第二百三話 昼に舞い降りるミミズク

 翌日、俺は一人ジジイの姿に化けてオリジン大神殿の中をゆっくりゆっくり、それこそ足腰の衰えた老人としては珍しくはない歩幅を意識して歩いていた。

 聖騎士だの結界だのと“色々”警戒をしているとはいえ別に通常の業務が中止されているって事も無く、俺が歩いているのは一般の参拝者の……いわゆる参道。

 このまま真っすぐ歩いて行けば大神殿のメインと言える精霊神の石像に辿り着くらしいが、当然俺の目的はそれじゃない。

 ゆっくりと歩く事で大神殿内の内装を確認する事だ。

 スレイヤ師匠にはまだまだ及ばんが『気配察知』を全開に展開する事で人の気配だけじゃなく、風の通る音、反響する足音、音のする方角などで判断して直接見聞きしなくてもある程度の建物の構造を察知する事が出来る。

 しかし大抵どこかに忍び込む時の下調べとしていつもやる作業ではあるのだが、今回は色々と問題があった。

 一つは単純に大神殿がやたらと広い事。

 ゆっくり歩きながら頭の中で空間を把握してマップを形成しているのだが、敷地内でも参拝者が入れる場所から索敵可能な3~400メートルでは関係者以外立ち入り禁止の区間は全て網羅できない。

 そしてそれに反比例する形で面倒な事に時間がない。

 現状半々ってところだけど警戒を強めている神殿サイドは『怪盗おれたち』の締め出しに成功していると考え、外側に警戒心を向け多少なりとも内側の警戒を緩めていると思う。

 ただ、ブルーガでひと悶着あったミズホ含む『テンソ』の連中が俺達の正体を知っていて『スティール・ワースト』の動向に注目していないとは思えん。

 ブルーガ王国から旅立った俺たちが“どこにも見当たらない”ともなれば既に聖都に侵入されていると判断してもおかしくない。


「……もって一週間かな?」


 聖都ここにテンソの連中がいるって確証はないが、いないって考えるのは間違っているだろう。

 何しろ異界召喚に関わっていて『予言書』では聞いた事もない名ではあるけれでも、俺にとっては不吉に感じる聖の言葉を名乗る『聖典』が気にかかるしな。

 聖典=旧約聖典=精霊神教って考えるのは安直と言えば安直だけどよ。


 一応オリジン大神殿に以前来た事のある関係者であるシエルさんたちにはある程度の内部構造を聞いてはいるものの……やはりと言うか隣国でしかも末端の異端審問官である彼女たちは侵入出来る区画には制限があったようで、聞いていた構造よりも更に先に道があるのが分かる。

 そしていつもとは違いワザと足音を立ててみると、反響する音で地下にも空間がある。

 上にとっては関係者でも知られたくない場所が沢山あるっぽいな。

 特に上にとっては不良と称される『光の聖女』などには……。


「…………そう言えば昨日の晩飯の辺りから、シエルさんの様子が変だったな?」


 ふと思い返したのは昨晩のシエルさんの様子だ。

 いつもは言葉や雰囲気は清楚であっても食欲旺盛で、親友のリリーさんなどは同僚の時には教会の用事の傍ら時間が出来たら食べ歩きをするほどには砕けているのだが……昨日の夕食時も朝方も何かを考え込んでいるように元気が無かった。

