第二百一話 聖都を覆う傘

「か……買ってしまった。材料費のみって言っても武器に5万も……」

「その数百倍の金を使えもしないクセに高性能な魔力剣につぎ込んで、強くなったつもりになっている王国軍の貴族連中に比べれば、衝動買いとしては可愛いモノですよ」


 結局しばらく迷いまくった挙句、最終的にはあの店の猫型護符を全色六種類買ったカチーナさん扮するエルシ婆さんに“良いのではないですか? たまにはこういう使い方も”と優しく背中を押される形でミスリル製の鎖鎌を購入したのだった。

 なんか……妙な緊張感が未だに……別に悪いことをしたワケでも無いのに何となく後ろめたいというか何と言うか……。


「普段から締まり屋の貴方が万単位の買い物に慄くのも分からなくは無いですけど、少なくとも私はその鎖鎌は盗賊ギラルにこそ相応しい武器だと思いますよ? 私がこのカトラスと出会ったように」


 そう言いつつチラリとカチーナさんは腰に下げた愛刀を見せた。

 前パーティーの『酒盛り』で主に財政管理をしていて盗賊である俺は、師事したスレイヤ師匠の影響もあり元々武器に対する頓着が低い。

 盗賊と言う職種は武器も道具の一部と考えて、使い捨てるべき時には使い捨てるという心構えが重要になる場面があるからだ。

 だからこそ、師匠が思い付きで今カチーナさんが所持する『ミスリル製カトラス』を勝手に購入した時には大喧嘩になったもんだが。


「道具を大事に扱うのと道具に執着するのは別、仲間を使い捨てる事になる執着は盗賊にとっては害悪……師匠に叩き込まれた心構えは俺の中に根付いているからさ。俺は何時かこの鎖鎌を使い捨てる瞬間が来るんじゃないかと思うと……ね」

「なるほど、確かにギラル君ならソレが喩え100万オーバーであろうと躊躇なく使い捨てるでしょうね。そして後で猛烈に財政難に悩むと?」

「……ヤメテ、マジでリアルに想像できる」


 カチーナさんはそう言ってくれてはいるものの、いざと言う時に自分が仲間よりも自分の利益を優先しないだろうか? と考えると少し怖くもある。

 人間……咄嗟の時にこそ本音が顔を覗く。

『予言書』では確実に最底辺の外道でしか無かった俺は、俺自身をそんなに高尚な人間とは思っていない。

 こんな風に俺の事を疑いも無く信じてくれている人を、絶対に裏切らないでいられるのか……そんな絶対に避けたい未来の到来。

 今の俺はそんな未来があり得るかもしれないのが怖いのだ。

 人の心など、良くも悪くも切っ掛け一つで劇的に変わってしまう……散々今まで他人の人生を引っ掻き回しているというのに、なんとも情けない限りではある。

 しかしカチーナさんの言葉も態度も、俺がそんな未来を辿る可能性など微塵も考えていないのだろう。

 チラリと『変化のローブ』のフードを持ち上げて、顔だけいつもの彼女に戻って笑う。


「まあその時はその時、冒険者が金欠なのは日常の事です。いざとなれば悪人から金貨一枚頂けば良いのですよ」

「……元王国騎士団様が言う事かね? 言ってる事はガラの悪い輩と変わらんけど?」

「アラアラおじいさん、私を昔盗んでこんな風にしたのは貴方じゃないですか。私たちは一蓮托生、盗んだからにはチャ~ンと責任もってお付き合いしてもらいますよ?」

「…………」


 そしてそう言って再び老婆の顔に戻っておどけて見せるカチーナさんである。

 く……何なんだか、一々仕草が可愛い!?

 この人、最近ドンドンと親しい女の子のような気安さが垣間見えるんだよな。

 多分、貴族やら騎士やら男装やらの柵が無くなって、俺みたいなド平民冒険者や生れて初めて出来た女友達やらの影響をモロに受けているのだろうが……。

 ただ……そんなたまらんカチーナさんを見ていると、少し感じていた未来の自分に対する不安が薄れて来る。

 この人の隣で、この表情を見れない立場になりたいか? と考えれば、間違いなく俺は失う事への恐怖を持ってNOと断言するだろう。

 理由が失う事への恐怖と言う辺りが何とも俺らしく、後ろ向きな理由だけど……俺の目的は最初から“未来への恐怖”である事は変わらんのだからな。


「高性能な魔力装備は金額は元より自分の技や精神を鈍らせる原因になりやすいから避けていたのも事実だけど…………シッ!」


 そして試運転とばかりにミスリル製の鎖鎌、店員曰く銘は『イズナ』と言うらしいが俺は鎖分銅を何となく振って、道端にある小石に向かって投げたのだが……。


パン!

