閑話 光の聖女の修行風景

 夕刻の時間もそろそろ終わり、徐々に夜の帳が下りてきてランタンに光が灯り始める時間帯。

 聖都の宿の一つ『火精霊の食卓』の一室で一人部屋の隅に佇む女性、光の聖女エリシエルがいた。

 別に彼女はいじけているとか落ち込んでいるとかそういう事では無く、夕食前の時間で外に用事を済ませに行った仲間たちとは違い、たまたま一人留守番の形になった事で独自の修行をしている真っ最中だった。


『前回の怪盗との戦い……敗北はしたものの今後の課題が見えたのは収穫と言えます。特に『気配断ち』を身に着ける事で彼らの裏をかけたのはファインプレーでした。要所では目立つ事を意図的に行うのに、基本的には逃げ隠れして正面からの戦闘を避ける彼らと真正面から戦う事が出来たのですからね』


 そんな事を思いつつ、手を組み祈りのポーズを取った彼女は心を落ち着けて徐々に徐々に気配を削り、殺していく。

 盗賊など相手の裏をかく職が好んで使う『気配断ち』を卑怯者の技と蔑む輩は一定数いるモノだが気配というモノを自在に操る事は精神力を伴い、精神修行という観点からはシエルにとっては性に合う修行でもあったのだ。


『盗賊……ギラルさんなどはこれを動きながら行えるのですから、まだまだ実戦に使えるほどではありません。それに……私には更なる問題点もあります』


 シエルはそんな風にギラルを持ち上げて考えていたが、ギラルが聞いたら『単純に他に手段が無かったから身に着けただけ』とでも言われそうではある。

 そしてシエルが気配を断つ上で最も問題視している事も、ギラルのような“無い”者にとっては贅沢な悩みにも聞こえる事であった。

 それはズバリ、彼女が高位の聖女で膨大な魔力を持っている事に他ならない。

 魔力に長けた者が戦闘において魔法が使えるのは最大の利点であるが、巨大な魔力を持っている者というのは意識しないと常に膨大な魔力を発している。

 魔導師なら強弱は別にして大抵持っている『魔力感知』などで引っかかるとシエルのように精霊に寵愛を受けた聖女などは巨大な炎が燃え盛っているほどの存在感がある。

 そこに関してはどれほど気配を断とうとも消し去る事は出来ない。

 元々ごく少量しか持っていないギラルが魔力を隠蔽するのとはワケが違うのだ。


『抑え込み、小さく見せかける事は出来ても……それは絞り込むだけ。完全に消し去る事は現在の私では不可能……もしもリリーのように魔力感知に長けた者がワースト・デッドにいれば簡単に看破されてしまうでしょう』


 むむむ、と持っているからこその悩みで唸るシエル。

 人によっては贅沢な悩みと言われてもおかしくない事だが、彼女にとっては真剣に悩むべき問題なのだった。

 そもそも光の聖女として『光の精霊』の寵愛を受け才能を発揮してから彼女は常に『光属性の魔力』を纏っていて、回復治療浄化など日常でも重宝する魔法を多用するようになってからは魔力を上げる事ばかりしてきたのだから。

 自分自身がこれまで行ってきた修練の数々は並みの厳しさでは無かった事は身に染みているのだが、ここに来て全く真逆の発想による修練と言うものにシエルは頭を悩ませていた。

 しかし不意に彼女は思い至る。

 自分よりも遥かに『光属性魔力』が豊富であるのに、魔導師の魔力感知……特に長い事一緒に過ごして来た親友リリーにすら魔力感知で補足される事が無かった存在を。


「そう言えば……いつも傍らにいるはずの『レイ』にあの娘が反応できた事はありません。魔力と言う意味では人間など太刀打ちも出来ない程膨大であるハズなのに…………え!?」


 シエルは突然その事に思い至り、ボソッと呟くと……既に暗くなり始めて灯されたランタンの炎が揺らめきもせず灯り続けているというのに、部屋の明るさが一瞬にして無くなった。

