第二百二話 ………………え?

 俺たちが宿に戻った頃には太陽はすっかり西へと沈み、暗くなった辺りをランタンが照らし出すというどの町にもありそうな光景なのだが、やはり聖都を冠した場所だけにそこ光景にもどこか厳粛で静謐な物を感じてしまう。

 妙なもんだが、この辺は遥かに明るく夜を照らして昼間のような明るさを実現していた神様の家の方が“軽く”感じてしまうのだ。

 それこそ罰当たりな考えかもしれないけど、あの神様であれば大笑いで“当然だろ!”とでも言いそうな気がするけどな。

 俺たちが取った……というかシエルさんたちが取ってくれた3部屋の一つは2階の角部屋で、今日はここをシエルさんとリリーさんが使う予定になっていた。

 ちなみに他はカチーナさんとイリス、俺とロンメル師範と言う組み合わせになっていて、イリスはお姉ちゃんと一緒じゃなくても良いのかな? と思いきや、ここまでの道中ですっかり師弟関係を築いたらしいカチーナさんとの相部屋を楽しみにしていたみたいだ。

 いいな~そっちは暑苦しくなさそうで……。

 宿に戻った俺たちがドアをノックすると、聞きなれたリリーさんの声が聞えて来た。


「あ、お帰り~おじいちゃんとおばあちゃん。観光の方はどうだった?」

「おお……思ったよりも掘り出し物があってなぁ、大分金使っちまったわい」

「ほほほ、可愛いアクセサリー何かもありましたのでお土産も買ってきましたよ……ねぇおじいさん?」

「それはそれは…………アンタたち、ちょっとハマり過ぎじゃない?」


 変な方向で心配するリリーさんを他所に、俺たちは部屋の中に入ると『変化のローブ』を脱ぎ捨てて本来の姿へと戻った。

 無論周囲に誰もいない事を確認して……だが。


「ふう……他人に変装するのは初めてじゃね~けど、老人っぽさを出す為に常に腰を曲げて歩くのはキツイな」

「本当ですね……歩き方も油断すると常人よりも速くなりがちになるのは困りものでした。ゆっくり歩くのと忍び足では勝手が違い過ぎます」

「あはは、それ前に私がシエルたちと異端審問官してた頃にロンメル師範も同じ事を言ってたな。あの人のガタイだともっときつかっただろうけど」


 あの巨体で小柄な爺さんの演技? 幾ら変化のローブとは言え無理がないだろうか?

 そんな事を思うとリリーさんは俺の疑問を察したようで、自分の頭をトントンと叩きながら苦笑する。


「もちろんローブで誤魔化せるのは見た目だけだから、実際には小柄なお爺さんの頭何個か分はみ出す場所が出るから面倒でね。師範が一番このローブを使うのを面倒がってたのよ」

「あ~~~なるほど」

「だから表の監察官として師範が目立っておいて、裏で私とシエルが動くパターンが多かったのよ。実際その方が向こうもボロを出しやすかったしね~」


 つまり見た目小柄な爺さんだが、その倍の空間を占める形で透明な巨体が実際には存在するってことだからな。

 あの筋肉ハゲでは縦どころか横にもはみ出しまくりだろう。

 必死にあの巨体を縮こませようとしている姿を想像すると、ちょっと笑える。


「……そいで、そっちは何か収穫があったのかな? まあ、この短時間で判明する事はそんなに無さそうだけど」

「お察しの通り……」


 俺は暗くなっても淡い光を放ち聖都を覆い続ける結界に目を向ける。


「今のところは聖都が“ナニか”を警戒して聖騎士団を招集した事と都市を覆うクラスの結界を発動した事くらいの、見ただけで分かる事だけだな。一体何を警戒しての行動なのかは全く分からん……予測を含めずに考えるならな」

