし。


「このような潜入のみならず戦闘行為を含めて私は結構役に立てると自負してますのに……そう言えばリリーは異端審問官の頃から私にはそう言った仕事を割り振ってはくれませんでした。いつも“アンタにゃ向いてないから”って……失礼ですよね」

「ん? ん~~~まあ……」


 ただ、段々とだがリリーさんが今までシエルさんにバレないように配慮していた事、そして今口にしていた“向いてない”に一抹の不安が首をもたげる。

 ……そう言えばリリーさんは最初に仲間になった時からシエルさんは性格的に向いてない、と同じ評価をしていた。

 本人が言うように光属性魔法も使えるし格闘の達人にして、今では動かないという限定条件でも俺すら凌駕する隠密技術を身に着けた彼女は戦力としては申し分ないハズ……。

 なのに……何だろう? ドンドンと不安が募って行く。

 そう言えばリリーさんは以前言っていたような気が……。


『エレメンタル教会の脳筋共の中でもあの娘は最もタチが悪いところがあるのよ。師範や大聖女バアさん辺りは自覚ある脳筋だけど、シエルは自覚なき天然系の脳筋だから。その最たる被害者は言うまでもなく……』


「!?」

「どうし……」


 そこまで思い出したところで俺は歩みを止め、シエルさんに静かにするよう人差し指を立てて見せる。

『気配察知』の索敵内に人間の反応があったのだ。

 瞬間ハッとした表情を見せたシエルさんだったが、俺の行動の意図を察して瞬時に『気配断ち』を実行……そのまま見事に気配を断って見せた。

 ……反応も対応も申し分ない、しかし何故か妙に嫌な予感がっしてしまう。

 そんな事を思いつつ、俺も同様に気配を断って暗闇の中に潜伏をすると……数分後には通路をガシャガシャと鎧を鳴らして歩く二人の聖騎士が現れた。

 ……あれって!?


「しかし、聖騎士とは言え他国の我々が神殿の警備に当てられるのは良いのでしょうか? 元々ここを守っている連中だって良い顔しないんじゃ?」

「神殿内と言ってもこの辺は重要な奥からは離れた外周部分に当たるから、普段守り慣れている連中はそっちに回されて、あんまり重要ではない所を余所者に任せるという意図なのだろう」


 若干今の扱いに不満そうな部下にやんわりと説明しているのはエレメンタル教会所属、聖騎士団第五部隊の隊長殿にして、リリーさん曰く光の聖女の最大の被害者。


『ノートルムの兄貴!?』

『あら、ノートルム隊長ですね』




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