 いや……元気がないというか、俺はどこかであのどこも見ていないような表情を見た事がある気がする。

 そう……それは自分が信じたはずの信仰そのものに裏切られ、『聖魔女』と転じてしまった彼女の姿に通じるような……。

 自分でも何だか不吉な事と思いつつ、不意に立ち止まってしまう。

 そうすると近くを歩いていた参拝者たちに紛れて歩いていた一人の司祭が優しく声をかけて来た。


「大丈夫ですか? オリジンの参拝順路は広い分長いですからね。無理せずゆっくりと行きましょう。なんなら手をお貸ししましょうか?」

「あ……ああ、急に立ち止まってすまんね。大丈夫さ、こう見えても足腰には自信が……」


 年の頃なら俺よりも少し年上くらいに見えるが、司祭としてはまだ経験不足な年齢に見える人の好さそうな好青年。

 そんな彼が優しく手を取ろうとする仕草を、俺はやんわりと断った…………つもりだった。

 しかし俺はその瞬間何かを考えたとかそういう事も無く体が勝手に動き、袖の下に仕込んでいたダガーを鞘から抜く事もせずに自分の喉笛にかぶせていた。

 その好青年に見える司祭“っぽい”男が手にしたナイフが喉笛に突き立つのを防ぐ形で。


「…………!?」

「ほお……気配や殺気で警戒していたワケでも無いのに瞬時に体を動かし、それでなお声を上げる事も無い……どうやら研鑚を重ねていらっしゃるようですね」


 そして焦りや恐怖が後から湧き上がってくる俺に対して楽し気に話しかけて来る声は……さっきの青年とは違う、聞いた事のあるヤツの声。

 敵対はしていないハズだけど、出来る事ならあんまり遭遇したくないヤツの筆頭の声だった。


「更に周囲に人がいるのに金属音すら立てず、誰にも悟られていない。我が団でもそこまでになるには3年は必要ですね」

「お褒めの言葉、光栄ですがね……殺気も無く近付くのは止めて貰えますか団長殿? 出張って聞いてたんだけど……まさかの転職ですかい?」


 目にしているのにいるのかいないのか不安になる気配を放つ人物に覚えは2人しかいない。

 ザッカール王国調査兵団『ミミズク』の団長ホロウ……顔も形も背格好すら全く違うというのに、コイツがホロウであると判断するのに迷いは無かった。

 そして俺がそう言うと、正体を看破した事に満足したのか彼はスッと俺から離れてニッコリと、実に対外的には誠実そうに見える胡散臭い笑顔を浮かべた。


「……そうですか、此度オリジン大神殿にいらっしゃったのは初めてでいらっしゃる。ならば不肖私がご案内いたしますよ御老人」

「そうかい……ならお願いしようかのう、司祭様?」


 周囲を歩む参拝者たちには親切な青年による老人への気遣いにしか見えないように……実際は200越えの化け物に試し斬りされそうになったようには見えないやり取りを取り繕い、俺たちは伴って参道を歩き始めた。

 ただ俺と同様にホロウもらしくなく足音を立てて歩いているし、しばらくするとさっきは潜めていた気配が分かりやすく感じるようになってくる。


「……一般的な司祭と言うのを装う為にはそれ相応の振舞があるのですよ。私の場合、隠密が染み付いているのでこういう気配を出す方が苦労しますが」

「ちょっと分かるっスな……盗賊的には」


 忍び足が日常化している盗賊としては、さっきまでワザと音を立てていたからその気持ちはよく分かる。


「色々とご活躍のようだね? ブルーガでは大立ち回りだったようじゃないですか」

「そりゃどうも……と言うか数日前の出来事なのによく知っていますね」

「君らは『テンソ』に、特に私の直弟子には相当警戒されているようですからね。召喚士の敗北の情報はほぼ当日に伝わっていたくらいです」

「……テンソの情報?」

 

 歩き方は歩みの遅い老人に合わせて歩く司祭ではあるが、周囲に聞こえないように話す内容は口調も含めて絵面に合わない何時もの口調になっていた。

 しかし『テンソ』の情報であると軽く口にするホロウに何で連中の情報網を知っているのだと思うと、それを察したのかホロウは現状の報告を始めた。


「君らと違って私は調査兵団の裏切り者『テンソ』にターゲットを絞って追っていたのでね。実は聖都にいるのも連中がここを拠点にしていた結果であって……君らに遭遇したのは私にしては珍しく偶然なのですよ」


 自分で“私にしては”とか言ってしまう辺り、自分が敵味方問わず信用され難い不審な人物であると自覚している言葉だが……まあ確かに意外ではある。


「では……やっぱり『テンソ』の連中は聖都にいて、連中に指示を出している『聖典』もここにいるって事なんっスか?」

「テンソの連中がここにいるのは確かです。しかし数週間この司祭に化けて調査していたが、私のターゲットである首領『ジルバ』も君が言う連中の上の存在であろう『聖典』もここで目撃した事は一度も無かったです」

「……は? アンタみたいな化け物が見つけられない……だって?」


 俺はホロウの言葉に一瞬呆気に取られて、思わず口調が素に戻ってしまった。

 それはホロウの調査兵団としての力を恐怖し、同時に信頼しているからこその心境なのだが、彼に調査されて見付けられていないという事は、肝心の連中はここにいないという事に……?

 しかし俺の反応にホロウは呆れたような溜息を吐いた。


「……君は何気に失礼な上に私を過大評価し過ぎですよ? 確かに私には常人以上の力を持っていますが、最初から私と言う存在を警戒されているのであれば対策も取られてしまうのですよ。ましてや向こうにいるのは私の直弟子です」

「う……」


 そう言われるとぐうの音も出ん。

 それこそ数日前に自分よりも実力が上の相手を用意周到な事前準備で下して来た後なのだ。

 俺より遥かに実力が上の人物であるなら、その事前準備だって俺とは比べ物にならないくらいのモノになるのだろう。

 それこそ化物ホロウに悟られないようにするくらいには……。


「……とは言え、君らの活躍のお陰でここ数日神殿上層部にも動きがあった様で、普段は神殿で見た事も無い院の連中が集まってましたから何かはあると思いますがね」

「院の連中……それが上層部の連中って事か?」


 そこまで言うと俺たちは揃って大神殿のメインである巨大な精霊神像も前に立っていた。

 そして何人もの参拝者たちが祈りをささげる中、ホロウは俺に数枚の羊皮紙を渡して来る。

 ワザワザ人がいるのを確認した上で丸めたままで中身を確認する事は出来ないが、それが何なのかは話の流れで予想出来る。


「ではご老人……それは精霊神様のお導きを記したモノになります。貴方の行く末は存じ上げませんが、精霊神様は常に貴方の行いを見ておられます。迷った時には闇夜に降り立つミミズクにでも尋ねると良いでしょう」

「……なるほどのう、ありがとうございます司祭様。ワシも精霊神様の導きに従い、飛び回る蝙蝠を見付けたら尋ねるとしよう」

「そうすると良いでしょう。ではご老人、わたくしはこれにて……」


 今更ワザとらしく司祭っぽく振舞うホロウに合わせて、俺もジジイ口調で恭しくお導きを記した……『大神殿の内部構造図』を受け取った。

 互いに有益な情報があれば連絡を取り合うという約束を付けて。

 そしてチラリと背後に視線を向けると、青年司祭のホロウの姿は何処にも見当たらなかった。


「……下調べの手間が無くなったのはありがたいが、こういう動きをするから胡散臭いってんだよ団長殿」



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