「……残念だけど、アンタが今考えている予測ってのはほぼ正解だとは思うけどね~」


 意地の悪い顔で笑いながら、個人的には一番面倒臭いと思っている事が正解だと言い切るリリーさん……。

 分かってるよ……この状況が『ワースト・デッド』を警戒したオリジン大神殿の何者かによる事だってのは。


「アタシもある程度聖都を見回って、各国の聖騎士団の会話を“盗み見”して来たけど……今のところは大体が困惑か面倒臭いって感じの会話ばっかりだったね。一部敬虔な連中は『聖戦が近いのでは!?』みたいに盛り上がってもいたけど……」

「……ま~だろうな」

「つまりシエルさんたちが懸念していた類の事柄は無いと考えて良いのでしょうか」

「断言は出来ないけど、聖騎士の連中は作戦内容も分からずに取り合えず集められた事に不安と不満を漏らしているから……戦争を起こすにしては圧倒的に士気も認識も低すぎる」


 つまり本業の冒険者の仕事はシエルさんたちに“概ね問題無し”と報告すれば済む。

 そう判断して俺はリリーさんと目配せをし合い、それぞれの探知能力を最大限に展開させる。

 俺の『気配察知』とリリーさんの『魔力感知』の索敵範囲はほぼ同一、だが索敵する為に拾う情報が『気配』と『魔力』の違いで大抵の危機を察知する事が可能だ。

 今のところ唯一しっかり探れないのが調査兵団の団長殿くらいだが……。


「…………宿の庭で動いている巨漢……はロンメルさんだな。スクワットしてんのかコレ?」

「まだやってたの? アタシが宿を出る前からずっとだけど…………お? 近所の雑貨屋から出て来た魔力はイリスに間違いない。あの娘、何か甘菓子を買ったわね……後で集らないと」


 そして俺たちの索敵範囲はほぼ半径3~400mで同一なのだが……どっちの反応の中にもシエルさんが感知できなかった。


「……索敵内にシエルさんがいないな。『魔力』の方はどう?」

「こっちも反応なし。聖都の索敵外までマラソンでもしてんのかしら?」


 親友の強さを知っているリリーさんは“そっち”方面の心配を欠片もしていないようで、彼女の一番取りそうな行動を予想して苦笑する。

 まあ確かにあの人だったら、時間があれば自主練しか浮かんでこないけど……。


「大丈夫っスか? あの人、いつの間にか俺らを出し抜くくらいの完璧な隠形を身に着けてましたからね」

「ハハハ、あのバカでっかい魔力を感知できないワケがないでしょ? アタシが何度あの娘の魔力を見て来たと思ってんの?」

「…………まあ……そうか」


 リリーさんは自分の探知能力に絶対の自信を持っていて、同時に親友である聖女セリシエルの圧倒的な魔力への信頼があってこその言葉なのだろうが…………。

 無論俺だってリリーさんの能力を知っているし信頼もしている……しているのだが……。

 何故かこの時、俺は心の奥底で……何かにビビっている自分がいるのを感じていた。

 しかし、この時の俺は自身の奥底に芽生えた僅かな恐れを、会話の流れで無視してしまったのだ。

 自分と仲間の能力に対する『信頼』が、師匠に何度も何度も絶対にしてはならないという『油断』に繋がっているなど……考えもせずに。


「じゃあ俺らの本命の話を始めようか? リミットはイリスが雑貨屋から帰って来るまでか」

「……あそこからだと5~10分ってとこかな? 少し寄り道でもしてくれりゃ~もう少し」

「そう言えば今回のターゲットについてはハッキリ聞いてませんでしたね。いっつも形のある何かを盗んだ覚えがないので、いつもの事と言えばいつもの事ですが」


 そして俺たちは冒険者ではなく、共犯者かいとうとしての会話を始める。

 聖職者いらいにんたちにはみせられない何時もの顔になり……善人には絶対に聞かれてはならない類の会話を。


「今回は明確に決まっちゃいないが、明確にイリスの守護精霊に繋がる資料としてコレって感じの何かはあるのかってなると……どうなん?」

「古文書から異界召喚の断片でオリジン大神殿の奥の院、禁書庫の奥に死蔵されている『旧約聖典』辺りに答えがあるかとも思ったけど……状況的にそこまで侵入するにはリスクが高そうじゃない?」