 そしてシエルが驚きの声を上げると同時に、再び部屋の明るさは何事も無かったように元に戻る。

 ランタンの炎は相変わらず燃え続けたまま。

 炎を介さずに光だけを自在に操れる……シエルにとってそんな事を可能にする心当たりは一つしか無かった。


「……レイ? どういう事なの? 今暗くなったのは貴方の仕業よね……何か私に伝えたい事でも………………いえ……今……暗くなった時に魔力の反応を感じませんでした。私自身が最もなじみ深いハズの光に干渉する技であるハズなのに、魔力反応の消失も発生も…………?」


 精霊の寵愛を受けた聖女だとしても精霊と直接会話が出来るワケじゃないし、そもそも精霊がどんな姿をしているのかを見た事があるワケでもない。

 しかし言葉にせずとも雰囲気は伝わって来る。

 そしてシエルは自身の力の源であり長年のパートナーである『光の精霊レイ』が気まぐれに自分に何を伝えようとしているのか……おぼろげにだが感じとる。


「自然界に存在する精霊は常にそこにいる……いてくれる。火も水も風も……特に光は一見暗く見えたとしても完全に無くせるワケではない。いて当然の……存在…………あ、もしや!?」


 そう思い立ったシエルは自身の溢れる光の魔力の考え方を変えてみる。

 瞳を閉じて精神集中し、今まで光属性の魔力を高めよう、使いこなそう、精霊に力を借りようと、どこか別の力として認識していた意識を切り替えていく。


『光はそこにあって当然……ならば光の魔力を魔力と認識するのではなく、術者である私が光そのものであると意識すれば……そこにあっても当然の存在になれるのだとすれば『魔力感知』にも“あって当然のもの”として認識されないのではないでしょうか?』


 光の魔力を光そのものであると、まず自分が認識する事で“この場にいても不思議ではない”と認識させる。

 それは武芸者で言うところの“自然と一体になる”という極意に通じる考え方でもあるのだが、シエルはそんな深い事を考えたワケでも無く、自身が光そのもの……光の精霊と同じ何かになる……くらいの感覚で精神を集中させていく。

 すると…………。


「…………あ」


 その瞬間、彼女は確かに見た。

 いつも傍らにいてくれるのは知っていたけど一度も目にした事のないパートナー。

 それは白い羽を生やした黄色く輝く髪の少女の姿で……しきりにシエルに向かって“ガンバレ~”応援する光の精霊の姿だった。

 しかしその姿が一瞬だけ見えたと思ったシエルは、その事に驚き精神を乱してしまい……次の瞬間には見えたはずの少女の姿は跡形もなくなってしまう。

 だがシエルは喜びに打ち震える。

 隠形の修行の副産物であるのに、今まで直接見る事も話す事も叶わなかった『光の精霊レイ』の姿を初めて見る事が出来た喜びに。

 それは『予言書』の聖魔女エリシエルには絶対に成し遂げられなかった事。

 何故なら聖魔女は常に誰かに殺される事を望み、気配断ちなどの隠形技術を身に着けるような所謂逃げ隠れする発想を持つ事自体が無かったのだから。


「みみみみみ見えました! 見えましたよ今確かにレイの姿が!! カワイイ羽を生やした美少女の姿がハッキリと!!」


 シエルが興奮気味にそう言うと、今度はランタンの灯では明らかに不可能な眩い光が一瞬にして部屋を照らす。

 それが光の精霊レイが共に喜んでいる証である事は明らかであった。


「よ~し……もっとです、もっとこの感覚をキープするのです! そしてレイと直接お話しできるくらいに慣れるのです……」


 魔力属性になり切り一体化する……それは奇しくも人の気配を全て立った上で魔法を使いこなす調査兵団団長ホロウに通じる技法であり、意識していないとは言えシエルが『気配断ち』の技術と併用すると喩えその場から動けないとしても『気配察知』にも『魔力感知』にも引っかからない強力な隠形が可能となってしまうのである。

 しかしこの瞬間、シエルは自分が隠形の修練中であったことをすっかり忘れていたのだった。

 想像以上に可愛い容姿をしていた自身のパートナーをもう一度目にしたいが為に……。。


「あ、また見え…………ああん、もう! さっきよりも短いじゃないですか!! いけません、精神集中が足りないのです…………集中集中……」



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