閑話 得体のしれないナニカ

 オリジン大神殿の中でも関係者以外立ち入りが許可されない最奥に存在する一室、そこは精霊神教でもトップクラスの重鎮たち『元老院』が揃い会議するための場所である。

 しかし実際には会議するというよりは集団で報告者を見下ろす裁判所のような造りであり、人によっては単なる断罪の場にしか見えない。

 今回この場に呼び出された『テンソ』の頭領ジルバと部下のミズホは10人からなる元老院たちへ今回の一件を報告すると共にネチネチとした叱責……とは名ばかりの嫌味を延々と聞かされる事になり……たっぷり2時間は拘束された後にようやく退室する事が出来たのだった。

 退室した二人の表情は対照的であり、特に何も感情を浮かべないジルバに対して、ミズホは露骨に苛立った表情を浮かべていた。

 それは今回のブルーガでの出来事を『テンソ』が大僧正へ報告した後、緊急事態と各国から聖騎士団を招集、そして戦乱災害の防衛手段である『オリジン大結界陣』の発動が出された事に対する『元老院』たちからの数々の嫌味に対する憤りもあるのだが、その最たる原因がブルーガでの自分のミスである事に対する……自分自身への怒りだった。


「…………申し訳……ありません団長。私のせいで……あのような叱責を」

「仕方があるまい。老人共にとっては“ブルーガに現れた怪盗の話を聞いた大僧正が過剰反応した”ようにしか見えないのだからな。表立って逆らえない大僧正ではなく文句の言える我らに愚痴くらい言いたいのだろう。それだけで気が済むのだから可愛い物だ」


 実際ジルバがやったのは今回のブルーガの一件を“脚色なく”報告したからだ。

 現行大僧正を務める第50代目の大僧正は歴代の中でも在任期間が長い事で、元老院からは最も恐れられている。

 何故ならそういう長生きの大僧正に反論する者は地位とか権力とかは関係なしに、物理的に長生き出来ないという、暗黙でも何でもない結果による認識がオリジン大神殿にはあった。

 実際報告を行ったジルバたちに『聖騎士団の駐留に幾らかかるか……』『オリジン大結界陣の発動だけでどれだけの人件費が……』などと口では言いつつもしっかり命令に従っている元老院は誰よりも忠実だと言える。

 しかし、やはり今回自分の費やした『召喚』の研究の全てを台無しになり、挙句『勇者召喚』の認識すら危ぶまれる事になってしまったミズホとしては、どうしても自身の失敗のせいで敬愛する団長に、唯一の居場所である『テンソ』に迷惑をかけた事が許せなかった。


「しかし老人たちの愚痴は俺自身も納得できる。我らは『聖典』に事実を報告したのみ……傀儡は意のままに動いたにすぎん。幾ら何でも一介の冒険者に対する反応にしては過剰すぎるのは確かだからな」

「……そうでしょうか? 奴らに対する心構えとしては最大限防御しようとする姿勢は間違ってはいないかと」

「ああ、知っている者であればそう考えるのは当然かもしれん。しかし『聖典』の反応を見るに今回の緊急行動に躊躇いが無い。にも拘らず最も簡単であるハズの『怪盗』の正体を暴露するやり方を避けているのが気になる……」

「それは……確かにその通りです」


 情報を脚色なく『聖典』に伝えているのだから、『怪盗』=『ギラル』である事など最早周知の事実……にも関わらず公表もせずに防衛陣を構築しようとかするから今回聖騎士団招集とかの無駄な予算が動く事になっている。

 いくら何でも『聖典』の今回の動きにジルバも不審なモノを感じていた。

 まるで……ギラルという存在を表ざたにせず、あくまでも秘密裏に誰にも存在を知らしめる事なくなかった事にでもしたい……そんな無責任な、ジルバ自身一度は仕えたザッカールの事なかれ国王のやり口のような……。