「……ですね。それに古代亜人種言語と同様に解読に時間がかかるのであれば、本体を盗みだす必要が出てきます。精霊神教にとって最大の秘宝とも言うべき『旧約聖典』を簡単に持ち出せるとも思えませんし、そこまで行けば絶対に『テンソ』と遭遇するのは避けられないでしょうから」


 カチーナさんの出して結論は最も。

 俺たちが知りたいのはあくまでもイリスが『最後の聖女』になってしまった原因、仮説『時間の精霊』の情報を得る為である。

 ハッキリ言えば今回に限っては『予言書』に直接影響があるかどうかの確証もない。

 出来れば前回のミズホ辺りを筆頭に、『テンソ』の連中との接触は避けたいところだし、何よりもジルバ辺りがいた日には命の危険が跳ね上がってしまう。

 だからこそ、俺は今回ちょっと調べる道筋に変化を付けるつもりでいた。


「かと言って、今回向こうが結界を張ってくれたのはある意味ラッキーだ。たまたまだけど俺たちは締め出したつもりの内側に今いるんだからな。侵入するなら早い方が良い」

「……何か考えがあるのですね?」

「以前からリリー先生に歴史の勉強をしてもらっていたから、精霊神教の大僧正については多少は知識があってね~」

「あん? 何か教えたっけ?」


 俺がそう言うとリリーさんが覚えがないとばかりの顔つきで自分の顔を指差した。


「長生きの大僧正と短命の大僧正の違いってヤツさ。任期も命も長かった大僧正はまるで何かに守られているかのように長く、逆に短命の大僧正は何かに嫌われていたかのように暗殺されたとか……」

「ああ、その話ね。金に汚い俗物ほど長く、正義に燃える若者ほど短命……精霊神教では珍しくも無いわ」


 何だそんな事って感じに、リリーさんは呟く。

 それはいつぞやの雑談で歴史の勉強と言うには少々俗っぽく、そして残酷な話ではあったけど……俺にとってはヒントにもなった。


「大僧正ともなれば精霊神教ではトップ中のトップ……本当であれば暗殺何か簡単には出来ないハズなのに、それを押してでも速攻で消さなけらばならなかった。そう考えると歴代でわずか2週間という最短で暗殺された人物が気になるんだよね……怪盗としては」

「……あ」

「なるほど……確かに盲点か」

「第47代大僧正ダイモス……彼について何らかの歴史的資料、欲を言えば手記か何かでも残っていれば僥倖だと思う。正直賭けではあるが、今回は宝物庫じゃなく手前に転がっている金貨を狙う感じで行こうと思う」


 俺がそう例えて共犯者たちを見ると、二人ともニヤリとイイ笑顔を浮かべた。


「それこそ何時もの事でしょ? 金貨一枚、それ以上の報酬はありませんよ」

「表舞台に立つつもりのないアタシ等は、大物の裏をかかないとね。向こうが本格的に動き出す前に仕事に移りましょう」


 そう言うとリリーさんは悪ぶった笑みを引っ込めて、窓から見える宿の玄関に視線を移した。


「……どうやら見習い聖女様がお帰りのようだね。悪だくみはここまでにして食堂に行こうか」

「そうですね、腹が減っては何とやら……ですし」

「うえ~……またジジイに化けね~とならんの? 面倒な……」

「それは仕方が無いよ。部屋食は別料金ですから、ギラルの新装備で我々の資金もカツカツなんだからさ」

「前の鎖鎌を粉々にしたのはアンタの親友なんだが……」

「聖女のおみ足ぶっ刺した報いでしょ? いいからローブ来て早く下に行くよ、ロン爺さん」


 新装備ミスリルの鎖鎌『イズナ』の購入については特に反対する気はないようだが、親友の足を戦闘時とは言え傷付けた事に、ちょっと感じるモノがあるのだろうか?

 イヤイヤローブを羽織る俺をリリーさん強めに蹴っ飛ばして来た。

 















「……………………………え?」

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