「……え?」

「は!?」


 俺は何となく投げ、そして手元に引き戻しただけなのに……はじけ飛んだ小石に、自分で驚いてしまった。

 同じようにカチーナさんも気が付いたようで、笑顔を引っ込め驚愕の表情を浮かべていた。


「な……なにこれ? 金属音どころじゃない。放った分銅の風切り音すらしなかったぞ!?」

「というか、小石に当たる瞬間までほぼ見えませんでした。ギラル君、今確かに真正面に向けて投げたのですよね!?」

「ええ……間違いなく」


 風属性のミスリルを趣味全開で作って売れなかった鎖鎌って触れ込みだけど、今更ながらこの鎖鎌のポテンシャルの高さに戦慄する。

 正直切れ味特化やスピード特化など問題ではない、徹底的な消音に重きを置いたこの武器は目で追えなければ捉える事が不可能って事になる。

 試しに手元でグルグルと振り回し街路樹の枝に向かって巻き付かせてみたり、逆に鎌の部分を投げてみても、やはり普通はあるはずの“ヒュン”という風切り音が一つもしない。

 俺は引き戻した鎖鎌をマジマジと見つめて……思わず息を飲んだ。


「……何でこんなのが売れ残ってったんだよ。こんなの透明な武器が襲ってくるのと大差ねぇぞ……おっかねぇ」

「とんでもないですね……『イズナ』でしたか? これで強襲されれば君と初対戦した時の鐘楼での状況と同じ事になりそうですよ」


 カチーナさんとの初対戦……あの時俺は夜の鐘楼に彼女を誘い込んで煙幕で視界を奪い、更に鐘を鳴らす事で聴覚を奪うという罠に罠を重ねて追い込んだワケだが、この鎖鎌はこれ一つであの状況の全ての担えてしまうというとんでもない武器なのだ。


「ギラル君……後で模擬戦良いですかね? あの時のリベンジも兼ねて……」

「カチーナさんだけで終れば良いですけど……」


 宿に戻れば強者との対決を常に求める聖職者のうきん共がいる事を考えると、同じように模擬戦とかを所望しそうな……いや絶対にやらされるのだろうな。

 拒否したらそのまま襲いかかってきて、なし崩しにやらされるだろうし……。

 武具の力ではなく、あくまでも技を誇りたいと思うのは多分師匠の受け売り何だろうけど、それでもこの鎖鎌の性能は明らかに今まで以上に俺の戦い方に幅を持たせる事になる。

 手元で一まとめにしてザックに入れる瞬間ですら物音一つ立てない鎖鎌の消音効果に、自分自身が増長せずにいられるのか……さっきとはまた違った不安が持ち上がって来る。


「とんでもなく面倒な武器を手に入れてしまったな…………ん? アレは……」

「どうかしました? …………え?」


 俺がそんな不安を抱いていたその時、不意に空を見上げると夕日に染まる街並みを覆うように、空に光の壁が広がって行くのが見えた。

 それは聖都の外壁に設置された見張り台の先から伸びる光の線が聖都の中心、『オリジン大神殿』の上空に向かって伸びて交わり、まるで傘のように空を覆っていく。

 聖都を行き交う人々も空に広がる光に驚く者が多数いたが、中には冷静にその光景を見つめる連中もチラホラと……。

 その中の一人が「何故今の時期に広域結界を?」と口にするのを聞いた。


「広域結界だと? まさか聖都市全体を結界で覆ったってのか!? どんだけ膨大な魔力を使えば可能何だか……」

「おそらく各国から集められた聖騎士を含めた精霊神教の魔導僧たちが頑張っておられるのでしょう。私の実家やお城に張りめぐらされた結界など問題にならない人員を使って……」


 聖都の広域結界……そう言えば聞いた事があったな。

 中心に『オリジン大神殿』を有する聖都市は大通りの全てが大神殿に向かう、いわゆる碁盤の目状の造りで、宗教的権威や美観としては良いのだが争いが起こった際には酷く攻められやすく守りにくいと。

 ……まあそりゃそうだな。

 城と違って神殿は信者を集める名目上、あからさまな要塞としての建築は難しいのだろう。

 中には割り切ってしまう連中もいるだろうが、生憎『オリジン大神殿』にはそういう考えは無いのだろう。

 だからこそ聖都は危機が迫った時、不穏分子を内側に入れたくない時は手っ取り早く全てを覆いつくしてしまうというワケだ。


「あらあら、どうやら精霊神教の上層部の方々は是が非でも都市に入れたくない方がいらっしゃるようですねぇ……おじいさん」

「不本意だが、こいつは脳筋共に感謝じゃなぁ。ゆっくり来てたら今頃都市に入れず野宿だったぞバアさんや」


 つーか野宿どころじゃない。

 こうなれば入国審査ももっと強化されていただろうし、この場に入り込む事すら不可能になっていただろう。

 “先に侵入を果している”という状況が、初めて聖職者のうきん共と対峙した時と同様である事に加えて、今回はアイツらのお陰である事が何とも皮肉と言うか……。


「ブルーガの件から3日で結界発動、外部からの侵入を阻止……か。さて、アンタはこれで油断してくれるのかね? テンソの首領さんよ」




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