「ミズホよ……ではお前は今、あの者にしてやられた後である今にして何を思う? 格下のしてやられた憤怒か? それとも自らの油断が招いた事態への悔恨の念か?」


 ジルバが静かにそう問いかけると、先ほどまで精霊神教の元老院の対応に憤っていたミズホは途端に表情を無くした。

 そして下を向いて、怒りでも悔恨でもない……真逆の表情を浮かべる。

 彼女は仮にも陰の存在として生きて来た調査兵団『テンソ』の一員であり、召喚士として見出されてからも何度も死線を潜り抜け、殺し合いを経験して死にかけた事すらあった。

 故にその感情は別のどの感情よりも先に克服したハズの、『テンソ』の一員としては最も恥ずべき感情と考えていた類のモノ。

 そう思っていたハズなのにミズホは自分よりも実力の劣るはずの、つい数日前までは舐めて掛かっていられたハズの盗賊を思い出すと……冷や汗が流れ、唇が震えだしてしまう。


「本音を言わせて頂けるなら……二度と相まみえたくはありません……」


 それは彼女にとって克服し忘却しつつあった久方ぶりの『恐怖』だった。

 死の恐怖すら克服したハズのミズホにとってその事を認めるのは屈辱であるハズなのに、それでも彼の冒険者ギラルに接触した後に残された“訳の分からない恐怖”に対しては己の恐怖を認めるのに躊躇いはなかった。


「アレは……あの男は一体何なのですか? 自分や英霊グランダルがヤツの用意周到さと張り巡らせた知略により敗北した事など、今となっては些末な事です。恐ろしいのはヤツの齎した結果の方……ヤツは怪盗という隠れ蓑を纏ったまま、表舞台に現れる事なく、あの国の『勇者召喚』という認識を変えてしまった。我々の思惑をもっと大枠で全て変えられてしまった……そんな気持ち悪さがずっと拭えずにいます」

「…………」

「下手に関わると、自分すらもその何か得体のしれない力によって“得体のしれないナニか”に変えられてしまうのではないか……と。はは……申し訳ありません団長、このような妄言をお聞かせしてしまい……」


 そこまで言うとミズホは苦笑する。

 自分が『テンソ』の一員として、戦士として現状では使い物にならない程今の自分が情緒不安定なのだと自戒するように。

 しかしミズホはジルバの答えに耳を疑った。


「そうかミズホ……お前も感じたのだな、その得体のしれない恐怖を」

「……え?」

「恥じる事は無い……その恐怖は直接対峙した者しか感じる事は出来ない感覚的な事だろうからな。実際情報だけを見るならあの男はただの冒険者でしかない。実力者の師匠に鍛えられ、鍛錬によりCクラスとなった盗賊とな。俺も当初はそうとしか思わなかったからな」

「そんな……団長ほどの方でも……ですか?」


 調査兵団から実質除名処分になった今でも自分の事を団長と呼び続ける部下に苦笑しつつ、ジルバは頷いて見せた。


「……俺が本格的にヤツを警戒し始めた理由は、それまで幾度も機会があったというのに自ら積極的に動く事の無かったホロウを動かした事だ」

「ホロウ……『ミミズク』の?」

「そうだ……俺の知る限りザッカールにおいてホロウ以上の実力者はいないだろう。あの人には自身が力を示せば国政自体を意のままに出来るほどの力があった。しかし、あの人は陰ならが国の為に動く事はあっても自ら表に出る事は無かった……『年寄りが出しゃばるものではない』と言ってな……」


 それは『テンソ』にとっては共通の認識……仮に本当に調査兵団団長ホロウが王国を支配しようと考えたなら、翌日には国王の座に何もなかったかのように鎮座しているだろうとも言われていた。

 本当の実力者であるホロウが無能な王侯貴族に使われる立場に甘んじている……調査兵団の中で自分達は元よりホロウが日陰者として終わるの我慢ならない、そんな思いを抱いた才たる人物が直弟子ジルバであり、同調した連中が終結したのが『テンソ』であったから。


「数年前にホロウがギラルに興味を持った頃はそれほどでも無かった。まあ精々野盗に恨みを持った見習い冒険者の義憤くらいの行動として……師がなにやら若者に期待を寄せる姿に年甲斐もなく嫉妬するくらいの事だった」

「…………」

「しかし、ここ最近になりヤツの得体のしれない行動が活発化した。そして呼応するように今まで自ら動こうともしなかったホロウ自身も動き出した。絶対に今まで関わろうともしなかった王族関連の事にまでな……」


 王族関連と言うのは後宮で冷遇されていた母親不明の王子ヴァリスを中心にした事件。

 結局その事件を皮切りに『テンソ』は反逆者として調査兵団から完全に除名される事になったのだが、ジルバとしては良く知っていたハズの師であるホロウの最近の積極性に違和感が強かったのだ。

 そして原因になるのは言うまでも無く……。


「あの男が本格的に動き始めたのは、今現在パートナーになっている『カチーナ・ファークス』と関りを持ってからだ。当初ヤツの行動は精々青少年が悲惨な境遇の女性を助け出した……くらいにしか思われてなかったが……」

