第二百四話 月光を纏う聖女

「よう婆さん方、待たせたのう」

「おや? 思ったよりも早かったですねぇお爺さん、参拝はもう良いのですか?」

「兄さんの御祈りはなが~くかかると踏んでいたが? なんぞ忘れ物かね?」


 端から見れば一人で大神殿に参拝に行っていた爺さんが、待っていた二人の婆さんと合流したという日常でもありそうな風景。

 その中身が全員10代であるとは大概は気が付かれないハズである。

 物好きな団長でもいない限り。


「ま~少々予定と違ってな……そこらで茶でも飲みながら話すとしようか」


 3人の間での隠語、茶でも飲みながら~はつまり内緒の相談があるという意味。

 まあ普通に喫茶店に入るのだから隠語と言うのは言い過ぎでもあるのだが……。

 俺たちは伴って近くの喫茶店に入り、自然と他の客から近すぎず離れすぎず、こっちの会話がギリギリで聞こえないであろう席を選んで座った。

 そして注文した茶をすすりつつ、さっき遭遇した化け物について報告をする。


「ホロウ団長がここに!? 大聖女殿の伝言で国を出ているのは聞いてましたが」

「しかもテンソの動向を追っ手の結果……か。これで連中が精霊神教と繋がっているのはハッキリしたか。ついでに『聖典』って存在も……」


 3人だけの会話となり口調を素に戻しているが……やはりこの風体でこの声は違和感がすごいな。

 真面目な会話をしているのに少し笑ってしまいそうになる。


「ちなみにホロウ団長が俺に気が付いたのはシエルさんたちが入国したと同時に同じ宿に泊まった3人が取り合えず気になったから……何だとさ。確信したのは俺がコイツに喰いついちまった事らしい」


 俺がチラリと昨日手に入れたミスリル鎖鎌『イズナ』を見せると、カチーナさんは唸り声を上げた。


「う……まさかその武器の出所は……」

「あの雑貨屋の姉ちゃんは嘘をついてねぇ。武器屋ってのが偶々俺にピッタリの武具を持て余していたのも嘘じゃない。ただ、あの鎖鎌をシレっと俺の目につきやすいところに流すように仲介した何者かがいたってだけで……」


 どうやらこいつの目利きが出来るかどうかは俺に対しての確認を兼ねたテストでもあったようなんだよな……。

 つまりこの鎖鎌は調査兵団からの横流し品……のようなモノなのだろうか?

 そう考えると、物凄い高性能で使える武器なのは間違いないのに急に使用する事に不安を感じてしまう。

 ついでに言えばこいつを手に取ってしまった自身の分かりやすい行動にも不安が募る。


「ま……まあまあ、それについてはもうしょうがないですよ。今のところ肝心の『テンソ』には我々の正体は割れていないのですから」


 カチーナさんはそんな風にフォローしてくれるけど、俺は正直楽観は出来ない感じだ。


「一応ホロウ団長はシエルさんたちとの関係性と『予言書』を含めた俺たちの行動原理を知っているから、早々に警戒して当たりを引いたと言っていたが、そもそもシエルさんたち異端審問官3人と俺らが友好関係である事は『テンソ』だって周知の事実。片道1週間は掛かりそうなブルーガから聖都までの道筋を僅か2~3日で連中が走破しているのを知って、そこから俺らの入国を疑わないとは思えん」

「う……確かに」

「まあね……そもそも最初から向こうに警戒されるのは予想していた事だし、連中の連絡網でブルーガの周辺、もしくは聖都までの道筋に私らがいないって伝われば現在地はバレそうなかんじだしね。すでにあんなもんで警戒もされちゃってるし」


 そう言いつつリリーさん扮するイース婆さんは空を見上げた。

 聖都全域を覆いつくした外敵の侵入を全て遮断する巨大結界『オリジン大結界陣』……たかだかCクラスの冒険者に対して金使いすぎじゃないのか?


「……で? 今回はどう立ち回るつもりなのかな? ハーフ・デッドとしては?」


 そういうリリーさんは……いや彼女だけでは無くカチーナさんも俺の方に顔を向けて不敵な笑みを浮かべていた。

 もうすでに作戦は決めているのだろう? とばかりに悪い遊びを期待する怪盗きょうはんしゃとしての悪ぶった笑みを。

 そんな風に無条件に信頼されるのも中々に重荷なんだがな~。

 俺が立てる作戦は何時でも綱渡りのギリギリな……実力を出し切って尚成功率の低いようなものばかりだというのにな……。

 そんな策略を楽し気に、楽しみにしてしまう辺り……結局はこういう事にスリルを感じてしまう悪友って事なんだろうな。

 その悪友たちを綱渡りに引き込む俺も含めて。


「……『テンソ』に、そしてジルバやら『聖典』に俺らが聖都にいる事がバレるのは時間の問題だろう。だったら、こっちからバラしてしまった方が情報操作しやすいんじゃないか?」


                  *


 そしてその日の夕刻……聖都に、と言うかオリジン大神殿周辺に集中的になのだがとある予告状が大量にバラまかれる事件が発生した。

 目撃者は多数いて“黒装束でマントをなびかせた誰か”が上空を跳ねまわり無作為に撒いて行ったらしく……神殿の聖職者たちのみならず、周辺の住民や観光客すらにも拾われて、瞬く間に話題となってしまったのだった。


『精霊神教の総本山に隠された『最奥の秘密』を頂きに近日参上仕ります。

                             怪盗ワースト・デッド』


 怪盗ワースト・デッドが聖都にすでに侵入を果している。

 その情報に最も衝撃を受けたのは警戒して聖都全域を覆いつくした結界を発動させた神殿の上層部であり、奴らの正体がCクラス冒険者『スティール・ワースト』の連中であると知っている『テンソ』であった。

 夕刻の大神殿の明かりの灯らない陰に潜む数名の黒尽くめたちが、その予告状を目にして驚愕を露にしていた。


「バカな……ブルーガから引き揚げたミズホとて飛竜を使っての時短であったのに、連中は己の身体能力のみで一週の行程を2日で走破したというのか? 3日目で結界が張られているのだからそうでなくては辻褄が合わん」

「奴らを甘く見るなよ。俺はザッカールで一戦交えた事があるが身体技能、中でも持久力のみで言うなら影働きの俺らよりも上かもしれん」

「まさか、ほぼ無休で走破したというのか? もしかして大結界発動すらも予想して?」

「……かもしれん、なにしろジルバ団長を引かせた男だからな。どんな意図を持って行動して来るのか予想が難しい」


 拾った予告状を持った黒尽くめは他の仲間に目配せをすると、全員がコクリと頷く。


「俺はこれより団長にこの事を報告に向かう、お前らは各々散って大神殿の周辺を見張るのだ。あの男の用意周到さは異常とも言える。すでに近辺に罠を張り巡らせている危険すらあるからな……全員今日にも侵入されるかもしれないと肝に銘じるように…………散れ!」


 その一言で黒尽くめたちは瞬時に姿を消し、報告を請け負った男も直ぐにその場を後にする。

 それは大神殿側の全体の意志と言うよりは『テンソ』という組織がいかに『怪盗おれら』を警戒し、危険視しているかの証明でもある。

 まさか予告状をバラまいた当日から大神殿への侵入を警戒されてしまうとはな~。


「……まあ、さすがにあれだけ大々的に派手に予告状バラ撒いている当日に、もうすでに侵入されているだなんて思わんだろうしな」

 

 俺は『気配察知』の範囲内に誰もいない事を確認し、風の音、虫の音すらも警戒しつつ動き始めた。

 予告状にはあくまで近日中と書いていたのだから、出される前に侵入していて今行動を始めたのだから嘘は言っていない……そう心の中で言い訳しつつ。


「どこに行かれるのですか?」

「……!?」


 しかし、俺は本格的に行動を開始しようと思った矢先……全身が凍り付いた。

 今までたむろっていた『テンソ』の連中は確実にいなくなっていた。

『気配察知』でも人間はおろか猫の子一匹この周辺にはいなくなっていたのは確認していた。

 だというのに…………その人物は陰では無く明かりの下、月光の元に立っているというのに今の今まで俺は全く感じる事が出来なかったというのに。

 俺の良く知る女性は……月光という光すらも自らの味方に付けているのが分かるほどに美しく、そして妖艶に佇んでいた。

 最早俺の記憶の中でしか存在しないと思っていた、信仰というよりどころに裏切られ邪神の盟友となってしまった光属性魔法を操る四魔将の一人『聖魔女』にも通じる表情を無くした恐ろし気な顔を浮かべて。


「光の聖女エリシエル……まさかこんなにも早い再会となるとは思いませんでしたね。ここまで何一つも気配を感じる事が出来ないとはね」

「……わたくしも研鑚を重ねておりますから」


 実際前回も彼女は精度の高い『気配断ち』を使いこなして俺たちの裏をかいて来た。

 しかし今回は前回と違い予告状を出したのはさっきの事、しかも侵入は俺が担当してバラ撒きはドラスケ含む仲間たちに担当して貰っている。

 ハッキリ言えば先回りする為の予想すること自体が不可能なのだ。

 なのに彼女はここにいる。

 すごく……ものすご~く嫌な汗が背中を流れる。


「しかし、研鑚を重ねているとはいえ『気配断ち』を使いながら移動するまでの技術はまだありません。そこで私は取り合えずは動かずに隠形をするという技術を高めようと考えたのですよ。差し当たっては『気配察知』と『魔力感知』、この二つに認識されないように自然の流れと一体になるという事を名目に……」

「あ、あ~~~~そうですか……」

「この極意に気が付く事が出来たのは昨日の夕刻頃なのですが……どうやらこの技術は卓越すると、その場にいるハズなのにまるで自然に溶け消えたかのように誰の意識にも映らなくなるようなのですよ」

「……………………」

「昨日は同室の親友が帰ってきても気が付かれる事はなく、親友のお仲間が帰ってきて警戒して『気配察知』と『魔力感知』を使用されて尚誰の目にも止まる事はありませんでした」


 背中どころじゃない……全身から汗が噴き出して来る。

 自然と一体、感知できない完ぺきな隠形などそれこそホロウ団長辺りの化け物技術。

 シエルさんが会得しているとしたら、それは驚くべき事なのだが……問題はそこじゃない。

 昨日の夕刻、俺たちがしていた会話内容は…………。


「で……すでに一般の参拝は終了している時間なのですが、何か御用なのでしょうか? 我が宿敵『怪盗ワースト・デッド』が首領ハーフデッド……いや」


 そこまで言うと、シエルさんは手にした棍棒を音も無く俺に突きつけた。

 表情が抜け落ちたような悲し気な瞳を向けて……。

 

「Cクラス冒険者、盗賊のギラルさん……」





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