「何か別の原因があったのですか?」

「……ミズホよ、ここからの話はここだけの事にしろ。他の者に聞かれると俺が乱心したと思われるかもしれんからな」

「? は、はあ……」


 何故かそんな理を入れて、ジルバは思い悩むように口を開いた。


「調査兵団、などと言う諜報組織に身を置いていてこのような事を考えるのも愚の骨頂なのだがな……仮に『カチーナ・ファークス』がお人よしの盗賊冒険者ギラルと出会っていなかったどうなっていたのかを想像してみたのだ」

「……あの二人が出会っていなかったら?」

「調査の結果カチーナ・ファークスなる人物はファークス家に籍はなく、代わりに長男『カルロス・ファークス』がいた事は知っているだろう。あのままカチーナがカルロスのままであったなら、待望の長男出産と共にファークス家から消される運命だっただろう」

「それは聞き及んでいます。今となっては未遂ですが、王国軍の左遷扱いで地方へ飛ばされ頃合いを見て死亡扱いにされていただろうと……」

「その通り……なのだが、どうもその後の調査でそれだけで終わらなかった可能性があるのだ」


 団長にしては妙に曖昧で一見ロマンに溢れた物言いであるとか、少々失礼な事を考えてしまうミズホだったが、ジルバの話はロマンの欠片も無かった。


「カチーナ本人は死亡扱いで貴族籍から外れて自由になれる、くらいにしか考えていなかったようだが、ファークス家当主バルロスはそれだけで終わらせるつもりはなく、長年後継者を偽っていた罪人として断罪の後、奴隷として売り払う考えすらあったとか……」

「……愚かな」


 その話だけでミズホは件のファークス家当主の矮小な心根を看破していた。

 それまで強制的に長男という立場を強要しておいて、いざ自分よりも優秀な結果を残したとなれば劣等感に駆られ蔑んでいたのは知っていたから。


「ファークス家当主の動向などどうでも良いが、問題なのは件のカチーナに対するギラルの行動については、ある種異常なモノがあってな……」

「異常でしょうか? あの年頃の男子としては分かりやすい行動にしか思えませんが……」

「お前の言う分かりやすい行動は知り合った後の事だろう? 俺が異常性を考えるのは知り合う前からの行動についてだ」


 最早敵側にすら筒抜けのギラルの心情については一笑ですませ、ジルバは自分でも荒唐無稽と思っている考察を口にする。


「まずファークス家と繋がりのあった人身売買組織、元々は男子として生きる予定だったカチーナの影の婚約者だった貴族家を調査兵団を使って潰した事を皮切りに、ヤツはカチーナに降りかかるハズだった不幸、実父の悪行の全てを事前に潰し……そして最後にはカルロスという存在をこの世界から消している。まるで“コレから起こる事を知った上で先回りした”かのようにな……」

「…………先、回り?」

「荒唐無稽で現実的ではない事は分かっている。しかし、どうしても考え過ぎとは思えんのだ」


 コレから何が起こるのかを知った上で先回り……。

 実は極論であるのに的を射ているジルバの考察に、ミズホは全く笑う事が出来なかった。

 実力では確かに上だったはずの自分が現実には下されているのだ……徹底的な先回りで。

 もしも今、ギラルの隣で最強のパートナーとして剣を振るうカチーナの姿が、ギラルと言う得体のしれない存在によって“全く違うナニか”に変えられてしまった結果だと言うなら。

 ミズホの背筋をさっきとは比べ物にならない悪寒が通り抜けていく。

 同時にワケが分からないと思っていた恐怖の内容が具体的に分かってしまった。

 自分も知らない内に“ナニか”に変えられてしまうかもしれない恐怖……それは明確になったところでどうしてよいのか分からない事には変わりがなかった。


「今、私たちがこの地にいる事もヤツの思惑の一つではないか不安になってきました」

「ヤツの次の目的は分からんが、『聖典』に情報を伝えたのは失敗だったのかもしれん。まさか速攻で『オリジン大結界陣』の発動に踏み切るとはな。戦争でも無いのに巨大な防護結界お陰で、既に大神殿の連中は元より集められた聖騎士団にも緊張が見られないというからな。この様子では当てには出来ん……ミズホよ」

「……は!」

「現状入国の報告は無いが、奴らは既に結界内部に侵入を果たしていると想定して行動するのだ。今度こそ、侮るでないぞ」

「……肝に銘じております」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る